冒険者
「はい、これがメニューね」
席に案内されると、俺たちの前にミラさんがメニュー表を置いていく。
「まあ、メニューとかはあくまで目安だけどね。私は基本的に何でも作れちゃうから、食材さえあれば何でも作ってあげられるよ」
「そうなんですねぇ」
俺は目の前に置かれたメニューを見るや、ミラさんのその言葉に、思わず「でしょうね!」と突っ込みを入れたくなった。
何故なら、持ってこられたメニュー表が何10ページもある本のようにぶ厚かったからである。
こんなメニュー表など見たことがない。
目次を見れば、定食、ご飯物、麺類、パン、サラダ、他にもいろいろあるが、兎に角多種多様なジャンルが並べられている。
「えっと、おすすめは?」
俺は探すのを止めた。
この量から選ぶなど、目移りしてしょうがない。
ミラさんは少し考えるようなそぶりを見せると、やがて口を開いた。
「そうねぇ……じゃあ、定食なんてどう?うちは旬の食材にこだわっててね、定食ならそれが一番楽しめると思うよ。特に魚にはこだわっててね、今の季節だとカツオなんておいしいよ」
「それよかですねぇ。じゃあカツオの定食でお願いします」
「はいよ!二人はどうする?」
俺の注文が通ると、次にアクネルさんが注文を始める。
「じゃあ私は、ウニのクリームパスタで」
「アクネルちゃんが、ウニのクリームパスタね。レナンちゃんは、今日はどうする?ご飯系か、いつものか」
「いつもの!」
レナンは、一切迷うそぶりも見せずに即答だった。
「いつものね!じゃあ、作ってくるからちょっと待っててね~」
そう言って、ミラさんは厨房の方へと消えていった。
俺は運転していた疲れか、軽く伸びをすると、店内を軽く見渡した。
店内はレストランというよりは喫茶店というような内装で、天井や壁は木が剝き出しになっている。
カウンターや窓際には花が飾られており、とても明るい空間が広がっており、女性らしい店づくりとなっている。
お客さんもそれなりに入っているようで、俺たちの他にも何人かのお客さんが座って食事を楽しんでいた。
その中には、アクネルさんのように鎧を着ている人達の姿もあった。
その鎧が先ほどの門番のように統一されていないのを見るに、アクネルさんたちと同業なのだろうか。
「アクネルさん、ちょっと聞いてもいいですかね?」
「なんだ?」
「アクネルさんって、どういった人たち何ですかね?あそこにいるひったちもですけど、明らかにさっきの門番の人とは違うというか」
「ああ。そう言えば言ってなかったな」
すると、アクネルさんが少し真剣な表情をする。
「あの門番はここティエラも属している、ブリスコラという国における直属の軍の兵士なんだ。それでいて、私たちは『冒険者』と呼ばれる、簡単に言うと国から認められた民間の兵士ってところかな」
「え、軍があるのに、民間の兵士がいるとですか?」
「そうだな。これを話すと少し難しい話になるが、冒険者というものは元々はこの世界になかったんだ。私も歴史の範疇でしか知らないが、冒険者というものは約20年前にこの世界に来た、別世界の人間が作ったと言われている」
「20年前?」
「そうだ。当時はこの世界に攻め込んできた邪神との戦争のせいで、軍がほとんど機能していなかった。そこで、別世界の人たちが民間の中でも戦える者をと募って作り上げたのが、『冒険者』という組織なんだ」
「へぇ」
「初めは、ほぼ無償で活動していたようだが、世界的に復旧が終わり国が機能し始めたところで、国がそれを管理するようになり、今の冒険者という形になったと言われている」
「成る程……」
アクネルさんの話を聞き終えた俺は、大きく深呼吸をする。
まさか、神との戦争がそんな昔から起きていたとは驚いた。
俺は乾いた口を潤すために、用意された水を飲む。
すると、ミラさんがそのタイミングでワゴン車を押しながら現れた。
ワゴン車には湯気の上がった料理が乗せられており、一つずつ俺たちの前に置いていく。
「お待たせ―!これがウニのクリームパスタで、こっちがカツオのたたき定食ね!レナンちゃんのもすぐ持ってくるから、ちょっと待っててね」
「分かった!」
レナンが草原んきに返事を返すと、ミラさんがワゴン車とともに消えていく。
そして次に戻ってきたときには、ミラさんの両手には巨大なものが抱えられていた。
「そして、レナンちゃんにはスペシャルパンケーキだ!」
そう言って運ばれてきたそれは、10枚のそこそこ大きいパンケーキが積み重ねられた、とても人間が食うような量じゃない代物だった。
パンケーキの山の周りには、チョコやバニラといったアイスや多種多様な果物、そして生クリームの山がきれいな配置で盛られている。
「待ってましたー!」
俺があっけにとれているのを
「おいレナンさん?お前この量を一人で食べる気なのか?」
「うん!」
俺の問いに、レナンはリスみたいに頬を膨らませながら、満面の笑みを浮かべていた。
「化け物や……」
「レナンちゃんはいつもこれだからね。じゃあ、ゆっくりしていってよ」
そう言うと、ミラさんは再び厨房の方へと消えていった。
アクネルさんの方を見ると、既に自分のパスタを食べ始めていた。
俺も食べるか。
「いただきます」
俺は早速、おすすめされたカツオのたたきをニンニク醤油に付けると、一度湯気の立つ白米を経由させたのちに、口へと放り込んだ。
「美味いな!」
俺はすぐに感想を述べていた。
いや、本当に美味い。
カツオの新鮮さが甘みを引き立て、炙り具合も絶妙でさらにおいしさを際立たせている。
それに、ニンニク醤油も今まで食べてきたものとは全然違った。
ニンニクの鋭い辛さは絶妙で、深みのある醤油に見事にマッチしている。
俺は次に、カツオを白米の上に乗せると、一緒に頬張った。
「いやぁ……最高だな」
「でしょ!」
余韻に浸る俺に、何故かレナンがどや顔で答える。
口周りを真っ白にして。
「やいやい、どんな食い方したらそんなことになるとや~。ほれ、ちゃんと綺麗に食わんと」
「ん~」
俺はテーブルの中心に置かれていたナプキンでレナンの口周りを拭ってやる。
すると、目の前でそんな会話を聞いていたアクネルさんが、ふいに口を開いた。
「なあ海人」
「はい?」
「何でレナンとは普通に話しているのに、私には敬語なんだ?」
「え?何でと言われても……」
特に深い理由はないが、しいて言うならこれか?
「やっぱり初対面の人には敬語で話すものと言いますか、レナンは子供なので自然とタメ口になるというか」
「そうか。まあ、私も別に敬語じゃなくていいぞ。呼ぶときも、わざわざさん付けしなくてもいいし。それに、本来なら私の方が敬語で話さないといけないだろうし」
「え?」
「いや、だって海人の方が歳が上だろう?」
「どうでしょう?俺は26だけど」
そうして俺が年齢を答えると、アクネルが唐突に
「え、同い年なのか?!」
「え、タメ?」
なんと、アクネルさんとは同級生だったらしい。
そうなると、敬語を辞めてもいいかもしれない。
現にアクネルさんもとい、アクネルからも使わなくてもいいと言われていることだし。
「じゃあ、敬語やめようか?」
「そうしてくれると助かる。私も同い年の人にいつまでも敬語でいられると、むず痒いものがあるからな」
「じゃあ、これからはタメで話すとしよう」
「ああ」
ここで一度、タメ語敬語問答は終わり、俺たちは食事を再開する。
「ごちそうさまー!」
そのタイミングで、レナンの口から食事の終わりが告げられるのだった。
見ればレナン尾大座からは、あの量のパンケーキが綺麗さっぱり無くなっていた。
「え、あの量もう食い終わったとや?!」
「うん!おいしかった!」
レナンは一切苦しそうな表情をしていなかった。
それどころか、幸福感に満たされた満面の笑みである。
この小さな身体のどこに、あれだけの量が入っていくのか。
俺はそんなレナンを横目に、自分の料理を食べ進めていく。
やがて、俺たちは食事を終えると、ミラさんが食器を取りにやってきた。
「どうだった?お味の方は」
「いやぁ、美味かったですよ」
「おいしかった!」
「美味しかったです」
「喜んでもらえて何より!じゃあ、食後のお茶を持ってくるね」
こうして、ミラさんはすべての皿を一度に持って厨房に行くと、小さなお盆に湯気の立った三つの湯飲みを載せて現れた。
「それで、三人はこれからどうするの?」
お茶を置きながらでのミラさんの質問に、アクネルが答える。
「あとで海人を冒険者として登録するために、集会所に行く予定です」
ん?初耳だが?
「そう。じゃあ、アクネルちゃんたちはバエちゃんと組むの?」
「うん!レナン、まだバエちゃんの能力を見せてもらってないからね!」
おぉ、それも初耳ですが?
だが、二人と一緒に行動できるとなれば、何かと心強いものがあるから、それは願ったり叶ったりなところもある。
「そう」
ふと、ミラさんがこちらに振り向いた。
「バエちゃん。二人といると、ちょっと大変になるかもしれないけど頑張って!」
「はぁ、頑張ります?」
ミラさんはそれを聞くや、厨房へと戻っていった。
よく分からないが、アクネルのあの強さに追い付かないとと考えると、確かに頑張らくてはいけないな。
「じゃあレナン、あの紙を海人に渡してやってくれ」
アクエルがそう言うと、レナンがコートの内ポケットから一通の封筒を取り出してそれを俺に差し出してきた。
「なんだ?」
「これは冒険者の推薦状。これにバエちゃんの名前とかそういうの書いてくれれば、あとはレナンたちがこれを渡せば、バエちゃんは冒険者に登録できるよ」
そういうレナンから俺は封筒を受け取ると、中に入って一枚の紙を取り出す。
そこには、名前や生年月日といった個人情報を記載する欄が書かれていた。
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