初戦闘

 俺はゴブリンとの距離を保ちながら、目を離さないまま弧を描くように歩く。

 ゴブリンも、それに合わせるように歩き始める。


 とりあえず、油圧ショベルでも出すか。


 重機化という選択肢もあるがもし失敗した場合、生身の身体であのボロボロの剣で切られることになる。

 それを考えると、油圧ショベルで距離を取った戦い方をした方が無難だ。

 それにもし接近されることがあっても、操縦席は全方位がガラス張りになっているからいくらか安全だろう。


 そう考えた俺は早速、頭の中で想像を開始した。

 あの時は目を閉じていたが、今回を目は開けたままだ。

 閉じていて襲われては敵わんからな。

 

 こうして俺は順調にアーム、バケットと想像を始めていく。

 だが、今回浮かび上がってきたものは、俺が想像しようとしている物とは少し違うものだった。

 確かに、中型の油圧ショベルではある。

 それは間違いない。

 だが脳内に浮かび上がってきているのは、その全体像ではなく、操縦席からの景色だったのだ。


 まずいな……


 俺は全体像を想像するために、頭の中を一度リセットしようと試みる。

 だが、浮かび上がっている今のイメージが中々消えない。

 それどころか、そのイメージがさらに鮮明になる一方だ。


 そんな時、目の前のゴブリンが痺れを切らしたかのように走り出した。

 剣を持っていない左手を使いながら三足歩行で、気持ちの悪い奇声をあげながら突っ込んでいく。

 真っ直ぐ、レナン目掛けて。


 「おいお前、どこ行きよっとや!」

 

 俺が呼び止めるが、ゴブリンはそんな声を無視してレナンに接近していく。

 だが、レナンは焦る様子もなく、涼しい顔で佇んでいる。

 やがて、レナンにある程度まで近づいたゴブリンが飛び上がると、ボロボロの剣を勢いよく振り下ろした。


 だが、その凶刃がレナンに触れることはなかった。


 ガギンッ!という、金属の触れ合う音が辺りに響き渡る。

 レナンとゴブリンの間に素早く伸びた白い閃光、アクネルさんの白い槍がゴブリンの攻撃を弾いたのだ。

 アクネルさんはそのままゴブリンを押し戻すと、弾かれて睨むゴブリンに向けてまるで標的を示すようにあごを動かす。

 

 お前の敵はこっちではなく、向こうだと。


 ゴブリンが俺とアクネルを交互に見る。

 

 その表情は困惑しているようで、まるで「え?あいつはやっていいんですか?」と言っているように見えた。


 「行け」


 「ギッ……」


 アクネルさんに睨まれ、ゴブリンが俺の方へゆっくりと近づいてくる。

 だが、ゴブリンはすぐに走り出した。

 先ほど同様に三足歩行で。


 「いやぁ、ちょっと待てよぉ……」

 

 いきなり来られても、こっちはまだイメージが完璧じゃないんだ。

 てか、アクネルさんがモンスターであるゴブリンに命令するってどうなん?!

 お前もそれでいいとや?!

 

 そんな風に思っていると、ゴブリンはもう目の前まで来ており、何なら飛び上がっていた。

 ゴブリンの右手に握られる剣が振り下ろされる。


 「やべッ……!」


 重機化を一瞬試したが、あの時感じた身体が重くなる感覚がなく、俺はとっさに横に飛び退いた。

 受け身を取りつつ地面に転がるも、すぐさま起き上がりゴブリンに向き直る。


 すると、剣を空振った姿勢のままで、顔だけをこっちに向けるゴブリンと目が合った。


 「ゲギャァ……!」


 「なんやその顔は」


 ゴブリンが耳障りな声をあげて、ボロボロの歯をむき出すように笑みを浮かべる。

 俺が避けたことで、大したことないと思っているようだ。


 クソが。なめやがって……。


 だが、現に大したことがないから何とも言えねぇのも事実。

 せめて重機化さえ、うまくいけば。

 そう思い想像を試みるのだが、ゴブリンの攻撃をかわすのに精一杯でなかなかイメージが固まらない。


 「ねぇアクちゃん。あの時聞こえてきた音って、結局何だったのかな?」


 「さあな。一回目のが分からない。二回目はおそらく、この岩が崩れた音だろうが。」 

 

 俺がゴブリンの攻撃を躱していると、ふいにそんな二人の会話が聞こえてきた。

 だが、距離があるせいで、内容までは聞き取れない。

 さらに二人の会話は続く。


 「でも岩が崩れた音って言っても、これ結構大きいよ?しかも粉々だし。ミノタウロスじゃこんな風には壊せないよ」


 「確かにな。仮にこの岩を壊したのがミノタウロスだったとしても、それでも一回目に聞こえた音が説明できない。あれは、この世界ではまず聞かない音だからな。だが、」


 「うん」


 「あの男。別世界から来たという海人なら説明がつく。あの音も、この岩を砕いたのも奴の能力ならな」


 「そうだね……避けってばっかだけど。なんで能力使わないんだろう?」


 「さあな?もしかしたら、何か条件があるのかもな」


 「条件って?」


 「そんなもの私が知るわけがないだろう。まあ、もし条件があるなら、そうだな。後三回躱したら助けてやるとしようか」


 「あ、助けてあげるんだ。やっさし~」


 「そうじゃない。あまり時間をかけると、他のモンスターに囲まれるかもしれないからだ。何せ、ここは『スライムの森』だからな」


 「あ、そうだったね。でも、バエちゃんの能力ってなんなんだろうねぇ?」


 レナンの声を最後に、二人の声が聞こえなくなる。 どうやら会話が終わったようだ。

 一体、何の話をしていたのか。

 躱したり、想像に集中しようとしたりで、聞こうにも全然聞けなかった。


 まさか……躱してばかりで見切りをつけられたのか?

 それはまずい!

 折角あった現地人!しかも、かなり強めの!

 これから、色々と聞きたいことがあるというのに!


 俺は何とか具現化させようと想像力を働かせるが、脳内でイメージされるのはやはり操縦席からの景色だった。

 

 そのまま二人の会話が終わってからもゴブリンの攻撃を躱し、やがて三回目に達したその時だった。


 先ほどまで傍観していたアクネルさんが、突然こちらに向かって歩き始めた。

 ゴブリンがその気配を察したのか、勢いよく飛び上がりアクネルさんから距離を取る。

 そのおかげで、俺とゴブリンとの距離もが大分遠ざかった。


 ゴブリンは、すっかりアクネルさんに釘付けだ。

 アクネルさんはゴブリンにゆっくりと近づきながら、手に持つ白い槍を構える。

 

 やはり、アクネルさんが仕留める気のようだ。


 俺は何とかそれを阻止しようと、具現化のために想像を急ぐ。

 だが、やはり一度出てきたイメージは消えないもので、操縦席からの景色のままだった。

 今脳内で浮かび上がっているものは、目の前に伸びる油圧ショベルのアームぐらいである。


 そうこうしているうちに、ゴブリンがゆっくりと後ずさっているとはいえど、歩幅等で両者との距離は着実に近づいていた。

 

 もはや、俺に残された選択肢はこれしかない。

 今イメージできているものを具現化することだ。

 正直、アームだけがどう具現化されるかは分からない。

 だが、躊躇ちゅうちょしている場合ではない。


 俺はゴブリン目掛けて、油圧ショベルのアームを伸ばすという動きをイメージさせると、吠えた。


 「どうとでも、なれやぁー-!!」


 次の瞬間、俺の頭上に巨大な影が現れたかと思うと、それは一直線にゴブリンへと伸びていく。


 「アクちゃん危ない!!!」


 それを見たレナンが叫ぶ。

 アクネルさんも、その迫りくる気配を察したのか、レナンが叫ぶより少し早く、後ろに飛び退いていた。


 「ゲギァアァァァァー-!!」


 だが、ゴブリンだけはその迫りくる脅威、俺が具現化させた油圧ショベルのアームを避けようとしなかった。

 吠えるゴブリンは剣を構えると、アームの先にある平バケット目掛けて勢い良く剣を突き出す。

 その一撃は平バケットの背に当たり、カンッという短い金属音を一瞬だけ上げると、そのまま根元から折れた。

 

 「ギャ?!?!」


 その光景に、ゴブリンは驚愕しながらバケットによって叩き潰されたのだった。

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