出会い

 はよぅ、どっか行ってくれ~。

 

 俺は岩陰に身をひそめながら、背後にいる牛の化け物であるミノタウロスに対して、ひたすらに懇願していた。

 後ろでは、ミノタウロスの荒い鼻息と重い足音が聞こえてきている。


 あいつは今何処にいるんだ?


 俺が気になって岩陰から覗き込んでみると、ミノタウロスは先ほど俺が削った地面を不思議そうに眺めていた。

 あの様子だと、まだこちらに気づいていないようだが、見つかるのは時間の問題だろう。


 一か八か、走って逃げるか?

 

 今ならミノタウロスとは位置関係的には、俺が砕いた岩の破片の山で隔たれている。

 視線もこちらに向いていないし、運が良ければ気づかれずに、万が一気づかれたとしても岩の破片が少しは足止めをしてくれそうではある。

 正直能力について分かったとは言え、いきなりあんな化け物を相手する勇気は俺にはない。


 「そうだな。とりあえず、ここは逃げよう。ここにいても確実に殺される」


 俺はそう決心すると、前方に目掛けて走り出す姿勢を取る。

 そしていざ走り出そうと、地面を蹴りつけたその時だった。


 「見てアクちゃん!誰かいるよ!」


 今まさに向かおうとしていた方向から、幼さの残る女性の声が聞こえてきた。


 「誰だ?」


 見れば、こちらの方に走ってくる二人組の姿が見えた。

 一人は白く細長い槍を携え、ブドウのように鮮やかな紫色の長髪を靡かせる、全身を黒い鎧にまとった女性。

 もう一人は、銀髪のショート髪を揺らす、白いコートを身に纏った少女だった。

 先ほどの声は、おそらくはあの銀髪の子のだろう。


 次に、今度は白い槍を持つ女が叫び始める。


「おい貴様!そんなところで何をしている!ここは立ち入り禁止だぞ!!」


 おそらくは俺に向けての言葉だろう。

 だが立ち入り禁止だと言われても、一方的に連れて来られたんだからどうしようもない。 

 というか黙ってほしい。

 あの二人からは見えないのだろうか

 今俺の後ろにいる、ミノタウロスという牛の化け物が。

 そんな大声を出そうもんなら気づかれるやろが。


 俺は二人に静かにするよう、身体を使って必死に伝えようするが、その時には既に手遅れだった。


 「ブモオォォォォォォォ――――――ッッッ!!!!!」


背後から響き渡る、ミノタウロスの空気を震わせるほどの雄たけび。

 それと同時に洗い足音が徐々に近づいてきたかと思うと、ミノタウロスは瓦礫の山を乗り越え、さらには俺の隣をものすごい速さで通り過ぎていく。


 それを見るや、前方から向かってきていた白い槍の女の表情が変わった。


 「なんだ、ミノタウロスがいたのか」

 

 白い槍の女は槍を背中に構えると、さらに加速してミノタウロスに突っ込んでいく。

 ミノタウロスはその突っ込んでくる女に対し、手に持つ石刀を両腕で勢いよく振り下ろした。


 瞬間、ガンッ!っという衝突音が辺り一帯に響き渡る。

 見れば、ミノタウロスの全力の一撃を女が槍で受け止めていた。

 両腕での一撃に対し片腕で。


 女はそのまま石刀をはじき返す。

 ミノタウロスは少し後ろに追いやられるが、すぐに石刀を構え直すと、一撃、二撃と繰り出していった。

 女はそれを軽く流すように、片腕で握る槍で捌いていく。


 日本で生きていては、まず見ることのない激しい攻防戦が、目の前で繰り広げられていた。


 「ねぇ、おじさん。」


 俺が目の前の攻防戦に見とれていると、突然横から声を掛けられた。

 振り返ると、先ほどの銀髪の少女が横に座っていた。


 「あれ、君はやらんでいいのか?」


 「うん大丈夫。レナンが手伝っても邪魔になるだけだから。それに、アクちゃんならミノタウロスなんて敵じゃないよ。ほら」


 そう言って銀髪の少女が指さすと、目の前の戦いでは早々に決着がついていた。

 吹き飛ばされたのであろうミノタウロスが木の根元で座り込んでおり、女が槍の先端を向けている。


 「貴様。何故この森にいる。お前たちの目的は何だ?」

 

 「答えるか」


 女の質問にミノタウロスがそう吐き捨てると、右手に持っていた石刀を横なぎに振り払った。

 だが、その一撃は女には一切通用せず、代わりに石刀は白い槍に貫かれ粉々に砕き散ってしまった。

 石刀が砕けたことで、二人を砂埃が包み込む。

 

 二人の姿が見えなくなった。


 それと同時に、重い足音が勢いよく遠ざかっていくのが聞こえた。

 白い女が槍で砂埃を振り払った時には、そこにミノタウロスの姿はなかった。


 「逃げたか、まあいい。それで……」

 

 槍の女がこっちを見る。

 眉を吊り上げ、なんとも恐ろしい顔で。

 

 俺、このまま殺されるんか?

 あのミノタウロスと激しくやりあってた子やぞ。

 襲われたら一溜りもないって。


 「おい」


 「はい。なんでしょう?」


 俺は槍の先端を喉元に向けられ、両手をあげながら無害を主張するように女を見上げる。

 隣に座っていた銀髪の少女も、いつの間にか目の前に立っていた。

 

 「今から聞く質問に正直に答えろ。いいな?」


 「はい」


 「まず一つ。貴様は何だ」


 おお、これはまたざっくりとした質問が来たな。

 取りあえず名前でも名乗っておくか。


 「はい。名前は赤波江海人と言います」


 「はい!レナンはレナン!レナン・ソーラ!」


 俺が名乗るや突然、銀髪の少女が元気よく自己紹介を始めた。

 このレナンという子は、なんというか槍の女と比べるとかなり友好的なようだ。

 

 「いいから。レナンは静かにしてなさい」


 「はーい。あ、この怖いお姉ちゃんはアクちゃん。アクネル・レクピーズって名前だから!」


 「はやく」


 槍の女もとい、アクネルさんにそう促されると、何故かレナンは再び俺の隣に腰を下ろした。


 「えっと、何で隣に?」


 「面白そうだから!」


 レナンが無邪気な笑顔を向けてくる。

 何が面白いものか。

 こっちは一歩間違えたらお前の仲間である、アクネルさんに殺されるんだが?


 「おい、何を無駄話している」


 「ああはい、すいません」


 お前のせいで怒られたやないか。

 俺がそう訴えるように横目でレナンに視線を送るが、レナンには「怒られた~」と指をさされて笑われるだけだった。


 「それで、アカバエカイトといったな」


 「はい」


 「そうか」


 あれ?なんか急に声色が優しくなった?

 それだけでなく、何とアクネルさんは槍を下ろしてくれた。 

 どうやら、俺は許されたようだ。

 だが、何故名前を名乗っただけで許されたのか。


 「えっと……」


 「あぁ、すまなかった」


 困惑していると、突然アクネルに頭を下げられ、俺はさらに困惑する。

 すると、突然レナンが興奮気味に迫ってきた。


 「ねえ!バエちゃん、別世界の人でしょ?!」

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