第12話 文明の終焉

 朝日が登ると共に起床し手際良く朝餉の準備を済ませ、言葉少なに朝食を終える。

そんな先日までとは違い静かな空間が形成される中、食休み中の1人と1匹。

1人は銀糸の如き髪が陽に照らされキラキラと輝きを放ち、その髪とは対照的に側頭部には2本の漆黒の角が生えており、肌はきめ細かく白磁の様に美しい。

瞳は全てを吸い寄せるが如き妖艶さを醸し出す紫紺色の整った顔立ちの魔人族の少女、イヴだ。

そしてもう1匹、顔は獅子で光沢のある漆黒の毛皮に覆われており落雷痕の様に放射状の赤黒い線、リヒテンベルク図形が全身に走っている。

だが毛皮の色も相まってそこまで目立つ事は無い。

全高は5m程で全長は10m程あり、尻尾には白い鱗に紅眼を持つ蛇が付いており、獅子の顔の横には金色に輝く毛皮に碧眼の狼が生えている。

更には背中には漆黒の翼が生えている。

この翼は同居人のもので、本来の姿は左右白黒のオッドアイを持つ山羊の顔立ちをしたデーモンである。

名前は無く、猫、蛇尾、ウルフ、翼と捻りも無い簡易な呼び名しか無い。

そんな猫達にイヴが真剣な顔で懇願する。


「猫さん!お願いします!私を鍛えて下さい!!」

「まあ、昨日俺が焚き付けた部分もある……のか?だから鍛えるのは別に構わねえが、魔法に関しては俺も我流だから微妙だな。昨日の魔法職の男が生きてりゃなぁ……」


 そう言いながら背後の蛇尾ちゃんを見ると既に俺のケツ付近に隠れていたが、(わたしは悪くないもん!)と念話だけは届く。


「まあ既に居ねえもんは仕方ねえから蛇尾ちゃんを責める事はしねえよ。それでイヴ、具体的には何を学んでどの分野を鍛えてえんだ?」


 具体的方針を決める為にイヴに問い掛ける。

暫く思案していたが意志が固まったのか此方を見る。


「私は、猫さんに守られてる弱い自分から脱却する為の力を付けたいのです!なので、戦闘訓練を重点的に教えて下さい!」


イヴの固い決意を宿す瞳を猫が真正面から暫く凝視する。


「ふむ。ザックリしてるが範囲を狭めて可能性を取り零すよりはマシか……。ならとりあえず軽く戦闘訓練でイヴがどれ程のもんか見てみるか。ただ、この姿だと微妙だから俺も人型になるか」


 すんなりと了承してもらえた事にイヴは頬を染めて喜んでいたが次いで猫の人型発言に飛ぶ様に食いついてきた。


「えッッ⁉︎猫さん人型になれるんですかッッッ‼︎⁉︎初耳なんですけど!!早く見せて下さいよ!早く早くー!!」

「……何でそんなテンション上がってんだ?まあ今回が初めてだからちゃんと成功するとは限らんが、とりあえず人型にはなれるだろ、たぶん。イヴ、少し離れてろ」


 猫の言葉に従い、興奮しながらも少し離れた所に待機するイヴ。

それを確認してから猫は人化の術と擬態のスキルを同時発動する。

スキルといっても基本魔法はイメージだと認識している猫は一番印象に残っている人物を思い浮かべる。

スキル発動に伴い全身が光り輝き、身体が変形するがここで予想外の出来事が発生する。


「いだだだだ!な、なにこれッ⁉︎全身がバキバキになっちゃう!」


 進化の時程ではないものの、全身バキバキに折れる程の激痛に耐えながら横のウルフちゃんと背中の翼ちゃんを見るが既に体内に逃げた後だった。

残っている背後の蛇尾を見るとキョトン顔で此方を見ているので猫、察しちゃった。

この激痛は俺だけだと……。

その後暫く激痛が続くが、歯を食いしばり耐えていると次第に光が収束していくに連れて痛みも収まっていく。

光が完全に収束するとそこには二足歩行形態になった猫が痛みが無くなった事を認識すると軽く頷く。

目の前のイヴを見ると顔を真っ赤にさせ、両手で顔を覆ってプルプル震えていた。


「あーあーあー、ふむ。声帯もさっきと変化無く使用出来るな。さてイヴ、早速訓練開始するぞ!」


 奇怪な行動を良くするので現在のイヴを華麗に無視しながら話を進める猫だったが


「バカァァァ!そんな事より先ずは服を着て下さい!!!!!」


 叫びながらくるりと背を向けるイヴに言われて初めて自分の状態を確認すると全裸だった。

髪は黒だが、光の当たる角度で赤黒く輝き肌はやや褐色寄りで健康的な肌感だ。


「裸くらいで何をそんな取り乱してるんだお前は。初心なガキでは無いだろうがよ。それよりも見たかったのだろう?存分に眺めるがいい!クハハハハ!」


 逮捕されても文句も言えない程のセクハラ発言をぶちかます猫に無言でイヴは洞窟内に走っていってしまった。

暫く仁王立ち全裸で待っていると服を持って帰ってきて猫にぶん投げた。


「こ、ここ、これを早く着て下さい!目に毒ですよ!猫さんは変態さんです!もう!もう!」


 真っ赤になった顔を逸らし罵倒するイヴを眺める猫は渋々服を着る事にした。


「そこまで言うかよ。なかなか立派なもんだと思うんだがなぁ。身体は自分でも見えるからいいけどよ、顔立ちは分かんねえんだよなぁ。ふぅ……ほら服着たからこっち向けよ。俺の顔はどんな感じだ?」


 再び背を向けていたイヴが恐る恐る振り返り、ちゃんと服を着ている事に安堵するが目の前に猫の顔が来ると今度は硬直した様に止まり再び顔が真っ赤になった。


「ま、ままままままぁ、い、い、いいいんじゃななないでひょうか」


 視線がブンブン泳ぎ呂律も上手く機能してないイヴを訝し気に見る猫。


「お前、大丈夫か……?壊れた人形みたいになってんぞ?やれやれ、先が思いやられるな。とりあえず顔は後で自分で確認するとして早速訓練やるぞ〜」


 段々面倒臭い状態に突入しつつあるイヴを無視しながら剣を取ると適当に構える。


「最初はお前の現状把握からするか。適当に打ってこい」


 剣をぶらぶらさせながら怠そうに言うとイヴも漸く顔を引き締め向かってくる。


「スーハースーハー!ヨシ!では!全力で行きます!かくごー!!」


ーーーーーあれから数時間が経ち、全身ボロボロに打ち身や擦り傷を刻ませ、地面に突っ伏す少女が1人。

そんな少女を冷めた眼で見つめる黒色の髪の野性味溢れる男。


「イヴ……お前に格闘センスは皆無だ。魔法職一本でやってった方がある程度強くなれる……はず」


 ボロボロの少女は立ち上がる気力が無いのか呻くだけで起き上がる気配は無い。


「ぐぬぬぬ……。ま、まだ、です……。まだやれます。け、稽古を、お願いします」

「いや、そろそろ休憩するぞ。今日が初日なんだからそこまで根を詰めなくてもいいだろ。弱えお前がいきなり強くなる訳ねえからな」


 そう言うと猫は人化を解き身体が膨張していくが、服を脱ぎ忘れてビリビリに破けてしまう。


「ね、猫さん、元に戻る時は、服は脱いで下さいよ……」


 突っ伏した状態で顔だけ上げてジト目のイヴから視線を逸らしながら横になる。


「……解いてから気付いた。まあまだ盗賊達から奪った服が沢山あるから今後気を付ければ大丈夫だろう。今や人型よかこの姿の方が落ち着くな。それにしてもイヴは身体強化のスキルを覚えた方がいいんだが、どうやったら取得出来んだろうなぁ」


 呆れながらも納得したのかイヴからの追撃は無く、まだ立てないのか這いながら此方に向かってきたので掴み上げ背中に乗せる。


「はぁ〜フワフワです〜。やっぱり猫さんの毛皮は気持ち良いですね〜。ふふふ、幸せです〜」


 暫く背中から喜色オーラが漂っていたが、何かに気付いたのかイヴが猫の頭から問い掛ける。


「そう言えば猫さんはずっとこの山に居るんですか?それとも何処かの場所を目指しているんですか?」

「ん?あぁ……そうだな。人化する手段も手に入れたから此処に留まる理由はねえからな、近いうちに街にでも繰り出してみるか。イヴもいつまでも山奥で暮らすより街で文明の文化的な生活がしたいだろ」


 振り返ると背中から下山中のイヴを確認し、猫の眼前に来るまで視線で追う。


「いいえ、私は猫さんと一緒なら街でも山奥でも嬉しいですし文句なんてないですよ」


 頬を朱に染め満面の笑顔で見てくるイヴの目線を受け、猫は呆れ顔で鎮座していた。


「いや、せめて文明人として街で過ごせよ。お前くらい綺麗な顔した奴なら嫁の引き取り手も数多だろうよ。というか、山で過ごすとか将来の夢は野盗か山猿か?」

「え、えへ、へへへ……き、綺麗な顔だなんて……。そ、そそ、そんな事言ったって何も出ませんからね。それと私はずっと猫さんと一緒に居るのでお嫁さんには行きませんよ。もちろん、野盗や山猿にもなりません!というか山猿ってなんですか!人ですらないじゃないですか!もう!もう!」


 真っ赤な顔でペシペシ猫の顔を叩くイヴを相変わらずコロコロと顔色や表情が変わる奴だなと見ていたが、1つ疑問を投げ掛ける。


「ずっと疑問だったんだが、何故そこまで俺に纏わり付くんだ?奴隷の枷から解放した事による恩義か?それとも何かの要望があるのか?家族になるという事は了承したが、だからと言って家族が一箇所に纏まる必要性は無い気がするがな」


 疑問を受けたイヴは更に顔を赤くしながら猫の足に突っ伏した。

何かをボソボソと発しているが全く聞き取れない。

埒が明かないので足をバタバタして吹っ飛ばそうと考えていると背後から助けが来る。


(キャハハハ〜。猫ちゃんは乙女心を全然理解出来てないなぁ〜。そんなの答えは1つじゃ〜ん)


 ドヤ顔で蛇尾ちゃんが乙女について語るが、元々俺の人格の一部であるこの幼女は女の気持ちが理解出来るのかと疑問に思うものの、指摘するのも面倒臭いので続きを促す様に、「その答えとは?」と問う。

すると待ってましたと言わんばかりに身体を反らして、(それはね〜あーーー)

「じゃ、蛇尾ちゃんダメー!!!!!!!」


 突然の大声に反応して前を向くと顔を更に更に真っ赤にさせ、目をぐるぐるさせあわあわと慌てながら土魔法を発動させているイヴの姿を確認すると同時に猫の両耳にドンと衝撃が走る。


「あぁ〜……大分混乱してるみたいだな。念話は耳栓をしても意味無いぞ?ふっ、ふふ、アハハハ。そんな焦りまくるイヴは初めてだな。なかなか面白かったな。それで?答えは本人の口から聞けるのかな?」


 猫耳に突き刺さった特大の土魔法ロックバレットを取り出すと絶賛混乱中のイヴに問い掛ける。


「ふぇッ⁉︎あっ⁉︎えぇと……ごめんなさい、つい反射的に発動しちゃいました!でも、そんな笑わなくても……」

「別に気にしてねえよ。見事な魔法だったと褒めておくさ。んで?答えは?」

「そ、それは……も、もちろん助けて貰った恩はありますけど……。うぅぅぅ……もう!一緒に居たいのは、ね、猫さんが好きだからですよ!うぅぅぅ…恥ずかしい……何言わせるんですか、もう!」


 湯気が出そうな程赤くした顔に紫紺の瞳を潤ませ猫を射抜いてくる。

ここまで言われれば、流石の猫でも察しが付くし勘違いする事も無いが正直ドン引きだった。


「えぇぇぇぇ……。お前、魔物に欲情寄せるなんて業が深いな。それともこの世界としてはそれがノーマルなのか?いやいや、そんな特殊性癖がノーマルである訳ないな……。イヴよ、15年の生でその特殊性癖は少し早過ぎると俺は思うぞ?まあお前の人生だから好きにしたらいいが、俺は今後のイヴが心配だよ」


 哀れみを込めた優しい眼差しでイヴを諭す猫。

諭された本人はプルプル震えてる。

全く反応が無いので顔を近づけ前脚で軽くツンツン突いてみると急にバッと顔を上げたので猫はビクリと仰け反った。


「特殊性癖じゃないもん!!」


 今まで見た事無い程の圧を放っていたが、言語退行が起きていて全然迫力は無かった。


(もう〜猫ちゃん〜その言い方は可哀想だよ〜。イヴちゃん、折角勇気出して言ったのに〜)

(そうだそうだ〜!蛇尾ちゃんの言う通りだよ〜、それでそれで?返事はどうするの〜?結婚式はいつ〜?盛大にやりたいよね〜。この世界だと教会が主流なのかな〜?あっ!でもでも1番はわたしだからね〜?)

「黙りなさい幼女ども。特にウルフちゃんは完全にトリップしちゃってんじゃん。とりあえず落ち着けよ。しかしまあ、確かに蛇尾ちゃんの言は尤もか……。イヴ、ん?イヴ?おーい。何で固まってんだ?石化の状態異常か?ん?プルプル震えてるな。おい!」


 呼び掛けに全く反応を示さないイヴの頭をペシと叩くとびくりと反応した。


「ふぁぁぁ!けっ、けっ、けけけ、結婚なんてまだ早過ぎますよ!もう!もう!い、いや、で、ででも猫さんが望むなら、や、吝かでもないですよ?」

「何なんだお前等は……。女三人寄れば姦しいってヤツか?翼ちゃんを見習えよな。とりあえず話を振った俺のせいでもあるが、この話は一旦終わりだ!異論は認めん!今後の行動指針は直近の事項が片付いた後に決める事にする!いいな?」


 強引にまとめに入ると不満顔ながらも羞恥心の方が大きかったらしく頷くと猫の背中に這い登る。

ちなみにウルフと蛇尾ちゃんは終始五月蝿く、翼ちゃんは俺以外の男の話題じゃないと興味が無く出て来なかっただけだった。

猫は溜息を吐きながら午後からのイヴの訓練メニューを考えるのであった。


 周囲はすっかり闇に覆われていた。

隣からは微かに寝息が聞こえ、視線を向けると今日1日の訓練が余程大変だったのか横になるなり気絶するかの如く寝入ったイヴが居る。

深い眠りに入っているので起きる気配が無い事を確認する。


(さてと、そろそろ動くか。大分前に魅了した冒険者達はいつの間にか死んでたから先ずは情報収集からかなぁ。チッ、実験は成功したのはいいが面倒臭いな、感のいい奴がいたのか)


 静かに起き上がり洞窟の外に出るとアルザスの街まで飛んで行く事にする。

その前に自分を人化してからイヴに諸々魔法を掛け、洞窟の入り口にも一通り魔法を掛けてから街に向かう。

数分で街の上空に着き、周囲を確認するが特に魔法などが掛けられている気配が無いので隠蔽の魔法を掛けてから街に降り立つ。

まだ時刻としては前世感覚で19時くらいなのでそこかしこに明かりが灯り笑い声などが周辺から聞こえる。

その中でも一際デカイ店に入ってみる事にした。

入ると店員が直ぐに案内してくれたので、酒とつまみを頼み中央付近の席に着いた。


(蛇尾、ウルフ、翼、酒場は色々な情報が集まるから周囲の会話に耳を傾けて有益な情報をGETしようか)


 各々の返事を聞き暫く情報を収集するがあまり有益な情報はなかった。

追加で暫く粘ったが埒が明かないので仕方が無く他の場所に移動する事にする。


(一応言っておくけど、皆が顔出せないから今回は魅了も含めて俺がスキルを使うからな)

(まあ今回に関しては仕方ないわね。次回からは私も人化を試してみようかしらねぇ)

((わたしも練習する〜!))


 はいはいと流しながら外に出て向かうは街灯の明かりも届かない裏路地だ。

情報は表より裏の方が集まり易いのは常識だ。

人気の無い道を歩き、偶に道端にチョロチョロいるネズミに魅了を掛けていきながら散歩をしていると予想通り前後に気配察知が反応した。

前方には4人の男達が姿を現し、後方には少し離れた場所に3人隠れていた。


「へへへ、おいテメェ。ここを通りたかったら俺等に銀貨10枚の通行税を払いやがれ」


陳腐な言葉を吐くゴミは薄汚い笑みを浮かべながら進路を塞ぐ。

先程の酒屋での情報で1番有益だったのが、この世界の硬貨の価値についてだ。

一般的に普及している硬貨は7種類だ。

現在レートではこんな感じだ。


鉄貨:日本円換算約1円

小銅貨:日本円換算約10円

大銅貨:日本円換算約100円

小銀貨:日本円換算約1,000円

大銀貨:日本円換算約10,000円

金貨:日本円換算約100,000円

白金貨:日本円換算約1,000,000円


 庶民などは金貨以上は殆ど見る機会すらなく生涯を終えるのだと言う。

実は盗賊を狩りまくっていた時の戦利品として猫は金貨などを所有しており小金持ちであった。

それでもゴミに与える慈悲は無く目障りだったので4人に闇魔法を、後方の3人には光魔法をそれぞれ放つ。


「7人も居ても面倒臭いから間引いて2,3人くらい居ればいいだろ」


 前方からは既に返事は無く地面から真上に伸びる漆黒の槍には踊り串の様に人間が突き刺さりピクピクと痙攣している。

4個のオブジェを一瞥し、後方に振り返り残り3人の所まで行くと意識が朦朧としている汚い男達が居た。


「はぁ、はぁ、な、なんだ、お前、は……。俺等に喧嘩売って、タダで済むと思うなよ!」


 空気の濃度を薄くしてる中でも威勢が良い1人を見ながら猫は面白い余興だと考えながら濃度を戻していく。


「いいね、お前。他はまあ、要らねえから殺すか。そんな事よりお前等が組織立ったゴミだという事は理解した。早速だけど、タダで済まないならどうするつもりだ?その結界を破壊する術があるのか?無いなら早速ボスに会わせてくれると楽なんだけどな」

「ックソ!!あぁ分かった……。ボスに会わせてやるよ。チッ!」


 観念した雰囲気を見せ、裏があり隙を突く算段なのが眼の色でバレバレだったが、都合が良いので一先ず騙された振りをするが少しちょっかいを掛けることにした。


「へぇ〜素直なのは良い事だね。その心意気に敬意を評してこんなプレゼントをしようか」


 男は何を言われているのか理解出来ていなかったが、次の瞬間強制的に理解する。

両端に倒れている仲間の男2人の身体が軋みながらグチャグチャに潰れていったからだ。

周囲は血の海となり夜風が血臭を散らしながら次第に肉や骨が引き潰される音が消え、静寂が戻ってくる。

言葉は理解出来ても状況が理解出来ておらず仲間がゆっくり挽肉にされていく所を男は呆然と眺めていた。


「さて、プレゼントは気に入ってくれたかな?時間も無いし早い所仲間の場所まで案内してくれ。いやもう面倒臭えし、こうやった方が手っ取り早いな。おい!」


 呼ばれた男はビクリと肩を震わせ、恐る恐る顔を上げるとそこには赤く光る真紅の眼が輝いていた。

男がノロノロと動きながら暫く歩き、数分もすると一際豪華な家が見えて来た。

歩きながら聞いたがボスは有名な人物らしくこの街の裏を支配してる存在らしい。

館の門には屈強そうな門番が2人居て此方を訝しそうに見ている。


「おい、お前が説明してこい。急げよ」

「あ、あぁ、分かった」


 スタスタと歩いていき門番と話し、スタスタと戻ってきた。


「約束してないから今日は無理だそうだ。また明日以降に予約を取れとさ。どうすんだ?」

「まあ、そりゃ確かに正論だな。アポ無し訪問とか迷惑極まりないからな。お前はもういいからそこら辺で俺の為に情報収集でもしてろ、行け!」


 男と別れると猫は引き返す事なく闇魔法で隠蔽してから壁を飛び越えあっさりと館の中に侵入する。

気配察知を使い周囲の人間の位置を確認してから上階に向かって歩を進める。

何故上に行くか、それは単純に偉い奴は上に居ると相場は決まっていると思っているだけである。

警備の人間やメイド、執事なんかにすれ違うが特に問題無く、最上階の3階に辿り着く。

少し調べると明らかに偉い奴が居そうな1番デカイ扉を見つけたので早速中に入ると正面には執務用の机で事務仕事をしているであろう、でっぷりとした男が座っていた。

流石に扉の開閉音は遮断出来ないので男は顔を上げる。


「こんばんは。一応確認するけど、お前がここのボスで合ってるか?」


突然現れた猫男に男は目を見開くが直ぐに鋭く目を細めた。


「何だお前は?ここが何処か分かっておるのか!」

「いやいや、俺から質問したんだから先ずはそれに答えようよ。質問を質問で返すなよ、しかも挨拶もしたのにそれも無視するってどういう教育受けてきたんだよ、頭に蛆でも湧いてんのか?ハァ……まあいいか、紳士でクール、優しさに溢れる俺が先にお前の質問に答えてやるか。つっても、んー……俺は人間かな。此処はお前ン家だろ。はい終わり。さて、で?」


 とりあえず正体を隠しつつ適当に質問に応えたがお気に召さなかったのか、デブ男が怒り心頭といった様子で椅子から立ち上がる。


「おいテメェ!あまり舐めた事抜かしてるとぶち殺すぞ!!俺を誰だと思ってやがる!裏社会じゃ知らねえ奴は居ねえバルバーー」

「あぁ、いいからそういうの。お前の名前には興味無いし覚える気もないからな。裏社会の知名度があるなら駒としてはアタリだな。とりあえず魅了いっとくか」


 段々と面倒臭くなったので一瞬で目の前まで移動してデブ男の頭を掴みサクッと魅了すると猫が望む情報を色々集める様に指示する。

本日の用事を済ませるとさっさとデブ男の館を出て、裏路地を中心に歩き回り目についたネズミを魅了して情報の目を増やして今日の活動は終わりにする事にした。

洞窟に戻り、人化を解く前に蛇尾達の練習をする。


(蛇尾ちゃん達、各々人化の術を勝手に練習してくれ。コツが知りたければ教えるが先ずは1人でやってみろ、俺は別の事に集中する)


 それだけ言うと猫は自身の内に集中すると、寝坊助を起こすべく心の深層に潜る。

集中するとスッと意識が内に落ちていき直ぐに心底に辿り着く。


(此処は……前世でアイツ等と入れ替わる際に見てる場所か。いつもは意識自体が朦朧としてて殆ど覚えてねえが、最後の景色と同じだな)


 前世で死ぬ前に見た景色と同様、中心には光の柱が聳え立ち、その周囲には6脚の椅子が等間隔に円を描き置かれている。

しかし、既に機能はしていないのか中心には誰も居ないし椅子にも誰も座っていない。

改めて見ると椅子にはひとつひとつ不思議な模様が描かれているが、どの様な模様かは猫には認知出来なかった。


(精神が完全に分離したから機能しなくなったのか?いや完全ではねえか……ただもう俺だったとは思えねえ行動や言動になってるからな。ふむ、有り得たかもしれない未来の姿、か?……俺の頭じゃ解らねえ事だらけだが、この光景が残されたままなのも何か理由があんのかね。まあいいか……。それより他の奴等を捜しに行くか)


 目の前の光景に興味を失い、優先事項を思い出した事により行動を開始する。

と言っても自己精神深層なので目を閉じ集中して思い描くだけでその場所、人物の元まで自由自在だ。

場面が変わった気配を感じ取りゆっくりと目を開くと、そこは壁という壁を本で埋め尽くされた図書館だった。

高さが何十mとある本棚にはビッシリと本が埋め尽くされているし重力を無視したかの様に空中にはフワフワと本が浮かんでいる。

その図書館の中央には司書机があり、そこには1人の老人が座っていた。


「おい爺さん、やっと見つけたよ。そろそろ起きて俺の役に立ってくれよ。ちなみにこっちの状況ってどれくらい知ってんの?」


 気安い調子で話し掛ける猫に、顔を上げた爺が煩わしそうな表情で溜め息を吐く。


「お主も彼奴と同じくらい粗野な男だな。まあ、元は1つだからこそ間違いではないのかもしれんがの……。儂はずっと起きておったよ、だから答えとしては卵の殻を破る前から知っておるさ。この世界はとても興味深かったが、お主が認知しない限り儂が表に出て干渉出来なかったんじゃよ。じゃからお主が此処に来てくれて助かったわい。感謝するぞ猫坊」


 前世から知識欲が激しく未知を既知に、既知を未知にする事が大好きな面倒臭い爺さんだった事を思い出し、猫は早めに話を進める。


「そうか、なら話はいつでも出来るし俺は残りの奴の所には行かなきゃ、な……。な、なんだこりゃ……」


 踵を返して歩き出そうとした瞬間に物凄い脱力感に襲われ膝をつく猫。


「ほほぉぉ。流石に自己精神の深層世界でもそう長い時間は集中力が続かんか。これは興味深いのぉ、フォフォフォ」

「……チッ!黙れクソ爺!はぁはぁ、仕方ねぇな。他の奴等は次回だな」


 顔を歪ませ言うだけ言うと猫の姿が消える。

残ったのは元の静寂な図書館と三日月の目と口をした喜色満面の老人だけだった。


 水面に浮上する感覚に近い浮遊感を味わいながら意識を覚醒させていくと周囲の喧騒が耳に届く。

ゆっくり目を開けると金銀幼女が走り回り、漆黒の翼を生やし左眼が黒で右眼が白のオッドアイ、艶がある黒髪をしてその側頭部には魔人族に似た捻れた角が2本ある美女が猫を膝枕をしながら覗き込んでおり、少し離れた場所には先程まで話していた白髪に髭を生やした老人が座っていた。


「ん?あら?戻ってきたわね。全員起こすのかと思ったけど、お爺さんだけなのね」

「……あぁ、負担がデカかったからな。明日にでも残り2人も起こす事にする。それよりも全員人化の術は成功したな。移動可能距離は調べたのか?」

「それならあの子達が調べたけど、今の段階だと半径100mくらいが限界みたいね」

「そうか。それなら今後街でも別行動は可能か。でも蛇尾とウルフを1人にするのは危険だから必ず誰かとセットだな」


その言葉を聞き取ったのか幼女達が勢い良く猫の前に来る。


「なんでなんでー⁉︎わたし達ひとりでもだいじょーぶだもん〜!おとなだもん!立派なれでぃなんだよ〜」

「そーだ!そーだ!れでぃだもん〜」


蛇尾の主張にウルフが乗っかるが猫と翼が冷めた目で見る。


「言葉も辿々しい幼女どもがッ!寝言は寝て言え!とりあえず最初は単独行動禁止だ。制限解除されるかはお前等の行動次第だ。さて残りは爺さん、サクッと鑑定して確かめるからこっち来い。鑑定っと」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


[アプレグリーディアリッチLv.1][新種]強欲

強欲→欲深くなりよく感情が暴走し周りが見えなくなる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 強欲の詳細を調べるが、いつも通り大罪系のゴミスキルだと判明した所で洞窟からイヴが目を擦りながら出てきた。


「んんぅ?……猫さん?目が覚めたら居なくなっていたので心配しました……。と言うか人の姿でなに、を、ん?その子達と……ね、猫さんに、ひ、膝枕している美女さんとそこのお爺ちゃんは誰ですかッ⁉︎」


 猫の前まで来て頬を膨らませ上目遣いで訪ねてくるイヴを一瞥し、周囲に散らばっていた面々を呼び集める。


「人化した姿は初めてだから仕方ねえな。この幼女達は金髪がウルフで銀髪が蛇尾だ。んでそっちの黒髪が翼で、新入りのそれが爺だ」


眠気も吹っ飛ぶ程だったのか目を皿の様にまん丸にして驚いていた。


「えっ?うえッッ⁉︎人化すると猫さんから分離出来るんですかッ⁉︎ウルフちゃんも蛇尾ちゃんも声で想像出来ましたけど、本当に幼かったんですね。翼さんは美人でしかも魔人族?みたいな角がありますけど……。お爺ちゃんに名前は無いんですか?」

「ついさっき成功したばかりだから普段から分離出来るかは要実験だな。翼ちゃんの種族は魔人族じゃなくデーモンだ。だから角くらい生えててもおかしくないだろ。それとな、名前が無いのは此処にいる全員だからな。まあ明日以降にあと2人起こす予定だからその時に改めて紹介するとして、まだ朝には早すぎるからな。とりあえず寝ろ」


 会話に参加する気がない幼女達はするすると猫の肩に登り左右にちょこんと座り、その光景をイヴが話を聞きながら羨ましそうにチラ見していたが猫が顔を近付け頭をガシガシ撫でながら寝ろと言われて意識が100%猫に向く。


「確かにまだ真っ暗ですね……。なら猫さんも一緒に寝ましょう」


そのままイヴに手を引かれ洞窟に入り横になる。


「この身体になってからは睡眠なんて取る必要はないんだがな。……つーかそんな腕をへし折る勢いで抱かなくても逃げたりしねぇよ」

「信じられません!猫さんが居なくならない様にこの腕は私がしっかり抱いときます!」


 全く信用されてない事が判明したが、反抗するのも面倒臭いのでイヴの好きにさせると、猫は目を閉じ明日以降の作戦を立て始めた。

 翌日からも変わりなく日が昇って沈むまでイヴや他の連中の修行を行ない、夜は街に赴き工作や情報収集をする。

その様な日を5日程繰り返し、本日を以て漸く工作が完了したので最後の仕込みの為にいつも通り夜までイヴ達の修行をして待つ事にする。

ちなみにこの5日間に残り2人も起こしたのでこれで全員揃った。

2人の鑑定結果は憤怒と怠惰だ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


[スローテディアスライムLv.1][新種]怠惰

怠惰→基本動かず何もしない。

   基本怠惰なモノの戦闘力は皆無で役に立つ事はない。


[オルゲイラドラゴンLv.1][新種]憤怒

憤怒→特に理由も無く常に怒っている暴君。戦闘狂。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 最後2人は性格は違うがどっちも役に立たなそうだなと思う猫。

怠惰は言わずもがな、憤怒も扱い辛いタイプ。

起こした事を後悔したが後の祭りなのでとりあえず気にしない事にした。


「大罪スキルは傲慢以外は埋まったけど、俺が傲慢なのか?でもスキルにそんな表記はないしな。しかもこんな品行方正な男を捕まえて傲慢とか誰が言えるだろうか、否居ない!まあ仮に言われてもそんなんゴミスキルだから要らねえな」


 全員から白い目で見られたが全てを無視しながらイヴ達の修行をして、徐々に日が陰り周囲が闇に包まれていく。

少し離れた場所でイヴが夕餉の支度をしていたので、明日以降の説明の為に近くに歩いて行く。


「イヴ、今日から明日に掛けて出掛けてくる。明後日にはこの洞窟を離れて街を拠点にする」


 両肩に幼女2人を乗せながら淡々と今後の予定を話す猫にイヴは驚きながらも同意し便乗しようとする。


「最近夜に何かしてたのと関係があるんですね、分かりました。じゃあ今日から私もついて行きます!私の為に何かしようとしてくれているんですよね?なら見届けさせて下さい」


 こうなると頑固なイヴを説得する気は既に無い猫は、「好きにしろ」と素っ気なく応える。

それでも「はい!」とイヴは嬉しそうに応えた。

その後、食事を済ませてから街に飛び立つ。


「魔人族である事がバレると面倒だから隠蔽しとくぞ。……怖くはねぇのか?」


 飛行中、猫の背中に座るイヴに話し掛けると頭によじ登ってくる。


「ありがとうございます。そうですね……怖くないと言ったら嘘になりますけど、今はそれ以上に猫さんが傍に居てくれるだけで安心感の方が勝ってますから平気です!」

「ふむ。それなら後は寝ない様に気を付けろよ」

「もう!またそうやって子ども扱いするんですから!私はもう立派な大人の女性なんですからね!」


 ご立腹な雰囲気がイヴから漂い耳を引っ張られているが面倒臭いので無視して街に急ぐ。

乗客が何やら喚いているが、全てスルーしながら闇魔法で隠蔽をしてから初日に落としたデブ男の屋敷の正門近くに降り立つ。


「イヴ、降りろ。そんで人化するから離れてろ」


 素直にイヴが猫から下山してパタパタと離れるのを確認すると猫の身体が縮んでいき人間の姿に変わる。

それに合わせて蛇尾とウルフもポンポン猫から分離する。

翼ちゃんはデブ男に興味ないのか出てこない。

爺は昨日まで散々デブ男の書庫を荒らし満足していて本日は収集したデータ処理諸々をしてる。

怠惰のスライムは音信不通。

憤怒は出すと暴れるので許可制の解放にしているので修行以外は出さない。

そんな感じで本日は金銀幼女のみの参加だ。


「イヴ、ここで蛇尾ちゃん達と待ってろ。すぐ戻ってくる」


 それだけ言うと返事を待たずスタスタと屋敷に入って行った。

数分後に戻ってくると次の目的地の冒険者ギルドに向かう。


「いや〜意外と今回はイヴを連れて来て正解かな。クハハハ、より面白くなりそうだ」


 上機嫌に歩き出した猫の後ろをイヴが不安そうな顔で付いて来る。

そのまま暫く歩いていると遠くの方に冒険者ギルドが見えてきた。


「とりあえず三人娘には闇魔法で隠蔽するから大人しくしてろよ。特に金銀幼女達!」


早速走り出そうとする幼女達の首根っこを掴み持ち上げる。


「はなせぇ〜!お腹空いた〜!あの中から美味しい匂いがするよ〜」

「えへへ、猫ちゃんはわたしの事が心配なんだね〜。目を離すと何するか分かんないからしっかり見張っとくようにね!」


 安定の腹ペコ娘とやべえ発言をする娘を交互に見て、処置無しと判断してペイペイと地面に雑に投げる。


「イヴ、コイツ等の操縦は任せた」


 反応が返ってくる前にギルドの門を開け、遅れて三人娘も猫に追随する。

夜間なので、そこまで人は居らず受付に2人と冒険者は疎に席で酒盛りや食事をしている。

猫はそのまま受付嬢の元まで行くと、至る所から視線が突き刺さる。


(こ、これは!異世界転生あるあるのギルド絡みってやつかな。あっ、フラグ立てちゃったかな、アハハハハ)


 そんな事を考えていたが残念な事に特に絡まれる事なく受付嬢がニッコリと営業スマイルで微笑む。


「こんばんは、本日はどういったご用件でしょうか」

「あぁ、実はギルドマスターに会わせてほしいんだよね。一般人による情報提供ってやつかな」

「申し訳ございません。ご予約が無い方は面会出来ない規則です」

「いや〜そこを何とかお願いしたいんだよね。これはきっと君の為にもなるからさ、お願い」


 困惑した顔の受付嬢が言葉を発する前に横の酒場からドンと音が鳴った。


「おい!そこのクソ野郎、さっきから聞いてりゃギルマスに会いてえだと?殺されねぇうちにさっさと消えな!」


 スキンヘッドで筋骨隆々、背中にバトルアックスを装備した男が酒気を撒き散らしながら此方に近づいて来て、周りからの視線が猫とハゲのおっさんに集中する。


(早速フラグ回収しちゃったなぁ。まあこれはこれで面白いからいいか、あぁぁぁぁ楽しい!!クハハハハハハ!おっと、だが確認はしっかりしねぇとな)


 心でフラグ回収をした事で歓喜に打ち震えながらも一応ルールを確認する猫。


「ねぇねぇ受付のお姉さん、もしこの場で乱闘が起きた際に死人が出たらどうなる?」

「はい?えっ?あっ!えぇと冒険者同士であれば過失割合に応じて罰則が発生しますけど、一般人との揉め事で怪我や最悪殺めてしまった場合は基本冒険者が処罰されます。軽いもので等級落ちや資格剥奪、重いものですと処刑されますよ」

「なるほどね〜いやはやありがとう。俺は冒険者登録してないから一般人って事になるよね?それであのハゲは冒険者、殺しても殺されても罪に問われるのはハゲだけって認識でいいかな?」


 確認の意味を込め再度問うと緊張した面持ちで頷くので、それを見た猫は満足気に頷く。

しかし、ハゲ男を無視しながら会話を続ける猫達に怒りを滲ませながらズンズンと目の前まで来る。


「なに無視してやがるテメェ!!!」


 酔いと怒りで茹で蛸みたいに真っ赤な顔になりながら怒鳴り散らすハゲ男。

周囲の冒険者達も酔いと勢いに任せる野次馬根性で煽ってくる。


「ちょ、ちょっと!この方は一般の方なんですから揉め事は困ります!貴方もただではすみませんよ!」


 流石の受付嬢も看過できなかったのか語気を強めハゲ男を注意するが……。


「いやお姉さん、いいっていいって。ククク、このままの方が面白くなりそうだからさ。おいハゲ男、面白いけど時間は貴重だからお前みたいなゴミに長時間あげるつもりはないんだよね。口だけハゲはお家に帰ってママのおっぱいでも吸ってろよ、アハハ」


 ハゲ男より早く受付嬢に返答すると、受付嬢は唖然として固まる。

そして煽られたハゲ男は細かくプルプル震えると背中に装備してたバトルアックスを抜き両手で握り振り上げながら構える。


「どうやら本当に死にてえらしいな!俺に喧嘩を売った事を後悔するんだな!死ねぇぇぇぇぇぇ!!」


 相当酔ってるらしく状況判断が出来ないらしく、一般人である猫に狙いを定める。

どうやら魔法武器だったらしく上段に構えたバトルアックスに放電が絡み付き、バチバチと音を立てながら猫目掛けて勢いよく振り下ろされた。

閃光が一瞬冒険者ギルド内を染め上げ、悲鳴を上げる受付嬢に歓声に沸く野次馬達そして呑気な声で話す猫。


「生き死にが関わってる状況で何をペラペラと無駄口を叩いてやがる。自分が強者だと勘違いしたゴミは本当に始末に困るな。タイマンでの戦力差を読み取るのは生き残る上で何より大事だろうがよ。盗み聞きするくらいの小者ならそれ相応の謙虚な心で隅っこで震えてろ!」


 閃光が収まり受付嬢が恐る恐る目を開くが目の前の光景に「はっ?」と間抜けな声を出してしまった。

周囲の野次馬達も呆気に取られ固まっており、当事者のハゲ男も状況が全く掴めてなかったが徐々に激痛が両肩から広がる。


「うぎゃあぁあぁぁぁぁぁぁ!お、俺の腕がぁぁぁぁぁぁ!」


 一瞬でハゲ男のバトルアックスと両腕の二の腕ら辺までが消えており、どこを探しても見つから無いどころか切断部位からは血の一滴も吹き出しておらず傷口は香ばしく焼かれていた。

猫はそのまま痛みで酔いが覚め、泣き喚いているハゲ男の前まで歩いて行くと痛みより恐怖が勝ったのか猫の接近に気付きビクリと身体を震わせ後退る。


「な、何だぁぁ!!な、何なんだよテメェはよぉぉぉ!痛え、痛えよぉ、クソォォォ、クソクソ、クソー!!」

「ふむ、最後の言葉はそれでいいかな?では、さようなら〜」

「ッッッッ⁉︎ま、待っぐげぇぇ……」


 急に頭上から降って来た自身の両腕付きバトルアックスに頭を真っ二つにされ、ハゲ男はあっさり死んだ。

その最後を見た猫は次の瞬間には興味を失い踵を返して受付嬢の前に戻り、何事も無かったかの様に笑顔で話を再開する。


「いや〜このギルドには大きめの虫が居るみたいだね。ここだけの話、実は私はね……ゴミ掃除が得意なので依頼があればいつでもお手伝いに伺いますよ。格安にしときますよ〜。ん〜?おっと、少し脱線してしまいましたね、それで?ギルマスを呼んで来て欲しいんだけどな。おや?あれれ?おーい。起きてる?」


 あまりの状況に理解を拒否しフリーズした受付嬢を相手にしていた猫のズボンをチョンチョンとイヴが引っ張る。


「猫さん猫さん、前の冒険者さん達の情報を持ってきたと言えば何とかなりませんか?」


 猫は目をクワッと開きそれだ!とビシッと指を突き付けイヴの頭をワシワシ撫でる。

頭を撫でられ中のイヴは俯いて顔は見えないが嬉しいオーラを撒き散らしてる。


「さて、受付のお姉さんそろそろ戻って来てよ。えぇとなんつったっけ……あっ!そうだそうだ、天銀の剣の情報を持ってきたんだけど〜」


 フリーズしていた受付嬢も天銀の剣という名前に反応して此方に帰ってきた。

弱いのに有名だったのかと思いながら後はその効果がどんなもんかと受付嬢からの返事を待つ。


「はっ!あっ、し、失礼しました。ん?えっ?えッ⁉︎て、天銀のけ、剣の情報、ですか?彼等にな、何かあったという事でしょうか?」

「そうそう、ソイツ等だよ。結構重要な情報だから直接ギルドマスターに伝えたいんだよね。と言うかもうそこで隠れて聞いてるのがギルドマスターで合ってるかな?早く出てこいよ」


 受付嬢が驚いた顔で振り向くと気まずい顔をしたギルドマスターが姿を現す。


「よく気付いたな若いの。それで、アイツ等に関する情報って話だったな。いいだろう、上の俺の部屋で聞かせてもらうぞ」

「気配も消してない、ただ隠れた奴を見つけただけだ。それにしても、へぇ〜色々察してる顔をしてるな、良いね良いよそういうの、面白くなりそうな展開は心躍るよね!流石!、って言いたい所だがそれにしては気付いてないのな。んー……まあいいか、早く行こうぜ」


 先を促すとギルドマスターが階段を上がっていき、猫達もそれに続き歩いて1階から姿を消すと周囲で沈黙を守っていた野次馬達が一斉に騒ぎ出した。

執務室の椅子にギルマスが腰掛け、机を挟んだ向かい側のソファに猫とイヴが座り金銀幼女は猫の両肩に乗っている。

ギルマスは猫の存在しか認識出来ていないようでお茶を猫と自分の分だけ用意した。

鑑定で毒などの混入がされていない事を確認するとお茶をイヴに渡すと気になっている事を聞いてみた。


「隣の部屋の奴は居れなくていいのか?」


その発言にギルマスは片眉をピクリと動かす。


「……警備の者だとは思わないのかね?」

「ん?はぁ?それはなんかの冗談か?本気で言ってんなら弱い警備を雇ってるなと思うね。まあ参加させる気が無いならそれでいいよ。こっちにしても時間が惜しいから早速話を始めよう」


 色々思う所がある顔をするギルマスだが今は猫に話を合わせる様で頷いた。


「分かった!確か天銀の剣についての情報だったな。聞かせてもらおうか、アイツ等は今どこにいる?」


 少し身構えるギルマスだったが、話し出そうとする眼前の猫の雰囲気が急変し冷や汗が滝の様に流れる。


「どこに居る、か。その答えならここに居るって応えるがそういう訳じゃねえよなぁ。まあ簡単に言うと天銀の剣の奴等は俺が全員殺したよ。俺の家族に手を上げたんだから当然だよな。だけどな、話はそれで終わりじゃねえんだよ。ソイツ等も下っ端の雑魚でな、依頼を下した命令者がいるんだよな。なぁ、お前だろ?だから最後通牒と手土産を持ってきてやったよ。ほらッ」


 猫が手を前に突き出すと机の上に丸い穴が開き、中から丸い塊がビチャッと落ちる。

流石はギルマスなのか、目の前のお手製ミートボールにも目を見開くだけで声を上げない。


「……それで、君の要求は何かな?俺の命か?」


 冷や汗が止め処なく流れる状態ながら毅然とした態度で相対するギルマスに猫はパチパチと手を叩き称賛する。

対してイヴからはジト目を向けられるが気分が乗ってるので無視だ。


「いい!いいね、良い!良いよ!面白いなお前、アハハハハ!その態度は流石ギルドマスターだな。でもな、1つだけ勘違いしてるよ。俺の命?違うだろ!俺達の命、だろ?何故俺の家族とお前の命程度が対等だと思った?」


 猫が軽く殺気を放ちギルマスを射抜くと青白い顔が更に蒼白になり死体の様に血の気が無くなる。


「まぁそう警戒するな、って言っても無理か。だけど今は殺さないから安心しろよ。お前等の余命は明日だ!明日この街を地上から消す事にした。っとその前に幾つか質問があるが、お前は何故魔人族だけ生捕りにしようとした?いや一々問答は面倒臭えな」


 サクッと魅了の魔眼を使うとギルマスは簡単に掛かる。

以前の冒険者達の様に阻害されなかった。

警戒心が足りないなと溜め息を吐くも聞きたい事をサクサク聞いていくと、何でも依頼主はこの街一番の奴隷商とのこと。

現在この世界では魔人族は希少種らしく生死問わず色々な活用方法があるらしい、なので今回生捕りの依頼がされたのだった。

他には近隣のお国事情を色々聞けたので今後のお楽しみに活用しようと猫は満足気に頷くとギルマスの魅了を解く。

魅了中の記憶は無いらしくまた急に蒼白い顔に戻り緊張感が顔に出てる。


「さて、とりあえず俺の用事は終わったが特別に最後の土産にお前が聞きたい事にも答えるよ?」


 訝し気に此方を見ながらも少しでも情報を集めたいのか気合いを入れ直し口を開く。


「……お前は一体何者だ?先程、家族と言っていたが、お前は魔人族、なのか?」

「あぁ〜確かにそれは気になるよなぁ。でも俺は魔人族ではなく魔物だな」


 アハハハと笑いながら軽口を叩く猫にギルマスは驚きと困惑がない混ぜになる。


「なにッ⁉︎ま、魔物、だと⁉︎貴様そんなつまらん嘘、誰が信じる!馬鹿にしているのか!!」


 既に吹っ切れており、謀られたのかと思ったのか執務机を激しく叩くギルマスに猫は視線を横に向け何かを話していたが暫くして目線をギルマスに戻した。

顔を正面に向けた猫は笑顔を浮かべていた先程とは違い全ての感情が抜け落ちた顔をしており、部屋の温度が下がる錯覚を覚える程の冷淡な眼をギルマスに突き刺していた。


「人間は本当に愚かだな。はぁ……、折角な楽しい気分も台無しだよ、話してるだけで疲れる。自分の狭い常識の範疇だけでモノを語り、未知に出会えば理解を捨て頑なに否定する低俗な人種。まあ例外もいるから面白くもあるんだけどな。さて、俺の用件は終わったからそろそろ帰るけど疑ってるお前に最後に証拠でも出してやるよ」


 言うが早いか次の瞬間には執務机とミートボールが粉々に砕け散る。

机があった場所には漆黒の毛皮に覆われた巨大な前脚が存在していた。

ギルマスは反応すら出来ずに眼前に見える漆黒の巨大な前脚を只々間抜け面で眺めていた。


「これでも否定する様なら仕方ないから諦めるよ。まあ元々期待なんてしてねえから後は自分に都合の良い解釈をするといい。それもまあ明日までの命だから後悔せずにな」


 前脚を戻しそのまま部屋を出て行く猫を散らばったミートボール塗れのギルマスがずっと見ていた。

1階に降りると喧騒が再び静まり返る。

先程絡んできたハゲは既に片付けられていたので、左肩に座る蛇皮ちゃんから不満の抗議を受けているが軽くスルーする。

そしてある事を思い付くと先程の受付嬢の所に顔を出す。


「お嬢さん、俺も冒険者登録したいんだけど可能か?」


 受付嬢は一瞬ギョッとしながらもすぐに営業スマイルで微笑む。


「えっ?は、はい、問題ないですよ。では、この書類に必要事項をご記入下さい」


書類を受け取り、猫が固まる。


(あっ!俺名前ねぇじゃん……。前世の名前も何故か思い出せねぇからなぁ。まあ適当でいいか。そういや、イヴ聞こえるか?お前も冒険者登録しとくか?)


 後半で念話を繋ぎイヴに目線を送るとパタパタと近寄ってくる。


「えぇと、私でも登録出来るんですか?」

「知らねぇ。ただ今後くだらない事に時間を取られるくらいなら今日まとめて処理するぞ。身分証代わりになるなら持っといて損は無いだろ」

「猫さんがそう言うならお任せします。……そういえば猫さんは名前無いのに登録出来るんですか?」


 可愛らしく小首を傾げ上目遣いに見てくるイヴの指摘に頭を撫でる事で黙らせる。


「きゅ、急にな、なんですか⁉︎い、いや別に嫌とかじゃないですよ?むしろ嬉しいと言うか幸せというか……はぅぅぅ」


 予想以上の効果があったらしく早口に捲し立て顔を真っ赤にして俯いてしまった。

その隙に適当に用紙の記入を進め提出するが受付嬢に怪訝な顔をされてしまう。


「あ、あの〜名前の欄に記載がございませんが?」

「やっぱそこかぁ。まあ確かにそんな反応になるよね。ただ俺に名前はねぇから空欄でもいいだろ?」

「申し訳ございません。登録に際して名前の記入は必須事項ですので、記入が無い場合は登録が出来ないんですよ……」


 眉を八の字にさせ、申し訳なさそうに言う受付嬢を見ながら思案を巡らせるが直ぐに諦める。


「なら俺はいいからコイツだけでも登録してやってくれ」


 そう言って隠蔽の魔法を解除して持ち上げて受付嬢の前に掲げると本日何度目かになる驚愕が受付嬢を襲う。


「ま、魔人族、方、ですか……」

「はぁ……、またその反応かよ……。ワンパターンな奴等で対応するのも面倒臭え、早くやれ!」


 時間の無駄だと思いさっさと魅了の魔眼で作成済みの書類を処理させる。

その際にはついでとばかりに猫の書類も受理させる事を忘れない。

登録は短時間で終わったので冒険者カードを貰いギルドを後にすると後ろからパタパタ付いてきたイヴが猫の服を掴む。


「急に態度が変わったので猫さんが何かしたんでしょうけど、その、大丈夫だったんですか?」

「ん?大丈夫とは?」

「いや、正気に戻って取り消し処分になるんじゃないかなって……」

「あぁ〜そういう事か。それなら問題無いだろ。明日には全員死ぬんだからな、証拠隠滅だ!」

「えッ⁉︎何ですかそれ!聞いてないですよ!」

「そりゃ、言ってないしギルマスとの話でもその部分は聞かせてなかったからな。明日にはこの街は地図上から消す!それが今回俺の家族であるイヴと俺が手ずから拾った亜人どもを襲った奴等の代償だな」


 イヴの顔を見るとまた複雑そうな表情をしているので首根っこを掴み右肩に乗せるとワタワタと慌て始める。


「ガキがそんな考え込むなよ。これはイヴの為じゃなく俺が勝手にやってる事だ。そんな眉間にシワ寄せてばっかだとすぐシワシワの婆さんになるぞ?」

「もう!何回言わせるんですか!私はもう大人です!大人の女性です!お婆さんになった時はシワシワでもいいですし!気にしませんよ!……はぁ、またそうやって猫さんは……分かりました、そういう事にしますから今度からは何かする時は言って下さいね。でもこれからも私は悩みますし抵抗します」


何かに渋々納得したイヴが猫の顔を覗く。


「大人は自ら大人とは言わない。分かった分かった、善処する。悩むのは勝手だが俺は俺が楽しいと思う事を誰かの指図で止める気はねえ。もう落ち着いたんなら降ろすぞ」


イヴを掴もうとすると顔にガッチリ掴みかかってくる。


「も、もう少しここに居ます。蛇尾ちゃん達ばっかり、ず、ずるいです」


 俺は乗り物じゃねぇんだがなと思いながらも退ける理由も無いのでそのままにする。

すると左肩にウルフちゃんが座ってくるので背後を振り返ると頬を膨らませた蛇尾ちゃんが猫を凝視しているので余ってる背中に張り付けた。

オナモミかな?


「さてと、今日やる事は終わったから今日は宿にでも泊まるとするか。イヴも久しぶりにベッドで休みたいだろう」

「私はモフモフな猫さんが居るのでベッドじゃなくても大丈夫ですよ?」


 猫をベッド扱いするイヴはとりあえず無視して宿を求め道路を歩いて行き、そう時間が掛からず発見したので休む事にする。

部屋に入るなりイヴがまた神妙な顔で猫に話し掛ける。


「あの……私が言うのも痴がましいんですが、この街に居る亜人の方々を助けては頂けませんか?」


 おずおずと猫を見ながら不安気な顔で見つめてくるイヴに猫は少し思案顔で空を見つめ、再びイヴに視線を戻す。


「ふむ……亜人、か。それも面白そうだな、未来への投資と暇潰しにはなるな。つうことで善は急げか……早速俺は出てくるからイヴは寝てろ。朝には戻る」


 不思議とあっさりと承諾し、不穏な言葉を呟きながら返事を聞く前にさっさと部屋を出る猫。

外に出て憤怒以外を人化をさせる。


「よし、話は聞いてたなお前等。この宿を起点に放射状に限界点までの間に居る亜人を全て確保するぞ。異論は認めん!さっさとやるぞ!散れ!!」


 各々散るが怠惰だけ無言の抗議をしてきたので蹴り飛ばし見送る。

全員を見届けてから猫も走り出す。

数時間が経過し空が段々と白み始めた頃、用事を終えた猫達は宿に戻ってきた。

ドアを開けると静かに寝息を立てるイヴが居る。

起こすにはまだ早い時間なのでもう暫く寝かす事にする。

久々に長時間大量に魔力を消耗した為か、猫にも休息が必要だった。


「人化も地味に魔力消費するから解くか。丸まればギリギリ入るかな」


 ギシギシと部屋全体が軋む音が響き、丸まりながら人化を解いていき部屋一杯に埋まる。


「うみゅ、う、うーん……ん〜?あれ〜?猫さん?お帰りなさい。わぁモフモフです〜。ふふふ、幸せです〜」


 寝ぼけながらベッドから猫ベッドに飛び移りモフモフを堪能しながら再び眠りに落ちた。

その光景を眺め、満足したのか猫も眼を閉じ魔力回復に集中する。

数時間経過後、猫は眼を開け欠伸をすると頭の上からノソノソと何かが這う感触がする。


「ふふ、おはようございます!猫さんが眠るなんて珍しいですね。やっぱり無理させちゃいましたか?」

「あぁ、おはよう。いや、昨日も言った通り今後の投資だから気にするな。とりあえず亜人どもは街の外の森に置いてきたから、この街を消したら迎えに行くか」


 人化を行い素早く服を着てイヴと金銀幼女を連れて外に出ると何やら街が喧騒に包まれていた。


「おや?何の騒ぎですかね?猫さん何か知ってますか?」

「あぁ、街の外に出れないんだろ。俺の結界の効果だな。しかし、誰一人として突破出来ねえとは情けねえな」

「そうなんですか〜、猫さんが結界をね〜……ん?えっ?えッ⁉︎ね、猫さんが結界を張ったんですか⁉︎」

「だからそう言ってんだろ。そんな事より早く行くぞ、トロトロしてると置いてくぞ」


イヴの問い掛けをぞんざいに流し先を歩いて行く。


「あッ!待って下さいよー!もう!もう!」


 猫は不満顔のイヴを一瞥してからそのまま再び歩き出す。

周囲の人々が見えない壁に悪戦苦闘している中、猫達一行はするりと結界を抜け近くの森に入る。

少し歩くと不自然な形にくり抜かれた広場が目に入り、そこには100人程の亜人が此方を見ていた。


「わぁ〜こんな沢山の人達が居たんですね!猫さん、私の我が儘を聞いてくれて本当にありがとうございます!」


 先程の不満顔も吹き飛ぶ満面の笑顔で抱きついて来るイヴの頭を撫でながら猫は亜人達に眼を向ける。


「お前等が助かったのはこのちっこい幼女のお陰だ!ちゃんと感謝しとけよ!俺はこれから用事があるから少し離れるから今後の事をこの子と話し合っておけ」


 猫は言いたい事を言うなり踵を返し去って行く。

幼児扱いされたイヴは頬を膨らませ怒っていたが踵を返す猫を見て怒りを強引に鎮め慌てて寄り添おうとするが、既にここに来る道中にて同行禁止を言い渡されていたので渋々ながらも大人しく他の亜人達と待つ事にした。

猫はイヴ達からある程度離れたら人化を解きキマイラの姿になると空から街に向かう。


「あぁ、やっとだなぁ。この計画が成功したら、この街の人口約30万の経験値をGET出来るな〜。クハハハ、あの亜人達も将来の経験値になると思うと美味しいな。頑張って人族と亜人の戦争に持ってけば暇潰しと経験値のダブルで幸せだな!あぁ楽しみだ」


独り言を漏らす猫に仲間達も反応する。


「お腹いーーっぱい食べられるならわたしは幸せ〜!」

「わたしは猫ちゃんの役に立てれば満足だよ〜。だからちゃんと優先的にわたしを頼ってね〜」

「あの亜人の中からイケメンを貰えれば私は満足よ」

「ふぉほほほぉぉ、今から使う魔法は実に興味深いのぉ。実験が捗るから儂は暫く潜るでのぉ」


 蛇尾、ウルフ、翼、爺が各々の意見を垂れ流す。

ちなみに、怠惰は寝てるし憤怒は封印中。

そんな雑談をしているとすぐ街の上空に到着する。

キマイラの姿なので地上では人々が空を指差し喧騒が一層高まる。


「ちゃっちゃと終わらせるか!」


 そう口にすると同時に事前に仕掛けた街の形と同じ正方形に張った結界の4つの角に埋め込んだ魔道具に起動用に魔力を送る。

するとゴムボール程の大きさの漆黒の球が出現し、徐々に膨張しながら周囲を巻き込み、街の中心部に向かって移動しながら巨大化していく。

その光景を猫は満足気に眺めていた。


「さすがにこの規模の魔法はまだ魔力量が足りないから発動出来ねえが魔道具の補助があれが可能だったな。万全を期す為に結界内の酸素濃度を低下させるのと、あの漆黒のゴムボール……闇球と呼ぶか。あれは魔素も含め周囲の物質、有機物無機物問わずに吸引して内部で超圧縮する魔法、そして更にあの闇球と蛇尾ちゃんの体内空間を繋げる事でそのまま吸収する事も可能な代物、まさに吸引力が落ちない某掃除機の様だな!」


 発動した後は終わるのを待つだけで暇なので現在進行中の闇球の解説を蛇尾達にする猫。

地上では尚も悲鳴や断末魔が飛び交っている。

既に街の6割程は更地になっており、猫の中に素晴らしい程大量の経験値が流れ込んでくる。


「キャハ、キャハハ〜凄い!凄い!勝手にお腹が満たされていくよー!もっと!もっと頂戴ー!もっと!もっと!キャハハハハハ!」


 いつも以上の流入に蛇尾ちゃんがトリップしてる姿を観察している間に地上はそろそら終幕なので上空から中心部に移動する。

中心部には街中から逃げ惑って集まった冒険者や商人や農民、奴隷などがごった返していた。

残しておいた最後の仕上げの魔法を発動する。

すると中心部からも闇球が発生して膨張していく。


「何ッ⁉︎また黒い球が出てきたぞ!」

「退け!邪魔だ!殺されてえのか!」

「イ、イヤよ……まだ死にたくない」

「あぁ……神よ…今から御許に参ります……」


 様々な声が耳に届くが次第に声は1つに集約されていき、全ての闇球が揃った際にはブチブチと肉が潰れる音、バキボキと骨が砕ける音、バチャバシャと体液が飛散する音、そして……。


「「「「「ぎゃあぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁ」」」」」


 男も女も大人も子どもも、貴族冒険者農民奴隷、全て分け隔て無く平等に殺し尽くした。

全ての経験値を吸収したのを確認してから周囲の結界や闇球を消すと、地上に降り立った。


「あぁ、楽しかったなぁ。何で楽しい時間ってのはこんなにも早く過ぎ去るんだろうなぁ」

「それならまたたくさん殺せば良いんだよ〜!ほら解決〜!あぁ〜沢山食べたけど、まだまだ満たされないよ〜」

「蛇尾ちゃんの言う通り〜。だけど、今度はわたしも殺したいなぁ。見てるだけなのは飽きちゃった〜」

「3人とも、余韻を楽しむ気持ちはないのかしら?先程の喧騒からの静寂。ウフフ、その落差はとても甘美なモノだわ〜。興奮しちゃうわ、ふふふ」

「確かに翼ちゃんの言う通りだな。今はこの余韻を楽しむーッ⁉︎ッガァァァ!!」


 暢気に話していたが、突如凄まじい衝撃が猫を襲い巨大が軽々と吹っ飛ばされる。

50m程飛ばされ複数回バウンドした後、体勢を整え着地すると右手前脚が圧し折られ千切れかかっていた。


「んあぁ?常時肉体強化発動してんだがなぁ。生き残りが居たってのか?んー?アイツは………誰だ?」

「猫ちゃんは脳味噌も猫ちゃんになったのかしら?あれはこの街のギルドマスターでしょう……」


 あの時翼ちゃんは表に出てなかったのに何故分かるのかという疑問が出かかったが、更にディスられる予感がしたのでゴクンと飲み込み、呆れた視線を向ける翼ちゃんから視線を逸らす。


「いやいや、勿論分かってたよ。猫より悪魔の方が視力が良かっただけさ。それにしても、あれがギルマス?鼻息めっちゃ荒いけど?眼も血走って逝っちゃってない?気持ち悪いんだけど……。と言うかこんな強かったのアイツ、昨日会った時は凄えビクビクしてて気持ち悪りぃ小動物みたいだったのになぁ。とりあえず、鑑定っと!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


[アルザック]種族:€#¥%

[Lv-]暴走

強欲

身体超越化[Lv MAX]

状態異常無効[Lv MAX]

狂戦士[Lv MAX]

身体崩壊

剣術[Lv-]

拳術[Lv-]

槍術[Lv-]

火魔法[Lv-]

風魔法[Lv-]


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「うわ〜イヴの話にあった大罪系の末路じゃねえか。レベル消失してんのはその影響かぁ。本人は意識不明の力極振りゴリラか、気持ち悪りぃ小動物からウホウホ力極振りゴリラに超進化したな。どれ、今後の為にも大罪系の末路がどれ程のもんか見せてもらおうかね」


 此方の戦意が伝わったのか、ゴリラが唸りながら地面を蹴り加速しながら突進してくる。

凄まじい速度を出し、一瞬で距離を詰めで拳を振るうゴリラに合わせて左前脚を音速で振るい応酬する。

拳と爪がぶつかるが、ガギィィィンと鈍い金属音が鳴り響き猫の爪が5本全て宙を舞う。

ゴリラは振り抜いた勢いを利用して回し蹴りを猫の顔目掛けて繰り出すが、猫は闇魔法を顔の横に展開する。

ゴリラの足は闇の中に吸い込まれ、ブチブチという音と共に膝から下を引き千切りバランスを崩したゴリラに両前脚が治った猫が再び爪で斬りかかるが、逆足で猫を蹴りその反動で爪からの範囲から離脱する。

痛みを感じてないのか千切れた足から血が大量に流れている。

ゴリラは千切れた方の足に魔力を集中させると一瞬で再生した。


「大罪系発現者は人間も辞めるって事か。他の大罪系も力極振りなのかなぁ。理性はねえから本能で戦闘、いや暴れるって訳ね。まあ大体強さも理解したし秘密の力を解放やら追い詰められて覚醒とかお約束展開は面倒臭えしそろそろ終わらせるか。これならどうだ?」


 そう言って前脚を向けた途端にゴリラは血反吐を吐きそのまま倒れ、それ以上動き出す事は無かった。


「んッ⁉︎オイお主、今何をしたんじゃ?儂にも解らなんだ」

「今更出てきたな爺。コイツは強欲だったから本来爺の客なんだからな。まあいいか、このゴリラにやった事は簡単に言えば体内の至る所に極小のブラックホールを作った」

「儂は戦うより知識欲を満たす方がええわい。それにしても本来魔力を持つ生き物の体内は魔素が豊富に満たされておって他人の魔法が干渉出来ない筈じゃが……」

「おぉ、良く知ってんな。まあ確かに爺の言う通りなんだが、複数方法があって今回はさっきの戦闘中に俺の血を魔素で包んでゴリラの体内に混ぜたんだよ。それを起点にまずゴリラの魔素を分解する、そうすっとその場所に空白部分が出来る。再度俺の血を起点に魔法を発動すりゃいいだけだ。まあそれでも相手の回復力やらと色々条件はあるけどな」


 原理を理解した途端体内に消えていく爺は放置してゴリラを見ると既に蛇尾ちゃんが食べていたのでそれも放置した。


「ハァ……。さて、帰るか」


 そう言うとイヴが居る森までひとっ飛びで移動する。

空から広場に降り立つと、1人を除き皆一様に怯えた顔や酷い奴だと魔法の詠唱や武器を構える恩知らずまでいる始末だ。

とりあえず攻撃意志がある奴を殲滅する為に右前脚を上げようとした時に左前脚に軽い衝撃が走る。

チラリと見るとイヴが何か喚いてるので耳を傾けてみる。


「ま、待って!猫さん、待って!!皆さんは猫さんの本当の姿を知らなかったんですよー!落ち着いてー!皆さんも落ち着いて下さいー!この方が昨日皆さんを救った猫さんですぅぅ!!!」


 大声で猫や周囲に説明するイヴの懇願に亜人達は驚く程素直に戦意を解いていく。

怯えていた亜人達も安堵の表情になっていき、中にはイヴみたいな変態的視線を向けてくる奴がいるが無視して話を進める。


「ん?んー?そういやそうだったか。ならとりあえず話し易い様に人化するか。イヴ少し離れてろ」


 熟練度を重ね、既に痛みは無く慣れたものですぐ身体が縮小していき素早く服を着るといつも通り金銀幼女が分離し、今回は翼ちゃんも男漁りの為に出てきた。


「猫さん、お帰りなさい。お怪我はしてないですか?」

「あぁ、ただいま。大罪系の暴走でここのギルマスに右手を圧し折られたくらいだな。まあもう処理したから問題ねえ」

「へぇ〜……って、えッ⁉︎大怪我じゃないですか⁉︎大丈夫なんですか⁉︎見せて下さい!」


 慌てたイヴが右腕に飛び付いてくるが首根っこを掴み引き剥がす。


「問題無いっつったろ。それに普通の奴は怪我してる腕に飛び付いたりはしねえぞ?まあ自己再生で完治してるから大丈夫だがな。それより亜人達の今後の方針でも決めようじゃねえか!」


そう言うと歩を進め、亜人達の輪に入っていくのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


[名無し]種族名:アビスキマイラ[新種]

[Lv.63]

[剣術Lv.8]

[短剣術Lv.8]

[槍術Lv.6]

[斧術Lv.6]

[棍術Lv.6]

[拳術Lv.7]

[弓術Lv.10]

[投擲Lv.9]

[威嚇Lv.8]

[威圧Lv.8]

[状態異常無効]

[気配察知Lv.8]

[精神分裂]

[念話]

[鑑定Lv.7]

[魔力操作Lv.9]

[魔力制御Lv.9]

[火魔法Lv.7]

[水魔法Lv.5]

[風魔法Lv.7]

[闇魔法LvMAX]

[光魔法Lv.7]

[土魔法Lv.1]

[身体超越化Lv.6]

[剛腕Lv.6]

[堅牢Lv.5]

[自己再生Lv.7]

[擬態]

[人化の術Lv.5]

[咆哮Lv.1]

[裁縫Lv.2]

[料理Lv.2]

[建築Lv.2]

[曲芸Lv.2]

部位獲得能力

[ラグネリアデーモン Lv.63][新種]色欲

[ガストリアヴァイパーLv.63][新種]暴食

[エンヴィディアルウルフLv.63][新種]嫉妬

[アプレグリーディアリッチLv.58][新種]強欲

[スローテディアスライムLv.58][新種]怠惰

[オルゲイラドラゴンLv.58][新種]憤怒

称号

[人類の天敵]

[殺戮者]

[強奪者]

[インセクトキラー]

[スライムキラー]

[森の覇者]

[同族喰ライ]

[大厄災]

[大罪喰い]


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


[強欲の器]


 天銀の剣が依頼を受け旅立って幾日か経った。

その日の終わりには必ず定時報告があり、捜索は難航しているとのこと。

そこから更に数日が経ったある日の報告では捜索対象を発見して翌日に奇襲をする旨が記載されていた。

性格は別にしても実力は確かな連中なのでギルマスはそこまで心配はしていなかった。

しかし、その日以降プツリと連絡が途切れた。

緊急事態が起きて連絡が取れないのか、最悪の事態として全滅したのかと思いながら更に数日が過ぎていく。

何か不吉な事が起こる前兆の様な不気味さがある。

そしてふと、天銀の剣が旅立った次の日に呼び出した冒険者達の事を思い出していた。

全員と改めて話を聞く為に呼び出した時も特に不審な所は無かったが、元冒険者の勘が働き状態異常回復薬を全員に振り掛けた。

すると、急に全員が苦しみ始め暫くすると痙攣し倒れた。

看過は出来なかったが長年の勘が冴え渡り、やはり状態異常に掛かっていたかと思い安堵の息を吐いた瞬間、全員がいきなり装備していた剥ぎ取り用の短剣で自らの喉を切り裂いたのだ。

中には首が千切れるくらい切り裂く者もいて、唖然としたギルマスが動こうとした次の瞬間には既に全員が絶命していた。

未だに原因は不明だ。

何故いきなり、その事を思い出したのかギルマスにも分からないが嫌な予感は日に日に増していった。

そんなある日の夜、執務室でいつも通り書類作業をしていた時急に下階が騒がしくなった。

冒険者ギルドなのでまた喧嘩でも始まったのかと思い溜息を吐き仲裁の為に現場に向かおうとするが、さっきまでの喧騒が嘘の様にその場所は静寂が支配していた。

否、1人の黒髪の男だけが受付嬢に話し掛けているが受付嬢は固まっており対応出来てない。

すると黒髪の男は急に此方の存在を感知して呼びかけてきた。

癖で普段から気配を遮断して行動しているので見つかった事に少し動揺する。

更には心の底まで見透かす様な眼で射抜かれ分析され、不思議な納得をされ背筋がゾクっと冷え元冒険者の勘が関わるなと全力で訴えている。

しかし、この男が連絡の途切れた天銀の剣の情報を持っているという事で渋々話を聞く事にした。

念の為に隣室には手練れの冒険者を待機させておいた。

だがすぐに隣室の存在も看破され、更には手練れの冒険者ですら雑魚扱いする始末だ。

ここまででかなりの疲労感が押し寄せてきていたが、男が本題に入った瞬間に周囲の空間が軋み全身に氷の刃を突き刺されたかの様な怖気が襲う。

そこからの話は冗談だと笑い飛ばしたくなる内容だった。

天銀の剣は目の前の男が全員殺したと、理由は家族を襲われたからだと、その家族は魔人族だと言う……。

手土産と言って執務机の上に突如出現したぐちゃぐちゃに潰れた肉塊に血の気が引く。

声を上げなかった自分を褒めてあげたいくらいだ。

よく見ると確かに天銀の剣の神官、ダリスだ。

手足が切断され苦悶の表情で潰れている。

毅然とした態度を意識しながら自分の命が目的か問うが、今回の訪問理由は家族を襲った代償にこの街を地図上から消滅させる事だという斜め上過ぎる要求、いや、死刑宣告が下された。

そこから何故が意識が混濁して記憶が無いがハッと我に帰ると男が質疑応答の時間を設けたので、正体を探る為に率直に聞いたが、返答は魔物だとふざけた回答だった。

先程まで萎縮していたが、沸々と怒りがこみ上げ机を叩く。

机にヒビが入り手には血が滲むが怒りで痛みも感じない。

刺す様な視線を男に向けるが、その対する男からは突然表情が無い人形の様になった。

遅きに失しているがここで初めてヒトの形をとっているが、似ても似つかない化け物の様な存在に見えてきた。

その顔を注視した次の瞬間には机が木っ端微塵になっていた。

改めて男の全身を見ると右腕が漆黒の毛皮に覆われた巨腕に変化していた。

その姿を見て初めて机と肉塊が木っ端微塵になった理由を認知し全身怖気が走る。

その後男は何かする事なくそのまま去っていくがギルマスは暫く砕けた机を呆然と眺めていたが、今後の対策を早々に練る必要があると思い隣室の冒険者達に声を掛けるが返事が無いので訝し気に思いながら扉を開けると既に全員死んでいた。

外傷はどこにもなく原因不明であった。

その光景に恐怖を感じ全てを放り出し部屋に篭り震える。


「クソォォォ、何故俺がこんな目に遭わなければならんのだ!俺はこんな所で終わってたまるか!クソ!クソ!クソォォォ!全部俺のモノなんだ!全部!全てを手に入れる!俺のもんだ!富名声女全て俺のモノだぁぁぁ!」


恐怖で心が壊れ始める直前にギルマスは急に意識を失う。


『強欲の種が発芽しました。精神の崩壊を確認。2ndフェイズに移行します。再起動まで10時間。器の残量確認………………残量不足確認。リソース確保の為に不要なスキルの消去開始………完了しました。必要最低限の確保完了。器の強欲との親和性Lv.2……解放率算出……20%が限界、それ以上の解放での自壊率算出………99.9999……9%。戦闘アルゴリズム最優先……承認確認、安定確認3rdフェイズに移行します。以降finalフェイズまでの修正を行う為スリープモードに入ります。』


 ギルマスの口が動いていたが声色が機械音の様に淡々と流れたが、すぐに止まりそれ以降言葉を発する事はなり翌日には猫の前に現れる事になる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


[一期一会]


 猫さんが改めて街に赴いて行き、その後ろ姿を見送った私は広場に居る亜人さん達とこれからの事について話し合う使命を果たそうと奮戦します。


「皆さん、私の名前はイヴと言います!それで今後の方針について話し合いたいと思います。早速ですが、何か希望がある方はいますか?」


 手を上げ周囲を伺うと恐る恐るといった感じに私の元に集まりだした。

100人程の亜人は殆どが獣人族だ。

獣人族は犬人族や猫人族など派生種が多く希少種族や絶滅種なども存在している。

次第に私の周りには代表者らしき5人の亜人が集ってきていた。

他の亜人達は声が聞こえる範囲内で会議を見守るようだ。


「獣人族の連中を纏めている虎人族のコクウだ、よろしくなイヴの嬢ちゃん!」

「私はエルフ族の代表のサヴァンです。よろしくお願いしますイヴさん」

「同じくエルフ族のイーリアスと申します。よろしくお願いします」

「ワシはドワーフ族のドワンゴじゃ。よろしくな嬢ちゃん」

「僕は君と同じ魔人族だよ。名前はワイリス、よろしく」


 エルフ族のイーリアスさん以外男性なので少し緊張しながら私も軽く挨拶をしてから全員分の椅子と中央に円卓を土魔法で作った。


(魔法の才能は無いかもしれないけど、猫さんとの訓練でこれくらいなら出来る様になった。まだまだ頑張らないと!)


 私が今後の訓練に意欲を燃やしているとエルフ族の2人が興奮気味に話し掛けてきた。


「待って下さい、イヴさん!今魔法の詠唱をしていませんでしたよねッ⁉︎それなのに一瞬でこんな素晴らしい椅子と円卓を作り上げるなんて!精霊の気配も感じませんでしたので、通常の土魔法ですよね⁉︎一体誰にこんな精緻な魔法を教わったんですか⁉︎ま、まさか独学ですかッ⁉︎」


 一頻り疑問をぶちまけると今度は返事も聞かず自分の世界に入ってしまった。


「あ、あの〜?サヴァンさんもイーリアスさんも戻ってきて下さい。先程のはお二人が仰った通り単純な土属性魔法ですが、それに関しては後でお話しますので今は今後の皆様の方針をお聞かせ下さい」


 エルフ2人は暫く帰ってきそうにないので名乗り順という事で虎人族のコクウを見る。


「獣人族はそれぞれの祖国に帰る奴等が多いだろうな。しかし、殆どの者が奴隷や過酷な強制労働で体力、精神共に疲弊しているので直ぐの出発は難しいだろうな」

「分かりました、ありがとうございます。まあ暫くは追手等々の問題は無いと思いますので後程対策は考えましょう。それとお手数ですが獣人族全員の今後の進路を集計しておいて下さい。では次はドワンゴさんお願いします」

「ワシ等は他の街にでも行って美味い酒を飲むとするかのぉ」

「それはまたドワーフ族らしい意見ですね。ふふ。分かりました。次はワイリスさん、お願い出来ますか?」

「魔人族は僕と連れの2人しか居ないし、他の魔人族の村にでも行ってみるよ。そうだ!君も一緒にどうだい?」


同じ種族という事もあり私も誘われるが首を横に振る。


「ありがとうございます。誘ってくれてとても嬉しいです。でも私はあの人とずっと一緒に居たいのでお断りさせていただきます」


 優しい口調ではあるが固い意志を宿す瞳を私はワイリスに向け、それを受けた彼は納得した様に頷き引き下がった。

そして、最後に自分達の世界に入っているエルフ達に声を掛けると漸く意識を此方に向けてきた。


「あぁ、すまないね。どうも珍しい魔法関連を見るとどうしても興奮を抑えられないんだ。我々エルフ族は山脈を超えた先にあるエルフの国に向かうつもりだ。その為に暫く装備の準備に時間を取られそうだ」


代表者から話を聞き終えたイヴがまとめていく。


「殆どの方々が山脈を越える必要が出てくるかと思いますので、暫くはこの森の更に先にある私達の家で数日過ごしてもらう事になると思いますので、あの人が帰ってくるまで待ちましょう」


 そう締めたが亜人達から質問が飛び交うので再度代表者達から質問してもらう。


「さっきからお嬢ちゃんが言ってる[あの人]ってのは何者なんだ?俺が助けて貰ったのは黒髪の魔人族の女だったんだが?」


 コクウを筆頭に次々と質問を受ける。

やれ銀髪幼女に助けられただの金髪幼女に助けられただの変な爺さんが助けてくれただの病弱そうな青白い青年が渋々ながら助けてくれただのと話が尽きない。

中でも最も多いのが黒髪の男に助けられたという亜人達だという事を聞くと私は自然と笑みが溢れる。


「私が[あの人]と呼ぶのは黒髪の男性ですね。今言える事は私もあの人に助けてもらった1人だという事ですね。詳しくは本人から聞いて下さいね」


 魔物と伝えたら混乱するかもしれないと思い、気を遣った私は偉いと自画自賛したくなるが、この気遣いは直ぐに本人によってぶち壊される。

質問や雑談などをしながら待つ事暫く、唐突に誰かが空を見上げ顔面蒼白になりながら一点の巨大な魔物を指差し絶叫した。

私も釣られて空を見てポカンとする。

暫くして漆黒の巨獣が地上に降り立つと亜人達の中から戦闘準備をし始める者が現れる。

更に状況は悪く漆黒の巨獣、つまり猫さんが応戦しようと片脚を上げようとしているので私は力一杯叫び両者を止める為に全力を注ぐ。

穏やかだったり騒がしかったりと久しぶりに多種多様な人達と話せるこの機会が私はとても貴重な思い出だと思いながらも、今は猫さんが無事に帰ってきた事に対する喜びを噛み締める。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る