第9話 変な家族
[調査隊派遣]
ーーーー昨日猫達が元奴隷達と夕餉を終え雑談していた頃、アルザスの街の冒険者ギルドの部屋の一室にて白髪混じりの金髪をオールバックにした40歳後半程の年齢ながら衰えを知らない肉体を持った男がソファに背を預け、瞑想する様に目を瞑り何かを考えている様だった。
暫くしてゆっくり目を開けると近くにある呼び鈴を鳴らす。
チリンチリンと響く音色。
男は眼光鋭く、獲物を狙う鷹の如き視線を中空に向けながら待っていた。
すぐにドアがノックされ疲労を滲ませた女性が入室してきた。
冒険者ギルドは時間に関係無く常に冒険者が居るのも珍しくなく、故に職員は三交代制を取っており常に誰かがギルド内に常駐する仕組みを採用している。
なのでギルド内には簡素ではあるが仮眠室なども完備している。
「何かご用ですかギルドマスター。お茶なら自分で入れて下さいよ?私も忙しいんですからね」
ギルドマスターと呼びながらぞんざいな扱いを受ける初老の男は頬を引きつらせながらも冷静に対処しようと心掛ける。
「ふぅ……。あぁ、さっき報告を受けた奴隷の積荷の護衛依頼失敗の件に原因調査隊の冒険者を動員する事にする」
「アイアン級冒険者の失敗ですか……既に依頼主は死亡したと言っていましたが全員が一瞬で気絶させられて犯人を見てないと言っていましたね……。確かに気になる結末ですが……それではどの等級の冒険者を動員しますか?」
報告の内容を思い出しながらどこか納得いっていない雰囲気を醸し出しながら話を先に進める。
「明日の朝一でアイツ等を呼べ!」
予想外の返答に女性は一瞬唖然とするが、反論する理由も無いがとりあえず確認だけする事にした。
「……えっ⁉︎アイツ等と言うとザンディル達の事でしょうか?確かにこの件には疑問がいくつかありますが、そこまでの危険度なのですか?」
「分からん……分からんがこれは冒険者の勘みたいなもんだ。杞憂ならそれに越した事はない。不満を言われたらあの森の依頼を追加で持たせれば文句はないだろ」
長年の経験で今回の事件が単純な事故ではない気がするギルドマスターはこのアルザスで10組しか居ないミスリル級冒険者の中でもアダマンタイト級に迫ると言われている者達を招集する事にしたのだ。
その他詳細を告げると女性が頷き、すぐに部屋を出て行った。
近くにあるタバコに火を付け再びソファに背を預ける。
「あのアイアン級冒険者達も調べる必要があるか……」
独り言はタバコの煙と共に中空に霧散していった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
雲ひとつ無い晴天模様を見上げながら1匹の猫は物想いにふける。
あぁ……人間はなぜ会話をするのか。
意思疎通、伝達時間の短縮などの単純なメリットから複数言語を操ると脳の発達により多角的な思考が可能などなど様々なメリットがあるらしいな……。
だが、そんなの俺にとってはなんのメリットにもならん!!
人間は会話が無くとも生きて行けるのだ!!
さぁ、あの空に向かってフライアウェ〜〜イ
そんな現実逃避中の猫に後ろから呆れと困惑混じりに念話が飛ぶ。
(はぁ……。あ、あの〜猫さん?そんな現実逃避してる暇があるなら共通語のおさらいをしますよ?)
振り返りジト目の猫は思考を加速させる。
……この魔人族っ子、鋭い、更にいつになく強気だな。
ふっ、成長しやがってこん畜生め……。
(迷える小さき娘よ、聞きなさい。私の頭を触る事を許可しましょう。さぁ触るがいい)
何言ってんだコイツみたいな目で見ながらも触る事が出来るのは嬉しいらしく口をフニフニさせながらテトテト近寄って猫の頭を触ると脊髄反射ですぐに手を退けた。
(ッあ、あつぅぅ⁉︎⁉︎えっ?えッ⁉︎何ですかこの熱さ!!お肉が焼けそうです!!頭に火魔法でも掛けてるんですかッ⁉︎)
興奮しながらも引き気味に後退るという器用な技を見せる魔人族っ子に微笑みをもって1匹の猫が優しく諭す。
(小さき娘よ、分かりましたね?私の頭は既に限界突破して死に始めているのですよ。頭から湯気所じゃありません、煙が出ています。とりあえず休憩にしましょうか。死にます、また死んでしまいます)
(わ、分かりましたから敬語はやめて下さい。変な感じですし猫さんには似合いませんよ。というか[また]?)
あぁ〜頭が働かないから余計な事言ったが、まあいいか。
ここは俺の伝家の宝刀が発動するか。
つまり無視。
(失礼だな絶壁娘よ。早く川で……いや、水魔法で氷を生成出来るか。振動数を下げて分子運動を止めるイメージを……ん?自らそこを制御するより、いやそれだと余計面倒か……んん?おっ?単純にこうすりゃ……いや、こうか?……あっ出来た)
試行錯誤を繰り返しイメージ通り不純物を極限まで取り除いた高純度の氷塊を目の前に出現させ、そのまま頭から突っ込んだ。
あぁあぁぁぁああぁ!!最高だッッ!!
発熱した頭部がジュウジュウと音を奏でながら癒されていると魔人族っ子の反応が無い事に気付き、振り返り慈悲を与える。
(ほら魔人族の子よ。お前もこの癒しを分けてやろう。って、ん?)
振り向いた先には崩れ落ちたのか四つん這いになりぶつぶつ呟いている怪しい奴が居た。
(ぜ、絶壁……ぐす、すぐに大きくなるもん……。でもお母さんは……でも…でも……ぐす)
(うわ〜、面倒臭えな。後で大きくなるおまじない教えてやるから早く立ち直れよ。氷無くなっちまうぞ)
猫の発言に雷に打たれたかの如くビクッと弾かれ、ババッと立ち上がり目を爛々とさせながら詰め寄ってくる。
(本当ですか‼︎⁉︎本当ですね!!嘘付いたら一生許しませんからねッ!!)
あぁ……俺はこの目を前世で見たことあるな。
あれは……ハゲが育毛という魔法に必死に縋り付くのと同じ目だな。
(……あぁ、任せろ。それにしても本当に魔法は便利だな)
これ以上の絶壁ネタを引き摺るのは悪手と判断し、話題変換を決行しようとするーーー(何を言ってるんですか?氷魔法は複合魔法とも呼ばれ複雑すぎて殆どの人は使えませんよ。それを無詠唱でやるなんて本当に猫さんはデタラメなんですね)ーーーはずが、何故か呆れられるし遠くからはヤベエ顔した変態エルフが上気した顔に瞳を爛々と輝かせ奇行走りしながらこっちに近付いてくるし……解せん。
だがここ最近の光景はこんな感じで猫が頭から煙を上げ、魔人族っ子が強気になったり落ち込んだり、変態男エルフが気持ち悪いくらいに興奮しながら魔法について語り出したりと、そんな日々も今日で4日目に突入していた。
男エルフを含め他の面々も肉付きも良くなり大分体力も回復し、服装も奴隷時代の簡素な薄汚れた布から動物や魔物の毛皮を使用したレザーアーマー(自作)を装備し少しはまともな格好になった。
武器も盗賊からの戦利品が沢山あるので好きな武器を与えている。
おそらくあと、2、3日後には出て行くだろうから魔人族っ子の護衛を任せるとして明日には行動を開始するかなと考える。
そして、夕食終了後全員居る前で翌日の計画を話す。
(明日は用事があるから俺はここを少し離れる。その間は魔人族っ子の事をよろしく頼むな)
皆が皆理由を聞く事なく了承と首を縦に振る。
いや1人を除き、か……。
(猫さん、私も一緒に行きたいです!!お願いします、邪魔はしませんので連れて行って下さい)
前脚に抱き着きながら懇願する魔人族っ子。
(いや、遊びに行く訳じゃないから却下だ。それに弱っちいお前は存在が邪魔だ)
(そ、存在ッ⁉︎ぐぬぬ……嫌!嫌です!!行きます!!行きます!!)
いつもならすぐ引き下がる筈の魔人族っ子が今日に限って粘り強く抵抗するので暫く押し問答が続き、段々苛々してきたので強引に威圧で捻じ伏せる算段を画策していると魔人族っ子にとっての救世主が現れた。
(まあ良いじゃん猫ちゃん、別に連れて行っても〜。ピクニック気分で行こうよ〜。あっ、猫ちゃんお弁当よろしく〜)
(そうだ〜そうだ〜遊ぼう遊ぼう〜)
蛇尾ちゃんの発言にウルフちゃんが追従する形で反旗を翻してきた。
飼い蛇と飼い犬に手を噛まれるとは此れ如何に……。
答えの無い問いを心で呟きながら3対1の劣勢に追い込まれたと思ったら男エルフ達まで敵に回り遂には折れる。いや折れてない!
大人な対応をしただけだ。
(猫殿なら1人くらいなら守りながらでも問題ないですよ)
ニヤニヤクソ変態男エルフのセリフに嘆息しこの話は決着する。
(はぁ……、分かった分かった。ただしどうなっても自己責任だ。それが例え俺の流れ弾だろうとな、いいな?)
意味の無い脅しになってる事は目の前でキラキラした目を向けてくる魔人族っ子を見れば分かる。
(分かりました!!ありがとう〜猫さん大好き)
はぁ……コイツは俺を何だと思ってんだ。
話しは終わりだと背を向け風呂に入る為に歩き出すと魔人族っ子も付いてくる。
最近では最早一緒に入るのが当たり前になっているが気にしたら負けだ。
そんな当たり前の日常に多少の不満を覚えつつ明日のイベントをどうやって盛り上げるか考えながら夜は更けていく……。
翌朝、宣言通り朝食を済ませた俺と魔人族っ子は森の中心部分に向かっていた。
飛んで行くつもりだったのに俺以外の奴等にブーイングをくらったので渋々歩きで散策しながら赴いている。
蛇尾ちゃんは周囲の食べられる物を探り片っ端から捕食していた。
たまに引っ張られるのが偶に傷だが、それ以上に役立っている。
それはスキルの熟練度というのか経験値みたいなものが溜まっていく感覚がある。
前の世界でも自分の身体は今まで食べてきたモノで形成されると言うが、まさにその感じだなぁ。
食べた相手の力の源とも言うか命そのものと言うか、そういった他者を取り込み糧にする感じ。
現時点で強奪に関しては共有される事が確認されており、捕食も強奪にカウントされ俺が手を下さなくても問題無い、楽して強くなるのも偶にはいいだろう。
特に1番の利点は勝手に食ってくれるので食事の用意をする必要が無い所だな。
そんな事を考えていると前方から気配察知に反応があった。
最近では猫に向かってくる魔物は少なかったが中心付近は強い魔物が多数生息しているのか先程から等間隔で襲撃に遭っている。
(また前から一体来るからどっかに掴まってろ)
背中でウルフちゃんや翼ちゃんとお茶会をしている魔人族っ子に注意を促す。
(あ、はーい。今回はどんな魔物ですかね〜。楽しみです)
安心感なのか魔物好きなのか不明だが呑気に応えた魔人族っ子は前方を注視していた。
暫くすると前方の木がなぎ倒され黒曜石の如き光沢を放つ甲羅を持ち、全高5m程のゾウガメ似の魔物が現れた。
現在我が家の鍋として大活躍中のキラータートルの亜種かと思い久々に鑑定を使ってみる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
種族名:プロガノケイノス
[Lv.26]
[堅牢Lv.6]
[剛腕Lv.3]
[土魔法Lv.2]
[毒耐性Lv.1]
[麻痺耐性Lv.1]
[睡眠耐性Lv.1]
称号
[金城鉄壁]
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
弱いけど、俺が持ってないスキルがあるな。
称号スキル持ちは初めてだな。
近くに沢山いれば狩り尽くす勢いでやれば強奪出来るだろうな。
称号も奪えんのかねぇ。
(しっかり掴まっておけ、行くぞ!!)
先手必勝で50m 程の距離を刹那で食い破り目の前に到達すると黒亀は反応出来なかったのか唖然とした表情をするも、敵意を感じ取った脊髄反射で前脚を上げ叩きつけてくる。
遅過ぎて欠伸が出そうだが、迎え撃つと背中の魔人族っ子がペチャンコになるので様子見ですれ違い様にまずは魔力を込めずに爪で横なぎに切り裂く。
パキンという音を後ろに置き去りに移動し、黒亀の後ろを取る。
黒亀がのっそりと振り向くまでの間に前脚を上げ爪を確認すると、親指以外の爪が全部折れていた。
硬えなあの黒亀……。
爪で切る瞬間に黒亀の身体が光ったからスキル以外に称号にも堅牢効果があんのかな。
生身の部分でこれじゃ甲羅部分は気合い入れないと今の俺じゃ物理攻撃じゃ苦労しそうだな。
あまり雑魚に時間を掛けるのも良くねえから次の実験で殺すか。
そんな事を考えてると黒亀が此方を向き威嚇しながら土魔法を放ってきた。
俺が普段使ってる魔法と違って魔法陣みたいなもんが出てるのは何でだ?
1つの魔法陣に対して1つの魔法か?いや、この魔法だけか?
相手の魔法に対して考察している最中でも攻撃は続き、30cm程の石礫を避けたり爪で迎撃したりと石礫の耐久力を調査しつつ対処していった。
効果が無いと判断したのか黒亀が突っ込んできたのでそろそろ片付けようかと用意していた技の一つを使用する為に先程の折れた爪を見た。
爪は自己再生で回復していたので今度は全ての爪に闇魔法を纏わせていく。
(コイツを殺したら昼飯にするか。威力がどの程度か分かんねえけど甲羅が無事なら亀鍋だな)
皆の返事を待たずに爪を上段から振り下ろす。
実際技でも何でもないただの力業だが、効果は劇的で目の前の亀が甲羅含めボーダーの様に削られ、肉闇肉闇と交互に綺麗なコントラストを描きながらバラバラに解体された。
(あぁ、やっぱり無理だったか。焼き亀に変更だな)
全く悪びれない態度が気に入らなかったのか無言でケツを噛む蛇尾ちゃん。
それに同調してる雰囲気を纏わせながらもニヤニヤ顔で獅子の顔を甘噛みするウルフちゃん、更に以前食べた亀鍋の味を思い出したのか喚きながら背中をポカポカ殴る魔人族っ子。
(やめなさい幼女ども。翼ちゃんみたいに大人な対応を心掛けないといつまで経っても引き締まったバストに豊満なウエストのままだぞ?)
蛇尾ちゃんとウルフちゃんには効果が無いのか噛み続けていたが魔人族っ子はピシッと固まり、暫くするとプルプル震えるフェーズに移行して、最終的に顔面に飛び掛かってきた。
(猫さん!!それは言ってはいけない事ですよ!!デリカシーが無いんですかッ⁉︎しかも私は成人してるので幼女じゃないです!!)
案の定子どもの反応を見せる自称成人。
(魔物にデリカシーを求めるなよ。あぁ……分かった分かった、今後に期待しといてやるよ。翼ちゃんパース)
器用に魔人族っ子の首根っこを掴むと背中に放り投げる。
(えぇ〜私に投げられても困るんだけど。しかも心象風景でもない私の姿はお世辞にもナイスバディではないわね。人化しないと人族は誘惑出来ないわね)
(確かにな。今の姿はまさに悪魔だからな。人化ねぇ、確かに何故か知らんが擬態じゃ人型にはなれたけど人種にはなれなかったからなぁ)
そうなのだ。そのうち街にも行こうと思っていたのでスライムから強奪した擬態で人種になれるか確認した事があった。
結果としては、今の俺が二足歩行形態になっただけだった。
盗賊なら数え切れない程食べたのに獲得したのは二足歩行だけだった。
それこそ人化スキルが必要なのかと思うくらいに微妙な擬態で落胆した記憶が浮かぶ。
まあ他にも手はあるからどうでもいいかと目の前の黒亀を調理すべく近寄っていく。
ちなみに魔人族っ子は翼ちゃんに愚痴りながら鬱憤を晴らしていた。
蛇尾ちゃんは未だ無言でケツにかぶり付いてる。
とりあえず無視しつつ黒亀に近付き更に細かく爪で切りながら肉を木の枝に刺しながら火魔法で炙っていく。
すぐに香ばしい匂いが立ち昇り全員の視線が肉に釘付けになる。
(さぁ焼けたぞ。蛇尾ちゃんは肉以外にも試しに甲羅も食べてみて)
(わかった〜。まずはお肉から食べる〜)
ケツを齧ってた事など無かったかの如き反応をする蛇尾ちゃんを見ながら他の連中にも与えていく。
俺も甲羅を齧ってみるが意外とイケる事が分かった。
その結果、[堅牢Lv.1]の獲得と[怪力]が上位スキルの[剛腕Lv.1]に併合された。
更には久々に皆のレベルも上がった。
最近は盗賊をいくら殺しても上がらなかったから嬉しい。
ちなみに称号は奪えないのか条件が必要なのかは不明だか今回は確認には至らず。
ただ総合的には満足なので、ホクホク顔で今後の事を考えていると魔人族っ子が目の前に来て疑問をぶつけてきた。
(そう言えば猫さん、今日って何しに森の中心部まで来ているんですか?)
(ん?あぁ、そう言えば説明してなかったな。今日の目的はな、俺の親弟妹を皆殺しにする事だな)
夕食のメニューを語る様な気楽さで告げた事で最初魔人族っ子は理解せず(ん?えっ?……親、弟妹を、皆殺し……?)と首を傾げたが、次第に理解が追い付き凍り付いた。
(え、えっ?う、嘘です、よね?猫さん達の肉親を殺すなんて……嘘ですよね?)
(何をそんな驚いてる。あぁー!なるほど〜。安心しろ、肉親と言っても俺みたいなレア魔物のキマイラじゃねえから素材としては俺より価値は無いぞ?突然変異かどうかは知らねえが俺以外は全て普通のマンティコアだ)
魔人族っ子の衝撃の正体を看破したぞと言わんばかりに頷きながら話す目の前の猫は態度も雰囲気もいつも通りだ。
家族を皆殺しにしようとしてるのに、言葉の端々から罪悪感などの感情は一切無く、ただの作業の様な軽い口調で語るその姿に恐怖した。
全身を冷気の刃に突き立てられた様な怖気に襲われる。
怖い、怖いけど今止めないと目の前の大切な存在が、彼が何処か別の場所に行ってしまう様な焦燥感に苛まれ顔を掴み声を荒げてしまう。
既に思考は乱れ、恐怖や寂寥感など数多の感情がぐちゃぐちゃに混ざり混沌と化していた。
(そ、そういう事じゃないですよ!!!やめて下さい!!家族を殺すなんて間違ってますよ!!)
あまりの剣幕に猫は一瞬目を見開くも、すぐに目を細め不快気に唸る。
(何言ってんだお前、間違ってようが間違ってなかろうが、関係ねえんだよ。俺が自分や他のガキと姿形が違うだけで殺しに来る親、いや……親に限らずか、そんな生物は俺にとって価値はねえ。お前も最近それを体験して感じたばかりだろうが。それに対して許すのか許さねえのかはお前の好きにしたらいい。個々の意見、感情を否定するつもりはねぇからな。今回は偶然にも一応俺の親だからな。最初の親孝行に誓ったんだよ、必ず俺の手で殺すってな。お前がどう思っていようが鏖殺は決定事項だ。ここに連れてくる時に自分で口にした言葉をお前は忘れたのか?)
特段声を荒げた訳でもない静かな声だった。
しかし、眼の奥には炎獄の如きドロドロとした憎悪の炎が満たされていた。
普段は見えない全ての生物を軽蔑、侮蔑、憎悪、憤怒……単純な言葉で表現出来ない怨嗟の炎。
彼の感情に反応するかの様に蛇尾、ウルフ、翼の眼も爛々と鈍い輝きを放ち魔人族の少女を無言で眺めていた。
ぐちゃぐちゃになった感情が限界値を振り切ったのかいつの間にか止め処なく少女の紫紺の瞳からは大粒の涙が流れていた。
(ひぐ、ひぐ、家族は大切にしなきゃ、だ、だめなんですよ……ぐす)
必死で訴えているらしいが猫は冷めた目で魔人族の少女を眺めているだけで何も言わない。
普段なら率先して宥める蛇尾や他の面々も何も言わずに黙って眺めている。
暫く泣きながら懇々と家族の大切さを語っているが、これ以上聞くと殺したくなるので強制終了する為に涙などあらゆる顔面から出る体液に塗れた少女に水魔法を噴射した。
「ぶしゃッ!」っと決して女の子から出てはいけない音を出しながらすっ転んだ。
その間抜けな姿に少し溜飲を下げ、殺意を抑えながら理性が戻ってくる。
紫紺の瞳を充血させ、陽の光を浴び煌く銀髪も泥で汚れ見窄らしい姿になった少女は起き上がり頬を膨らませ反論を言う前に猫が先手を打つ。
(もうそろそろ落ち着け。幾らお前が喚こうが俺に敵意を向け殺そうとする奴等は皆殺しだ。家族であろうが他人であろうが関係ねえよ。それで納得出来なければ後は好きにしろ、お前は捨てて行く)
言う事をさっさと言うと立ち上がり歩き始める。
すると後ろからドタドタと走る音が聞こえ、猫の横を通り過ぎて目の前で両手を広げ立ち塞がった。
考えが纏まってないのか混乱して考えられていないのか、口をもごもごさせながら沈黙時間が暫く続いた。
猫達は何も言わず魔人族っ子に合わせ待つ事にした。
どれくらい時間が経っただろうか、しかし遂に意を決して言葉を紡ぎ出す。
(……その考えは私には分かりません!!家族は大事にするべきです!!家族だとしても、そうでなかったとしても人を殺すのは間違っているという考えは捨てられません。でも、でも……。なので……私が猫さんの家族になります!!)
謎の超理論をぶちかましてきた魔人族っ子に猫、蛇、狼、悪魔がキョトン顔になった。
そして一早く再起動をした蛇から、(キャハハハ〜!さっきの水魔法で頭までくるくるぱーになっちゃったよ〜だいじょーぶ〜?)
そして狼から、(キャハハハ〜!失礼だよ蛇尾ちゃん。魔人族っ子ちゃんは元々くるくるぱーだったよ〜だいじょばなーい)
更に翼から、(あらあら、ウフフ。妹がもう1人出来たみたいで私は嬉しいわよ。頭がくるくるぱーなのは仕方ないわね、それに関しては諦めるわ〜)と散々な評価だったので俺が少しでも慰めねばと謎の使命感に駆られ、(お前達、事実は人を傷付けるんだからな?頭の中がどんだけぶっ飛んでてイカれてても優しく見守ってやるもんだろうが!)
猫的全力慰めが止めとなり、魔人族っ子の顔が熟れた林檎の如く真っ赤になり頬を膨らませ猫に殴りかかってきた。
(な、な、なんですかみんなしてー!人の事を残念な子みたいに!酷い!酷い!頑張って勇気出したのに!)
ポカポカ殴る魔人族っ子の頭に前脚を乗っけ引き離そうとする。
(だから落ち着けって。イタタタ、髭を引っ張るな小娘。とりあえず、その超理論を説明してみなさい)
髭を掴みフーフー唸る少女は次第に落ち着いていき超理論を紐解いていく。
(……私の家族は、というより村は人間に滅ぼされてしまいました……。私は1人になってしまいました……。家族は大切なんです。でも、私がどんな言葉を重ねても猫さんの気持ちを変える事は出来そうにないです。さっきの猫さん、最初に会った時よりずっとずっと怖かったんです……。怖い、怖いけど、それでもこれからも私は猫さんの側に居たいんです。でも過程はどうあれ、猫さんも家族が居なくなっちゃいます。なので、私が猫さんの家族になる事にしました)
(なるほど……って、ん??最後いきなりぶっ飛んだなッ⁉︎そもそも蛇尾ちゃんやウルフちゃん、翼ちゃんは俺の家族だとは思わねえのか?)
(3人は家族というよりは身体の一部?猫さんと同じ存在の様な感じがするんですよね。何言ってるか私も分かりませんが……そんな感じがするんです。兎に角、わたしは猫さんの家族になりますね。これは決定事項です!ずっと一緒ですよ!!)
魔人族っ子にしては鋭いな。
確かに3人は前世では俺だ。
まあ今は精神分裂の影響で微妙な立ち位置な気がするが……家族か。
前世では初めて殺した奴等だからな。
今世でもこれから殺すのだからつくづく血縁家族は塵ばかりだな。
目の前のびしょ濡れドヤ顔魔人族っ子を眺める。
拾った責任は……多少はある、のか?
なんでこんなに懐かれたのか不明だが、コイツが飽きるまで付き合うのもまた一興か。
しかし、小汚いなコイツ。
原因100%の猫が完全他人事で観察しながら、今度は威力を調節した水魔法を不意に魔人族っ子に浴びせ、泥を落としたら風魔法と火魔法の混合魔法を使用し、温風を起こし問答無用に魔人族っ子を乾かしていく。
されるがままに綺麗にされていき乾燥が終了したら首根っこを掴み背中に投げる。
(魔人族っ子の駄々で時間くったからここからは少し急ぐからな。これからは邪魔すんなよ?まあもう無駄だと分かってるから大丈夫か。蛇尾ちゃん達は、背中の新しい家族でも守ってやれ)
遅滞を取り戻す為に走り出すと、背中をバシバシ叩かれなので振り向くと、美しい紫紺の瞳に涙を滲ませながら先程とは違い無邪気な笑顔で幸せを表現していた。
歪に捻れた関係の魔物と魔人族の少女はこの日、家族になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます