錬金術師の被検体4

「成程。それがお前の答えか須戯元?」


「ええ、これが拙者の———いや、拙者達の一つの答えでござる」


 光が収まると彼の手には一丁の拳銃が握られていた。

 外観はコバルトブルーのオートマチックハンドガン。サイズや見た目は何の変哲もないものだった。

 『兵器』というには頼りない見た目。


 しかし見過ごせない点が一つ。

 それはハンドガンから放たれる濃密な魔力。カード形態時よりも明らかに増えている内包魔力は、おおよそ並みの《術師》が一度に保有しておくことができる量の魔力量であった。

 

 それが意味することは一つ。魔力と兵器の融合武装。

 アンチ術師キャスター》の為に作り上げた兵器に《術師》の能力を使う。それはアンチ術師キャスター》用としてはとても理に適っている。

 が、これは所謂———。


「それ、本末転倒ってやつじゃないか?」


「何おっしゃるか伽神殿! 良い箇所は進んで取り込む。何ものにも捕らわれない発想こそが兵器開発の基本でござるよ」


「物は言いようだな……」


「まあ、威力はとくと味わってみるでござるよ、その身で」


 そう言うと須戯元はそのコバルトブルーの拳銃の銃口をこちらに向けた。流石は兵器の開発と扱いに長けた兵器研究部と言った所か。拳銃を構える彼の姿は堂に入っていた。

 

「魔力運用型現代兵装、《機械仕掛けの神秘エクスマキナ》シリーズ。押して参る!」


 その指先が引き金に掛かる。


「【九字切】」


 俺は反射的に戦闘態勢に移行していた。

 両手を体の前で交差するように振るう。左手の五本と右手の人差し指から小指までの四本の指先に纏わりついていた赤い光が尾を引いて、前方に赤い格子が発生する。

 

 『九字護身法』。

 臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前の九字の呪文と九種類の印によって除災戦勝等を祈る作法。

 それを改造し、簡略化したもの。

 詠唱や神への信仰等の部分を排除し、張った格子の内と外を隔てる結界術式の一種。少ない手順で展開可能な術式であり俺がよく使っている術式であった。

 発動工程の割には対物理、対魔力、対霊力に優れており。十二・七ミリ弾の対物理スナイパーライフルでさえ一発耐えるという代物だった。

 

(ハンドガン相手なら何発撃たれても問題は無い)


 それがその時の俺の結論。

 万全を期して結界からは二歩下がり、両手の指の間には符を挟んで保持する。 

 油断はしていなかった。

 寧ろ最大限の注意は払っていたつもりだった。

 

 けれど何処か心の奥で軽く見ていたのかもしれない。

 頭の片隅に欠片程度の驕りがあったのかもしれない。




「【目覚めよ神秘リブート】」


 再度の詠唱。

 同時に上がるのはキュイーンという甲高い吸気音の様な音。

 それは史上初の魔力と兵器の共生体。その産声であった。


 コバルトブルーの銃身に奔る、さらに青い線。それが淡く光を帯びる。一定周期で光の明度が移り変わるそれは生き物の鼓動にも呼吸にも思えた。

 どうゆう原理か、銃の纏う魔力がさらに膨れ上がる。

 そして展開されたのは七つの魔術陣マギアサークル。一つは銃の本体に重なる様に展開され、銃口からこちらに向けて六つが直線的に並び、魔術陣による仮想の砲身バレルが出来上がる。


「ッツ!」


 マズイ。

 その時になって俺は自分の迂闊さに気付く。

 彼の銃を見て内包する魔力を測り切り、それの底を見たつもりだった。

 だがあの銃は最初のカード形態から銃形態に変わった際にも内包する魔力は上がっていた。ならばまだ魔力が上がっても何ら不思議は無い。

 

 展開された魔術式は銃本体に《衝撃緩和》の術式。

 銃口から近い順に《雷属性》の術式が三つと《貫通》一つ、《速度強化》が一つ、最後に《回転》が一つ。

 どれも初級に分類される簡単な魔術。だが込められた魔力が尋常では無かった。


 術式のラインナップを見るだけでも確実にこちらを殺すつもりの一撃だという事は容易に理解できる。


 コンセプトは『片手に持てるワンハンド戦略級の電磁砲レールガン』か?

 アニメと漫画の読みすぎだろ。悪い冗談はやめてくれ……。


「シッ」


 右手の符を全て放つ。追加で展開された結界が五枚、それぞれが《威力減衰》や《速度減衰》を込めた特注の結界。止めるというよりは勢いを削ぐためのもの。本命の為の準備といった意味が強いものであった。

 

 次いで持った符ごと左手を地面に叩きつける。


「【我、呼ビ命ズ、起キロ地ノ巨人、大地ノ主ダイダラ】!」


 声に応じて符に刻まれた文字と紋様がコンクリートに広がった。

 紋様と文字が一度大きく発光すると、突如としてコンクリートが隆起し歪な人の形をとる。コンクリートと鉄筋で出来た即席の式神。

 それは和希が口にした単語詠唱ワードの内容通りの山起こしの巨人ダイダラボッチの様であった。

 サイズは二十メートルと伝承に比べると幾らか縮小化ダウンサイジングしてはあったが式神としての強度は万全。和希が今持ちうる『盾』の中では最硬の手札であった。

 

「……ッスぅ」


 それでも尚収まらぬ悪寒。

 和希の実家は京都にある陰陽師の名家であり、神々からの信託を受ける巫女の家系でもあった。

 和希の双子の妹には巫女の適性が備わっていたが男児である和希に巫女の適性は無い。

 しかし巫女の血筋の副次的な能力である、災いから身を遠ざけるとも言うべき危機察知能力は和希にも正しく備わっており、和希はその第六感とも言うべき悪寒に従い真横に跳躍した。




 音は、無かった。

 只、気付くと己の隣に『道』が出来ていた。

 帯電する半円球場にくり抜かれた道は背後の壁に到達し、鉄筋コンクリート(耐魔力付与済)の壁に大きなクレーターが出来ていた。

 限界まで見開かれる眼。

 次いで襲ったのは凄まじいほどの衝撃波と轟音。


「ッツ!」


 衝撃によって吹き飛ばされる全身を空中で躍らせ、無理矢理にバランスを取り直す。

 左手で一回、右手で一回、左足で一回地面を蹴り、合計三度のバク転を披露すると袖から新たに取り出した《符》を飛ばし、呉羽の隣に座標転移した。


「なんすか、あれ!?」


 須戯元の背後に立っていた呉羽の隣に来たため、被害の全容が見えてしまった。

 何かが焦げたような異臭が部屋全体を埋め尽くす。おそらくは焼けたコンクリートと大気の匂いだろう。


「見れば分かるだろ後輩。電磁気力に基づく投射様式兵器『レールガン』だよ。まあ、魔術で少し強化してあるが」


 当の光景を生み出した片棒を担いでるにも関わらず、少女は何を当たり前の事をといった様子で俺の顔を見た。


「んなこと分かってますよ……。俺が聞きたいのは! 何で九ミリ口径のハンドガンから放たれた弾丸が燃え尽きる事無く向こう側の壁突き破ってんですかってこと、物理的に無理でしょ!? 初期の【雷魔術】とはいえ《帯電》三つで作った磁場ですよ一体速度幾つ出てるんですか、スピード違反ですよ!?」


「落ち着け後輩。この学園に速度違反の法律は無いし、校則でも学内におけるレールガンの射出は禁止されていない」


「誰が校内でレールガンぶっ放す何て予想できますか!?」


 俺は未だこちらを振り返らない須戯元の前に広がる惨状を指さした。

 それは正しく惨状と呼ぶべき地獄。

 半円球場に抉られた帯電する道。

 その先にあった筈の多重展開された結界は薄氷の如く砕け散り、国起こしの名を冠した地の巨人は下半身を残し消し飛んでいた。もしあそこから退避するのが遅れてたら間違いなく死んでいただろう。

 そしてその先の壁に刻まれた巨大なクレーター、その中心からは外の海水が地下室に入り込んでいた。

 

「先輩。この地下室のコンクリート壁厚さいくつですか……?」


「いろいろと術式を付与し……外の水圧を考えた上で。———十五メートル程だな」


「それを貫通しかけてるんですよね俺の自慢の障壁と式神をぶっ壊した上で。———あのまさかとは思うんですけど射出された弾丸の材質は?」


「コアは鉛だ」


FMJフルメタルジャケット弾ですよね。何コーティングしてあるんですか?」


「…………魔鋼鉄アダマンタイト


「よし、言いつけます。俺ここから生きて帰ったら副部長に言いつけますね」


「辞めてくれ後輩。変な死亡フラグと共に私を実刑台に引き摺って行こうとしないでくれ。あくまでコーティング分だけだ大した量じゃないから」


「あんた金庫扉の余罪があるの忘れんなよ」


「後輩、『先輩に対して礼儀正しいキャラ』が壊れかけてるぞ」


「おっと、マズイ。あまりにも先輩がどうしようもない所為で猫が剝がれかけてしまった」


「気を付けたまえよ全く」


「ホントですよ」


「「ハッハッハッ」」


 全く笑っていない眼をした二人は同時に笑う。


「「「……」」」


 そしてさらに後方にいた兵器研究部の三人は、そんな訳の分からない光景を見せつけられ押し黙る。

 彼らの会話に割り込み何かしらの矛先がこちらに向くことを恐れたために、沈黙しか選択肢は残されていなかったのだ。

 只このやり取りを見ていた彼等三人が理解できたのは———実はこの二人メチャクチャ仲が良いのでは(?)という事だけであった。

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こんな学校生活送ってみたい人生でした! ~『異能力モノ終盤のインフレ仕切った能力者達で学園コメディしたらイイ感じになるんじゃね?』という事で書いてみた~ 玖虞璃 @kuguri

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