『最強』の弟子7

「アハッ」


 初ダメージ。自分の手で付けたその傷跡を歪んだ笑みを浮かべ見つめる。

 殺せる相手。斬れる物。今の自分でも害する事ができる存在。

 僕はそれを再確認した。


(それさえ分かれば十分。———次で決める)


 刃を納める。肩幅より広く開かれる足。腰を深く落とす。左手を鞘に右手を柄に。見据えるは奴の命一つ。


「GUOOOOOOON!」


 奴の咆哮で全てが揺れた。

 僕の意志が伝わったのか奴の戦意が目に見えて上がる。

 奴は僕の真似をするように足を広げ、前足を低くし、力を溜めるような姿勢をとる。


「「……」」 


 耳が痛くなるような沈黙。

 咆哮の余韻から一転。ルームの中から音という概念が消え失せた。


「スウゥゥ」


 僕は小さく息を吸う。

 ザリッ。

 足元で砂の擦れる音がした。


「GUROOOOON!」


 再びの咆哮と共に赤狼は大きく跳躍する。【転移】で逃げた僕を迎撃した時よりも高く、その跳躍はルームの天井に届いた。

 刹那。赤狼はその体を反転させた。した赤狼は足をバネのように縮め、再度力を溜めると、跳んだ。

 体を捻り回転を加え、攻撃に己の体重すら乗せる。紅蓮の螺旋刃ドリルと化した狼が降ってきた。


「……」


 対する僕はまだ動かない。ギリギリまで、引き付ける。

 弾丸より速く迫る赤い影に鼓動が早まる。


「———ッツ!」


 呼吸を止める。

 一瞬の脱力と力の再装填。頭の天辺から足先まで、余さず込める。


(今!)


 全身を躍動させる。足の踏み込み、上体の移動、刀を抜くまでの一連の動作を一つに纏める。ワンモーションごとの動きの継ぎ目をできる限り無くしコンパクトに。

 それは今日一番に体が動いた瞬間だった。


「【一刀花弁・迎え彼岸花cluster amaryllis】」 


 刀を振るう。咲き誇る花のように展開された術式は十個。魔術式の端同士が繋がり円環のように輪を作る。

 それは赤狼と逸希の間に現れた。

 今までの、赤狼を狙って放たれた術式それとは違う。

 術式が展開されたのは空中という逃げ場が無い場所。

 展開されたその輪に赤狼は突っ込むしかなかった。


 ———いや、例え逃げ場があったとしても赤狼は逃げなかっただろう。

 男同士の戦いにおいて、正面からの戦いで退くのは敗北に等しいのだから。

 だから赤狼のとった行動は単純。

 正面からの突破だった。

 展開された【転移】の術式が逸希の渾身の斬撃を増やし、転移させた。

 外から内へ収束する斬撃が全方位から襲い掛かる。

 赤狼はそれを己の黒爪をもって迎え撃つ。


「GUYAAAAAA!」


 一瞬の拮抗。舞い散る火花。

 技の由来である赤い花が宙に咲いた。

 肉の立つ音。ドサ。

 刀を振り抜いた体勢の逸希の隣に赤狼の首が落ちた。


「———フウゥ」


 残心。刃に着いた血を払う。


「ありがとうございました」


 逸希は物言わぬ死体に語り掛けた。

 脳裏に浮かぶ師匠の教えを守る。


『良いですか、逸希さん。自分が斬った者には最大限の『敬意』を払いなさい。例えそれが親仇であったとしても『礼』を尽くしなさい』


 技は見て覚えろ、が心情の師匠が珍しく僕に言い聞かせた言葉だった。


「———貴方のお陰で僕はまだ『強く』なれる」


 弔うように瞑目し、僕は呟く。

 カチン。鞘に刃を納める。それと同時に気持ちを静める。

 尖り、研磨されていたが穏やかなものへと還っていた。




「……勝っちゃったよ」


「勝ちましたね」


 俺は周囲に散っていた、死骸の山を片付けながら漣に話しかける。漣はさして驚いてない様子であった。それが当たり前であるかのような振る舞い。

 俺が見据える先では顔を血で濡らしながら、瞑目する少年が立っていた。


「まさか一週間前まで、刀の振り方すら知らなかった素人の子が、【狂狼タイラントウルフ】を一人で倒すとは……」


 彼が倒した赤い狼は、本来ならこの層よりも遥か下の階層に出没する魔獣であった。

 この辺に出没していた【大狼】を相手するのに『突撃銃アサルトライフルを装備している精鋭の軍兵一人』が必要だと換算するのなら。


 あの赤い狼———【狂狼】を相手するのなら戦車等の現代兵器ガン詰みの一小隊を引っ張ってこないといけない。それでも被害は甚大なものになるだろう。

 つまりはそういう事だ。

 今俺の目線の先で無邪気に笑いながら、こちらに手を振っている少年は『一軍』

に匹敵する人外の化け物。


「まあ、上々ですね———」


 そしてここに一人。それ以上の化け物がいた。

 うんうんと頷く白髪少女。

 彼女の背後にはが十三体分転がっていた。


「———次は全部相手してもらいましょう」


 【狂狼】は群れで行動する。最初の一体を逸希が相手しただけで、その後出てきた残りの相手をしたのはこの人であった。

 鎧袖一触。意に介さず。彼女の前では【狂狼】も子犬も変わらない。


「さあ、帰りますか。和希さん、素材の運搬お願いします」


「え⁉ 俺? これ全部⁉」


「何か問題でも? 一切働いてない和希さん」


「あ、はい。すいません。頑張って持ち帰ります」


 そうして俺は【狂狼】の死体十三頭分を死ぬ気で地上に持ち帰った。

 トホホ……。


 




 ■■■


 今回の結末……。


「結局さ、当初の目的だった『好きな女の子にいいとこ見せよう大作戦♪』はどうなったの?」


「ああ、そういえばそんな話もあったな」


「え、アンタ忘れてたの?」


「うん、何か途中から『強さ』を求める方が目的になってたから。全然気にしてなかったわ」


「逸希くんの方は?」


「アイツも……ほら」


 俺は窓の外を指さした。釣られて聖も外に視線を向ける。そこでは前と同じように漣と逸希が剣の修行を行っていた。ただし普通の空間で。

 あの後帰ってきて俺は【迷宮】探索で手に入った素材を倉庫に押し込むと、校舎裏に展開されていた亜空間を解体し、元の空間に戻しておいたのだ。




「……楽しそうね」


 外にいる逸希の顔は聖の言葉通りとても楽し気で、心の底から笑っているのが分かる。


「そうだろ」


 【迷宮】から帰って来てからずっとあの調子だ。放課後になるとこの部室を訪れ漣と剣の鍛錬の日々。最初にここに来た理由など忘れてしまったかのように逸希は剣にのめり込んでいった。まあ、本人がそれで良いなら俺達が口出しする必要はないんだけど。


「何か不満でもあるの?」


「いや、別に」


 聖の藍色の瞳が俺の瞳を射抜く。【千現瞳】を発動していないにも関わらず内心を見透かされそうな気になり、俺は彼女から視線を逸らした。


、なんでしょ?」


 時すでに遅し、とは正にこの事だな。

 俺は心の内に秘めていた事を正確に言い当てられ僅かに動揺する。


(———『心配』、か…)


 改めてその言葉を吟味する。果たして己が彼に抱いているのは本当に『心配』なのだろうか。

 今まで俺は彼と同じ『魅入り、魅入られた者』を見てきた。

 そしてその者達の大半が碌な結末を迎えなかった事も俺は知っている。


(……止めるべきだったかなぁ)


 逸希が漣の剣を初めて見た時。あの瞬間に多少強引にでも彼から剣を遠ざけるべきだったのかもしれない。まあ、今思った所で既に後の祭りなのだが。

 剣を手に持ってしまった今の彼からはもう剣を取り上げることはできないのだから。


「ま、大丈夫じゃない」


「相変わらず軽いな、お前は」


「それが私の取り柄ですからね」


 藍色の少女は左手でピースを作ると左目にかざし、ひと昔前のアイドルみたいなポーズをとる。


「———それに、私は少なくともアンタの言う『魅入られた者』? でも今も楽しそうにしている奴に心当たりがあるし」


「!」


 正直言って腹が立った。コイツが俺に気を使っている事にも、俺がコイツに気を使わせてしまっていることにも。


「まあ、結局。人生の選択権はその人生の持ち主にしか無いんだから。私たちがとやかく言う必要は無いのよ。それにあの子の師匠はあの刀沙花漣よ。例え逸希くんが多少道を外れたとしても師匠(漣)がどうにかしてくれるわよ」


「……はぁ、それもそうだな」


 少しだけ肩の荷が下りた気がした。

 彼女の言う事は正しい。俺達はあくまでボランティア部だ。子供に何かを教えるような教師や親とは違う。俺達が行うのは人達の手伝い。既に目的を持っている逸希から目的を取り上げるのは俺達の活動内容とは違ってくる。


「悪かったな、聖」


 俺は素直に礼を言った———。


「うげぇ」


 ———にも関わらず彼女はゲテモノを見るような眼を俺に向けてきた。


「何だよ。その眼は」


「い、いやぁ、アンタが私に真面目にお礼するなんて一年位見てなかったから…つい、ね」


 よし、シバこう。

 俺はしんみりしていた空気を外の春風と共に捨て去ると。袖から数枚の《符》を取り出した。


「ちょ、待って⁉」


 コンコン。


「「ん(へッ)?」」


 振りかぶった《符》を寸前で止める。

 ノックがされる音が聞こえた。振り返る俺と聖。

 鳴らされたのは勿論うちの部室の扉であった。


「「……」」


 俺と聖は一瞬目を合わせる。

 どちらが行くか。彼女の眼が俺に行けと訴えていた。

 俺は逸希の時と同じく、渋々扉に向かう。

 ガラガラ。開けた扉の先には一人の少女が立っていた。


「あ、あの……」


 逸希と同い年位の少女。その顔には見覚えがあった。


(確か【狂狼】に襲われていた子だったか)


「えーと、依頼ですか?」


「……はい、その気になる人がいまして」



 彼女はもじもじと両手をこすり合わせながら口にした。


「先日、危ない所を助けてくれた人なんですが」


「あぁ」


 彼女はそう言い、俺の背後の窓の外を見る。視線を追うように俺も再び背後を振り返る。

 そこから見える窓の外。そこには灰色の髪の少年。

 つまりはそういう事だった。




 ———はい。今回の話はこれで終わり。

『英雄に惚れた少女』の物語はまた別のお話。

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