集会所
あれから推薦状を書き終えミラさんの店を出た俺たちは、アクネルの案内で『集会所』という場所へ向かっていた。
「なあアクネル、冒険者になるのはいいとして具体的には何するんだ?」
「何をするかと言われても、別にこれといったものは無いな。魔物を討伐する依頼もあれば、物資や資源の採取、商人の護衛。集会所に来る依頼はたくさんあるからな。その中で自分がやりたいものを選んで、仕事をするって感じだ」
「何でも屋みたいだな」
「まあ、国の防衛で動けない軍の代わりだからな」
「成る程な」
「まあ、詳しいことはまた中で説明があるから、そこで改めて聞くといいだろう。任務についてや給料、冒険者の制度について、色々な」
そう言うと、アクネルは小さな洋館の前で立ち止まった。
その洋館は二階建てで、さらにその上には、巨大な鐘が設置されている。
「ここが集会所か?」
「そうだ。じゃあ、入るぞ」
そうして入り口である扉を開けると、俺たちは集会所の中へ入っていった。
集会所の中では、数多くの冒険者らしき人たちで賑わっていた。
大きな紙を広げたテーブルを囲んで、何やら作戦を立てているようなグループ。奥では、たくさんの紙が張り出されている掲示板の前で人がごった返していた。
おそらくあそこから任務とやらを選んでいるのだろう。
そんなことを思っていると、その中にいた全身真緑の、まるでカナブンのような鎧を着た金髪の青年が、こちらに近づいてきた。
多分二人と知り合いなのだろう。
「なんだレナト、お前も任務から帰ってきてたんだな」
「まあ、アクネルたちと比べれば難しい任務じゃないからね。アクネルたちはずいぶん早かったけど、任務は完了したのかい?」
「いや、それがちょっといろいろあってな」
ふとアクネルがこちらを見る。
そうなれば当然、レナトと呼ばれた青年の視線もこちらに向けられた。
「おや、君は見ない顔だね。僕はレナト・ファジャーノ。よろしく」
「ああ、俺は赤波江海人だ。よろしくな」
そうして俺はレナトと握手を交わす。
「アカバエカイトか。なんだか綾さんと名前が似ているね」
レナトはそう言うと小さく笑う。
綾。恐らくそれは鈴村綾のことを指しているのだろう。
どうやら、その人はかなりの有名人なのかもしれない。
「まあ……」
俺がそう言いかけたところで、先ほどまで黙っていたレナンが隣で声を上げた。
「だってバエちゃん、別の世界から来たんだもん!」
その瞬間、明るい雰囲気で賑わっていた集会所内がガラッと一変し、困惑と驚きが入り混じった騒がしい空気に飲み込まれた。
「おい、別世界の人って何年ぶりだ?」
「私、別世界の人って初めて見た。案外かっこいいかも……」
「なあ、やっぱり強いのかな?俺、ちょっと模擬戦申し込んでみようかな?」
「やめとけ。綾さんや『伝説の
辺りからは、そんな風な会話が聞こえてくる。
「驚いた。君はいつこの世界に?」
「今日だな。何なら数時間前だ」
「そうなのか!じゃあ、集会所には冒険者登録に来たのかい?」
「ああ」
「それならぜひ、僕が試験官に……!」
そうレナトが言いかけたその時だった。
集会所の二階中央の扉が開かれ、辺りが一気に静まり返る。
俺を含む全員が二階を見る。
すると、扉の開けられたヘナの中から透き通るような女性の声が響いてきた。
「なんだか賑やかね。私も混ぜてくださいな?」
そう言って現れた長身の女性は、明らかに異彩を放っていた。
水色がかった銀色の長髪を靡かせ、一部は頭の周りを囲む様に編み込まれている。
青と白を基調とした鎧を身に纏い、背中には青いマントを羽織っている。
雪のように白い肌は、照明の光を反射しさらに白く輝いており、まるでロシア人のような美しさだ。
「そう。貴方が」
彼女のグレーの瞳が俺をとらえる。
その瞬間、彼女の姿が目の前から消えた。
気づいた時には、彼女は目の前に立っていた。
「初めまして、私はフロワ・フリーレン1等軍佐。ここティエラにおける、集会所の所長を任されています」
「えっと、赤波江海人です。よろしくお願いします」
「はい。よろしくお願いいたします」
ゆったりとした口調に戸惑いつつも、俺はフロワさんと軽く挨拶を交わした。
すると、フロワさんの傍にアクネルが歩み寄る。
「所長がいらしたなら、これは直接渡しますね」
そう言ってアクネルが手渡したのは、先ほどに俺が書いた推薦状の入った封筒だった。
フロワさんはそれを受け取り中を確認するや、少し驚いた表情を浮かべる。
「厳しい貴方が推薦状とは珍しいと思いましたが、まさか海人さんの物とは。先ほどの話を聞くに、彼はこの世界に来てから、まだ数時間しか経っていないのでしょう?それを踏まえたうえでの、推薦状ということでよろしいのですか?」
その瞬間、フロワさんの纏う空気が一気に変わる。
それはとても冷たく、威圧的なものだった。
だが、アクネルはそんなことは気にする様子もなく答える。
「ええ。それに私だけではなく、レナンからもです」
「本当ですか?」
フロワさんはさらに驚いた様子で、レナンに確認を取るように視線を落とす。
「うん!バエちゃんの力凄いんだよ!」
レナンは満面の笑みでそう答えた。
「そうですか」
フロワさんは納得したようで、受け取った推薦状を綺麗に畳み直すと封筒にしまう。
「『
どうやら、推薦状は受け取ってもらえるようだ。
だが、俺は先ほどのフロワさんのセリフの内容が気になっていた。
それは、『槍王』と『魔法王』という単語。
それに、俺が別世界の人間だと分かった時に、綾の名前ともう一つ『伝説の石王』という名前も出ていた。
これらは一体何なのか。
そんなことを考えていると、俺はフロワさんと目が合った。
「ところで海人さん」
「なんでしょう?」
「よろしければ、あなたの能力を見せていただけませんか?」
「え、今ですか?」
「今と言いますか、裏の試験会場ですね。本来冒険者になるためには、先輩冒険者との模擬戦の結果で合否が決まるのです。しかし、今回は推薦状という形ですので模擬戦が行われません。ですがあなたは別世界の人間。私もですが、きっとこの場にいる冒険者のほとんどが、あなたの能力に興味があるはずです」
「はぁ……」
言いたいことは分かる。
だが、見せられるほどに俺は能力を使いこなせるわけじゃない。
「そうなると、俺はどうすればいいんですかね?」
「そうですね。では、彼女と模擬戦をしてもらいましょうか。ランダ3尉!」
フロワさんが先ほどとは比べ物にならない程力強う声で呼びかけると、二階の部屋から小柄な一人の少女が現れた。
その少女は、フロワさんと全く同じ鎧やマントを身に纏っていた。
おそらくあれが、軍における正式な装備なのだろう。
オレンジ色のショートカットを揺らして現れた彼女は、そのまま二階から飛び降りると、素早い動きでフロワさんの隣に立つや頭を下げる。
「お呼びでしょうか、フリーレン1佐!」
そんな少女に、フロワさんは優しく笑いかける。
「ええ。あなたには今から模擬戦をしてもらいます」
「模擬戦、ですか?」
「はい。相手は別世界から来たという彼、海人さんです」
フロワさんに紹介され、俺はランダと呼ばれた少女と目が合う。
「どうも、よろしく」
「こちらこそ、宜しくお願い致します。私はハイス・ランダ3等軍尉。フリーレン3佐の補佐を任されているものです」
名をハイスと名乗った少女の、見事なまでの敬礼が炸裂する。
その様子を見ていたフロワさんは軽く微笑むと、今度はアクネルの方に視線を向ける。
「これはあくまで彼の能力を見るだけですので、模擬戦の結果がどうあっても推薦状は取り下げませんので、そこは安心してください」
「そうですか。でも、まあ海人ならやってくれると思いますよ」
アクネルの返答に、俺は信用されているのかと少しだけうれしくなる。
会って、まだ数時間しか経っていないというのに。
「では、アクネルさんの承諾も得たことですので、二人もよろしいですね?」
「ええ、まあ、はい」
おそらく拒否権はなさそうなので、俺は
すると、ハイスが突然声を上げると、フロワさんに詰め寄り始めた。
「今の話本当ですか?!推薦状が渡されたというのは?!
「ええ。アクネルさんとレナンさん。つまり『槍王』と『魔法王』の二人から認められたということです」
「そんな……二人からなんて……!」
ハイスがあまりの衝撃だったのか、ふらふらと後ずさる。
「ランダ3尉、よろしいですか?」
「はっ!失礼しました。問題ありません!謹んで、模擬戦の方受けさせていただきます!」
「では、こちらに」
そう言うと、フロワさんは置くへと続く廊下へと歩きめた。
ハイスもそれに続くように歩き始める。
やがて二人がいなくなると、集会所内が急に騒がしくなり始めた。
「おい聞いたか!別世界のあいつと、ハイスちゃんが戦うらしいぞ!」
「やばいな!お前どっちが勝つと思う?」
「俺はハイスちゃんかな!かわいいし!」
「俺は二人から推薦されるっていうのを信じて、別世界の人に一票!」
「こうしちゃいられねぇ!席がなくなっちまう前に行くぞ!」
そうやって言いたい放題いった冒険者たち全員が、先ほど二人が消えていった通路へ走っていく。
やがて、その場には俺とアクネル、レナンとレナトの4人だけが残った。
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