第13話 出立準備

 アルザスの街を消し去り、亜人達と合流してから数時間が経過していた。

現状肉体や精神の消耗が激しい者達が多いので本日はこの場所で野営する事にして、今現在猫を中心に夕餉の支度の真っ最中だった。

少し前までは猫が魔物状態で再登場した事により、皆近付くのが恐ろしいのか遠巻きに猫の作業を眺めていたが、人化した猫とイヴの2人が雑談しながら楽しそうに作業しているのを見て、徐々に手伝いを志願する者達が出てきた。

しかし、その状況に不満を覚える少女が1人。

先程まで猫と至福とも思える、楽しい楽しい夕餉の支度をしていたが手伝いの志願者が増大した事により追い出された可哀想な子だ。


(むむぅぅ……猫さんを怖がらずに接するのはとても良い事だと思います。でもでも!私が!猫さんと楽しい楽しい共同作業していたのに!もう!もう!しかも猫さんの周りに居る人、全員女の人じゃないですか!ぐぬぬぬぬ)


 頬を膨らませ近くの切り株に座ると猫を睨み付けるイヴ。

だが、その視線に気付きながらも絡まれるのが面倒臭いので猫は安定の無視を決め込んでいるのでイヴの方を向く事はない。

そんな猫はというと様々な獣人族に囲まれ質問攻めにあっていた。


「貴方様のお前を教えて下さい!」という猫人族。

「名前?特にねぇな。俺の進化前の姿をまんまで[猫]って呼ばれてるな」

「進化前という事は貴方は本当に魔物なの?スンスン、匂いは人以外感知出来ないわ。今の人の姿以外にも変化?擬態?出来るのかしら?」という犬人族。

「あぁ、俺の種族はキマイラだな。鼻が利く種族に褒めてもらえるなら自信が持てるな。まあ他にも擬態は出来るが、人型以外だとする必要性はあまり感じねえけどな」


 キマイラ発言は全員驚愕の表情をしていたのでそんな有名なのかと問うと兎人族の女性が語り出した。


「キマイラは遥か昔から語り継がれている英雄譚に登場し、勇者が命を賭して封印したと言われています。ただ様々な伝記などにも名前が登場するものの、不思議と姿形が統一されていないんですよね」

「へぇ〜なるほどな。しかしそれ程驚く事なのか?ただの魔物の集合体を総称してキマイラと呼ぶんじゃねえのか?」

「それはですね、キマイラが最後に確認されたのが記録が確かなら2500年前なんですよ。なので猫様は2500年振りに発見された個体という事になるんですよ」

「へぇ、やっぱ俺ってレア魔物だったんだな。クハハハ、お前等への土産に俺の素材でもやろうか」

「はい!なので後でキマイラの姿に戻って頂けますか?こんな貴重な機会は2度とないかもしれないので!しかもなんとお土産ッッ⁉︎それはどんな物なのですかぁぁ!!はぁはぁ」


 兎人族の女性が興奮しながら眼を爛々と輝かせてグイグイくるが、周囲の連中も壊れた人形の様に首を縦に振っている。


「うわぁぁ……まあ、それくらいなら構わねぇよ、言い出したのは俺だからな。おっ!そろそろ飯の用意が出来るな。後で時間取ってやるから今は周りの連中に知らせてきてくれ」


 それといつまでも無視するのも後々面倒臭くなるのでイヴに念話を送る。


(イヴ、後で一緒に今日の風呂の作成をするぞ。この前俺も土魔法使える様になったからな。遂に俺の芸術的センスが発揮されるな)

(は、はい!喜んで!ってハッ⁉︎そ、そんな事より猫さんは随分女の子に囲まれて鼻の下伸ばしてデレデレと楽しそうでしたね!)

(はぁ?何言ってんだお前。その目ん玉は飾り物か?)


 放置し過ぎたのかその後も鬱憤が飛ぶは飛ぶは……。

永遠に続くかと思われたが夕餉の支度が整ったのと亜人達が集合した事により解放された。

「後でしっかり話しましょう!」と言い残し去っていくイヴを見送る猫。

とりあえず人化を解き元の姿に戻ると横になる。

食事は蛇尾ちゃんが勝手に行うので猫は眼を瞑る。

暫くすると前脚に重みを感じ眼を開けるとそこにはイヴがちょこんと座っていた。


「アイツ等と話さなくていいのか?友達作りはしっかりしないとぼっちになるぞ?」

「あの人達とは猫さんが来る前に色々と話しましたから今は大丈夫なんです。それに詳細は後で話しますけど彼等の出立の準備もありますからもう少しだけ一緒にいられますからね。その期間にでも友達の1人や2人作ってみせますよ!それに私には猫さん達が居るので決してぼっちじゃないですからね!」

「ふむ、そうか。まぁさっきからお前に熱視線送ってきてる魔人族が1人いるけどな。何故か俺には怯えと殺気混りの視線だけどな」


「えッ⁉︎」とイヴが周囲をキョロキョロするので、「いいから早く飯食え」と促し食事を進ませる。

暫くすると周囲でも食事が終わった亜人達が事前に用意しておいた土魔法謹製食器置き場に片付けている。

ちなみに食器類は昨日の亜人救出作戦中に予め店を襲撃、強奪したものだ。

そうこうしていると食事を終えた、先程夕餉支度を手伝ってくれていた女獣人達が寄ってくる。

既にキマイラの姿でも警戒する事なく普通に話しかけてくる。


「わぁー!凄い綺麗な毛並ですね!触ってもいいですかぁ?」

「ゴワゴワしているかと思いきや、意外とモフモフなんですね」

「こ、これをお土産にいただける!」


 1人また1人と猫の毛皮に群がりさわさわしてくる。

当然それを見ているイヴは面白くないので獣人達が上機嫌であるのとは反比例する様に不機嫌になっていく。

先程の焼き増しだと気付いたので面倒臭いが小言を延々喚かれるよりマシだと判断して重い腰を上げる。


「悪いなお前達、今から工作の時間だ。イヴ、今の内に風呂でも作るぞ〜。人数が人数だから男用と女用でデカイの2つにするか。ほら、お前達は危ないから少し離れてろ」


 無事にイヴの機嫌を直す事に成功し、風呂という単語に女達は黄色い歓声を上げながら少し離れた場所でこちらの作業を見守っている。

その間にサクサクと浴場を作成していく。


「何か少し前にもこんな事繰り返してた気がするな。まあいいけど、さてさてこんなもんか。お前等、食事が終わった奴から風呂に入って今日は休め!話し合いは明日行う」


 火と水魔法により浴槽と食器置場に湯を張り、これまた予め強奪したタオル類や石鹸、洗髪剤などの高級品を取り出すと配給する。

亜人達からは歓喜の声が上がり、これで猫の評価は天元突破間違いなし。


(クハハハ、こりゃ後一押しだなぁ。元手がタダだから、投資としては安上がりだな)


 立ち上がる時、脚にちょこんと座っているイヴを背中に放り投げるとノシノシと森の奥に向かって歩いて行く。


「猫さん何処に行くんですか?」

「アイツ等の寝所を作るんだよ。これで俺の計画は、クハハハ、笑いが止まらんな。楽しくなる種だ、バラまかねえとな」

「………猫さん?今度は何を企んでるんですか?あっ!まさかー⁉︎」

「こらこら邪推は止めろ。魔物の俺が好感度を上げるのは特段不思議でもないだろうが。まあ可能性の話として、今後亜人共の討伐隊が来た際は問答無用で参加種族とそれに関連する街はさっきの人間の街同様消すからな。イヴとしてもそれは望んでないんじゃねえのか?」


ジト目の少女を懐柔するかの如く優しく諭す猫。


「た、たしかに……それはまあそうですけど……」


 納得はしてないが、上手く反論する言葉も思い付かなかったのでイヴは問題を棚上げして今は亜人達の寝所作りに精を出した。


 程良い場所まで移動すると早速作成作業を開始する。

寝所は30分程で作り終えたので、亜人達を案内すると各々場所を取らせ休ませる。

勿論男女別々の紳士的采配による寝所といったところか。

そして現在、猫はと言うと風呂を堪能していた。

しかしいつもと違う点は、猫が魔物の姿ではなく人化している所である。

何故かと問われれば、金銀幼女の猛抗議が原因であり、「「わたし達もお風呂に入りたい!!」」と、とてもシンプルな理由だ。

普段はキマイラの姿でササっと入ってしまうし魔物状態だと分離が出来ないので仕方がないのだ。


(まあ俺としてはどっちの姿でも関係ねぇけどな。だが、イヴには効果抜群か)


 ちらりと遠くの方を見るとイヴが羞恥なのかのぼせているのか分からない程、首まで湯に浸かり顔を真っ赤にしている。

しかし視線は猫を凝視しており何がしたいのかさっぱりだと猫は気にしない様にしていた。


「恥ずかしいなら一緒に入らなくてもいいだろうが。のぼせる前に上がれよ」

「べ、べべ、別に恥ずかしくないですよ!な、何を言ってるんですか、もう!そ、そうッ!そうです!の、のぼせそうなんで先に上がりますね」


 逃げる様にタオルを全身に装備して去って行くイヴにヤレヤレと猫は溜息を吐いた。

1人になりフゥと一息付く。


「イヴちゃんとは今後も一緒にいるつもりなの〜?」


 さっきまでじゃぶじゃぶ泳いでいた蛇尾ちゃんが猫の背中に飛び付いてきた。

そういやコイツ等が居たかと思いながら気にせず返答する。


「それなぁ〜。まあ時々邪魔だが、それはそれで変化の一種だと思って俺は楽しんでるから一緒に居るのも問題ねえな。そもそも蛇尾ちゃん達も居るから1人増えた所でどうってこたぁねえよ。まぁ俺は魔物の国を作るとかそういう技術的なノウハウも無ければ、そもそもそんな面倒臭い事するつもりはねえからなぁ。ただ調べ物するついでに異世界定番の学園生活は楽しそうだな。アルザスの街跡地にも布石は撒いたからルークスルドルフ王国とは別国で動くのがベストだよなぁ」

「学園でハーレムとか狙う気なの〜?それはわたし、どうかと思うなぁ。わたしの猫ちゃんは誰にもあげないし〜全員殺しちゃいそうだよ〜」


胡座をかく猫の上にウルフが対面で座り頬を膨らませる。


「アホか、なんだその面倒臭い状況。学園に通う理由はこの世界の魔法と歴史を調べる事に尽きる。少し気になる事も聞いたし、それか冒険者をやるってのもいいかもな、色々殺し放題だしな。亜人の体内構造も調べたいんだけど、まあそれは別の機会にするしかないかな」


 猫の返答に納得したウルフは前向きに座り直し夜空を見上げながら鼻唄を歌い上機嫌だ。きらきら星かな?

静かになった蛇尾を見るとプカプカ浮きながら器用に寝てた。水死体みてえだな。

蛇尾達も猫同様睡眠は不必要だが、不可能ではないので単に暇だっただけだろうと結論付けてから改めて猫は肩まで浸かると風呂を堪能し上がるまでのお約束としてウルフちゃんと数を100まで数えながら温まり徐々に夜も更けていった。


 翌朝、亜人達が疎らに起き始め、猫と女亜人達が朝餉の支度を始めるとイヴが猫に突進してきた。


「ん?何だ?まだ出来ねえからそこら辺で魔法の練習でもしてろ」

「はい!分かりました、って!違いますよ!私が朝食の準備しますから猫さんはそっちで休んでて下さい!」

「ん?まぁやってくれんなら任せるが、そこまで朝餉の用意したかったのか?」


 首を傾げながら問うがイヴからの返答は無くグイグイ押しやられた。

離れながら振り返るとイヴが女亜人達に何か言っており、女亜人達は皆微笑ましく聞いている雰囲気があった。


「何だあの不思議空間……。と言うか何で俺が追い出されたのかは置いといてもよ、何で俺はこんな甲斐甲斐しく食事の用意をしてるんだろな。主夫かな?そこら辺、君達どう思う?」


 いつの間にか両隣に居て手を握っている蛇尾とウルフに聞いてみた。


「う〜ん、イヴちゃんの行動は理解できるし〜猫ちゃんはおバカさんだけど〜ご飯は前の世界でもやってたからじゃな〜い?ご飯は大事だからこれからもしっかり作っていくよーに〜」


 蛇尾が唇に指を当て上目遣いで応えるとウルフもそれに続く。


「猫ちゃんはわたしのだけど〜皆にも優しいのは良いと思うよ〜。イヴちゃんはまだ子どもだからね〜。長い目で見よう〜」

「なるほどな、ウルフちゃんのそのヤベェ発言は嫉妬の影響かぁ。とりあえず俺は誰のものでも無いと訂正してと、蛇尾の言も中間辺りは確かにその通り、そして俺はバカでは無いと訂正してと、まあその内考えればいいか」


 大体途中で面倒臭くなり放置する猫に両サイドからのジト目を頂戴するが華麗に無視して朝餉が出来るまで金銀幼女の相手をする事にした。

暫くして用意が出来、サクッと全員で朝餉を済ませて早速今後の話し合いをする為に5人の代表みたいなのが猫の前に並び、それ以外は一歩後方で待機している。

しかし食事の手伝いをしてくれていた女獣人達は人化を解いた猫をアスレチック感覚で登ったり降りたりする者や毛皮を触ったりする者、色々弄って恍惚の表情を浮かべる者など変な奴等の溜まり場になっていた。

特に兎人族の女の表情がヤベェがとりあえず全員無視して好きにさせる事にした。


「昨日イヴから聞いたが、お前等が代表者だな。早速本題だが殆どは北の山脈を越えた先にある亜人達の街々に向かうらしいが相違ないか?」


 キマイラの姿で5人を見回す。

イヴから聞いた話だと、虎人族のコクウ、エルフ族のサヴァンとイーリアス、ドワーフ族のドワンゴに魔人族のワイリスだ。

何故か魔人族のガキだけ敵意が混じった目で俺を見ているのが気になるが話を続けると、聞いた内容は相違なく山越えにあたって装備など必要物資が足りていないと言われたがそこら辺は特に問題無いと手を振る。


「まぁイヴに請われてお前等を助けた時点で考えられる事項だからな。街から装備品は持ってきたから、これをお前等にやる」


 空間から山の様に物資を出すと全員が驚愕して固まる。

その中にイヴも居る事に少し訝しく思いながら軽く咆哮を上げ意識を戻させると、虎男が辿々しく話し始めた。


「こ、これだけの物資をどこに、い、いや、どうやって?いや、ま、まぁそれは問題では無いな。頂けるのであればとても助かります。感謝致します!!」


 この世界で初めて見る美しい土下座に猫は懐かしさを覚える。

やはりこの世界にも俺以外にも転生者が居たと考える方が自然かな。

まあこの感じだと人型の知的生命体に転生した感じだと思うが……後程虎男に詳細を聞こうと心のメモに書く。


「気にするな。さっきも言ったが全てはイヴの願いであり俺の願いじゃねぇ。俺は助力しただけにすぎねぇよ。あと魔物の俺に敬語も要らねえから砕けた話し方でいい。普段はそんな話し方じゃねえんだろ?」

「む?い、いや、しかし……そうで、そうだな、これ以上の問答は猫殿に不快感しか与えぬであろうな。猫殿にはお見通しな様なので話し方も普段通りでいくとしよう」


 暫く逡巡した後、すぐ普段通りの話し方にシフトする虎男に猫は清々しい性格だと好感度を少し上げる。

するとそこで空気を読めないエルフ族が先程の魔法に食い付き猫に攻め寄ってきた。


「猫さん!いや!猫様ッッッ!!!今の魔法は一体何ですかぁぁぁ‼︎‼︎⁉︎?精霊の気配を感じない所を鑑みると属性魔法で間違いないとは思いますが!もしやーアッ⁉︎」


 熱量が上がり顔全体が真っ赤に染まる変態集団が更に近付いてくる前に猫は右脚を一振りするとバタバタと音を立てて変態集団は1人残らず気絶した。

その光景を猫一派以外、イヴを含めた亜人達が呆然と眺めていた。

真っ先に立ち直ったイヴが猫に詰め寄ってくる。


「猫さぁぁぁぁん!何してるんですかぁぁ!もう!バカバカァァァ!せっかく助けたのに何で殺しちゃうんですか!!酷いですよ!猫さんはもっと、むぎゅ!」

「アホかお前、何を勘違いしてる。誰一人殺してねえよ。どうもエルフ族は魔法馬鹿の面倒臭い変態種族だからな。一々相手にしてらんねぇから黙らせただけだ。それはそうと、お前が普段から俺をそんな風に思ってるのが確認出来ただけでも僥倖だな」


 勘違いしているイヴを蛇尾ちゃんが絡め取り、間違いを訂正するとイヴが顔が赤から青に変化していき、カメレオンみたいだなと思い猫は可笑しくなる。


「ふぇぁ ⁉︎あ、えっ?あ、あれ?あぁ……えへへ。ね、猫さんの事は信じてますし、だ、大好きですよ?か、勘違いなんて誰にでも起こり得る事だと思うんですよ〜。ね、ねぇ〜蛇尾ちゃん?そう思うよね?だから、お、降ろしてくれないかなぁ?」


 冷や汗をダラダラ垂らしながら痛々しい必死の弁明をしながら蛇尾に助けを求めるイヴだが、


「えぇ〜どうしようかなぁ〜。幾らイヴちゃんでも猫ちゃんを苛めるのはダメだよ〜。ウルフちゃんが起きてたら大変だったよね〜、ふふ」


 白蛇だが、声は幼女の様にコロコロと弾む銀鈴の音色がイヴの耳に届くが可愛げな声とは裏腹に背筋に悪寒が走る不気味さが混じり見た目通り蛇に身体のみならず精神にまで巻き付く言い様の無い恐怖が押し寄せる。


「蛇尾、遊ぶのもそこまでにしろよ。俺やウルフ達ならまだしもイヴとかにやるとすぐ壊れちまうよ」


 猫の一声で先程押し寄せていた負の感情、感覚が嘘の様に無くなり蛇尾から解放される。


「ふふ、イヴちゃん、ごめんね〜?お詫びに今度美味しいご飯作ってあげるね〜猫ちゃんがね」

「いや俺かよ!まぁ最初に悪ノリしたのは俺だからな。蛇尾が料理なんて何の冗談かと思ってたからな。ほらイヴいい加減機嫌直せよ、ん?あれ?」

「「おぅぅ……」」


 蛇尾と軽口を叩きながら改めてイヴを見るとプルプル震えて顔は真っ赤に染まり水分を纏い、光の反射具合で水晶の如き輝きを放つ潤んだ紫紺の瞳を携えており、やり過ぎたかと蛇尾と猫はハモる。


「ゔ、ゔゔぅぅぅ。またそうやって私をからかって!!酷い!ぐす、もう知りません!ふんだ!」


 知らないと言いつつ猫の前脚に顔を埋めメソメソ泣き始めるイヴをとりあえず放置する方向にシフトしようとする猫に明後日の方向から怒声がぶつけられる。


「おいお前!イヴをこれ以上苛めるなら僕がお前を退治してやる!」


 視線を向けるとそこには大分前から敵意剥き出しの視線を送っていた魔人族のガキだった。

ガキと言っても年の頃はイヴと大差無い雰囲気で姿は灰色の髪に2本の灰角黒瞳で身長は160cmくらいと小柄だ。


「ほぅ〜、ふ〜ん、へぇ〜。一端の事を言うじゃねぇかガキ。こりゃ面白い余興、いやイベントが発生したな、クハハハ、良いぜ退治してみろよクソガキ」


 イヴと周囲の女獣人達を除く一帯に猫の殺気混じりに重力魔法が強く展開され始め、魔人族のガキを含む亜人全てが地面に縫い付けられる。


「ハハハハハハ!どうした、俺を退治するんだろ?そんな所で寝てて大丈夫か?赤子かお前は!さっきの発言は寝言だったのか?アハハハハ」


 そこで初めて事態の深刻さに気付いたイヴが嘘泣きを中断して猫とワイリスの間に割り込む。


「ちょ、ちょっと待って下さい!2人とも止めて下さい!と言うか猫さんだけですね、やめて下さい」

「クハハハ、もう嘘泣きはいいのかイヴ。そのガキに退治されそうな可哀想な猫さんを助けてくれるんじゃねえのか?」

「気、気付いてたんですかッ⁉︎ッて!いやいや嘘泣きじゃないですよ!本気泣きです!いやいや、そんな事より猫さんが可哀想とか何の冗談ですか ⁉︎おバカさんなんですか ⁉︎それとワイリスさんもバカな真似はしないで下さい!命は大事にして下さい!」

「くッ!!イ、イヴを解放しろ魔物めッ!!」

「イヴ、1つ確認なんだがお前とアレは元々面識があったのか?同じ魔人族だしよ、村の隣に住んでた幼馴染ってオチだと感動で涙がちょちょぎれちゃうけど?」


 古臭い表現をする俺に蛇尾達は中でケラケラ笑っていたので後で捻る、必ず。

それは兎も角目の前で唸りながら敵愾心の籠った目を向けた魔人族のガキは同種族だから固執しているのか、それとも別の理由によるものなのか不明なのでイヴに確認を取るが、本人も首を傾げている。


「あ、いえ、ワイリスさんとはここで初めて会ったんですけど……同族で更に猫さんに苛められて可哀想な私を助けようとする勇気ある人?という事ですか?ちなみに故郷の家のお隣さんはお婆さんが1人で住んでましたし、幼馴染はいませんでしたね」

「ふむ、なるほど……分からん。まぁ俺を退治しようとしてるこの状況は変わらねえから付き合ってやるか」

「ダ、ダメですよ!と言うか既に猫さんの魔法で身動き出来ないみたいですし、許してあげて下さいよ。ワイリスさんも落ち着いて下さいよ、もう……」


 板挟みでテンパるイヴはアワアワと忙しなく動き、未だ指一本動かせないワイリスは唸りながら猫を射殺さんばかりに睨むが本人はどこ吹く風で欠伸する始末。


「やれやれ、イヴのせいで興が削がれたからお終いだ。ただ、アレがまた突っ込んできたら殺すからな。大事に思うなら後で説得でもするんだな。おいガキ、イヴに感謝しろよ。そんで少し頭を冷やせ!」


 重力魔法が解除されると同時にワイリスが崩れ落ち、気絶する。


「さて、話し合いの続き、と言うか俺の方から質問があるんだが、この近くに魔人族でも入れる魔法学院ってあるか?」


 周囲一帯は未だ重力魔法の影響で肩で息をする連中が目立つが猫の周囲に居た魔法範囲外の獣人達は無事なので、その中から兎人族の女性が目の前に出てきて説明を始める。

ちなみに紳士的な猫さんは先程の重力魔法を女性には弱めに掛けていたので男亜人より回復も早い。


「私達の目的地でもある北の山脈を越えた先にある[魔法国家リンドブルム]、ここは世界でも最先端の魔法技術を学べる場所であり世界最大の魔術図書館がある事でも有名です。勿論この街はどんな人種、種族でも差別無く研鑽を積む事が出来ると言われています」

「へぇ〜それは興味深い、良い事を聞いたな。では、目指す方向は一緒だな。であれば、出発は明日にするか、そのリンドブルムとかいう国には俺が全員まとめて運んでやるよ。さて、話し合いはこれくらいでいいな。最後にお前等から何か質問はあるか?」


 見回すとちらほら手を挙げる者がいるので順番に指していく。

質問をまとめると、弟子志願やその類のものが大半だったので全て棄却する。

そして1人だけ変わった内容なので承諾し人化する。


「翼ちゃんに助けられたからお礼が言いたいんだとよ。ついでだ、他の奴等も助けて貰った礼でもしとけ。蛇尾、ウルフ、爺出てこい!」


 翼希望は虎人族のコクウで緊張した様子で少し離れた場所で話している。

他の連中も恐る恐るではあるが、話に行っている様なので満足である。

ちなみに救出作戦で怠惰も出したが、本人曰く何人も助けたと宣ったが後々聞くと実際は誰1人として救出してないし、何なら足を踏み外し井戸に落ちてこっちの救出に時間を掛けるクズっぷりを発揮していたので今回も勿論出さない。

流石に先程の魔法のせいで猫に近付く者がいないが遠くで五体投地の如き最高位礼法を取り祈ってくるヤバイ奴も散見され、ドン引きする猫の元にワイリスの介抱を行っていたイヴがトコトコ寄ってくる。


「目的地が女獣人達と被ってるらしいからまとめてコイツ等を運ぶ事にした。ちなみに明日出立する。お前はどうする?」

「むむぅぅ。勿論私も行きますよ!当たり前じゃないですか!」


 少し頬を膨らませ不機嫌な雰囲気を発しながら応えるイヴを不思議そうに見る猫。


「何で不機嫌なのかは知らねえが、明日までにアレを何とかしとけよ。さっきも言ったが邪魔する様なら殺すからな。精々頑張るこった」


 明日の用意をする為にその場を離れる猫の背中を姿が見えなくなるまで少女は少し悲壮な表情で見続けた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


[悲喜交交]


 猫を見送ったイヴはすぐさま同族のワイリスの元に戻り、意識が回復次第説得を試みようと決意する。

暫く横たわったワイリスを見ていると意識が戻る兆候を察知したので座って待っていると緩慢な動きで目を開ける。


「あっ!やっと起きましたね。ご気分はどうですか?気絶しただけなので問題無いとは思いますけどね。あと、ご自分が何をしたか分かってますかぁ?」


 バレていたが折角猫に抱き付いた後に発動した嘘泣きであたふたした猫を見れると思っていたイヴは、途中でその計画を邪魔した存在であるワイリスに多少苛立ちにも似た感情が湧き、冷たい対応になる。


「あ、あぁ、頭が少し痛むがそれ以外は問題なさそうだ……。でも一体何が……あの時全身にのし掛かる重圧が消えたと思ったら急に意識が遠くなって……ハッ!そうだ!イヴッ!!無事か ⁉︎あの魔物め!次こそは討伐してやる!だから安心しろよイヴ」

「はぁ……。えぇと、何処から話せばいいのかなぁ……。とりあえず猫さんは私の1番大切で大好きな家族なので暴言吐くのは止めて頂けませんか?不愉快です。あとワイリスさんでは猫さんを討伐するのは絶対に無理なので止めて下さいね?目の前で助けた命が消えるのは見たいものではありませんからね。それと確認なんですけど、私達って以前何処かで接点があったりするんですか?私は貴方に会ったのはここが初めてだと思うんですけど……」


 イヴには珍しく少し冷めた口調でワイリスを口撃するとキョトンとした顔を晒して固まるワイリス。

反応が返ってこないのを訝しみながら、また気絶したのかと疑い、手を顔の前で往復させると徐々にワイリスがワナワナ震え始め、遂には立ち上がるなり喚き始めた。

殆ど聞き取れない程取り乱していたが、聞き取れた部分を要約するとイヴが魔物に騙されてるだの、自分達は運命によって結ばれてるだの正気とは思えない発言が飛び出していたので猫直伝の土魔法をワイリスにぶっ放す。

拳大の岩塊が無防備なワイリスの頭に直撃し、ブーメランの如く回転しながら吹っ飛び、遠くの木に直撃すると糸の切れた人形みたいに崩れ落ちた。

やっちまったと思ったイヴだが手加減はしたし後悔もしていない。

大好きな猫を散々馬鹿にされればいくら温厚なイヴでも怒るのは当然である。

今後の展開を考えていると後方から声が掛かる。


「ワイリスが迷惑掛けてゴメンね。アイツは思い込むと酷くてね。俺からも説得するからイヴさんはあまり気にしなくてもいいからね」


 振り返ると赤髪赤眼に光沢のある黒角をした男魔人族がイヴに語り掛けていた。


「……そう。なら貴方に任せるから頑張って説得して下さい。貴方の言と彼の言が真実であるならば今回は絶対に説得して下さいね、お願いしますよ……。私は用事がありますのでこれで失礼しますね」


 既にイヴはワイリスに関わり合いになりたくなかったので、ワイリスの友人に全部投げる事にして1人作業中であろう猫の元に急いで向かうのだった。

その顔は既に先程の冷たさは無く多幸感に溢れ頬を赤らめる恋する乙女に変わっていた。

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