第5話 初体験

 Aちゃんとお兄ちゃんはしばらく裸で布団の中にいた。肌の感触が生々しく滑らかだった。Aちゃんは初めてだったから、頭がぼんやりして何も考えられなかった。

 でも、お兄ちゃんは全然優しくなくて、偉そうだった。


「お母さん。まだかな?」

 Aちゃんは言った。

 お母さんにそんなところを見られるわけにいかなかった、というのもある。


「あ、忘れてた。

 お母さん、一階の物置にいるよ」

「え?」


 嫌な予感がした。


「お前が帰ってくる前に殺しといた」


「え?」

「2人きりになりたかったから」


 うそ・・・お母さん。

 Aちゃんはお母さんが亡くなってしまったから、悲しくて泣いた。


「お前のせいで、俺はよそにやられたんだ。これから体で返してもらうからな。これからは、2人で暮らすんだ」


 お兄ちゃんはまるでお父さんのように言った。


◇◇◇


 この話を読んでおかしいと思うだろう。

 お父さんは?

 ずっと、子どもだけで暮らすなんて無理。

 近所の人や学校の先生が気付くだろう。

 本当の話だったら、この後、お兄ちゃんは警察に捕まって、Aちゃんはお父さんと暮らすだろう。


 がっかりするかもしれないけど、実はこれは夢の話。


 お兄ちゃんは、コマ切れに、度々、Aちゃんの夢に出てきた。


「私、お兄ちゃんいないよね?」


 Aちゃんは何度もお母さんに尋ねた。


「いないよ」


 お父さんもお母さんも言う。


 でも、Aちゃんはそれが完全に夢だとは思えなかったそうだ。お兄ちゃんの一部がAちゃんの体に入ってくるのが、現実みたいにリアルだったからだ。


 Aちゃんはどちらが夢なのか、現実なのかわからなくなってしまった。

 お兄ちゃんがいないのが、あるべき世界なのか、それとも夢なのか・・・確信がなくなってしまった。


 いつも、家に帰ると玄関に靴があるか確認する。

 いないとほっとする。

 でも、リビングに入るまではまだ怖い・・・。

 兄がソファーに寝ているかもしれないから。


 もう、Aちゃんは50くらいだけど、

 今でも時々、お兄ちゃんが夢に出てくるらしい。大人になった姿で。

 毛深く男臭くなって、夜だけ出ている。


 俺の推測だけど、夢の中のお兄さんというのは、実はお父さんなんじゃないだろうか。夢の中にはほとんど現れないお父さん。家の中に唯一いる男。


 現実に起きている刺激が、短い夢を見せる。

 その瞬間、夢の中で、お父さんが見知らぬ兄にすり替わってしまったんじゃないか・・・

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知らない兄 連喜 @toushikibu

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