第5話 佐伯先生

 次の日、朝起きたら目の前に母の顔があった。おはよう、と小さく言ってから、私の布団を剥がす。



「朝よ。学校行きなさい」



 もうすっかり寒くなってきた11月。それは、朝に一番されたくない攻撃だ。それに、「学校に行け」と言われて更に気分が下がってしまった。私はすっかり今日は学校が休みだと思っていたのだから。



「もう犯人捕まったの?」


「まだ。でも警察がしっかり守ってくれるから大丈夫だって」


 母がニンマリと笑う。



「火事怖いなぁ」



 私が眠そうな可愛い声で言っても、母はその表情を崩さなかった。




 だから私は、仕方がなく学校に行った。先生からちょっと注意があったぐらいで、あとは普通。一日中またアナウンスが流れるのを待っていたが、スピーカーは黙ったまま。

 クラスの中には、火事で燃えた家を知っている人もいて、何やら自慢げに話していた。たかし君は、「えっ!火事があったの?」と驚いていた。


「横井さん」


 帰りの支度中、私を呼ぶ声がした。顔を上げると、佐伯先生がいた。最初は何かで怒られるのかと思ったが、そんな声と表情はしていない。それに、佐伯先生が怒っているところはみたことがない。



「横井さんはいつも連絡帳日記書いていて関心します。ありがとうね」



 関心? よく分からないけど、恐らく褒められているのだろう。ただ出された宿題をやっているだけなのに。もしかして、他の皆は出していないのだろうか。私はそんなことを考えていたので喜ぶことはできず、微妙なリアクションをしてしまった。



「今日書いてくれたやつ、すっごい面白かったよ。本当の話なのかな?」


「はい。本当です。日記ですから」


「そうか。日記だもんね」


 何がおかしいのか、先生は「はっはっ」と笑っていた。


「アザミ、綺麗な花ですよね。紫色が鮮やかで」


「そうですね」


 さっきから先生がどうして私に話しかけていたのかずっと考えていた。しかしよく分からない質問ばかりで、ちっとも分からない。



「先生、私もう帰らなくちゃ」


 

 私は時計を見て慌てるフリをした。嘘をついてでも、この場から逃げ出したかったのだ。



「そうですよね。ごめんなさい。では、最後に一つだけ」



 それから先生は、白いちょび髭を触って



「アザミはいつから咲いているんですか?」



「多分4月から?」


 「そうですか」静かにそう言うと、お礼を言って先生は教室を出た。私は緊張していたのか怖かったのか、手の中に冷たい汗をかいていた。

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