第11話 仕事終わりの風呂は格別
[正義]
アルザスの街から馬車に揺られる事4時間程。
街道から続く道を抜け、周囲の視界が平原から森に変わり暫く経った時、不自然に視界が開けた場所に出た。
木が雑に切り倒され一部地面が切り抜かれた様にドス黒く、穴が空いてるかのように漆黒に染まっていた。
「なぁ……。書類に載ってた場所ってここだよな?」
周囲を警戒しながらルイースは全員を見回しながら尋ねる。
「うん、そうだね。周囲の木々の異常な荒れ方や地面の変色から見て間違いないね。とりあえず、この辺りで何か手掛かりがないか探索でもしよう」
全員が了承の意味で頷くと警戒しながら放射状に探索を開始する。
昼を少し過ぎた頃、一時報告の為全員集まり情報共有がてら昼食を取っていた。
「んで?どうだったよこの辺の状況。俺の方はこれといって特に目新しい発見は出来なかったな」
干し肉に食らい付きながらルイースが口火を切ると順々に口を開く。
「私の方は馬車の残骸らしき物はあったけど、持ち去られた後なのか残骸自体少なかったね。しかも車輪の後が無いのも気になったかな。あとは地面一部の変色は恐らく闇魔法だとは思うんだけど、どの階梯かは分からなかったよ。スリシャスはどう思う?魔法職の視点から意見を聞こうか」
リーダーであるザンディルに指名されたスリシャスは顎に手を置き暫く考えると「自信は無いが」と、前置きしながら話し始めた。
「……あの様に変色させるだけで良いのなら恐らく第一階梯の闇魔法でも可能だ。あれに似た場面を幾度か見た事があるからな……。ただこれは勘なんだが、今回のこれはそんな低階梯では無く、もっと別種の魔法の様に思えてならない。だが、具体的にどういった事かが説明出来ないのは申し訳ないが……」
ミスリル級冒険者の魔法職の中でも上位者に昇り詰め、それなりに経験を重ねてきて大抵の事は知っていると自負があるスリシャスにとって今のこの状況は屈辱である。
しかし原因の根も不明な状態ではぶつける対象が居ない為か自身の内に溜め込み、モヤモヤとした感情だけが燻り続けていた。
それを察した仲間達もそれには触れず話しを進める選択をした。
やはり口火はルイースであった。
「じゃ、じゃあ最後にダリスの話を聞こうぜ。なんか発見はあったか?」
「いえ、特にこれといった発見はありませんでしたが、何となくこの辺は魔素が濃いですね。中心からは離れており街道沿いの方が近いこの場所でこの濃度は少々疑問が残りますね。まあ周囲に魔法が放たれているのでその影響かもしれませんがね。私からはこのくらいですかね。それでザンディル、これからの行動指針はどうしましょうか?」
ザンディルは目を瞑り全員の意見をまとめていた。
暫くの沈黙の後、ゆっくりと目を開けると今後の方針を説明し始めた。
「とりあえず、もう少し探索範囲を広げてみよう。時間的にもこれから別の場所へ行動するのは悪手だ。あと探索範囲内にて追加で受けた依頼品も見つかればついでに片付けてしまおう。今日の野営はここの場所で行うのでそのつもりでいてくれ。見張り等々はいつも通りのローテーションで行う。以上だ!これより各自行動に移ってくれ!」
異論など無く各々身支度を済ませ先程と同じ様に放射状に広がりながら歩き始めた。
ーーーー日が落ち周りが闇に包まれた森の中、一際明るい光を放つ場所には4人の男達が車座で焚火を囲んでいた。
その表情はどれも暗く、探索結果が芳しく無かった事が窺える。
「あぁ!奴隷商やクソ奴隷共の痕跡が1つも無いなんてどういう事だよ!クソッタレが!」
感情的に暴言を吐露するルイース。
「まあまあ少しは落ち着いて下さいよ。まだ1日目じゃないですか。追加依頼も今日中には発見出来なかった事ですし明日はもう少し中心寄りの探索をしてもよろしいのではないでしょうか」
普段から冷静なダリスがルイースを嗜め鎮静効果のある飲み物を全員分に配る。
「ありがとうダリス。そうだね、彼の言う通りまだそこまで焦る必要はないよ。明日はダリスの言を採用して少し奥まで探索してみよう。それじゃあ今日は早めに休んで明日に備えるとしよう」
特に不満は無くそのまま各自休息や見張りに動く。
ーーー翌日、まだ日が昇りきる前に目を覚まし活動を始めた一行は昨日の作戦通りに中心部寄りに森を進む事にした。
これより先は団体で行動しないと流石に危険で、何より鬱蒼とした森なので馬車が走行出来ないので徒歩での移動となる。
留守番の馬には一応ダリスが結界を張り、周囲には魔物除けの薬を撒いたので当分は大丈夫だろうと確信していた。
「んでよ〜昨日までは馬車の破片しか見つからねぇし馬車の轍も周囲からは見つからなかったけどよ、空でも飛んでったのか〜?」
朝でまだ調子が出ず、怠そうにルイースが聞く。
「その可能性は私も考えたけど、そうなるとこの周囲にはもう痕跡も正義を執行する対象も居ないという事になるね。しかし、この先に見える山々には数多くの横穴があるとされているし盗賊も住み着いてるみたいなんだよ。直近の目標はそこを探索する事だね」
「あの山に行くだけで1日は掛かりそうだな。ダリィな……」
遥か遠くに見える山を目を細めて眺め、軽く溜息を吐き項垂れる。
「そんな気を落とさないで下さい。これは正義の行いであり試練でもあるのですから!神に感謝し一刻も早く見つけ出す事に注力すべきなのです!!」
両手を握り天に祈りを捧げ目を爛々とさせながら力説するダリスの励ましに横目でハイハイと手を振って応じた。
元々教会に属していたダリスは敬虔な信仰者であり人族至上主義に傾倒した人間である。
その点、ルイースは亜人が嫌いなだけでそこまで信心深くは無いのでこの温度差が出てしまう。
ザンディルとスリシャスにしてもダリス程信心深くは無いので苦笑いでいつもスルーしている。
この日は特筆すべき出来事は無く雑談したり、たまに魔物と戦闘しただけだ。
ちなみに追加依頼も未達のままだ。
翌日も変わらず歩き続け目標の山には昼頃には到着したが、道中の戦闘数が予想より多かったので今日の登山は中止し麓で野営する事にして早めに就寝した。
翌朝、日の光が周囲を照らし始めた頃4人は朝食を済ませ本日の行動指針を話していた。
「さて、ここまで少し時間を食ってしまったが今日からこの山の洞窟を調べて行こうか」
ザンディルの発言を聞き皆意識を引き締めながら戦意を燃やしていた。
「ちなみによ、盗賊とかそこら辺の野盗共に遭遇したら全員殺していいんだろ?」
舌舐めずりをしながら周囲を観察するルイースにザンディルも同意する。
「あぁ、構わないよ。盗賊達なんてそこらに落ちてるゴミと変わらないからね。処分しないとそこかしこで悪臭がして不快だからね」
やり取りを無言で見る残り2人も同意とばかりに頷いている。
早速山に入ると次々と洞窟を発見しては調査していくが、最初のうちは空っぽの洞窟に不満顔ながら意気揚々と探索をしていくが、数十個目の洞窟探索で徐々に違和感を覚え、日が丁度真上に昇る頃には違和感は確信に変わり周囲に漂う空気が不気味な雰囲気を醸し出していた。
「なあおい、この山なんか変じゃねえか?特に怪しいモノも気配もねえけど、それが逆に不気味っつうかよ……」
具体的な説明が出来ず言葉が尻窄まりながら話す。
「ルイースの言いたい事は分かるよ。この山に入ってからまだ魔物に遭遇していないから少し不気味だね。スリシャスの索敵では何か引っ掛かるかい?」
「小さい動物か小型魔物の反応はあるが、大型又は人型の反応は無いな。魔素の濃度も普通だからな。気のせいでは無いが今の所そこまで過剰に警戒する事もないだろう」
「スリシャスの言う通り気を張り過ぎて、いざと言う時に疲弊していたら目も当てられないからね。警戒は通常通り行いながら先に進もうか」
結局この後も何箇所か洞窟を見て回ったが不自然な程誰かや何かが居た痕跡は見つからなかった。
探索や戦闘などを行いつつ、追加依頼の仕事などをこなして今日で5日目となった。
そろそろ調査を打ち切ろうかと考えながら残りの洞窟を探していると、ザンディルが遠くを指差した。
「皆あれを見てくれ!煙が立っている、あれは……狼煙かな?自然発生した火災ではなさそうだね。これは、漸く当たりかな。もう少し近付いてから休憩を挟んだ後、更に接近し対象が亜人や盗賊ならそのまま正義を執行しよう!」
5日目にしてやっと正義を執行出来ると考え声は弾み力が漲ってくる。
他のメンバーも同じの様でルイースはニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべ、スリシャスはフードの中から爛々と目を輝かせて魔力を高めていき、ダリスは両手を結び神に祈りを捧げていた。
一行が煙が上がる場所近くに陣を張った時には日は落ち始め黄昏時前だった。
普段であれば慎重に行動する為、翌日に行動していたがいつも以上に山の雰囲気に精神的疲労が重なり正常な判断が出来難くなっていた。
更に神経を逆撫でするかの様に遠くには亜人が4人座り食事の準備をしていた。
「おいリーダー!もう我慢出来ねえよ!早くあのゴミ共殺しに行こうぜ!」
「そうですね。ここはルイースに賛成です。ザンディル、早く人間の世界から異物を排除しましょう!」
「魔法の実験もしたいからすぐに殺すなよ」
各々興奮が抑え切れないのか待て状態の犬である。
「分かった分かった。そんなに急かさずとも大丈夫だよ。これは正義の行いなのだからね。悪しき存在の浄化は私達の役目であり義務だ!では、そろそろ行こうか!一番槍はルイースに任せるから、いつも通り私達が位置に着いたらよろしく頼むよ」
彼は既に弓を番えており、顔は亜人達を見ていたが後ろ姿からも嬉々とした雰囲気が伝わってきた。
ザンディル達は亜人達を囲む様に散開していき位置に着いたのを確認したルイースが矢を引き絞り獣人を狙って矢を射った。
ヒュンと風切り音をさせながら男の獣人の頭を目指して一直線に進んでいく。
ルイースが決まったと満面の笑みを浮かべていると、キィィンという音と共に矢が地面に落ちる。
顔を顰めながら見ると男の獣人の手には蛮刀が握られており頻りに耳をピクピクと動かし周囲を警戒していた。
自分の思い通りにならなかった事を不快に思いながらも次第に包囲網は完成してるので、問題無しと判断し矢を次々と射っていく。
「ここまで俺の矢を打ち落とすなんてゴミにしてはやるじゃねぇか!!ククク。だがな、俺だけに注意を向けてても意味ねぇぞ!」
独り言を零し、円を描きながら徐々に近付いていくとそれに合わせて亜人達の周囲からザンディル達が襲い掛かった。
男獣人はルイースが抑えているのでザンディルは狙いを男エルフに絞ると剣を上段から袈裟斬りを放つが意外と素早く対応され、肩を軽く切るに留まった。
「なんだお前等は!その格好からすると冒険者か……そんな奴等が我々に何の用だ!」
鮮血を散らし、肩に手を当て睨みつける男エルフからの詰問にザンディルは周りを確認すると律儀に応える。
「ふむ、他のメンバーも正義の執行に移ったか。さて私達の目的だったっけ?あぁいいとも、哀れで愚かな君達に私自らが教えてあげよう!おっと、その前に自己紹介でもするとしよう。私達はミスリル級冒険者パーティ[天銀の剣]さ。今回ここまで出向いたのは先日奴隷商から逃げ出したゴミ掃除なんだけど〜……、ゴミは君達の事で間違いないね?しかし、ふむ、奴隷印と拘束具が無いけど、どうやって外したのかな?ん〜……まあいいか。そうそう、それでその件でね、君達ゴミに正義の鉄槌を下しに来たのさ。んー……あと魔人族が1匹居た筈だけど、そこら辺に居るのかな?この世界のゴミは1匹残らず駆除しないといけないからね。みんなで住み良い世界をつくっていこう」
一方的に話し始めた目の前の人物が素性をペラペラ話すので状況は理解したが、ミスリル級という実力が事実なら最大級の警戒が必要だと思い、全員に撤退戦を伝えようと周りの仲間達の状況を確認するが全員奮戦はしているが苦戦を強いられており、隙を見つけるのも困難だった。
「ミスリル級冒険者のお前等の偏り切った反吐が出る人族至上主義の目的は理解したが、こちらもはいそうですかと素直に命を差し出す事は出来ないのでな。必死に抵抗させてもらおう」
大声を張り上げ周囲の仲間達に目の前の異常者達の素性を伝えられたので後は隙を見つけ撤退するだけだ。
ここ数日は猫に言葉を教える事のついでに戦闘訓練などを全員受け、実戦経験を積む事でそれなりに戦えるようになっていた。
しかしそれでも今回は相手が悪かった。
付け焼き刃程度の経験では徐々に追い込まれ、劣勢を強いられていた。
今は同数だから何とか持ち堪えているが1人でも堕ちればその瞬間に戦況が瓦解し、皆殺しにされてしまう。
既に全員傷だらけで満身創痍だが、以前から決めていた合図を男女エルフが放つ。
周囲に小規模な爆発が起こると辺り一面から煙が立ち込め視界を遮って行く。
それを確認した獣人達はバラバラになるよう散開して逃走を開始する。
「煙幕か……無駄な事をするな。1人として逃さないよ。スリシャス、風魔法で払ってくれ」
「了解。第一階梯風魔法ウィンドショット!」
風の弾が周囲の弾幕を吹き飛ばし逃げようとした男獣人に当たった。
男獣人はそのまま吹き飛ばされ木にめり込むと、上半身と下半身が泣き別れしピクピクと痙攣しながら周囲に散っていく。
「オラァァァァァ!!丸見えなんだよ!!!」
続いて逃げる為に背を向けていた女エルフの心臓に矢が吸い込まれる。
「ガフッ!ごほっ……あ、あぁ……………さ、さき、にいってます、ね……」
ドサっと倒れる女エルフを見た男エルフは逃げる事も忘れてルイースに襲い掛かっていた。
「キサマァァァァ!死ねぇぇぇ!!精霊よ!彼の敵を打ち倒せ!!」
「戦闘では周囲の警戒を怠ってはいけませんよ?」
視野狭窄になっていた男エルフに横からの声に対して咄嗟に反応して顔を向ける。
しかし向いたその時には既にメイスを振り下ろしている男の姿が見え、グチャッと自らの肉が潰れる音を聞きながら意識が途切れる。
「おや?獣人が1匹いませんね……。ハァ……ルイース、取り逃したんですか。詰めが甘いのではありませんか?」
ダリスの疑問にルイースが不満顔で口を開く前にザンディルが応える。
「いや、ダリスそれは違うよ。まあ、あの怪我だとそう遠くは行けないだろうからね。あとまだ魔人族を1匹見つけてないからさ、ついでに道案内を頼もうかなって思ってね。敢えて放逐したのさ」
「なるほどな……。しかしそれなら捕えて案内させても良かったのではないですか?」
「そうだね。一応その案も考えたんだけど、今は命の危機で無我夢中で救いか救う対象を求めて動いてる筈だからさ、捕縛して冷静になられて自害でもされたら面倒臭いだろう?」
「確かにそうですね。それで?今の現在地はルイースが把握していると思ってよろしいのですか?」
「あぁ任せろ!今はもう動いてねえから死んだか目的の場所に着いたかだな。俺は先に行って様子を見てくるからよ〜」
軽い口調で話すと目の前の森の中へと入っていった。
あとは残党狩り、しかも1匹か2匹なので周囲の空気も弛緩してくるのを感じながら先行したルイースを追う様に歩く。
暫く歩きザンディルが目の前の巨木から垂れ下がった枝を退けた時、ヌルッと赤黒い液体が付着した。
「ん?血か……汚いな。この出血量じゃ汚物はもう死んでるかな」
見れば地面にも大量の血が広がっていて、どう見ても致死量に達する出血量だった。
そんな事を考え少し進むと不思議な空間が広がっていた。
いきなり森が途切れ円形の空間が突然現れたかの様で、地面も抉れ雑草などの草花も無く土が剥き出しになっていた。
更に不思議なモノが円形の中央に置いてある。
最初は何か分からないモノだったが、徐々に近付くにつれどの様なモノか判断出来た。出来てしまった。
それは赤黒い丸い肉塊だった。
どうしてそんな姿になったのかは理解出来ないがその肉塊が最近出来上がった事を理解する。
肉汁の様に血が現在もドクドクと流れ、ヒトだった時に装備していたであろう長弓は円形の窪みの外側に折れて捨てられていた。
「な、なんだ、これ……。どうなっているんだッッ⁉︎あれは……ルイース、なのか?おいッ!!これはどういう事なんだ!!スリシャ………えっ?」
呆然とした意識が現実に帰還するにつれて思考が乱れ混乱の極致に陥り、ザンディルはこの状況が魔法によるものだと本能的に悟り後方にいるスリシャスに意見を聞こうと振り返るとさっきまで一緒に居たスリシャスとダリスが忽然と姿を消していた。
「どこに行ったッッ⁉︎おい!スリシャス!ダリス!出て来い!巫山戯ている場合じゃないぞ!!」
怒鳴り声も周囲の木々が吸収して消え、静寂に包まれていく。
だが今のザンディルの精神状態は乱れて正常な判断も出来ない。
彼も返事は無いだろうなと、本能で感じ取るが身体が、脳が、精神が、魂が認めたくないという一心で周囲に怒鳴り続ける。
しかし何十回と呼び続けた結果、待望の返事が後方から届くがそれは期待した声ではなかった。
「ピーピーピーピーうるせぇ!!赤子かテメェは!」
ザンディルは背筋がゾクリと震え咄嗟に前に駆け出し距離を取りつつ抜剣すると勢い良く振り返りながら構える。
彼が目にしたモノは想像以上の大きさで視線を徐々に上に移動させるが、それをしてもなお全容は見えなかった。
目の前には黒い毛皮に赤黒い線が幾本も走っている5 mはあるかという巨大な獅子が佇んでいた。
「なッッ⁉︎なんだこの魔物……。マンティコアの亜種か……?というか今話し掛けたのはお前なのか?ッッ‼︎‼︎⁉︎キサマ!今私に何をした!!」
魔物との遭遇で混乱も少し落ち着き、冷静さを取り戻す辺りは冒険者としては立派と言えるが、今度は自身の身体を覆う不快感を感じ目の前の獅子を睨み言及するが獅子は口を開く事は無く澄まし顔でザンディルを観察していたが続くザンディルの発言により事態は動く。
「キサマが何なのかはどうでもいいな……。早くキサマを殺し、逸れた仲間と合流してメスの獣人と魔人族のゴミ共に正義の鉄槌を下さないといけないからね」
独り言なのか早口で捲し立てながら剣を刺突の構えで加速すると獅子の心臓目掛けて放ち、剣は胸に吸い込まれる様に柄まで深々と突き刺さる。
手応えを感じたザンディルだが、違和感に気付き剣を抜き後退した。
抜いた拍子に不自然に飛び散った返り血を頭から被ってしまい腕で顔を拭う。
不快感に顔を顰めるが、突如ザンディルの全身を激痛が襲う。
「うぐッ、ぐあぁぁぁぁ!ク、クソ、な、なんだこれは……これはッ⁉︎腐食性の血、だとッ⁉︎コイツ、アンデットだったのか!クソ!クソ!クソがぁぁ!!」
身体中から白煙が上がりザンディルの装備を溶かし、肉を溶かし、骨にまで達し腐食が進行つつある中、ザンディルはポーションを取り出しがむしゃらに飲み始めた。
効果はすぐに発揮し、淡い光を放ちながら傷が治り始めるがポーションの治癒効果が弱まると再び肉が溶け始める。
「ぐあぁぁ!なん、だコレは!クソォォォ」
所有しているポーションを次々消費していき癒えと腐食を繰り返しながら地面を転がり必死に腐食血を落としていく。
この状況で獅子は追撃は行わず黙って無様に転がるザンディルを眺めていた。
暫く続いた砂遊びもポーションで漸く腐食血を中和した事により終わりを迎えた。
それでも無傷とは行かず、フルプレートメイルは脱ぎ捨ててボロボロに朽ちた状態で散らばっており、大の字に転がった身体も肉は所々溶けて体液と混ざりドロドロと流れ出ている。
息も絶え絶えのザンディルの元にノシノシと近付くとつまんなそうな顔で覗き込む。
「がはっ、はぁはぁ……まさか私が、こんな薄汚いゴミに、負ける、なんて……。この世界は、人間のモノなのだ!ごぼっ!キサマや亜人共は皆殺しにすべき存在なのだ!ゴミはゴミらッ」
ぶちゃっと泥沼を叩いた様な破裂音をさせ、言葉を最後まで発する事無くザンディルは潰れた。
獅子は足下の肉塊に既に興味は無く、ある一点を見つめ傷付いて泣いてるであろう家族を思い出していた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ウルフちゃんが血の臭いを嗅ぎつけたので早速向かう為に飛びながら周囲を探っていると眼下に見知った人物を発見したので、その人物の目の前に降り立つ。
「ッッッ⁉︎ね、猫さん、ですか……?あぁ、会えて良かった……。すみません……先程冒険者達の襲撃によって私以外は全員殺されてしまいました。奴等は……人族至上主義で私たちの他に、イヴが居るのも知っていたので早く逃げて、下さい!!」
全身傷だらけで息も絶え絶えの状態で女獣人は襲撃者の内容を教えてくれた。
ただ猫は話しを内心興味無く聞いていたが、共通語を聞き取れている事に感動していた。
(やっぱあの勉強は無駄では無かったなぁ。頑張った甲斐があったわ俺!努力は裏切らな〜い)
独り言を心の中で呟きながら話の内容に1つ疑問があり喉の発声練習の実験も兼ねて問い掛ける。
「あーあーあー、良し良し。んん、それで今の会話で1つ疑問があるんだが、イヴってのは誰だ?俺が知ってる奴か?」
これが予想外の発言だったらしく女獣人に駆け寄っていた魔人族っ子が凄い勢いで振り向き頬を膨らませて怒ってる。
女獣人も呆れた顔を此方に向けている。
前には敵しか居ないと判断した猫は横、背後に目線を向けるが全員に視線を逸らされてしまった。
味方は居ないと悟り、前に視線を移すと目の前に移動してた魔人族っ子が猫の顔面に張り付く。
「猫さんそれ本気で言ってるんですかッ!!家族の名前を知らないなんて酷いです!!」
ゼロ距離で怒鳴っているので、表情は読めないが文脈や態度から読めば魔人族っ子の名前がイヴだという事が判明した。
「なるほど、お前の名前だったのか。聞いた覚えが無い名前なんだから知らなくても無理はないな。さて、それよりそろそろ時間が無くなってきたからその話は後でな。先行してるのか1人近づいてきてるな。おい、女獣人、魔人族っ子と離れてろ」
気配察知で此方に向かってくる人物を察知して迎え撃つ事にする。
「私はこの傷では、もう手遅れ、だ……。捨て置いてくれて、構わない。イヴだけでも、隠れてくれ」
自らの死期を悟り木に背を預けている女獣人の側には再び魔人族っ子が寄り添い涙を浮かべていた。
「ふむ。まあ1人も2人も手間にもなんねえよ。有意義に過ごせ、邪魔は入らねえからな」
隠蔽と結界で2人を隠し安らかな最後を演出してあげた。
(擬態で発声器官を作る事も出来たし、発声も問題無く可能だったから俺は今機嫌が良い!女獣人達なんてどこで死のうが別に興味無かったが、別れの時間は邪魔されず魔人族っ子と文字通り死ぬまで語れば良い!)
心の中でクハハハと笑う猫。
そんな事をしていると暫くして前方の森から長弓を構える若い男が現れ、此方を視認すると驚愕の表情になるやいなやいきなり矢をぶっ放して来た。
(ハァ?何だアイツ、いきなりご挨拶だなぁ。いや、俺は魔物なんだから即討伐は当然の反応か。確か全員で4人組だったか、ならコイツは潰すか。冒険者に連携を取られると面倒だからな。蛇尾ちゃん動き止めて)
(わぁ〜、さっきの約束覚えてたんだね〜。えらいえらい!やっぱりわたしがいないと猫ちゃんはダメなんだから〜)
意味不明な事を宣う蛇尾ちゃんを無視しながら飛来してくる矢をペシペシ叩き落としながら動きが止まるのを待つ事にしたーーーーのだが男は一向に止まらずバンバン矢が飛来する。
(……あの蛇尾ちゃん、早くしてよ。そんな溜時間いらねえだろ、そんな焦らしても俺からは何も出ねえぞ?ん?あれ?もしかして効かないの?)
核心に触れてしまったのか蛇尾ちゃんがビクッと身体を震わせ、紅眼から涙がポロポロと落ち始める。
(ち、違うもん!き、効いてるもん!もう少しなんだから!うぅぅぅ……)
(いや、蛇尾ちゃんの邪眼は即効性なんだからそれはねえだろ、なんて大人気ない事はクールな俺は言わないさ。そうだねあと少しで掛かるよ。うんうん。頑張れ!蛇尾ちゃん!あと君の涙で俺のケツがジュウジュウ溶けてるよ?泣き止もうか!)
(ぐぬぬぬぅぅぅ……!うえぇぇぇぇぇん!酷い酷い!猫ちゃんもあの餌もどっちも嫌い!もう知らない!)
ふむ。敵からは弓、味方からは腐食攻撃か。
どうしたもんかね。とりあえずあの人間はチクチクうざいからそろそろ殺すか。
蛇尾ちゃんは……………無視だな。
結論を出した所で無詠唱で放つ風魔法で人間の長弓を叩き折ってやった。
これで落ち着くだろうと考えていると長弓が折れた男は驚愕の表情を一瞬浮かべたが、すぐに発狂して短剣を構えるとそのまま突っ込んできた。
面倒臭い男の行動に呆れながら猫は爪で適当に応戦する。
弓使いかと思ったら意外と短剣も使えるらしくフットワークを活かしながら斬り付けてくる。
しかし動き全て欠伸が出るほどノロマだったので全て斬り返して対処する。
飽きたので爪で吹き飛ばし、闇魔法で男の周囲の空間を切り取り全方位から超圧縮して潰していく。
初め数秒は断末魔が聞こえるが、しかしすぐに肉や骨を潰す音しか聞こえてこなくなった。
グチャグチャバキバキと音がして数十秒で見事なミートボールが出来上がり、蛇尾ちゃんの機嫌を直す食べ物が出来たと思ったら気配察知が前方から3人此方に向かって歩いてきてるのを捉える。
(少し情報収集もしたいから2人くらい捕獲するか。今度は翼ちゃんの魅了に頼る事にしよう)
翼ちゃんの返事を待たずに背後を取るために直進してくる奴等を避け隠蔽を使いコソコソ動く。
背後に着いて暫く観察しているがやはりと言うか当然と言うべきか3人は付かず離れずに周囲を警戒していた。
隙があるとすれば前衛1人後衛2人なので、後衛を速攻拉致れば問題解決するなと思い立つと、翼ちゃんを頼るのを止め後衛の2人の頭を起点に前後上下左右10cm程度のちびマンティコアに使用した窒息魔力雲を無詠唱無音で放ち、意識を刈り取る。
彼等が崩れ落ち、地面に倒れる前に連れ去る事に成功したので音が鳴る事はなかった。
1人ぼっちになった前衛はそんな状況に気付く事無く歩き、遂にフルプレートメイルに身を包む人間が出来立てほやほやのミートボールを発見した。
何やら喚き散らした拍子に後衛2人が居ない事にも気付き恐慌状態に陥っていた。
暫く観察していたが、段々と不快感が上がってきたので始末する為に声を掛ける。
「ピーピーピーピーうるせぇ!!赤子かテメェは!」
その声にビクリと反応して距離を取り剣を構えながら此方を伺ってきたので鑑定とそれを隠蔽する為に複数の状態異常スキルを併用すると、パキンという音と共に全てのスキルが霧散した。
(あぁん?妨害されたか?だけど相手は何をされたのか理解してねえみたいだからスキルじゃなくて魔道具系の状態異常対策かな。ふーむ、鑑定も状態異常に該当するのか?……まあそれは捕獲した2人から聞けばいいか)
そんな事を考えていると目の前の人間がブツブツ独り言で面白い事を発言しており、人族至上主義らしく胸糞悪い内容だったので苦痛による死を与える事が決定する。
すると、相手は地を蹴り一直線に此方に切っ先を向け刺突を繰り出す。
猫は避ける事なく一撃を受ける。
(イタ、イタタタ、しかし魔法の剣っぽいから受けてみたけどこの程度か……。前の奴等より装備品は格段に上等な物だが結局雑魚に変わりないか。しかし俺は本当にアンデットなのだろうか………)
身を犠牲にした実験も終わり、引き抜かれた剣や頭から被った返り血に溶かされ絶叫が周囲に木霊しながらのたうち回っていた。
アンデット発言を聞き若干意気消沈しながら彼に近付き様子を伺うとまたもやブツブツ独り言を呟いていて気持ち悪かったのでサッサと潰した。
とりあえず、襲撃者は無力化したので魔人族っ子達を迎えに行く。
魔法を解除して近付くと魔人族っ子はボロボロとまた涙を流していた。
理由はすぐに分かった。
「女獣人は死んだか、洞窟に戻って他の連中も丁重に弔ってやるか」
未だに泣いている魔人族っ子が振り向き馬鹿面を晒して驚いている。
「あん?何だその馬鹿面、まさか俺が死んだ奴等を弔わないとでも思っていたのか?」
「いえ、そ、そんな事は思ってないですよ!ただ少し意外に思っただけですよ。それよりも早く行きましょう!」
ブンブンと首を横に振り動揺しつつ会話を強引に変える魔人族っ子にジト目を向けながら溜息を吐き、他の荷物を取りに行く。
「魔人族っ子は少し此処に居ろ!荷物を2つ取ってくる」
「イヴ!」
「ん?」
「魔人族っ子ではなくイヴと呼んで下さい!」
「………イヴ」
「はい!!」
「……直ぐ戻る」
素直に応じたのは今更ながら[魔人族っ子]って語呂悪いし言い難かったなぁと速攻で脳内処理したからだ。
そんな事とは知らない魔人族っ子、もといイヴに満面の笑顔で見送られ、少し離れた茂みに気絶している冒険者2人を回収した。
「さぁ翼ちゃん!出番だよ!さっきは色々と不都合な状況だったから魅了じゃなく速攻で気絶させたからな。今度こそ翼ちゃんに頼むわ」
(分かったわ。でも妨害されたら猫ちゃんに任せるわよ?)
「駄目だったら拷問でもして情報を吐かせて殺せば良いだろ。というか今更だけど猫ちゃんって……俺もうそんな可愛らしい姿形してなくね?そろそろ別の呼び名も用意しねえとな。魔人族っ子だってイヴって初耳の名前もあったんだから今度全員に名前でも考えるか」
((わーいわーい、可愛い名前がいいなぁ))
「つーかお前等ってまだ念話でしか会話出来ないのか?」
(やり方わかんないんだもん!)
(蛇尾ちゃんの言う通り!猫ちゃん今度教えて〜!)
「なるほど、分かった。今度全員にレクチャーしよう」
猫達が雑談をしていると翼ちゃんが終わったと伝えてくれたので2人を蛇尾ちゃんが巻き付き持ち上げ、魔人族っ子、イヴの元に戻る。
「あれ?猫さん、その人達はだれですか?」
「ん?コレは今回襲撃してきた奴等だな。魅了で無力化してるからもう問題ねぇ。それじゃイヴ、早く背中に乗れ!今日は無駄に疲れたからな。イヴは帰ったら風呂作りに専念しろ」
「えッ⁉︎あっ、あぁ、安全なら、いいのかな?というかお風呂まだ諦めてなかったんですね……」
呆れた顔で此方を見るイヴに訝しげな顔を向ける猫。
「お前こそ何を言ってんだ。進化してからの今日の優先作業順は最初から浴場作製だ!ボケるには早過ぎるぞ?胸に栄養行ってないんだから少しは頭にも栄養行き渡らせた方が良いぞ」
「むぅぅ、失礼ですよ!胸に栄養行ってますし村では1番の秀才だったんですからね!もう!もう!」
猫の髭を引っ張りながらぶりぷりしているイヴを一瞥すると女獣人に闇魔法を使い収納する。
この魔法は無生物に限り亜空間に収納出来る。
正確には呼吸を必要としなければ生物でも収納可。
「少しは元気が出たようだな。それじゃ帰るか」
イヴの首根っこを摘み背中に放ると翼を出し洞窟に向かって飛び立つ。
そこまで離れてなかったので数分後には洞窟前に辿り着き、そこで起きた惨状を眺める。
イヴは目を伏せ、哀しげな表情を浮かべながら涙を堪えていた。
「とりあえず全員集めるか。四散してねえから集めるのが楽に済んで良かったな」
木に潰れて真っ二つになっているのが一体で他は五体満足だったので数分で洞窟前中央に集め終わる。
「イヴ、葬送方法に希望や宗教的な慣習はあるか?無いなら火葬にするが?」
「えっと、そうですね……アンデット対策として聖水などで清めた後で火葬するか土葬するか、ですね」
気持ちが大分落ち着いたイヴがこの世界の葬送方法について応えると猫の背から降りて亜人達の元に歩いて行き膝を付き手を合わせる。
「……この世界でも神の祈りはそうするのか………くだらねぇ。イヴ、最後の別れが済んだら火葬にする。聖水は無いがアンデット対策なら施そう」
前半はイヴにも聞こえないくらいの小声で蛇尾ちゃん達にしか届かなかった。
「はい!でももう大丈夫です!猫さん、お願いします!」
そう言うとイヴが猫の横に移動したので火魔法で焼却していく。
前世の火葬場でも密閉式で最大火力1200℃くらい。
最速40分程こんがりだった筈だが猫の使用する火魔法はそれ以上の火力なのか開放式ではあったが数秒で亜人達は骨も残らず消し炭になった。
横のイヴを見ると猫の足にしがみつき静かに泣いていた。
(俺は特に何も感じねえが、イヴの反応こそがヒトとして一般的なのかね……。よく分からねえが、しかしこの状況は少し不快だな。冒険者達は潰したが、根本的な原因を潰さないとゴキブリみたいに次から次に湧き出てくるよな。……まあ考えるのは明日でいいか、とりあえず今はゴミ2匹から情報収集するか)
考えを纏め、未だ泣いているイヴの頭に軽く前脚を置く。
「今日は疲れただろ。食欲がねえならもう寝ちまえ」
「ん、ぐす…まだ大丈夫です。お風呂作りをします……今は寝るより何かに没頭して頭を空っぽにしたいです」
涙目ながら意思の強い目で見上げるイヴを猫は一瞥して「好きにしろ」と言って洞窟から離れる。
洞窟が見えない所まで来ると質問タイムの始まり。
「よし!それじゃ蛇尾ちゃん、巻き付いてる2匹を〜って……………あれぇぇぇ??蛇尾ちゃん?1匹頭無いんだけど?食べた?食べたよね?」
振り返ると口を真っ赤に染め、目を逸らす蛇尾ちゃんと頭が紛失した魔法職っぽい男。
魔法に関する事を色々聞きたかった事もあり、脱力感が半端ない。
「とりあえず誰かと会話をする時は目を見ようか?」
(ち、違うもん!わたし食べてない。この男が勝手に口に入ってきたのぉ!!)
「言い訳にもなってねえよ!洞窟に戻る前にちゃっかりミートボール食ってたの知ってんだからな!進化して更に食い意地張りやがって。まあもうソイツは死んでるから食ってもいいけど、そっちの残りは食うなよ?つうかそろそろソイツ下ろせ」
(分かったよ〜。はいどうぞ〜)
雑に地面に落とされ神官風の男が目を覚ました。
「起きたな。まずはお前等の等級と仕事内容と指示された奴の詳細を聞こうか」
起き上がった神官風の男、ダリスが虚ろな瞳で語り出す。
驚いたのはあんなに弱いのにミスリル級の冒険者だった事だ。
装備品は確かに魔法武器防具だったのでもしかしたらとは思ってたが、実力を目の当たりにするとその思考もどっかに吹っ飛ぶレベルで雑魚であった。
それと予想通りと言うか依頼主はギルドマスターという事だ。
仕事内容は不思議な事にイヴの確保であり、他の亜人の処理は現場判断で天銀の剣リーダーのザンディルの方針で皆殺しであったらしい。
今回来た冒険者達は全員人族至上主義に傾倒しており、依頼内容の生きていれば魔人族の確保だったが殺して死んでいた事として報告するつもりであった事も語った。
粗方聞きたい事を終え、不快感も高まり用済みになったので風魔法で四肢を切り飛ばし蛇尾ちゃんに投げ肉達磨になり絶叫を上げる神官男に弓使いと同じ様に全方位加重圧でぶちゃ、ぐちゃと肉と骨を潰し新作ミートボールを作成。
出来立てを闇魔法で収集すると案の定背後から不機嫌オーラが漂ってきたので先手を制する。
「このミートボールはやらんぞ?四肢を渡したんだからそれで我慢しろ。コレの使い道は他にある!」
(ムムム……。お腹空いた!他のお肉でもいいから食べたい!)
「はいはい」と適当に返してると隣のウルフちゃんから質問が入る。
(ねぇねぇ〜。もう殺しちゃったから遅いんだけどさ〜。なんで鑑定とか効かなかったのか調べなくてよかったの〜??)
首を傾げながら可愛く尋ねるウルフちゃんの顔を見詰めながら固まる猫。
(あらあら〜これは完全に忘れていたわね。ウフフ。今日は色々あったものね。今後もこのミスリル級以上の冒険者は状態異常対策をしていると思った方がいいかしらね〜)
翼ちゃんからは優しく慰められてしまった。
これが色気か?
母性全開にしてきたのか?
「た、確かにウルフちゃんの言う通り聞くべき内容だったなぁ。だがしかし!翼ちゃんの言う通り、今日は既に脳味噌の営業時間は終了してます!この話はこれで終わりだ!そろそろ戻るぞ」
思考をぶん投げ逃走に徹する事にした猫を特に追撃する事なく皆、生暖かい目線だけを向けるのだった。
ちなみに戻ったらイヴが立派な浴槽を作成していたが、完成して気力と魔力が切れたらしくうつ伏せで倒れていた。
その後意識を取り戻したイヴと風呂を堪能した。
今日はいつもより疲れたのか前脚にしがみ付きながら静かな寝息を立てているイヴを眺めながら今後の活動内容に黙考しながら夜は更けていく。
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[情緒纏綿]
ここ最近の私はとても幸せだ。
まだまだ心に残る傷は深く頻繁にあの日、村での悪夢を見る。
その度にあのモフモフの前脚にしがみ付き安心感を覚える。
訝しげな顔をするものの決して振り解かない優しさ、とても心地良い。
いつかはこの傷が癒える時も来ると思いつつも完治する事は決してないだろうとも思う。
古傷として、その痛みをずっと持ち続けるだろう。
傷の痛みを忘れないのは大事な事だとは思うけれど、私一人なら確実に潰れていた。
猫さんを筆頭に蛇尾ちゃんにウルフちゃん、翼さんが一緒に居てくれるだけで私はまだ前を向いて歩ける。
更に今は男性エルフのサーヴェインさんと女性エルフのサラさん。
男性獣人のダインさんと女性獣人のサーシャさんの4人も一緒で新しい家族が出来たみたいだ。
猫さん達と文字の練習をしたり戦闘訓練をしたりととても充実していた。
けれど、サーヴェインさん達はあと数日もしない内に故郷に帰ってしまうので少し悲しいです。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか猫さんが(今生の別れじゃねえんだから遊びにでも行けばいいだろ)とぶっきら棒に投げ掛けてきました。
猫さんは魔物なのに魔物らしくない事を良く言うので目を瞑って会話したら人同士だと勘違いしちゃいそうです。
そんな幸せも猫さんが翌日出掛けると聞いた時から少しずつ崩れていきます。
その話を聞いた時は得も言われぬ不安感に苛まれ駄々を捏ね無理矢理同行する事を許可してもらいました。
皆さんの援護感謝です!
そしてその不安感は的中してしまいます。
猫さんは生まれてすぐに母親に殺されそうになったので、その仕返しをするとのこと。
家族が殺し合うのは悲しく寂しい事なので必死に止めようと奮戦しましたが、猫さんの憎悪が凄まじく覆すのは不可能なのだと理解したら自分でも理解出来ない行動に出てました。
それでも[家族]は特別でずっと一緒に寄り添うべき存在だと思います。
血や種族が違っていても家族にはなれるのだから、全ての感情を共有出来るのだから……。
まあその後散々馬鹿にされましたけどね。
そういった一幕もありながら今は留守番です。
「確かに家族が殺し合うのは見たくないですけど、こんな森の中で留守番はどうかと思います。結界と隠蔽の魔法まで使ってもらって言う事ではないのは理解してるんですよ!というかこの魔法ってなんなんですかね?光魔法と闇魔法とは言ってましたが光魔法はまだ理解出来ますが、闇魔法の隠蔽は理解不能です。そもそもそんな隠蔽なんて魔法聞いた事ないですからね!」
1人が暇で退屈なので鬱憤を込め独り言が止め処なく溢れてくる。
暫く暴言もとい、小言をブツブツ呟いていると遠くの方から悲痛な咆哮が聞こえビクッと身体を震わせる。
「ふぇっ⁉︎い、今のは猫さんの声ッ⁉︎な、何かあったんでしょうか!見に行かなくては!」
光の壁をバンバン叩くがびくともしない。
「うぅぅぅ……。硬すぎです!いえ、それはそれで助かりましたけど……ってそうじゃない!むむむ、どうしたらいいんでしょうか」
頭を抱えて左右にふりふりしていると突然光の壁がバギンと砕け隠蔽の闇色の靄が霧散した。
「うぇ⁉︎な、なにが……?はっ⁉︎まさか!猫さん!今助けに行きますよー!」
一目散に声がした方向に走って行った。
幾本かの木々を通り越し前方に少し開けた場所が見えてきて、その中央には地面に寝そべる巨大な黒い毛皮の生き物が鎮座していた。
恐る恐る確認するとそれはなんと猫さんでした!
とても格好良い姿になっていました!
顔がにやけそうになるのを必死で抑えないといけないので大変でしたよ全く……。
しかもその後には猫さんと一緒に入る為の浴槽製作も任されたので俄然やる気が出ます!
サーヴェインさんに土魔法を教わっておいて本当に良かったです。
少し歩くとウルフちゃんから不吉な報告を聞き、背筋に氷の刃を突き立てられたかの様にゾクリとし鳥肌が全身を走りました。
悠長に歩いては時間が掛かるので飛んで洞窟を目指すと猫さんが急降下を始め1人の人物の前に降り立ちました。
女性の獣人、サーシャさんが身体中血だらけで歩いていて猫さんと私を見ると安堵した様に木に背を預け崩れ落ちてしまいました。
大事な情報を伝え、気力が途切れてしまったみたい。
私が駆け寄り応急処置をしていると、猫さんが私の名前を知らない事件が起こったけど追手が来てるというので渋々引き下がる。この問題は後で追及します。
猫さんの優しさで光の壁の中には私とサーシャさんがいます。
「サーシャさん、ごめんなさい……。私が治癒魔法を使えれば……」
以前サーヴェインに魔法を教えてもらう際に治癒魔法は適正が無かった。
「なんで、イヴが、あ、謝るのよ……もう、ふふ。こうなったのも、全部あの人間共のせいでしょうが!…ごほっごほっ!あぁ……そろそろ、かしら……」
流血が止まらず地面が赤黒く染まっていく。
「い、いや!いやです!サーシャさん……お願いです、いかないで……ぐす」
サーシャの手を両手で包み紫紺の瞳から次から次に涙が零れ落ちる。
「ねぇ、イヴ、約束、して。私の分までしっかり、生きて、幸せになるんだよ……。ね、猫さんと一緒なら、大丈夫だろうけど、無理するんじゃ、ないよ……。あと…………」
「うぅぅぅぅぅ……。必ず!!ぐす…幸せになります!だから!だから…あっ、ぐす…………ありがとうございましたぁぁぁ!!うわぁぁぁん!」
私はサーシャさんを抱きしめ猫さんによって結界が解かれるまで泣き続けた。
その後は全ての遺体を集めて猫さんが火葬による葬送をしてくれた。
今日1日で枯れ果てるくらいに涙を流した気がする。
(家族が殺された時も同じくらい泣いたなぁ……。皆と出会ってからの時間がそこまで長いものでは無かったけど、それでも私にとっては大切な時間だったんだな)
今現在、猫さんは用事を片付けると言い森の奥に消えていった。
そして私はというと猫さんが大きくなったので土魔法で新たな浴槽を作製中。
私の心身疲労を心配してから無理せず休めと言われたけど、猫さんに喜んでほしくてここが頑張りどころですね。
猫さんが戻ってくる前までに何とか間に合ったものの魔力と気力が切れてパタリと気絶してしまいました。
ふわふわな感触で目を覚ますと真っ黒な毛皮に包まれていた。
「……ん?あ、あれ?あっ、猫さん…戻ってたんですね。はぁぁぁ、ふわふわで気持ちいいです。幸せ〜」
「全く無理するなって言っただろうが。バカが、ぶっ倒れるまで魔法使ったのか?」
「うッ!!心配掛けてすみません……」
頑張って完成させて褒めてもらいたかったが結局倒れて心配させてしまったのでシュンと項垂れる。
「ん?いや別に心配はしてないが……まあいいか。そんな事よりも風呂が完成したのは素晴らしい事だ!イヴ、良くやった!早速入るぞ!」
時間差で褒められ、顔をバッと上げ満面の笑顔になる。
猫が湯を張りザブンと入ると気持ち良さそうに顔を緩ませる。
「はふー、やっぱ1日の締めは風呂だなぁ」
続いてイヴも服を脱ぎ湯船に入ると自作したにも関わらず疲労からか深さを想定出来ずにドボンと勢い良く沈む。
パニック状態になり「がばごぼ」と手足をバタつかせ必死に上がろうとするとスッとモフモフの前脚により掬い上げられる。
「やれやれ、何遊んでんだ?イヴにとっては散々な1日だと思ったが、まだそんな遊ぶ元気があるとは……子どもは体力があるなぁ」
ゲホゲホと咽せながらもジロリと猫を睨む。
「もう!遊んでませんよ!浴槽が深すぎてビックリしちゃっただけですよ!あと私は子どもじゃありませんー!大人ですー!」
イヴを一瞥した猫は「はいはい」と雑にあしらいながら湯を堪能している。
一瞬頬を膨らませ追撃しようとしたが自身の疲労もあり今日は許してやろうと尊大な気持ちで引き下がってあげました。
暫く沈黙が続くとイヴの胸中は今日の出来事によって埋め尽くされていた。
そして気付くとポツポツと猫に語り掛けていた。
「……今日は色々ありましたね。いえ、違いますね。ここ最近色々な事が有り過ぎて私の心と身体は大忙しですよ。ねぇ、猫さん……なんで私の家族になってくれたんですか?特に取り柄も無ければ才能の無い、ひとりぼっちの私なんかを……。今日の冒険者さん達には私も狙われていましたよね?これから先、また私は命を狙われ続けるんでしょうか?」
緊張の糸が切れたのか心が決壊したのか止め処なく不安や恐怖の感情が吹き出しカタカタと震えながら猫の前脚をギュッと掴み上目遣いで濡れた紫紺の瞳を向ける。
その間、ジッとイヴを見つめ続ける猫の表情は少し怒ってるみたいにイヴには感じられた。
「さぁな、俺にも分からん。捨て犬を拾った感覚に近いかもな。基本俺は人に興味がねえから生きようが死のうが勝手にどうぞ、だ。だがな、気紛れとは言え俺が手づから助けた奴が自分を卑下するな!助けた俺が阿呆みたいだろ!自分に自信が無けりゃ努力して自信を付けろ!お前は死ぬ程努力して全ての万策が尽きた末に、今私なんか、って言ったのか?足掻いて足掻いて血反吐吐いてでも生きてりゃあよ、後向きで俯いて戯れ言垂れ流す奴よか幾らかマシだろうよ。少なくとも俺だけはお前の努力の証人になってやる。ついでに言うと襲撃者は今後現れねえから安心しろよ」
前半は相変わらず優しくないお座なりな言葉ではあるもののその後の言葉は厳しいけれど、だけど優しさもあり自信の無い自分を前に進ませてくれるものだった。
「むむぅ……捨て犬の件は不満ですが、でも私がまた挫けそうになっていたら喝を入れて下さい!私はサーヴェインさん、サラさん、ダインさん、そしてサーシャさん、皆さんの分まで幸せにならないといけません!猫さんが証人になってくれるなら十分です!それはそうと冒険者さん達がもう現れないとはどういう事ですか?」
「お前が気にする事じゃねぇ。それよりイヴ、顔真っ赤だぞ?そろそろ上がらねえと茹で上がるぞ?」
会話を強引に変えられたが、指摘されて意識したからか段々とボーッとしてきたので上がる事にした。
今日はそのまま就寝する事になったが、特等席である猫の前脚が寝袋サイズからシングルベッドを超える大きさになり幸せ度が数段階上がりモフモフに埋もれながら眠りに落ちていく。
(私はもう猫さんから離れられませんね。あぁ、大好きです)
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