付与

 「そういえば付与とかも言ってたな。付与ってなんだ?」


 操縦席から降りた俺は、近くにある巨大な岩に背中を預けるようにして腰を下ろしながらそんなことを考える。

 ミズガルズが言ってたのは確か、「自身の身体に付与することができる」だったか。

 自身の身体って……なんだ?俺の身体が重機や工具みたいになるってのか?


 「付与ねぇ……」


 俺はふと、背中にある巨大な岩に目を向けた。

 それと同時に俺の頭に思い浮かんでいた物は、コンクリートやアスファルトを解体する際に用いられる、油圧ショベルのアタッチメントの一つで破砕機であるブレーカだった。


 俺は立ち上がると、その巨大な岩に拳を当ててみる。

 

 「もし付与ってのが俺の考えてるものなら……」


 正直ばかばかしいとは思うが、能力について何も分からないなら片っ端から思いついたものを試していくしかない。

 俺は早速、脳内での想像を始める。

 俺の身体は油圧ショベルで、右腕はブレーカだ。

 激しく振動して、岩を……


 と、動作のイメージに差し掛かったその時だった。

 

 俺の身体が急に重くなった感覚に襲われると同時に、右腕が激しく振動を始め、気づいたころには目の前の岩が粉々に砕け散っていた。

 

 「……え?」

 

 俺はその目の前で起きた光景に、ただただ呆然とした。

 本来ブレーカとは、何か所かに穴をあけていき、その穴同士を亀裂でつなげて徐々に壊していくものなのだ。

 たしかに、運が良ければ一発の動作で壊せることもある。

 だがこんな、先ほど出した中型の油圧ショベルよりもでかい岩を壊せることなどまずありえない。


 「マジかよ……」


 俺は自分の、岩を破壊した自分の右拳を見つめる。

 拳には一切傷がなく、痛みもない。

 恐らくはそういうことなのだろう。

 

 「これが付与。いや、付与というよりかは重機化という方がしっくりくるな」


 あの、身体が重くなった感覚。

 おそらくは俺自身が油圧ショベルと化し、アームにあたる右腕がそのままブレーカの働きをしたのだろう。

 その時に身体は鉄並みの硬度となり傷はなく、さらに重機に痛みの概念がないことから痛みも感じなかったのだろう。


 「具現化はともかくとしてこの付与、『重機化』は使いこなせれば少しは役に立つかもな」


 それに具現化も油圧ショベルを出しただけで、完全に能力について分かった訳じゃない。

 もしかしたら、これから生活していくにつれて、新たな活用法が見出せるかもしれない。

 何も舗装で使うものは重機だけじゃない。ダンプやトラックも使うから、もしそれらも対象なら移動手段として使うこともできる。


 「よーし!とりあえず能力も一通りは分かったことだし、頑張るとしますかー!」


 できることが分かったその時は、どうも心が高揚する感覚に襲われる。

 俺はこれから始まる第二の人生に期待と興奮に、空を見上げ両腕を突き出した。

 眩しいほど光る太陽までもが、俺の新たな人生を祝福しているように感じる。


 「そういえば、あいつらはどうなったんだろうな。ちゃんと逃げれたんか?」


 俺はふと、ミズガルズとニーズヘッグのことを思い出した。

 ミズガルズは俺を飛ばしてすぐに逃げた可能性があるから無事だろうが、ニーズヘッグに関しては、話しを聞いてた限りだと一人で大軍を相手にしていたようだから、もしかしたら……


 「いや、大丈夫だろう。なんとなく、そんな気がする。あー煙草が恋しい」


 煙草を吸わない時間がこんなに空いたのなんて何年ぶりだろうか。

 この世界に煙草が無かったら死ねるな。


 「とりあえず街に行きたい。人に会わんことにはこの世界がどんな所か分からんぞ」


 そう思い、俺は歩き出そうとするのだが、いかんせん方向が分からない。


 「どっちに行けばこの森を抜けて街に行けるんだ?」


 と、行く方向が分からずに周りを見渡していたその時だった。

 ある方向から、こちらに凄い速さで近づいてくる足音が聞こえてきた。

 

 「なんだ?」


 俺はその音が聞こえた方に目を向ける。

 今のところ姿は見えないが、足音は着実にこちらに近づいてきており、音も徐々に大きくなっていた。

 俺はさらに目を凝らしてみる。

 すると、微かにではあるが、確実に人間ではない巨大なシルエットが、木々の隙間から見えた。

 ここまではまだ300メートルほどはあるだろうが、シルエットの大きさからして、それがとんでもない巨体の持ち主だということは分かる。


 「あれはダメだろ……!」


 身の危険を感じた俺は、咄嗟に先ほど砕いた岩の破片の中で、わりと大きめの物の裏に隠れることにした。

 俺は岩陰から、そのシルエットが近づいてきていた方を覗き込む。

 ふと、俺はあることに気づいた。


 「あれ、油圧ショベルどこいった?」


 気づけば、近くに油圧ショベルの姿はなく、跡形もなく消え去っていたのだ。

 まあ、残ってたらそれだけで感づかれる可能性があるから、無くなったなら無くなったで好都合だが。


 俺は再び、先ほどの足音が聞こえてきていた方に目を向ける。


 「うせやろ……」

 

 俺はそこで見た物に言葉を失った。

 そこには既に、あのシルエットの正体である怪物の姿があったのだ。

 さらに言うと、俺はその怪物を知っていた。

 頭から鋭い二本の角を伸ばし、焦げ茶色の毛皮に覆われた二足歩行の牛の化け物。

 鼻息を荒くするその化け物の右手には、巨大な石刀が握られていた。


 「おかしいなぁ……ここはスライムの森って聞いてたけど、あれってどこからどう見てもミノタウロスだよなぁ……」


 ミズガルズの野郎……。何が「スライムの森は死ぬ恐れがあるような魔物は住んでいないので安心してください」だよ。

 秒で殺されるわ。

 今度会ったら絶対泣かせたろ。

 

 俺は心の中でそう決心すると、ゆっくりと岩陰に隠れるのだった。

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