フローズ

「長かった……」


 「バエちゃん、お疲れさま」


 「ほんとにな。にしてもあの受付嬢、淡々と説明してよく疲れないな。俺は途中から頭に入ってこなかったわ」


 「レナンも冒険者になった時はあの受付の人に説明してもらったけど、途中から寝てたもん」


 「それはダメだろ。と言っても、俺も人のことは言えんか」


 俺は机に突っ伏せながら、先ほど受付嬢が見せながら説明していた紙に目を通す。

 途中からの内容がほとんど頭に入ってこなかったために、一応貰ってきたのだ。


 「えっと、冒険者はランクによって基本報酬が変わって、『アルジェント』である俺は15万デナーロ。この世界の金銭価値と日本の金銭価値は全くと言っていいほど一緒だから、そこはすんなり受け入れられるな」


 俺は説明用紙と一緒に貰ったもう一つの物を、ズボンの右ポケットから取り出す。

 それは、祝い金という形で渡された基本給だ。

 

 「1万札の形で15枚か。なんかこの世界、文字も漢字やひらがなが使われてるし、なんか全体的に日本とそっくりだな」


 世界観は全く違うが。


 「そうだ。とりあえずこれ、ミラさんの店で払ってくれた分と、その他諸々のお礼で」


 そう言って、俺は二人にそれぞれ1万デナーロずつを差し出した。

 二人はそれを見てお互いに顔を見合わせるや、首を横に振った。

 

 「いや、別にいらんぞ?その代わり、これからのクエストで役に立ってくれ」

 

 「そうそう!明日から早速クエストだからね!」


 二人はそう言うが、これを受け取ってもらえねばこちらがすっきりしない。

 

 「まあ、そう言うな。男が金を渡すときは黙って受け取ってくれ。断られると、こっちも気まずくなる」


 「そうか?そう言うことなら、とりあえず受け取らせてもらおうか」


 「バエちゃんがそう言うなら」


 二人は納得してくれたようで、しぶしぶといった様子ではあったがとりあえずは受け取ってくれた。

 こうして、俺は再び札束をポケットのしまおうとする。

 すると、それを見たアクネルが突然短くため息をつくのが聞こえた。

 

 「どうした?」


 「いや、金を裸で持ち歩くのはどうかと思うぞ。見ろ。そこに預かりの窓口があるから、預けたらどうだ?」


 そう言うと、アクネルが先ほどの受付嬢がいるカウンターの少し奥を指す。

 そこには、金網で仕切られたカウンターが存在していた。 


 「あそこは各個人のお金を管理、保管してくれる場所だ。全額持ち歩いてると、失くした時に痛い目を見るからな。預かり額は、認識票ドッグタグに記載されるからいつでも確認ができる。これも冒険者の特権の一つだな。普通は自己管理が鉄則だ」


 ほぅ、それはありがたい。


 「じゃあ、預けてくるか」


 俺が立ち上がると、アクネルとレナンも同様に立ち上がった。


 「ついてくるのか?」


 「つていくというか、もうここに用は無いからな」


 「あぁ、それもそうか」


 その後、預かり屋にて10万デナーロを預け、認識票ドッグタグに魔法によって数字を記載してもらった俺は、アクネルとレナンと三人で集会場を後にした。

 外に出ると、空はすっかり暗くなっており騒がしい集会所と違って、街は少し静かな雰囲気に包まれていた。


 「それじゃあ、家に帰ろうか」


 「うん!」

 

 アクネルが歩き出すと、レナンが後をついていくように歩き始めた。


 「じゃあ俺はホテルに泊まるよ。明日は何時にどこで集合すればいいんだ?」


 流石に仲間になったとはいえ、女2人の家に泊まるわけにはいかないからな。

 そこは線引きをしておかなくちゃいけない。

 だが、振り返ったアクネルとレナンは不思議そうな顔をしていた。


 「ホテル?お前は何を言ってるんだ?」


 「そうだよバエちゃん。レナンたちはもう仲間だからね。いつでもどこでも、一緒に行動するのが仲間だよ」


 「え、いいのか?」


 「良いも何も、仲間を一人でホテルに泊めるパーティがどこにあるんだ?いいから早く来い、置いてくぞ」


 「ほらバエちゃん!行くよ!」


 俺が茫然としてると、こちらに駆け寄ってきたレナンに右腕を引かれた。

 まあ、二人が良いならいいか。

 別に、俺自身が何かしようと思ってるわけでもない。

 それに、もしそういうことを強要したとしても、多分殺される。


 俺はこうして、先を行くアクネルの後ろをレナンに腕を引かれながらついていき、やがてティエラの繁華街を離れると、孤立した一軒の屋敷の前に到着した。

 

 「でけぇな……」


 目の前にそびえたつのは、2階建ての洋風な屋敷だった。正面からは、2階には最低でも5つの部屋があると分かる巨大な窓ガラスが見える。

 周りは俺の身長程の石壁に囲まれ、その石壁のさらに上には鉄格子が設置されていた。


 「ここに2人で住んでるのか?」

 

 「ううん。3人だけど……あれ?でも電気ついてないね?」


 「そうだな。出かけてるのか?」


 二人が顔を見合わせて首を傾げている。


 「何だ?この家には、2人の他に誰か住んでるのか?」


 「ああ。だが、今は留守のようだな。いつもは私たちが帰るまで起きてるから、寝ているということはないと思うが。まあ、待ってればそのうち帰ってくるだろう」


 アクネルが敷地内に入るために、巨大な鉄柵の門の片側を開ける。

 そして、中に入ったその時だった。

 屋敷の2階の真ん中の窓が勢いよく開かれ、一つの影がこちら目掛けて突っ込んできたのだ。


 「おかえりなさ~~~い!!!待ってましたよーーーーー!!……痛いっ!!」


 こちらに迷わず突っ込んでくるその影に、俺は思わず重機化をしてしまった。

 だが、その声を聴く限り女性の様で、俺は慌てて足元でうずくまる人影に歩み寄る。

 最初こそ暗くて分からなかったが、月明かりに照らされるとその姿が露になった。

 その女性は水色のショートカットの頭にフリルの付いたカチューシャを乗せ、紺色のスカートに白いエプロンという、俺がよく知るメイドの格好をしていた。

 

 「おい大丈夫か?」

 

 俺がそう声をかけると、鼻を抑えて涙目になるメイドさんに睨まれてしまった。

 

 「何ですかあなたはっ!私はアクネル様に抱きつこうとしたのに!!」

 

 まあ、確かに重機化したのは悪かったかもしれないが、もとはといえばそちらが突っ込んできたのが原因だろうに。

 それに俺に頭から激突したのを見るに、アクネルだったとしても鎧で守られているから、多分同じように鼻を痛める結果は変わらないだろう。

 

 「なんだ、この娘は」


 俺がアクネルを見ると、呆れたようにため息をつく。


 「こいつは、ここでメイドとして住み込みで働いてもらってるフローズだ」


 「そうか」


 ふと、目の前のフローズが立ち上がると、スカートのほこりを落とすようにはたきだした。

 やがて、はたき終えると姿勢を正し、俺の顔をまじまじと観察しだす。

 時折、鼻を鳴らして匂いを嗅いだりもしており、まるで犬みたいなやつだと思った。


 「お前誰だ?嗅いだことある匂いだが、何か違う」


 フローズが怪訝そうな表情を浮かべる。

 嗅いだことある?それはどういう意味だろうか。

 別世界から来た人間の匂いを知ってるのかそれとも、二人のどちらかの匂いが混ざってるのか?

 まあ、ここは警戒を解いてもらうために、一先ず名乗っておこうか。

 

 「俺は赤波江海人だ。別世界から来て、新しく仲間になったから一緒に住むことになったんだ。よろしくな」


 俺が手を差し出すと、フローズは驚いた様子で目を見開くと、アクネルとレナンを見る。


 「え?こいつ、仲間になるんですか?」


 「そうだ」


 「そうだよ?」


 二人に即答されると、フローズが急にご機嫌な態度を取り始めた。


 「そうだったのか~。まさか、二人に男の仲間ができるなんて思わなかったよ~。さっきはぶつかってごめんな!私の名前はフローズっていうんだ、これからよろしくな!」


 「おう、よろしくな」


 よくわからないが、どうやら打ち解けてもらえたようだ。


 「ささ、3人ともお疲れでしょ?食事の用意も、お風呂の用意もできてますよ」


 そう言って、上機嫌で前を歩き始めたフローズ。

 

 「ん?」


 俺はその後ろ姿を見て、とあることに気づいた。

 フローズのスカートの中から、僅かに見えるしっぽのようなもの。

 その時、俺はさっきのフローズの言動を思い返し、思わず声を上げた。


 「お前、そのしっぽって」


 すると、フローズは振り返ると、手招きのようなポーズを取った。

 それと同時に、頭に2つのとがった耳が出現する。


 「そうです!私は狼の獣人で~す!」


 なんだ、犬じゃないのか。


 「狼の獣人?」


 「そうです!この世界には獣人と呼ばれる種族がいるんですよ。王都に行けば、他の獣人にも会うと思いますよ」


 「へぇ」


 獣人か。また少しファンタジー感が強まったな。

 もしかしたら二人も実は人間じゃない何かだったりするのだろうか?


 「なあ、アクネルは人間か?」


 「当たり前だ。馬鹿なこと言ってないで、早く入れ」


 「そうなのか。レナンは?」


 「ん?レナンはエルフだよ?」


 「おぉ!そうや!」


 まさかレナンが、ファンタジー映画には絶対と言っていいほど出てくるエルフだったとは!

 

 「え、じゃあ耳も尖ってたりすると?」


 「うん。でも尖ってるのは、エルフの中でもレナンだけなんだ」


 髪をかき上げ、尖る耳を見せながらレナンがそう説明する。


 「何でレナンだけと?」


 「それはね、レナンがエルフメイジだからだよ。エルフメイジじゃないほかの子の耳は、バエちゃんやアクちゃんと同じなんだ」


 「へぇ~、そうや。そのエルフメイジって……」


 と、俺が言いかけたその時だった。


 「おい、二人ともそんなところで話してないで早く入れ。話は食事の時にでもしたらいい。明日の予定も伝えないといけないから」

 

 俺の言葉が、既に屋敷の中へと入ろうとしていたアクネルの声に遮られた。

 

 「怒られちゃったね~」


 「だな~」


 俺とレナンは顔を見合わせるや、小さく笑い合ったのちに屋敷の方へと歩き始めるのだった。 

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