ミメーシス

 「なんだそれは?」


 「ミメーシスとは、私が作り出した世界です。科学の発展した地球とは違い、魔法が発展した世界。そこが今、神によって侵攻を受けています」


 「……急に何の話だ?」


 俺の問いに答えることなく、ミズガルズは続ける。


 「その世界の人類も奮闘していますが、神々の圧倒的な力を前に対抗できる戦力が僅かしかなく、このままでは世界は滅亡するでしょう」


 「助けてやれないのか?」


 「無理です。侵攻された当初は送りましたが、現在ではこちらから実体のある神々を援軍として送ろうにも、向こうに感づかれてしまい阻まれてしまうのです。何も、相手の仲間全てがミメーシスにいるわけではないですから。ですが、一つだけ方法があります」


 「なんだあるのか。それはどんなんだ?」


 「それが海人さん、貴方です。海人さん、貴方は異世界転生というのをご存じですか?」


 「あー、なんか聞いたことがあるな。そんな漫画が流行ってるとかどうとか」


 俺はよく知らないが、若いやつがそんな漫画の話をしていた気がする。


 「まさにそれです。死んだ人間が神様に力を与えられ、異世界に転生する。そして、世界を救う。貴方にはこれをおこなってもらいます」


 「……何言いよると?」


 「突然ではありますが、貴方に拒否権はありません。少し横暴ですが、もし断るようでしたらあなたを今この場で消滅させます。お願いします。どうか、ミメーシスを救ってください」


 ミズガルズのオレンジ色の瞳が、俺を真っ直ぐ見つめる。

 俺は少し考えるように、空を見上げた。


 人生、何があるか分からないもんだな。

 突然頭上から鉄骨が落ちてきて死んだかと思えば、今度は世界を救ってくれと頼まれる。

 断れば消滅……か。

 まあ、そうだな。

 別に断る理由もないし、世界を救えるかは分からないが消滅するぐらいなら転生した方がマシか。


 「分かった!世界を救えるかは分からないが、やれるだけやってみよう!」


 「本当ですか!?」


 俺の言葉を聞くや、ミズガルズが驚きと喜びの表情を浮かべる。


 「それで、さっきの話だと神様から特別な力を与えられとか言ってたが、俺も何か貰えるのか?」


 「もちろんです!そのままでは間違いなく死にますからね」


 「あ、死ぬと?」


 「そうですね。一応転生するタイミングで、見た目はそのままの転生先に適した身体を与えます。性能としては能力を発動できる以外は人間の物と変わらないので、首がねたりすれば普通に死にます」


 「……やっぱりやめようかな」


 「あ、大丈夫ですよ!地球上の身体より頑丈にしておきますので!でも、万が一死んだら二度目の転生はできずにその場で魂ごと消滅してしまうので、それだけ頭に入れておいてください!」


 「まあ、一度引き受けたから別に今さらやめないけど」


 「なら良かったです」


 ミズガルズが安堵したように息をつく。


 「それで、能力はどんなのがもらえるんだ?やっぱり魔法が使える世界ってぐらいだから、強力な魔法とかか?それとも伝説の武器とかか?」


 正直異世界転生というものには詳しくないが、魔法とかいうファンタジー要素には子供の時やっていたゲームで馴染みがある。

 確かそのゲームも、勇者である主人公が魔法や武器を使って魔王を倒していくものだった。

 そうだなぁ、魔法とかだと炎とか氷とか格好いいよなぁ。

 光とか闇とかもいいなぁ。

 と、そんな感じでイメージを膨らませていたが、ミズガルズの一言でそれは一瞬にして消え去ることになる。


 「いえ、今回はそういうものではなく、海人さんにとってもっと馴染みのあるものです。確かに、前まではそういったものを与えてましたが、やはり前世で魔法というものに触れてないせいか、発動することがままならずに、そのまま命を落としてしまうことがほとんどだったんですよ」


 「成る程な」


 魔法ではないと言われ少しテンションが下がったが、ミズガルズの言うことも一理ある。

 確かに、地球には魔法なんてものは存在しなかったから、いざ使えると言われてもなれるまでに時間がかかるだろう。

 現に、魔法が主流の映画でも、その作品に出てくる魔法を使う生徒が魔法をうまく発動できていなかった。

 作り物と言われればそれまでだが、初めてやるものが突然できるようになることなど、殆どの事においてまずありえない。

 それが、いままでの人生において一切関わったことのない魔法となればなおさらだ。


 「じゃあ、何の力を与えられるんだ?」


 「それが、あなたを選んだ最大の理由です」


 「というと?」


 「あなたが、生前磨いてきた技術は何ですか?」


 ミズガルズの問いに、俺は記憶を巡らせる。

 俺が生前磨いてきた技術かぁ。そう言われて真っ先に思い浮かぶとしたら、あれしかないか。


 「舗装かなぁ」


 「そう。それがあなたの能力です」


 「え?」


 突然、ミズガルズの右手が俺の頭に触れる。

 そして次の瞬間、俺の脳内にこれまでの舗装技術、中には一度しか行ったことのない工事内容などの記憶が一気に、そして鮮明に浮かび上がってきた。


 「うおっ……」


 あまりの情報量の多さに、俺は軽く立ち眩みを起こす。

 だが、その立ち眩みはすぐに解消された。

 ミズガルズの手が、俺の頭から離れる。


 「これで能力の付与は完了です。貴方の能力は『舗装』。その職業に関するものを想像し具現化、自身の身体に付与することができます。能力の精度は貴方の想像力によって左右されますが、そこは問題ないかと」


 「そうか」


 どうやら、これで俺は能力が使えるようになったらしい。

 想像、具現化、付与。

 まだ理解はできていないが、この三つがキーワードの様だ。


 「では、早速ですがあなたをミメーシスに送りたいと思います」


 「え、もう?能力の使い方とかようわからんのやけど」


 「そう言われましても、この場では能力は発動しないのですよ。転生と同時に身体が与えられ、それで初めて能力が使えるようになるんです。でも大丈夫ですよ。きっと、すぐに使いこなせるようになります」


 「そうか、まあ向こうでいろいろやってみるか」


 そこで話にひと段落がつくと、俺の足元に光の円が浮かび上がる。

 これでいよいよ異世界行きか。

 ちょっとワクワクするな。


 と、そんな風に悠長なことを考えていたその時だった。


 突然、大きな衝撃音が鳴り響いたかと思うと、地面が激しく揺れ始める。

 だが、その揺れは地震の様に地面が揺れるようなものではなく、この世界全体が揺れているようだった。

 あまりの揺れに俺とミズガルズは体勢を崩す。

 光の円も消滅し、転生は中断された。


 二度目の衝撃音が響き渡り、世界はさらに激しく揺れる。

 やがて揺れが収まると、今度は巨大な黒い物体が空から降ってきた。

 その物体は地面を抉り、花を巻き上げながら地面を滑るようにして着陸すると、巨大な唸り声をあげながらその場に立ち上がる。


 黒光りする鱗に覆われた巨体、大きく広げられた二枚の翼が激しく揺れる。

 鋭い爪は地面を抉り、空を見上げるその姿はまさに、伝説上のあの生き物だった。


 「ドラゴンか……!」


 「ニーズヘッグ、そんな慌ててどうしたんですか?」


 ミズガルズのその問いに、目の前のニーズヘッグと呼ばれたドラゴンが振り向く。

 すると、ドラゴンのものらしき太い声が辺りに響き渡った。


 「なんだミズガルズ!まだその人間を送っていなかったのか!」


 「今送ろうとしてましたー!あなたの揺れで中断しちゃったんですー!何ですかさっきの揺れは!」


 ニーズヘッグが怒鳴るが、ミズガルズも負けじと言い返す。

 どうやら両者は知り合いの様だ。

 ニーズヘッグは一度引くように鼻を鳴らすと空を睨む。


 「ここがバレた。ここはもう安全じゃねぇ」


 「バレたって、誰に?!」


 「ネプチューンだ!それも1人じゃねぇ、自分とこの軍勢を引き連れてきやがってる。海竜も10体はいる。俺が時間を稼ぐが、持っても最大5分だ!それ以上は粘れねぇ!その間にお前はそいつをミメーシスに送って、お前も逃げろ!あと、さっきミメーシスを覗いた時に、あの2人がスライムの森に行くのが見えた。飛ばすならそこがいいだろう」


 「分かった、スライムの森ね!」


 「よし。じゃあ急げよ!」


 ニーズヘッグはそう言い放つと激しく翼を羽ばたかせ、一気に飛び上がり空の青の中へと消えていった。

 

 一瞬の出来事に唖然としていると、俺の足元に再び光の円が浮かび上がる。


 「では気を取り直して、貴方をミメーシスのスライムの森に送ります。当初の予定とは違いますが、スライムの森は死ぬ恐れがあるような魔物は住んでいないので、そこは安心してください」


 「いや、急に魔物と戦えないんですが?こういうのって街とかじゃないと?!」


 「……」


 「なんか言えさ!」


 俺が訴えるもミズガルズからの返事はなく、俺の身体は無慈悲にも異世界へと飛ばされるのだった。

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