決心

 「え?何でそれを?てかバエちゃんってなんや?俺の事か?」


 「そうだよ!アカバエカイトだから、バエちゃん!でもその反応ってことは、やっぱりそうなんだね!バエちゃんは、いつこっちに来たの?」


 レナンがさらに興奮して畳みかけてくる。

 そう言えば、ミズガルズが俺以外にもこの世界に送っていると言っていた気がする。

 その殆どが命を落としたと聞いていたが、どうやらレナンのこの反応を見るに、俺以外の転生者でまだ生き残りがいるようだ。


 「まあ、確かに俺はこことは違う、地球の日本ってところから今日来たんだが。なんでわかったんだ?」

 

 「名前だよ!」


 「名前?」

 

 「うん!そうだ!試しにここにバエちゃんの名前を書いてみてよ!」

 

 そう言ってレナンが地面を指さすので、俺はそこらへんに転がっていた手ごろな石で「赤波江海人」と漢字で書き起こした。

 

 「これでいいのか?」


 書き終えた俺はレナンへ確認を取るように視線を向けると、レナンは感心するように頷いていた。

 見れば、それは立ってみていたアクネルも同様の反応を見せている。

 すると、突然レナンが叫んだ。

 

 「ほらアクちゃん見て!やっぱり『スティア文字』だ!スズちゃんと同じ!」


 「ホントだな」


 「おぉ、何だって?スティア文字?スズちゃん?」


 レナンの口から出た新しい単語に、俺はさらに困惑する。

 すると、レナンが俺の疑問に対して丁寧に解説を始めてくれた。

 

 「『スティア文字』っていうのは、べスティアっていう国で作られた文字のことだよ。スズちゃんもバエちゃんと同じで、名前の全部を『スティア文字』で書いてた。この世界でその文字を名前に使う時は名字だけだからね。全部『スティア文字』なのは別の世界から人だけなんだ。そうだ、レナンが書いてあげるよ。石かして」


 「ん?ほい」


 俺は言われるがままに、先ほど自分の名前を書くときに使っていた石をレナンに手渡す。

 レナンはそれを受け取ると、何かブツブツと言いながら石で地面を削り始めた。


 「えっと、スズちゃんはスズモリだから……」

 

 こうして書き起こされた文字は、確かに日本人の物であった。


 「鈴森綾すずもりあやっていうのか」


 「うん!やっぱり読むこともできるんだ!」


 「そうだな。まあこれぐらいは」


 興奮するレナンとは正反対に、俺は蓄積される情報を処理するのに手いっぱいで、少しそっけない感じで返事をする。


 それにしてもそうか。

 『漢字』と『スティア文字』。呼び方は違うが、その本質は全く同じなのか。

 さらに、こうして会話がスムーズにできるのもそういうことなのだろう。


 この世界「ミメーシス」の言語は「日本」と全く同じなんだ。

 もしかしたら呼び方は違えど、英語なんかもあるのかもしれない。

 「ミメーシス」というのも、この森の名前になっている「スライム」も日本語ではないから、その可能性は十分にある。

 だが何はともあれ、会話が通じるというのはこの上ない安心感があるな。

 よくよく考えてみれば、別の世界に飛ばされると聞いた時には、真っ先にこのことを確認するべきだった。

 

 と、そんな風に一人反省会を開いていると突然、俺の目の前にレナンが身を乗り出すように迫ってきた。

 

 「ねぇねぇ!ところで、バエちゃんも何か凄い能力を持ってるの?」


 「おぉ、急にどうした」


 エメラルドの様に碧い瞳を輝かせるレナンに、俺は若干身を引くように距離を取る。

 だが、レナンはそんな俺に対してさらに近づいてきた。

 いや、近づくというよりも、もはや俺の身体の上に乗っかている。

 

 「まあ、一応あるにはあるが……」


 と、俺がそこまで言いかけたその時だった。


 突然、傍の茂みが揺れる音が聞こえてきた。

 俺たちが一斉にそちらに振り返ると、そこで見たものにアクネルが軽く舌打ちをする。


 「ちっ、ゴブリンか。様子見でもしに来たか?何はともあれ、仲間を呼ばれて囲まれると厄介だな」


 「あぁ、あれが」

  

 そうか。あれがゴブリンか。

 よく映画とかで鼻がでかくて小さく気持ち悪い化け物として描かれてることが多い気がするが、全くもってその通りだな。

 何なら、映画の方が幾分かはマシに思える。

 変に出た下っ腹に、泥かよく分からん液体を身体に塗りたくっているような、薄汚れた灰色の肌は異質で気味が悪い。

 そして極めつけの、何年も磨いてないであろう黄色く変色したボロボロの歯を見せるように、気色悪く笑う顔は正直見たくない。

 

 俺たちとゴブリンは睨み合い、お互いに出方をうかがっていると、突然レナンが悪魔のような提案をしてきた。


 「そうだ!バエちゃん!あのゴブリン倒してみてよ!」


 「は?」


 「大丈夫!失敗してもレナンがカバーするから!」


 親指を立て、清々しいほどのウィンクをかましてくるレナンに対し、俺は言葉を失った。

 こいつは、何を言っているんだと。

 俺はまだ能力を完璧に使いこなせる状態じゃないんだが?


 「いや、」


 「良いじゃないか」


 俺が断ろうと口を開くが、それに被せるようにアクネルさんが、レナンの言葉に同意する姿勢を見せる。

 

 この人も何を言ってくれちゃってるんだろうか?


 「いやぁ、あのですねぇ……」


 「何、たとえ失敗しても尻ぬぐいはしてやる。お前の力、見せてみろ」

 

 もはや、俺にはやる以外の選択肢は残されていないようだった。 


 力を見せてみろって、あの能力でどうせいというのか。

 重機出して、潰せと?避けられるやろ。

 それか重機化で殴るか?でも相手、ボロボロだけど剣を持ってるからなぁ。近づくのは遠慮したい。


 いや……


 違うか。そんなこと、言ったところで意味ないか。

 何をやる前から弱気になっているのか。

 確かに、アクネルさんとミノタウロスの戦いは凄まじかった。

 あんなのを見せられては、この能力で戦うことに自信が持てるわけがない。

 だがそうはいっても、今更どうすることもできない。

 

 俺はこの世界を救うことを条件に、第二の人生を歩ませてもらっている。

 半ば強引だったが。

 それでも、最後に決めたのは俺だ。

 引き受けたからには、全力で向き合おう。

 

 なに、相手はゴブリン。どれほどか分からんが、ミノタウロスと比べれば、まだマシかもしれない。

 それに、二人がカバーしてくれるっていうなら大丈夫だろう。

 レナンは分からないが、アクネルさんのあの実力なら信用できる。


 物は試しだ。

 何とかなるやろ。


 俺は心の中でそう決心すると立ち上がる。


 そして俺は二人より前に出ると、ゴブリンと向き合うのだった。


てかここ、スライムの森のはずでは?

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