イケメンが寄ってくるけど、全然好みじゃないんです!

刀綱一實

第1話

「桜子さん、好きです。付き合って下さい」

「残念ですがお断りします」

「どうしてなんですか……」


 あなたがイケメンだからです。そう素直に答えてしまいそうになって、私はあわてて口をつぐんだ。


「あえて言うなら性格の不一致、です。心配しなくても、浜野さんならすぐに新しい女性と巡り会えますよ!」


 私は明るく言ってみたが、目の前の彼の表情は曇るばかりだった。あー、フラれ慣れてないんだろうなー。普通この容姿じゃフラれんもんなー。


 モデルばりの切れ長の目に綺麗な鼻筋、大きすぎない上品な口。けちのつけようがない顔面をしている上に、髪も清潔で服装のセンスも悪くない。私の同僚たちが見たら、すぐに奪い合いが始まりそうなイケメンがそこにいた。


 でも違う。ごめん、私のストライクゾーンにはかすりもしていない。私はもっとごっつくて顔が四角くって近寄りがたいような、そんなゴリラ系男子が大好物なのだ。胸毛はご褒美です。


「では!」


 呼び止められないように、私は今までデートしていた男性から足早に遠ざかる。駅まで辿り着いてから、マッチングアプリを立ち上げて自分のページに目をやった。ここで、自分の送った交際希望のメッセージに返事がきているか確認できるのだ。


「返事、なしかあ……」


 珍しく好みだった警察官と消防士からは、まだメッセージの返事が来ていない。職業柄忙しいということはあっても、一週間も返事が来ていなければさすがに望み薄だろう。


 そのかわり、望まない相手からのメッセージは大量にきていた。関西でよく言うシュッとした、という表現がふさわしい、細身で背の高い優男たちである。


「こういうんじゃないんだってば……」


 思わず呻き声が漏れる。何故だ。何故こうなる。


 自分なりに、好みのタイプに好かれるための努力はしてきた。マッチョはグラマーな女性が好きと聞いたから、精一杯胸が大きく見える服を買い、女っぽく見えるリップやチークの付け方も学んだ。


 しかしそれでも、好みのタイプからのメッセージは来ない。普段の私は寄せても上げてもどうにもならないぺったんこの胸、メイクもほとんどせず、服もTシャツにジーンズ・スニーカーの女らしさゼロスタイルだから、それが写真に出てしまっているのだろうか。


「あんたさー、そんな無理したって、付き合い始めたら続かないよ? 毎日ヒール履いて髪巻いてメイクするなんて、本当にできんの?」


 口の悪い女友達はそう言うが、私の根性をなめないでほしい。好みのタイプと本当につきあえるのなら、生活習慣くらいいくらでも変えてみせる。我慢強いことに関しては、昔から定評があるのだ。


「それにしても、何がこんなに線の細いイケメンを引き寄せるのかねえ……」


 プロフィールを読み返してみた。今の仕事、趣味、将来したいこと……あたりさわりのないことしか書いていない。何かきっかけがないと、あんなにイケメンばかり団子になって来ない気がする。


 私は思い直して、友人に片っ端から電話をかけてみた。誰かが、私のプロフィールを積極的に広めているのではないかと思ったのだ。おすすめしてくれるのは嬉しいのだが、その対象が好みではないと伝えなければならない。


 しかし、電話をかけた面子の反応は一様に冷ややかだった。


「最近忙しくて、そんな暇ないわよ」

「若い男なんてここ数ヶ月見てない」

「イケメン? 余ってるんならこっちに一人よこしなさい。すぐ。さあすぐ」


 最後の相手に至っては、無理矢理合コンをセッティングしようとしてきたので必死で逃げた。友人の仕業、というのが一番納得できたのだが……そういうことではなさそうだ。


 次に、母に電話をかけてみる。


「久しぶり……お父さん、今そこにいる?」

「いないわよ。安心してしゃべりなさい」

「最近はちょっと、機嫌直ったりした? 私に対してさ」


 そう聞くと、電話口の母の声が明らかに低くなった。


「全然。あれは、あんたが土下座でもしないと許さないわよ。……私も、それなりにとりなしてはいるんだけどね。頑固な人だから」


 私は電話を持ちながら天をあおいだ。家業を継げという父と大喧嘩して家を飛び出して一年。状況はまだ変わっていなかった。


「うん。わかってたからいい。絶対成功して帰って、びっくりさせてやるんだから」

「……やっぱりあなたたち親子ねえ。体だけは大事にして、しっかりやんなさい」


 母との電話で、少し心が楽になった。しかし、問題は解決していない。父が私を結婚させようと画策して、相手をよこしている可能性はなくなった。


「となると、やっぱり何か私が原因ってことよねえ……最近、何かやったっけ?」


 仕事の出来はそこそこ。ものすごくできないわけじゃないが、誰かを感動させるほどのものではない。あとは趣味でヨガをやっているが、そこは完全に女性ばかりの世界。友人とは相変わらず男の愚痴を言って酔いつぶれるだけでなんの進歩もない。


「あ、また飲み会の誘い」


 婚活がうまくいかなくて苛々していたので、私はその誘いに秒で乗った。


 駅前の居酒屋に集合し、まずはビールのタンブラーを確保して乾杯。最初の軽い近況報告の時はよかったのだが、徐々に酒が回ってくると各々の抱える闇が吹きだしてくる。


「この不況で、さんざん働かされたのにボーナスなしよ、なし。信じられない」

「うちなんかもともと手取り十五万だよ。給料については諦めたけど、上司のあの狒々ジジイだけはなんとかならないかな……」

「ジジイなんか褒めときゃ喜ぶんだから楽よ、楽。中年のお局ほど怖いものなんてこの世にないんだから」

「あ-、それもこれも、いい男がいないせいだ」

「ちょっといいなって思うと、絶対彼女がいるのよね-。しょうがないってわかってても、言い寄ってみたくなるなあ」


 だんだん話が恋愛寄りになってきたので、私は口をつぐんだ。出会いがない出会いがないと言う友人の前でイケメンのイの字だけでも出したらどうなるか、すでに知っている。


 いつ話の流れを変えようか。私が迷っていると、意図せず会話が途切れた。向かい合わせに座っていた友達がぽかんとした顔をして、私を見つめている。


「え、どうしたの? 私の顔に何かついてる?」

「あんたはどうでもいいの……」

「今、後ろをすっごいイケメンが通ったの!!」


 私は通路に背中を向けた席だったので気付かなかったが、いかにもさわやか好青年、といったイケメンが通り抜けたのだという。運良く見られた者は顔を上気させ、私と並んでいて見られなかった者は悔しがっている。


「どっち行ったの?」

「右の奥」


 見られなかった者は、連れだって様子を見に行ってしまった。トイレもない方向だし不自然だと思うのだが、完全に頭に血が昇っている。


「いいや、飲もう飲もう」


 見に行った者の様子はわからない。連絡先交換ができればそれでよし、できなかったらそこそこのところで引き上げてくるだろうと判断し、私と残った一人はビールを飲みまくった。


「うー……」


 程なくして、酔いが回ってくる。さすがにトイレに行きたくなって、私は席を立った。


「あへ? どっちだったっけ……」


 頭がぐるぐる回る。方向感覚がなくなってきて、トイレの場所に確信が持てなくなってきた。その時、視界の隅にちらっと知り合いの姿がうつった。


「あ、美歩~、聞きたいんらけどさ……」


 ふらふらと近づいていくと、友人たちは怪訝な顔をした。その顔の理由を聞く前に、妙に鋭敏になった耳に他の席の会話が飛び込んでくる。


「それにしても、雅人くんはほんとにかわいい顔してるわね……さ、もう一杯どうぞ」

「いえ、僕あんまりお酒強くないんで……」

「飲めるわよね? この前もそうだったじゃない」


 声の方向に目をやると、線の細い青年の困り果てた顔が見えた。確かに美形だ。涼やかな顔面に眼鏡がよく似合っている。ははあ、さっきみんなが騒いでいたのはこの青年か。


 その青年の膝の上に、ごつごつと節くれ立った女の手がのっている。肌の艶は失われているのに、赤いマニキュアの色だけがやたら派手だった。よく見ると、青年に五十はとうに越えているであろう女がしなだれかかっている。


「本当にごめんなさい……」

「んー、もう照れちゃってかわいい」

「三園さあん、うちの新入りいじめないでくださいよお」

「何言ってるのよ。普段経理で独り占めしてるくせに」


 どうやら、この席は会社の飲み会をやっているらしい。好き放題にやっている女に対して皆が及び腰なのは、彼女が一番の古株か、一番立場が上だからだろう。


 よくある話だ。しかしだからといって、腹が立たないわけではない。


「あー、ブスなセクハラババアが若い子いじめてるうー」


 私は酒で顔が赤くなっているのをいいことに、言いたいことをあけすけに言ってやった。全部酒のせいだ。


「まっ……」


 外部からいきなり言われて、さすがのババアもさっと身を引いた。青年の顔が明らかに安堵したものに変わる。


「ちょ、ちょっとそこのあんた! いきなり何よ!」

「だってえー、酒の強要も体のお触りも今時セクハラっしょ? まさか男がやるのはダメで、女がやるのはセーフとか言いませんよねえ。あ、どこの会社ですかあ?」


 失礼な若い女という立場にかこつけて、私は好きなように振る舞った。


「人に向かってブスとか言う女が、何を偉そうなこと言ってるの!」


 セクハラうんぬんには言い返せないものだから、ババアは別のところに噛みついてきた。論点そらしは、卑怯者がよくやる手段である。


「だってえ、さっき『かわいい顔』って言ってたじゃないですかあ。自分は他人の容姿に点数つけるのオッケーなくせに、人に裁定されるの嫌ってのはただのわがままっしょー。わかった? ブース」


 深く考えなくても、ぽんぽんと侮辱の言葉がわいてくる。酒の入った時のお前の口の悪さは特級、と友達に言われる理由がようやくわかった。


「気分が悪いわ! 帰る!」


 ババアはそう言って立ち上がったが、誰も引き止めようとはしなかった。誰かに引き止めてほしいのだろう、やたらのろのろと上着を羽織っているのが面白い。


「誰も引き止めてくれないんだから、さっさと帰んなよー。肉のついた背中が惨めだよー」


 私がトドメを刺すと、ババアは顔を真っ赤にして店を飛び出していった。


「ははは、正義は勝つう」

「すみません~ この子、酔うと口が悪くなって~」


 隣で沈黙していた友達が、ようやくフォローを入れてきた。今の今まで黙っていたということは、面白いから放置していたものと思われる。


「いやあ、いい薬ですよ。あの人、普段から色々ひどいから」

「高橋くん、せっかく部署を移動したのに、それでもつきまとわれてたもんね」


 話を聞くと、あのババア……三園は線の細いイケメンに目をつけて、仕事そっちのけでつきまとっていたのだそうだ。皆が見かねていたが、社長の親戚筋でなかなか強くも言えないらしい。


「いやあ、それでも言ってやればいいんすよ。今はいろんな相談場所もあるし、バレてやばくなるのは向こうの方なんだから」


 私が言うと、今まで固まっていた青年がようやく微笑んだ。


「ありがとうございます。僕もこれから、嫌なことは嫌だって言うようにします」

「そうだそうだ!」

「……困ったらうちの会社に転職していいんですよ~」


 盛り上がる会社の面々に混じって、出会いがないとぼやいていた友達がちゃっかり勧誘している。私は苦笑しながらそれを眺めていたが……ふと、既視感を感じた。


 今の今まで忘れていたが、なんだかこの光景にすごく見覚えがある気がする。昔、これと同じようなことをした気が……。


「ねえ」


 酔いが一気に引いた。傍らに佇む、一番付き合いの長い友人を捕まえて聞いてみた。


「もしかして、私……前にも似たような感じでイケメン助けた?」

「うん。あんた、その後にもビールしこたま飲んで忘れてたみたいだけど」


 まさか。まさか、私にイケメンが寄ってくるようになった理由って……。


 私は血の気が引くのを感じつつ、イケメンに近寄って、マッチングアプリを見せてみた。


「もしかして、この写真の中に知り合いいたりしない……?」

「あ、この人は社会人サークルの先輩ですよ。この人も、誘ってもらったパーティーで会ったことがあるなあ……」


 恐ろしいことに、さっと見せただけでも知り合いが二人もいた。もう間違いない。助けたイケメンの誰かが私のことを周りに広めた結果、マッチングアプリでやたら接触されているのだ。類は友を呼ぶというが、イケメンがこんなにお互いつながりあっているとは知らなかった。


「……そういうわけだったの」

「いやー、世の中狭いねえ」

「あんた!! 絶対分かってて黙ってたでしょ!!」

「自分で気付くかなあと思ってたんだけどね。いやあ、面白かったー」


 私は深くため息をついた。今日の話がイケメンの中で広がったら、また妙なことになりそうだ。そう思いながら、せめてもの抵抗としてマッチングアプリをアンインストールした。



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