模擬戦

 「はぁ……」


 突然、アクネルが大きくため息をついた。

 

 「な、なんや?」

 

 「全く……レナト、先に行っててくれ。私達もすぐに行く」


 「了解。まあ、海人君頑張ってね」


 そう言ってレナトは俺の肩を軽く叩くと、微笑みながら裏へと歩いていく。

 一体何なのか。

 やがてレナトの姿もなくなり、この場には俺とアクネル、レナンの三人しかいなくなった。


 「えっと……」


 俺がアクネルの顔を窺うと、アクネルには再びため息をつかれてしまった。

 

 「まあ、こうなってはしょうがないか」


 「えっと、これは今どういう状況なんだ?」


 「最悪な状況だ。お前がな」


 「え?」


 アクネルにそう言い切られ、俺は困惑する。

 確かに今の状態で模擬戦は困るが、何がどう最悪なのだろうか。


 「何で私が推薦状を出したか分かるか?」


 「いや?」


 「この模擬戦を回避するためだ」


 「ん?じゃあ何で模擬戦をやる流れになりよると?推薦状は受け取ってもらえたとやろ?」


 「なんだその喋り方はうっとうしい」


 方言はしょうがないやろが。


 「いいか?今、お前が模擬戦なんかやれば、まともに戦えないお前は間違いなく試験に落ちる。そうならないよう、推薦状を出したというのに。お前が馬鹿正直に数時間前に来たなどというから。そんなことを聞けば、少なからず不審に思う人が出てくる。お前が本当に強いのか、とかな」


 「あぁ……」


 成る程、そう言うことか。 


 「えっと、すまん」


 「だがまあ、所長に感謝だな。あの人は能力を見せてほしいという名目で、その疑いを晴らすためにこの模擬戦を提案してくれた。相手に自分の部下であるハイスを指名したのも、そういうことだろう」


 「成る程。でもあれじゃないか?もしこの模擬戦で負けたら、信頼は得られないんじゃないか?」


 「それはお前の頑張り次第だ。向こうは手加減してくれるだろうが、ゴブリン戦のように逃げ回ってたら、当然意味ないぞ。負けるにしても、それなりに戦えるというところを見せねば」


 「だよなぁ」


 「大丈夫だよ!バエちゃんならきっと!」


 「レナン……」


 他人事だと思って、無責任なこと言いよって!

 なんで、お前がそんな自信満々なんや!

 

 「まあ、あまり待たせてもなんだ。行くぞ」


 「そうやな」


 不安しかないが、こうなてしまっては受け入れるしかないか。

 アクネルの後に続き、俺は重い脚を動かしてみんなが消えた道へと歩いていく。


 「なあ、ハイスってどんな感じで戦うんだ?」


 「えっとねぇ、普通は一つを極めるんだけど、ハイスちゃんは炎と氷の魔法を使うんだよね」


 「氷と炎か。また殺意の高そうな魔法だな」

 

 「ハイスちゃんは強いよ!なんたって、学校を主席で卒業してすぐに、フロワちゃんの補佐に就いたんだから!」


 「そうやぁ」


 レナンのその言葉を聞き、俺の不安感はさらに積もることとなった。

 ある程度行き、外の光が見えたところで、アクネルが振り返る。


 「じゃあ私たちは上から見ている」


 「あ、ああ」


 「じゃあ、頑張ってね!」


 こうして、アクネルとレナンが上へと続く階段に上っていくのを見届けた俺は、光の方へと歩いた。

 道を抜け外へ出ると、そこにはローマのコロシアムのような会場が広がっていた。

 観客席には冒険者だけでなく、どっから入ってきたのか分からないが一般の人もいるようで、満席となっている。 

 

 「遅かったですね」

 

 「悪い」


 会場の真ん中で待機していたハイスに俺は頭を軽く下げると、近くに立っていたフロワさんがこちらに歩み始める。


 「では、両者揃いましたので」


 そう言うと、フロワさんが右腕を上げる。


 「これより『ブリスコラ王立軍、ハイス・ランダ3等軍尉』と『別世界から来た赤波江海人』との模擬戦を行います。終了は『どちらかが負けを認めるまで』です」


 フロワさんの力強い声が辺り一帯に響き渡ると、会場から空気を揺らすほどの完成が響き渡る。


 「では、よろしいですね?」


 「いつでも大丈夫です!」


 フロワさんの問いかけに、ハイスは自信満々に答える。

 俺もいつまでもおくしている場合じゃない。


 「お願いします」


 俺が答えるとフロワさんが軽く笑う。

 そして、「はじめ」という合図とともに、フロワさんの振り上げた右腕が下ろされ、模擬戦の火蓋は切って落とされた。

 

 次の瞬間、ハイスとフロワさんが距離を取るため、同時に飛び退く。


 「さあ、海人さん。どうぞ、能力を発動してください」


 やはり、フロワさんに手加減をするよう言われてるのか、ハイスは能力の発動を待ってくれるようだ。


 「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうか」


 俺は目閉じ早速、脳内で想像を行う。

 相手は炎や氷の魔法を使う。

 ならば、全体を防げる油圧ショベルが最適だ。

 サイズは大型だ。小回りの利く中型もいいが、距離を取れるという面でそっちがいい。アームも、目一杯伸ばせば約10メートルはあるからな。

 それだけあれあば、何とかなるだろう。

 なってくれなきゃ困る。


 こうして俺の脳内で完全な、大型油圧ショベルが浮かび上がった。

 次の瞬間、観客席からどよめいた歓声が上がる。

 

 「何あれ……」


 「あんなの見たことないぞ!」


 「別世界の人は、ドラゴンテイマーなのか?だが、あんなドラゴンなんて見たことない!」


 「いや、それより何もないところから急に現れたように見えた。魔法陣がなかったし、召喚魔法でもないっぽいぞ!」


 そしてそのどよめきに似た声は、観客席ではない会場からも聞こえてくる。


 「それが、貴方の能力……!」


 どうやら具現化は成功したようだ。

 目を開ければ、俺が思い浮かべていた通りの大型の油圧ショベルが、隣に出現していた。


 「よし!」


 まずは成功。

 俺はそのままそれに乗り込むと、例によって鍵が見当たらなかったため、右手に具現化させると差込みエンジンを掛けた。

 その瞬間、エンジンの駆動音が響き渡る。。


 その時観客席では、アクネルとレナンがその音を聞くや、あることについて話していた。


 「ねぇこの音」


 「ああ、間違いない。あの時、スライムの森で最初に聞こえた音と同じだ」


 「やっぱり、バエちゃんだったんだね」


 「だが、何故あの場にあれがなかったのか。この戦いで分かるのか?」


 そして会場。


 油圧ショベルに乗り込んだ俺は早速、操作レバーを握るとアームを持ち上げた。

 しっかり動くな。

 よし、とりあえずこれで……ん?

 

 動作確認を終えた俺がハイスに目を向けると、その姿はその場から消えていた。

 一体どこへ?


 ハイスを探すために辺りを見渡していると、突然上空から激しい光が振り込んできた。


 見れば、俺が乗る油圧ショベルほどの火の玉を出現させたハイスが、上空でこちらを見下ろしている。


 「うせやろ……」


 あれはまずい。間違いなく吹き飛ぶ。

 何が手加減をしてくれるだ!全然じゃねぇか!


 次の瞬間、火の玉がこちらへ無慈悲に放たれると、一瞬にして俺の操縦する油圧ショベルが炎に包まれた。

 

 「ぐわぁぁぁぁぁ!!熱いあつ……あれ?熱くない?」


 俺はひとしきり慌てたが、すぐに冷静さを取り戻した。

 炎をぶつけられたというのに、一切の熱さを感じなかったのだ。

 確かに、油圧ショベルの中なら直ぐには厚さを感じないのかもしれない。

 俺も大げさだった節はある。

 だが、少し時間がたった今でも熱さを感じないのだ。


 どういうわけか知らんが、これは好都合!

 俺はとりあえずこの状況から逃れるために、油圧ショベルを前進させた。


 炎をくぐり抜けると、目の前で余裕な表情で佇むハイスの姿が目に入った。

 だが、その表情は俺が現れたことにより驚きのものへと変化する。


 「な!あれを喰らって無事なんですか?!だったら!」


 すると次の瞬間、ハイスは白い煙のようなものを手に出現させると、こちらへ向けて解き放ってきた。


 「ギャチャーレスピーナ!!」


 解き放たれたそれは、氷の棘の集合体。

 それが一斉に油圧ショベルに襲い掛かる。

 だが、こちらは言ってしまえば鉄の塊だ。

 そんなもので貫けるはずがなかった。


 俺は全身を停めるや、振り上げたアームでその氷の棘を叩き割る。

 だが、その技の真骨頂はここからだった。

 

 「ん?!」


 突然アームが動かなくなる。

 見れば、アームが氷漬けになっていた。

 そして、それは操縦席にまで達しており、気づけば油圧ショベルは完全に氷漬けとなり動作不能となった。


 「ちっ、動かんか」


 操作レバーを適当に動かすが、油圧ショベルはびくともしない。

 

 「あぁ、ちょっと冷えてきたか?」


 熱は効かなかったが、どうやら冷たいのは感じるようだ。

 このままでは凍傷になる。

 

 「こうなったら……」


 俺は冷たくなった操縦席の扉に手を当てると、想像する。

 俺は、油圧ショベル。そして右腕は、ブレーカだ。


 次の瞬間、右腕が激しく振動したかと思うと、その振動が油圧ショベルの全体をめぐり、氷との間に隙間を作り出す。

 しかし、その影響はそれだけにとどまらず、氷漬けにしていた氷に激しい亀裂が入っていき、やがては粉々に砕いてしまったのだ。


 「おお、そこまで行くとや。なら」


 俺はすぐに座り直すと、操作レバーを握った。

 アームが残っていた氷を砕きながら持ち上がる。

 まだしっかり動くようだ。


 俺は一先ずアームを折りたたむと、ハイス目掛けて前進を再開した。

 やがてアームが届くであろう位置まで近づくと、俺はアームをハイス目掛けて勢いよく伸ばした。


 先端の爪バケットがハイスを狙う。

 だが、ハイスは真っ向からそれを受け止めるようだ。


 「ギャチャーレオンダ!!」


 次の瞬間、ハイスから氷の波が放たれると、アームの動きが止まった。

 だが、今回は氷漬けにするようなことは無いようで、壁のような役割を果たしているようだ。


 だったら!


 俺は油圧ショベルから飛び降りた。


 「どうしました?それで終わりですか?」


 動きがないのを不思議に思ってか、ハイスがそんな挑発的な文句を投げかけてくる。

 ああ、今やってやる。


 「ブレーカ!」

 

 その瞬間、氷の壁が砕け散る。


 「なっ!」


 氷の壁がなくなり、俺の目の前に現れたハイスは驚きの表情を見せるが、目線は上の爪バケットに向いている。

 どうやら壊したのは、俺ではなく油圧ショベルの方だと思ったようだ。

 だが、俺が視界に入ったのか、すぐに俺の方へと向き直る。


 「くっ!まさかこれほどとは!これならどうですか!」


 次にハイスは勢いよく飛び上がると、上空で強大な氷塊を出現させた。

 だが、その氷塊には少し違和感がある。

 内部が赤いような?

 というか、この氷塊の大きさもだが、全然手加減しとらんよな?!

 その時、ハイスがからその氷塊が俺目掛けて撃ち込まれる。

 

 「氷炎核砲ギャンマレオノーネ!!」


 この大きさではまず防ぐのは無理だ!

 一か八か!


 俺はすぐさま想像を始める。全体像では間に合わない。だが重機化は怖い。

 ならば!


 「これしかなかやろが!」


 俺が具現化したものは、あの時ゴブリンとの戦いで見せたものだ。

 だが、今回はアタッチメントはバケットではなく、この氷塊を砕くためのブレーカだ。

 

 そうして放たれたアームが、ハイスの放った氷塊と衝突すると、俺はブレーカを作動させるイメージを働かせる。

 すると、ブレーカが振動し、氷塊には一気にヒビが入る。

 だが、それがいけなかったのかもしれない。


 次の瞬間、氷塊が弾け飛ぶと、その中から紅蓮の炎が解き放たれたのだ。

 あの内部に見えた赤いのは炎だったのか……!


 その放たれた炎が俺を飲み込む。


 だが、やはり俺には効かなかった。


 「どうで……なぁ?!」


 疲れて息が切れ始めるハイスが、炎の中から走ってくる俺を見てそんな素っ頓狂な声を上げる。 


 「まずい!近すぎる!」


 俺がハイスに手が届く距離まで使づいたその時、ハイスが懐から何かを取り出した。

 それは15㎝ほどの短剣だった。

 その短剣が氷を纏うや、俺の顔面目掛けて突き出される。

 

 だが、今の俺にはそれすら通用しない。


 「残念」

 

 重機化しているときの俺の身体は鋼鉄の硬度だ。

 ハイスから突き出された氷の刺突は、俺の左手の平に防がれ粉々に砕け散る。

 さて、ここからどうするか。

 このまま殴ってもいいが、女の子を殴るわけにはいかない。

 そんな中、俺は一つの答えを導き出した。

 

 俺はハイスの頭の後ろにミグでを回すと勢いよく引き付け、左腕でがっつり固定する。

 そう、ヘッドロックだ。

 当然、重機化は解除している。


 「ちょっ!痛い、痛いんですけど!?」


 暴れるハイスだが、俺は力を緩める気はない。

 

 「参ったか!どうだ、参ったか?!」


 「痛い!!離せぇ!!」


 「参ったと言うまで離さんぞ!ほらっ、参ったか!」


 それからしばらく抵抗を見せていたが、ハイスはついには根を上げた。


 「参った!!参りましたから、離してぇ!」


 「よし!」


 俺はそれを聞き届けると、ハイスを解放してやった。


「いったぁ……頭割れるかと思ったぁ……」


 解放されたハイスが半泣き状態で頭を抑えている。

 ちょっと強くやり過ぎたかもな。

 その時、少し離れたところで戦いを見ていたフロワさんが歩みってくるや、左腕を上げた。


 「ハイス・ランダ、降伏を宣言!よって勝者!赤波江海人!」


 フロワさんの力強い声が会場全体に響くと、観客席から大歓声が巻き起こる。

 こうして、俺とハイスによる模擬戦が幕を下ろしたのだった。

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