錬金術師の被検体3
「———で、今度は何作ったんだ須戯元?」
俺は囚われていた両手を組み天井に向けて伸ばしながら、左右に傾ける。一定の体勢で固定されていた所為で凝り固まっていた肩や腰からパキパキと骨の鳴る音がした。
今居るのは先程の金庫扉の中だった。ラボからここまでを繋いでいた通路とは違い部屋の隅々まで白色の蛍光灯で照らされていた。
部屋には障害物らしき物は特に無く。広さは縦、横、が三百メートル、高さ五十メートル程の清潔感のある部屋だった。
流石に壁全体が魔鋼鉄製という事は無く、鉄筋コンクリートで出来ているらしい。
まあ、そもそも今居るのは地下深くなので、校内施設に被害はいかないと思われるが。
そしてそんな部屋に俺と呉羽先輩、須戯元と白衣を着た研究者っぽい兵研部員三人が揃っていた。
「ああ、これでござるよ」
そういって彼が制服のポケットから取り出したのは一枚のカードだった。
「?」
ただそのカードの材質は紙や一般的にクレジットカードで使用されている
表面は金属特融の光沢を纏ったそれであり、カード自体の表面にも不可思議な紋様が刻印されている。
「それが今回の新型か?」
「いかにも」
須戯元の顔が意地悪い笑みを浮かべる。
俺が困惑している事を理解し、その上で面白がっているのだろう。誠に性格が悪い男である。
「……」
少しだけイラついたので真面目に
(材質は間違いなく《
カードの表面中央の円形の刻印からカード全体に広がっている細い刻印。それは張り巡らされる根の様であった。
一見無作為に広がっている様に見えるが、よく見ると法則性を持って規則正しく広がっている。
(……いろいろと大雑把で呪術的な側面が強い古代の錬金術式よいうよりも、科学的な電子回路に近い現代の錬金術式に見えるな)
さてここまでの要素は全て【錬金術】である。錬金術というのは科学の前身と言われてはいるが何処まで行ってもあくまで
付け加えて今回俺を呼びつけたのは
このままでは
そう今回はあくまで物質の生成、変形と術式の付与、刻印に長けた【錬金術】と物理的な破壊力と扱いの利便性に長けた現代兵器の合作。
加えて立案者が
(———まあ、大方予想はつく)
「
「ご明察でござる」
須戯元の笑みがより一層深いものに変わった。眼は爛々と輝きその瞳孔は開き切っていた。
『狂気』。そんな言葉が俺の脳裏を過る。
つい最近同じ目をした者を見たことを思い出す。
「伽神殿。現在、《術師》の適性を持つ者と持たぬ者の世界人口比率をご存じか?」
「一万人に一人とかだったか?」
実数値0.0001パーセント。
確率で言えば現在地球上に存在している《術師》は七十七万人程となる。これが多いか少ないかは人によるだろう。
ここで前回の術師解説の追加説明を行わせて頂こう。
《術理》を扱う《術師》というのは誰にでもなれるものでは無く、適正のあるものにしかなれないものである。
というのも前にも話した通り《術理》の発動にはまず大前提として発動させるための燃料である《魔力》や《霊力》が必要で、それを生み出すためには《炉》というものが必要になってくる。
この《炉》というのは《魔力》や《霊力》を生み出すための専用の器官であり、《術師》は必ず肉体の何処かにこの《炉》というものを備えているのだ。
俺の場合は《霊力》を生成する《霊力炉》と《魔力》を生み出す《魔力炉》の二つを保有している。
そしてこれが須戯元の言う所の《術師》としての適性の話であった。
「よくご存じで。———ならば戦争における《術師》の戦闘能力はご存じか?」
「……」
実に兵器研究部らしい質問だった。
彼等の作る物が兵器であり、兵器とは戦争によって輝く物である故の問い。
つまるところ彼は戦争の中心になっているのが《術師》であるというのが気に喰わなかったのだ。
彼等は校内においては正式に部活として活動している。
学園から部費を貰い、彼らの部活内容である兵器の研究、開発を行う。
完全新型の兵器開発から、既存の兵器の改造。その活動は多岐に渡っている。
その技術はというと学園外のあらゆる国を疾うに凌駕し、唯一無二と言わしめるものであった。
———さて、では素朴な疑問だが。その彼等が手ずから開発、製作した兵器は何処に行くのだろうか?
彼等はあくまで学生であり兵士では無いため、兵器を作っても魔物や校舎に撃ち込むしか使い道が無い。
一様だが彼等は校内に自前の倉庫を保有している。安全性の為大抵が地下に埋まっているが。他の部よりは収納スペースは優遇されている部類だろう。
しかしそれでも限度がある。ここはあくまで学園であり、敷地は限られたものしか存在しない。そんな事情があるにも関わらず兵器研究部の連中は欲望のままに兵器の建造を行ってしまったのだ。
やがて敷地内の倉庫全てが隙間なく埋め尽くされた。当然の帰結である。
このままでは兵器を作っても野ざらしになってしまう。
収まり切らなくなった兵器を前に、現在の兵器研究部部長は『三日三晩自作兵器に頬ずり』しながら考え、ある答えに辿り着いた。
それが平和的ならどれ程良かった事か……。
例えばの話。作った兵器を解体し、次の兵器開発の材料に使う等。
対策案は色々あった筈だ。そうすれば材料費も多少は浮くし、倉庫の容量も空く。正に一石二鳥。
しかし彼はその考えに至らず……というか寧ろ飛び越え。
『ああ、
———結果から言えばその商売は大成功『した』。……いや、『してしまった』。
売り上げの一部を生徒会に収めることで生徒会は兵器の学園外への販売を許可したのだ。
納税や法律関連はどうなってんだ? とは思う事だろうが。そもそもの話、うちの学園は日本という国の内部に存在しているが、日本という国に所属している訳ではない、文字通りの治外法権なのだ。
自由というよりは無法。校則は存在するが法律は存在しないのが我が条穂供学園であった。
そうして兵器研究部は
日本の自衛隊から各国の軍事関連組織。流石にテロリストや反社会組織には売ってはいないがそれでも資産量で言えば校内組織において五本の指に入る事だろう。
そしてそんな事をしていたせいだろうか条穂供学園の兵器研究部という名は学園外に知れ渡り、やがてとある名で呼ばれるようになった。
曰く『
「———《術師》一人で戦況がひっくり返る事などザラでござる」
目の前にいる一人の楽園の商人は爛々と輝く瞳を閉じると、両手を肩の高さで掲げ首を横に振る。現状の戦争事情を憐れみ嘲るように彼の口は嗤っている。
「現代の戦争において戦闘力とは即ち《術師》の数であり。いかに優れた術者を揃えられるかに依存しているでござる。———全く。いつまでこんな事を続けるのでしょうな伽神殿」
左目だけ開きこちらを見つめる彼の瞳。黒い眼の中に潜むどす黒い何かがこちらを覗く。
「【
須戯元理久は《炉》を持っていない。つまりそれは彼が《術理》を扱えない事を意味している。
しかし彼の言葉と同時に彼の手に持ったカードが青く光り始めた。放たれたそれは間違いなく魔力の光だった。
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