錬金術師の被検体1
「……ったく、何の用だよ」
俺は携帯の画面を見ながら校内を歩いていた。
本来は褒められた行為ではない歩きスマホであったが和希の場合、常に張っている領域探知の術理によって、周囲の状況は把握している。
よって不注意によって人にぶつかる心配は無かった。まあ、だからと言って『歩きスマホ』をしていいかと言われれば答えはノーなのだが。
「えーと、この辺だったかな」
周囲にある建造物を見回す。
俺の視線の先、辺りに広がっているのは複雑奇怪な建物の数々。
現代の高層ビルのようなガラス張りの建物もあれば、ロンドンの時計塔そっくりの石塔が立っていたりと時代と世界観がぐちゃぐちゃな
「……相変わらずだなぁ」
俺が現在いるのはいつもの部室ではなく、《第六区『
名前こそ《栄光の群塔》と大仰であるが、その実態は少し変わった部活の部室の集合体。
先日名前だけ出た《
「———おっと、ここだ」
俺は鉄筋コンクリートの建造物の前で足を止めた。
魔術部などの部室とは違いデザイン性の欠片も無い、コンクリートで固めた豆腐みたいな形の建物。窓も無く、周囲は金網で囲まれているそれは部室というよりは刑務所と言われる方がしっくりくる。
「うぅぅ」
威圧的な建物。訪れる者の足を自然と踏み止まらせるその建物に俺は嫌々入って行くのであった。
———一方その頃、ボランティア部部室では。
「あれ、今日和希いないの?」
「ああ、和希さんなら《栄光の群塔》の方に用事があると言っていましたよ」
「ありゃま、久しぶりに来たのにぃ
藍色の髪の少女と白髪の少女と黒と薄桃色のツートンカラーの髪の少女がソファに座って雑談をしていた。
「《栄光の群塔》? というと《
「さあ、そこまでは聞いていませんが《兵器研究部》の方に呼ばれたというのは聞きました」
「
「ひーちゃん、言いすぎぃ~☆」
「そうですよ、聖さん。いくらあの部活が今年に入って四度目の校舎破壊事件を起こしたからと言って、それは言いすぎです」
「……漣。アンタも実は私と似たような事考えてるでしょ?」
「はてさて、何の事でしょう」
■■■
「いやぁ、本当に助かったでござるよ。伽神殿」
「仕事だからな、本当はやりたく無かったけど」
「それについては誠に申し訳ない、最近は何故か他の部活から距離を取られていて、頼む相手が伽神殿しかいなかったのでござるよ」
「だろうな。いくら変わり者の多いうちの生徒でも校舎破壊しまくってる部活とは関わりたくないと思うし」
「誠に同感でござるな。アハハハハハッ!」
丸刈りの頭に縁の細い眼鏡をかけた少年の後に続いて、俺は階段を下りていた。
気持ちのいい笑い声が薄暗い階段をこだまする。
「さて、ここでござる」
それからしばらくして目的地に着いた。
兵器開発の為の工作機械やコンピューターが立ち並ぶ室内。その中を作業服を着た技術者や白衣を身に纏った研究者のような生徒達が忙しなく動き回っている。そこは地下の
前に来た時よりも明らかに人が増えていることからも部として発展はしているようだ。
「———で、用事ってなんだよ、
ポケットに手を突っ込みながら、丸刈りの少年———
「おお、これは失敬。拙者とした事が忘れておりました。コホン、えー、実はこの度、兵器研究部は《錬金術部》との共同開発を行いまして———」
「おい、ちょっと待て」
「どうしたでござるか伽神殿。そんな三日目の生ごみみたいな眼をして」
少々棘のある須戯元のセリフは今回見逃すとして。
今聞き捨てならない報告があったのだが。
「今お前何処の部活と共同研究したって言った」
「《
「……帰る」
俺は速やかに回れ右をすると、そのまま今下ってきた階段に向かって歩き出す。一刻も早くこの場から離れるために。
今彼が口にした《錬金術部》という名前はこの学校において《兵器研究部》よりも恐ろしい意味を持つ。
『集団』でヤバい兵器研究部と『個人』がヤバい錬金術部。俺はあの部活の恐ろしさを人一倍理解していた。
「え⁉ ちょっと待って下されぇ、今伽神殿に帰られては新作兵器の的になる方が居なくなってしまうのござるよぉ」
「おま⁉ 今『的』って言ったな⁉ あー、もう知らん。帰る。また校舎にでもぶっ放してろバーカ!」
それ以前の問題だった。
こいつはどうやら俺の事をモルモットか何かだと思っているようだな。ならもうコイツに容赦する必要は無い。
「ああぁ、後生でござるぅ伽神殿ぉ」
「うわっ、くっ付くな、離れろぉ。気持ち悪い!」
腰にへばり付く須戯元を力づくで引き剝がそうとするが、何気にコイツは力が強い。身体強化の術理を用いてもビクともしないのがいい証拠だ。
そんなこんなで男二人でくんずほぐれつの、一部の層にしか需要の無さそうなやり取りをしていると。
「———往生際が悪いぞ。後輩」
ラボの奥———俺の背後から声がした。
「———ッツ」
背筋が凍り付く。氷結系統の魔術等による肉体的な意味ではなく、あくまで比喩表現で。
「お、おい、須戯元」
俺は背後を確認せずに須戯元に問う。
「何でござるか?」
「今回の共同研究。
「いかにも」
ここまでは予想通り。問題はこの先。
「じゃあ、
「それは勿論、錬金術部の部長でござるが」
「………」
俺は背後を見た。
「久しぶりだね。後輩」
そこに立っていたのは茶色のローブの上に白衣という
気怠げで眠たげな雰囲気を漂わせる彼女は寝癖のついたアッシュブロンドの髪をかき上げながらこちらを見下ろしていた。
彼女こそが個人で『ヤバい』錬金術部部長、
「———ヒッ!」
彼女の姿を視認した後の行動は実に迅速だった。
袖から取り出した《符》を投擲、狙いは一番近くにいた作業服の生徒。
パチン。次いで指をはじく音が鳴ると。和希の身体と《符》の当たった生徒の位置が入れ替わる。
【忍術】における『変わり身の術』。
いや、この場合においては【
「【
しかし今の和希にとってそんな事はどうでも良かった。
足に浮かぶ渦巻く紋様。和希の身体が一陣の風となり、出口に向かって激走する。
「「「………」」」
呆気に取られる一同。その場にいた大半の人間には和希が何をしたのか理解できていなかった。
ただ一つ理解できたのは、
「はぁ、【
白衣の少女は少し呆れた様子で、その踵をコンクリートの床に打ち付ける。
電気回路が
「……! 速ッ」
規則正しい配列で十六本の緑黄色の線が床を走り、和希の足元で再び交わると。即座にそれらは『意味を成す』。
変化は一瞬。コンクリートであった筈の灰色の床が、光沢を持つ『金属』に変わる。そして和希の足に金属は足枷のように巻き付いた。
「なっ⁉」
変化はそれだけにとどまらず、足元の金属がさらに形を変え、出来上がったのは『十字架』であった。
「…………無実だ」
勿論、その十字架に囚われたのは逃亡犯の和希であった。
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