具現化
「ここがスライムの森なのか?」
ミズガルズによってミメーシスとかいう異世界に飛ばされたであろう俺は、目の前に広がる大森林を見渡す。
確かに森だ。だが、今のところスライムらしき生き物は見当たらない。
まあ、スライムが何か知らないが急に現れても困るため、いないに越したことはないが。
「さて、とりあえず……そうだった、煙草ないんだった」
あっちの世界でこのくだりはやったにも関わらず、煙草を吸うことが生活の一部になっていた身としては、やはり無意識に胸ポケットに手が伸びてしまう。
そもそも、俺は一体何を持っているのか。
俺はとりあえず、何か使えるものがないかと全てのポケットを探ってみることにした。
だが、上着のポケットはおろかズボンのポケットにおいても何も入っておらず、完全に手ぶら状態だった。
「いやぁ、なんもないとかぁ……どうすっかなぁ」
そもそも、スライムの森で何ができるというのか。
辺りは森に囲まれてるし、俺が今いるこの場所も、埋まってる馬鹿みたいにでかい岩があるだけの小さな広場だ。
「得体の知れない森を歩き回るわけにもいかんし、歩いててスライムに出くわしてもシャレにならんでなぁ」
ゲームとかだとスライムは別に大したことないが、ここはゲームの世界じゃない。
スライムとは名ばかりの強力なモンスターだったら、何もできない今の俺では間違いなく殺されるだろう。
「能力とやらでも試してみるか?この世界に来たら使えるみたいやし」
下手に動いて死ぬ可能性を高めるより、ここで身を守る手段を調達する方が無難だろう。
俺は早速、能力の発動を試みようと、ミズガルズとの会話を思い出す。
「えっと、確か『その職業に関するものを想像し具現化、自身の身体に付与することができる』だったか?舗装にまつわるものってなんだ?油圧ショベルとかか?」
舗装にまつわるの意味が分からないが、舗装を行う上で使うものと言って真っ先に思い浮かぶものは、俺の中ではそれになる。
現場では俺はそれをメインに砕石を敷き均し、古いアスファルトを剥がす切削を行っていた。
確か死んだあの日も操縦して乳剤を吊ったな。
「とりあえずやってみるか。違ったら違っただ」
俺はとりあえず、油圧ショベルを具現化してみることにした。
とりあえずとして想像するものは、死んだあの日に操縦した中型の油圧ショベルだ。
目を瞑り、俺は脳内で油圧ショベルの全体図を形成していく。
えっと、操縦席があってアームがあって、バケットは……爪だったな。
それでキャタがあって、色は黄色だ。
こうして、油圧ショベルが脳内で完成した瞬間、俺は一気に目を見開いた。
「……おぉ!!これは、成功したんじゃないか?!」
どうやら具現化は成功したらしく、目の前に想像した通りの中型の油圧ショベルが出現していた。
俺はそれに近づくと、手を伸ばしアームに触れる。
手にはしっかりと馴染みのある、あの鉄の質感が感じ取れ、これが幻影ではないことは間違いないようだ。
俺は次に、キャタに足を掛けると操縦席へと乗り込む。
出現はしたが、動かないのでは話にならない。
えっと……鍵は何処だ?
エンジンをを掛けようとしたが、差込口に鍵が刺さっておらず、これではエンジンを掛けることができない。
「そうか、これも出すのか」
俺は、自分の右手の平を見つめると早速想像を始めた。
想像しているものはもちろん、こいつのエンジンをを掛けるための鍵だ。
想像を始め脳内でそれが完成されると、手のひらで動きがみられた。
鍵の輪郭となる線が浮かびあがってきたかと思うと、それが徐々に鍵そのものへと変貌していく。
そして一瞬にして、手の平にあの日握らされこの油圧ショベルの鍵が出現したのだった。
「これが想像と具現化か」
俺は早速生み出した鍵を差込口に差し込こむと、いつもの要領で捻った。
その瞬間、油圧ショベルから聞きなれた駆動音が響き渡る。
どうやらエンジンも問題ないようだ。
どれ、ちょっと地面でも掘ってみようか。
俺は両脇にある操作レバーを握ると、慣れた手つきで油圧ショベルの操縦を始めた。
アームを一度持ち上げ、前方に伸ばしながら同時に下ろしていく。
そしてバケットが地面にあたったところで止め、今度は手前に引き付けるようにして、地面を爪バケットで抉りながら掬い上げる。
こうして、とりあえずの操縦が終わった。
「……で?」
これまで想像と具現化を試してきたが、それが率直な感想だった。
「え、これでどうせいと?あれか?子のアームでモンスターを殴れってことか?もしくはバケットで潰すなり、何ならキャタで轢き殺すか?」
いやいや、果たしてそんなのがモンスターに通用するのだろうか?
よく雑魚として描かれるゴブリンとかならいけなくもないだろうが、最近だとそのゴブリンですら強く描かれる場合もある。
もしこの世界にゴブリンがいて、強い部類なら多分具現化する前に殺されるだろう。
俺はとりあえず掬った土を適当なところに落とすと、アームを下ろしエンジンを切った。
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