錬金術師の被検体2
「すいません先輩……、俺は今何処へ連れて行かれているのでしょうか?」
ガリガリと金属とコンクリートが擦れる音が薄暗い通路を反響していた。薄ぼんやりとしか光っていない蛍光灯が照らす通路は冷たい印象を感じさせ、春先にも関わらず少々肌寒さすら覚えた。
「安心しろ後輩、少なくとも地獄ではない」
頭上から帰ってきた声は眠たげで、俺の言葉に関して興味が無いように感じさせるが、それはこの人の通常時における喋り方であるため気にはならなかった。
「ホントですか?」
「ああ、ホントだとも。私がお前に嘘を吐いたことがことがあるか?」
「はい、その所為で俺は何度も死にかけていますが……」
「……」
眠たげな声の主であるアッシュブロンドの少女は、その手に持った錆色の鎖を肩に掛け直すと、心外だと言わんばかりの不服そうな眼で肩越しに俺の顔を見た。
俺は事実を口にしただけであり何一つ間違っていない。
だからこそ俺は両手両足を錆色の十字架に囚われながらも、肩を竦め反論の意志を示していた。
「……はあ、まあいい」
アッシュブロンドの少女———呉羽は鎖に繋がれた十字架に囚われた俺を再度一瞥すると溜息を一つ吐き、視線を依然進む通路の先へと戻した。
「えぇ……」
やがて辿り着いたのは扉の前だった。
周囲のコンクリートとは打って変わり純白の金庫扉。
明らかに周囲の環境から浮いて見えるそれは、おそらく白く塗装してあるだけで材質は魔力や霊力に対して高い耐性を持つ《
一番低い等級の
「ふっふっふ、凄いでござろう伽神殿。
「あぁ、ですよね」
俺の感覚は正しく、目の前の金庫扉は魔銀鉄よりも上の等級の《
直径は目算で約三メートル、厚さは大体一メートル半程だとして重さは四十トンは優に超えるだろう。
(となると、一体この扉だけでいくらになるんだ? ———あ、まさか)
「先輩」
俺は目の前の金庫扉から視線を呉羽に向ける。
「なんだね後輩」
「これ、まさか先輩が———」
「皆まで言うな後輩、世の中には口に出さない方が良い事もあるんだ」
そう言うと呉羽はゆっくりと視線を俺から金庫扉に向けた。その瞳は何処か遠い眼をしていた。まず間違いなく確信犯だろう。
「いや、先輩。確か【
「分かっている後輩。……分かってはいたんだ! ただ私の中のリトル呉羽が———『ワクワク』が『ロマン』が抑えきれなかったんだよ後輩! 分かるだろう?」
彼女にしては珍しく声を荒げ、気持ちの籠った言葉を以て力説していた。
『リトル呉羽』とか言う訳の分からない下りはさておき、ロマンを追い求める姿勢は俺も人の事は言えない。
ただ今回の問題はロマンを追い求めるスタンスの話ではなく、彼女が【零=無限】を金庫扉の制作に使用した事だった。
【
その能力の概要を簡単に表すと『無から有』を生み出すといったものであった。
本来の【錬金術】の基本であり基盤である『等価交換』の法則を無視した異端的な異能。
彼女はその能力を以て世界に存在するあらゆる物質を生成する事が可能だった。
「副部長に言っときますね」
「ぁあ、ちょ、ちょっと待って後輩。脅迫は良くないよぉ。話し合いで解決しよう。だから一旦その袖から出した通信用の符をしまおう」
「……」
しかし何でも生み出せる彼女の異能にも問題が存在していた。
彼女自身に直接的な影響が出るわけではないのだが、彼女が無作為に様々な物質を生成するとその生成した物質の『価値』が下がってしまうのだ。
この文における『価値』というのは『値段』的な意味ではなく存在する希少度———『存在価値』を指す。
先程も言ったが【錬金術】というのは大原則として『等価交換』を基盤として対価と
そしてこの錬成において注ぎ込む魔力や霊力はその錬成する物質の『存在価値』に依存するらしく。
込める魔力や霊力の塩梅はとても緻密であり、それこそスポイトや薬さじを使って様々な薬品を一滴一匙慎重に調合する様なものらしい。
そんな【錬金術】であるため彼女の【零=無限】は錬金術師からすればある意味で迷惑極まりないものだろう。
何故なら彼女の【零=無限】は何の見返りも無く望んだ物質が生み出せてしまう為、生み出しただけ生み出した物の『存在価値』を下げてしまうのだから。
考えてみて欲しい。
作る度にレシピ内容が変わる薬なんてものを。
そんなもの恐ろしくて人に処方できたものでは無い。
そんなこんなで彼女の【零=無限】は緊急時以外での使用はその発動規模によって副部長に禁止されていた。
そして今回の使用によって生み出された魔鋼鉄の規模を考えた結果。
彼女の所属する部活———錬金術部の副部長への報告義務が俺にはあった。
何かと無茶苦茶な呉羽のお目付け役である副部長から、直々に彼女の監視を頼まれている為である。
まあ、正式な《
「じゃあ取り敢えず、対等じゃないんでこれ解いてもらっていいですか?」
だからこそ俺はそれをダシにして彼女に交渉を持ちかけた。
「……逃げない?」
「逃げません」
「ホントに?」
「俺、そんな信用無いですか?」
「だってお前、息するように嘘吐くじゃないか」
その言葉に対し今度は俺が、遠い眼を天井に向けた。
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