ミラ

 「信号がないっていいなぁ。それだけで車の移動は楽やからな」


 「しんごうって何?」


 俺の独り言に、助手席に座るレナンが首を傾げる。


 「信号っていうのはまあ、俺の住んでた世界にあった、止まれだの進めだの言ってくるめんどくさいやつだな」


 「ふーん」


 俺の答えを聞くや、レナンは興味をなくしたかのように外を眺め始めた。

 と言っても、俺たちが走っているこの場所は、何もない殺風景な景色が広がっているだけで、何の面白みのないものである。

 道もかろうじて走れはするが、砂利道程度にしか舗装されていないために、たまに来る段差が腰に悪い。


 「止まれ」


 ふと、急にレナンがそんなことを言い出した。


 「は?何で?」


 「え?レナンがしんごうになろうと思って」

 

 「アホ。何事かと思ったわ。んなもん、ならんでよか」


 「分かった。じゃあ進め」


 「言われんでも進みよる」


 そんなたわいもない話をしながら、20分ほど車を走らせていると、前方に黒い建造物のようなものが見えてきた。

 それが見えて来るや、レナンが前かがみになりながら前方を指さす。


 「バエちゃん見えた!あれがティエラだよ!」


 「あれが?街じゃないとや?」


 「今は壁しか見えてないからね。中は凄いきれいだよ」


 「そうや」


 俺はバックミラー越しに、後部座席を見る。

 そこでは、何やら難しい顔をして俯くアクネルさんの姿があった。

 何か考え事をしている可能性もあるし、ここは声を掛けないでおこう。


 やがて車を走らせ近づいていくと、先ほど見えた建造物が巨大な壁だと分かるようになり、道の先にはティエラの出入り口と思われるものも見えてきた。


 「止まれ!!」


 門の前まで来ると、門番らしい同じ格好をして槍を構える二人の男が俺たちの前に立ちふさがった。

 まあ、門の幅的にWキャブが入るような幅がなかったため、俺はその門番が動き出すよりも先に停止していたが。


 「どうすればいいんだ?」


 「ちょっと行ってくる!」


 そう言ってレナンが車から出ていくと、門番の二人と話し始めた。

 俺は車のエンジンを切ると、後部座席に座るアクネルに目を向ける。


 「着きましたよ」


 「ん?そうか……速かったな」


 そう言って顔を上げたアクネルさんだったが、その目は何処か虚ろだった。

 声色もどこか震えており、先ほどまでのような覇気もない。

 

 まさか。だがあり得るか。


 俺は車から出ると、後部座席の扉を開ける。


 「アクネルさん、車酔いですか?」


 「車酔い?」


 「あーえっと、気持ち悪くなりました?頭とか痛かったり、吐き気とかは?」


 「そうだな、少し頭が揺れているような感覚があるな」


 やはり、車酔いを起こしたようだ。


 「ちょっと横になった方がいいですね。今レナンが門番の人たちと話してるんで、その間で少しは楽になるでしょ」


 俺はアクネルさんにそう言いながら座席に横たわらせると、後部座席に積んでいたアクネルさんお槍を固縛していたトラロープを解いていく。

 それにしても、この世界には乗り物のようなものはないのだろうか?

 勝手な思い込みだが、馬車ぐらいはあると思っていた。

 まあ、ただ単に車が初めてで、なっただけかもしれない。

 レナンは元気そうだったし、たぶん個人で違うのだろう。

 

 やがて固縛もほどき終わり、アクネルさんの体調も立てるほどまで回復したところで、話をつけてきたらしいレナンが戻ってきた。


 「バエちゃーん通っていいって!……って、アクちゃん大丈夫?」


 「ああ、実はすこし車……」


 「大丈夫だ。もう治った」


 アクネルさんが俺の言葉を遮るように大きく息を吸い込むと、先ほどの様子とは打って変わって、スライムの森であった時の様な力強さが声に戻っていた。


 「そう?ならいいけど」


 レナンは不思議そうにアクネルを見上げるが、すぐに俺に向き直る。


 「バエちゃん。一応ティエラに入ってもいいって!でも、レナンたちと同行することが条件ね!」


 「そうか」


 得体の知れない人間をこうもあっさり入れて大丈夫かと思ったが、入れなければ困るので変に勘ぐるのはやめておこう。

 

 「ほら二人とも!こんなところで止まってないで早く入ろうよー!レナンお腹すいた!」


 「あ、ああ」


 「お、おう」


 俺とアクネルさんはレナンに腕を引かれる形で門へと近づいていく。

 そして、門番に軽く挨拶をしたのちに、俺たちはティエラの街へと入っていった。

 

 ティエラに入った俺の目の前にまず飛び込んできたのは、広場の真ん中で存在感を放つでかい噴水だった。

 街は色鮮やかな建物が全体を彩っており、ところどころに植えられた木の緑が温かい街並みにメリハリをつけている。


 とてもきれいな街だと、俺は素直に思った。 


 「はい二人とも、行くよ!」


 よほど、腹が空いてるのだろうか。

 レナンはさらに急かすように俺たちの腕を引いてくる。


 やがて少し街の奥に入ったところで、一軒の店の前で立ち止また。

 俺はその店の上に建てられた看板に目を通す。


 「シュンのレストラン?」


 「そう!」

 

 レナンはそう力強く頷くと、店の中へと入っていく。


 「ミラさーん!来たよー!」


 「レナンちゃんいらっしゃーい!アクネルちゃんもいるの?」


 レナンに答えるように、女性の声が店内から聞こえてきた。


 「うん!あとね、バエちゃんもいるよ!」


 「バエちゃん?」


 「そう!別の世界からこっちの世界に来たんだって!」


 レナンのそんな言葉が聞こえてきたかと思うと、店内からエプロン姿をした一人の女性が姿を現した。

 歳は20代後半といったところか。

 女性はウェーブのかかった茶髪のロングヘア―を揺らしながら、俺を足元から見定めるように観察し始める。


 「ふ~ん。君がこの異世界に来たっていうバエちゃんかぁ」


 「まあ、俺は赤波江海人(あかばえかいと)って名前ですけどね」

 

 「そう。じゃあ、バエちゃんで」


 何が、じゃあなのか。


 「私は『ミラ』。この店の料理長だよ。よろしくね」


 「あ、ああ」


 俺はミラさんと軽く握手を交わす。


 「さ、二人とも疲れたでしょ。ほら、入って入って!」


 そして俺とアクネルはミラさんに促されるまま、店内へと入っていくのだった。

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