第7話 念願の風呂

[運命の分岐点]


 ひび割れていく世界の中、何もかも奪われて、ボロボロになっても無意識に壊れる事を拒否する。

どれだけ無様に、地べたを這いずりながら意地汚く、手足をバタつかせながら足掻く自分をある時ふと客観的に見てしまい、私たちは希う。

ヒトがヒトのまま、ヒトらしく生きたい。

そんな些細な幸せすら奪われなければならないのかと思ってしまう程、世界は私たちを嘲笑う。

違いなんてそんなに必要?そんなに大事?

みんな同じじゃないとダメ?

それは髪色?それとも肌の色?それともそれとも瞳の色?はたはま性格?そんなものみんな違うよ。

そんな些細な問題を一々気にする人には関わりたく無い、けどヒトの世は残酷で不条理だ。

何も分かってないよ。

違うからこそ多様性が生まれ、大樹の如き枝分かれした個性こそがより生命を、人生を豊かにしてくれる。

そんな大樹が何本も何本も屹立していれば、可能性は無限大になる筈だ。

変化を嫌うヒトがいるのも事実だけどそれもまた多様性、大樹の一部でしかない。

幸せと不幸せの総量は常に保たれているらしい。

でもそれは平等では無い。

だって中身を決めるのは自分達なのだから。

私たち奴隷の扱いなんてそれはそれは酷いものだった。

人扱いなどされる事なく、奴隷を買った御主人様の物扱い。

用途は様々、主にメイドや執事、護衛などの雑用だ。

他には弾除け用などの使い捨ての道具や、夜伽などの性処理用として存在する物などはまだマシな方で酷い時には理由も無く拷問されたり処刑されたりと正気を疑う非道の数々。

大抵主人は貴族であり、経済力の誇示で奴隷を買ったり玩具を買う感覚だった。

基本的に亜人奴隷は奴隷落ちした時点で迎える未来は『死』だけだ。

そしてその悲劇はここに居る5人の亜人に降り掛かる悲運である筈だった。

今は馬車に揺られ、檻に入れられた5人は別の街にある奴隷商館に移送中だった。

全員が初めて見る面々だが、共通してる部分は皆痩せ細り眼の光を失い絶望に濁っていた。

希望など皆無で死を待つだけの存在。

無意識に呼吸と鼓動を繰り返し生きているだけの死人だった。

私も例に漏れず同じ顔をしていた事だろう。

どれくらい時間が経ったのか、どれくらいの距離を進んだのかと現実逃避気味に考えていると、ふと外が騒がしい事に気付き耳を澄ますとどうやらこの馬車は盗賊に襲われているみたいだ。

本来であれば盗賊など早く討伐されろと言う所だが、私達奴隷にとってはどちらが勝っても結末は変わらないなと感じて、ノイズの様な外からの喧騒を遮断する為にそのまま目を瞑り時間が過ぎるのを待った。

あわよくば……あわよくば同士討ちでもして少ない時間でも良いので自由になりたいと希う。

暫くすると喧騒の雰囲気が変化していた。

複数人のヒトが何かに恐怖しているみたいに惨めに喚いている。

更に数刻過ぎ、無意識に耳を澄ましていると突然馬車の幌が吹き飛ぶ。

その衝撃に目を瞑り吹き飛びそうな身体を地面にへばり付き必死に耐える。

数秒程で衝撃が止み、ゆっくりと目を開けた先にあまりにも異質な猫が1匹佇んでいた。

明らかに普通とは違う気配を発している存在に私は恐怖よりも見惚れてしまっていた。

一見するとマンティコアの様な赤茶の体毛に覆われているが頭の横からは金狼の頭が生えていたり背中からはデーモンの上半身が生えていたり尻尾には白蛇が真紅の舌をチロチロさせていて、異形の容姿をしていた。

その異形の魔物は憤怒していて周囲の大気が歪む程の威圧感を放っており、目の前の冒険者達や他の奴隷達は恐怖に心を縛られていた。

しかし腐っても冒険者なのか攻撃を仕掛けようとしたらしく返り討ちにあっていた。

とても良い気味と思っていたら、猫さんがこちらに歩いてきて私達奴隷の面々を見回して私達に話し掛けてきてくれた。

魔物が念話を使用した事も驚きだが、どうやら食べる気はなく助けてくれるらしい。

希望や安堵、期待が胸の奥から湧き上がる。

こんな気持ちを抱くのはいつ以来かなと思っていると少し苛々しながら改めて私に念話を送ってきてくれた。

他の奴隷達は未だに恐怖の感情が抜けてないみたいだ。

私は念話とはいえ久しぶりの会話に吃りながら受け応えしていく。

猫さんは目を逸らさず、ちゃんと私の話しを聞いてくれて、それだけでなく解決案も思案して提示してくれた。

だけど、私の事を幼女と言った事は絶対許さない。

確かに私は他の魔族と比べてもまだまだだけど、これから成長するもん。

散々笑われたけど、後から考えると周りの人達を和まそうとしてたのかな?

魔物なのに人間みたいな考え方をする猫さんだと思った。

私はそんな不思議な猫さんと一緒に行動したいと告げ、すんなり同行を許可された。

帰る場所が無いのも理由の1つだけど、1番はやっぱり恩返しがしたい。

全員の枷と奴隷印も一瞬で解呪しちゃうし、凄い猫さんだ。

そんな猫さんに少しでも役に立てる様にこれから頑張っていこう。

今日という日が私にとって運命の日だ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 拠点に到着して荷物を洞窟内に置いて一息つく。

今日はいつも以上に疲れた気がする。

盗賊を皆殺しにしたのはいつも通りだが、戦利品が馬車1台と元奴隷5人を持って飛んだのは流石にしんどかったなぁ……。

二頭立ての馬車だったし暴れない様に蛇尾ちゃんに頼んで麻痺の魔眼で動けなくした馬2頭もエルフと獣人達の為に持ってきた。

良い人もとい良い魔物過ぎるな俺、イケメン。

なんでコイツ等にそこまで施しをするのか自分でもよく分からんが、まあそんな日もあっていいか。

そしてもう1つの疲労の元はというと、さっきから付き纏ってくるコイツだ。


(猫さん凄いです!!私達とあんな大荷物を一度に運んでしまうなんて尊敬します!!)


 さっきからずっと魔人族っ子が凄い勢いで念話飛ばしてくる。

それはもうマシンガン並に止めどなく。

イケメンクールガイのお兄さんはもうHP 0の蜂の巣になってるよ?


(おい魔人族っ子よ。いい加減その弾丸の如き念話を止めろ!そして俺は猫じゃない!イケメンクールガイのお兄さんだ!)

((猫ちゃんは猫ちゃんだよね〜))


 黙れ幼女ども。この会話ループは何回目だか……。

自分で語るのは納得したが他人に言われるのは癪だ。

しかもこの幼女どもイケメンクールガイはスルーするとは解せん……。

最初は険悪な雰囲気を纏っていた幼女どもがいつの間にか魔人族っ子と意気投合してるのが理解出来ん。


(蛇尾ちゃんとウルフちゃんも猫さんと言っているのですよ!!だから猫さんは凄いのですよ!!)

(はぁ、もういい……。そろそろ飯の支度でもするから邪魔するな)


 相手にするのも面倒臭くなり魔人族っ子の相手を幼女達に託し夕餉の支度をする。

ここ数週間の間に各種野菜や調味料に肉など沢山の備蓄を確保していたしキラータートルという5mはある亀を仕留め甲羅を鍋として活用していた。

今日は人数も多めで簡単な鍋料理に決定した。


(猫さん私も手伝いますよ!!)

(いらん。魔人族っ子は蛇尾とウルフの相手でもしてろ)


 ヨタヨタ近寄ってきた魔人族っ子を突っぱね、爪を使いサクサク料理を進めていると、

(私達にも手伝わせて下さい!!)


エルフ達4人も声を掛けてきた。


(だからいらんと言ってるだろ!お前達は今まともに動けねえだろうが!すぐ出来るからそこで座ってろ足手まといども!!)


 その言葉を聞いて図星なのか言葉を詰まらせ黙り込んでしまった。


(んな心配しなくても毒なんて盛らねえよ)

(い、いえ、そこは心配していないのですが、面目ない……)

(俺の為だと思え!役に立ちてえなら座ってろ!今出来る最善はそれだけだ)


 男エルフが呟き、やがて皆諦めたのか鍋の周りに大人しく座り込んだ。

暫くして鍋が完成した。

本日の鍋はイノシシ鍋だ。

我ながら良い出来栄えだ、と言っても前世でもまともに料理なんてやった事ないけどな。

盛り付けなどは俺の手じゃ出来ないので個々人でやってもらう。


(じゃあ、食うか。いただきます)


 皆がキョトン顔で俺を見ている。

えっ?何この沈黙……。

食事は黙って食うのがこの世界の常識なのか⁉︎

そんな風に思ってると横に座っている魔人族っ子が不思議そうに聞いてくる。


(あの、猫さん……いただきますって何ですか?)

(そこッ⁉︎お前等の顔もそこが疑問だったのか……。はぁ、いただきますってのは言わば全てのモノに対して感謝するって意味を込めたものだ。イノシシ然り野菜然り生き物の命を頂いて俺等の命を繋ぎ止めてくれている。目の前にある食事はその場にあって当然じゃねえんだからな。分かったらさっさと食え)


 キラキラと目を輝かせながら俺を凝視する魔人族っ子から視線を逸らしながら俺が器に目を向けると、語ってる間に蛇尾ちゃんが俺の分まで食べたらしく、まるで新品の様にピカピカの空の器が置かれていた。

いつも通りだし、この身体は何故か睡眠も食事も必要としないし。

次いでに俺呼吸すらしてない。ゾンビみたいだ。

蛇尾ちゃんが食べるのは暴食の影響で俺と蛇尾ちゃんの胃は共有されてない。

寧ろ俺等に内臓があるのかすら不明だ。

というか蛇尾ちゃんは器用に木製おたまを咥えて器にイノシシ鍋を取り分けとる。

他の連中も何回かお代わりしてガッついてるな。

枯れ木みたいな身体だったから余程腹減ってたんだな。

そんな光景を眺めていると30分も掛からずに完食した。


(さて、疲労が溜まってるだろうから詳細に関しては明日話すとしてそこの男エルフ、土魔法で作ってもらいたい物がある)


 土魔法が使用可能と事前に鑑定で確認済みの俺に隙は無い!!

俺は土魔法の適正が無く今までは近くの川で水浴びしか出来なかったので念願の風呂を2個作って貰った。


(すまないな、助かる。後は俺が準備するから順番に風呂に入れ)

(なんと!!食事や寝所のみならず湯浴みまで出来るとは至れり尽くせりだな。感謝する!!)


 獣人達が興奮してるが、コイツ等は風呂文化だったのかと思いながら火と水魔法を使い湯を張っていく。


(とりあえず風呂の周りに結界と目隠し用の闇魔法を発動しとくから襲われる事も覗かれる心配も無い。身体を拭く布は今から持ってくるからそれを使え)


 取りに行こうとしたら進行方向に絶壁、否、魔人族っ子が立ち塞がる。


(私も一緒に行きます。先にエルフと獣人の人達に入って頂きましょう!!)


 やたら圧があるニコニコ笑顔で念話を飛ばしてきたので(お、おう)としか言えなかった。

4人の風呂上がりの姿は極度の疲労に抗う様な顔をしていて既に限界だったので先に寝る様に指示すると洞窟内に放り込む。

そして猫が久々に入る湯船に浸かっていると案の定魔人族っ子が乱入してきた。


(入ってくるとは思っていたが、俺と一緒に入るなんて変な奴だな)

(そんな事ないですよ!!猫さんと一緒に入りたかったんですよ!!)

(えぇぇぇ……。まぁ別にいいが……。そんな事よりお前は言語に関して何言語くらい知っていて習得言語は何言語だ?)

(えっと、そうですね……名前だけ知っているのも含めると共通語、魔人族語、獣人語、エルフ語、ドワーフ語ですね。話せるのは種族言語である魔人族語と共通語が少しですね)

(ふむ……なら丁度良い。俺に言語を教えてくれ、ずっと念話だと何かと不便だからな)

(ッッ分かりました!!全力で挑みます!!……ただ、教えるのは構わないのですが猫さんは話せるんですか?)

(そこまで力まなくていいし、言葉遣いもそんな畏る必要もねえ。話せるか否かは……まあどうにかするさ。さて、そろそろ明日に備えて上がるか)


 流石の魔人族っ子も疲労が溜まっていたらしく上がって暫くしたらスヤスヤと寝息を立てている。

全員が寝たのを確認してから洞窟の外に出て入口に結界を張る。


(さてお前達、今後について話し合おうか)

(えぇ〜……。眠いからわたしは寝たいんだけど〜)


 蛇尾ちゃんの台詞にそうだそうだとウルフちゃんが同意し始める。


(ふふふ、子どもは寝る時間だから仕方ないんじゃないかしら。私からの報告は魅了した冒険者4人は街に着いてギルドにクエスト失敗報告して宿で休んでるわ。特に怪しまれる事なく終わったけれど、それで貴方はあの人達にどんな仕込みをしたのかしらぁ?)

(流石翼ちゃん、悪魔だけあって魅了レベルが高いね。それなら今後アイツ等が見聞きした内容を都度報告してくれ。仕込みに関してはなんてこたあねえよ、魅了が解呪された場合自害して証拠隠滅する闇魔法だな。ハハハ、魔法って何でも出来んだな)


 他の生物の魔法をそこまで見てないから詳細は不明だが、魔法はとても便利な物で物理法則を守るものもあれば無視するものも存在して夢が広がる。

詳細は明日アイツ等に確認するとしよう。


(そういや、蛇尾ちゃんにウルフちゃんは魔人族っ子と仲良くなってたな。非常食程度にしか考えてないと思っていたが、珍しいな)

(失礼だな〜!!わたしは蛇尾ちゃんと違って食いしん坊じゃないもん〜。魔人族っ子ちゃんは可愛いしよく分かんないけど親近感が湧くんだよね〜)


何でか分かんないけど、と小首を傾げる。


(ウルフちゃん酷くない〜?わたしも流石に見境無く食べたりしないよ〜?魔人族っ子ちゃんが可愛いのは同意だな〜。じゅるり)

(おい、俺のケツにヨダレ垂らすな!!それに魔人族っ子を食う事は許可しない、活用出来るんだからな)

(分かってるよ〜。だからご飯は沢山よろしくね〜)


 相変わらずの暴食っ子っぷりに嘆息しながら本日の話し合いを終わりする。

空を見上げ人工灯が一切無い満天の星空を眺めながら思案する。

この世界に来てから幾許かの日が過ぎ、準備も整ったので近々、この世界最初の約束を果たしに行くとしよう。

その光景を思い描きながら、洞窟の方向に踵を返す。

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