『最強』の弟子6
「……こ、【
生徒達の避難を補助しながら、俺は今この瞬間に眼にした事象を口にした。
彼が抜刀する瞬間に展開された術式は空間系統の【
(座標の空間に対する『破壊』『破断』じゃない…。斬撃自体を『転移』させたのか?)
彼が使用していたのは曖昧な座標把握で行う事が出来る『
ただし『転移』させるものが人ではなく斬撃であるためリスクこそないが、周囲の空間ごとごっそり吹き飛ばす『空間破壊』などと比べると転移させた斬撃を当てるということは最早神業の域であった。
「しかも首。……ピンポイントかよ」
彼の周囲には現在進行形で首無しの死骸の山が出来上がっていく。
「生徒たちの避難終わりましたよ」
背後から声を掛けられたので、肩越しに確認する。そこには漣が立っていた。
「お前【魔術】なんて使えたか?」
俺の記憶が正しければ漣に魔術適正は無かったが。
「いえ、使えませんよ、なので魔術部の人を脅し———コホン、お願いして教えてもらいました」
「……おい」
何か物騒な単語を吐き出しかけた相方の顔をジトーと見つめる。
「……(フイッ)」
……あっ、眼を逸らした。確信犯だな、コイツ。
ああ、また今度魔術部の方々に謝りにいかないと……。
はぁ、ヤダなあ。俺あそこの部員に嫌われてるんだよな。
「———ていうか、逸希。【魔術】使えたんだな。しかもめちゃくちゃ腕良いし【魔術師】になれば良かったのに…」
胃痛の元を思考の隅に追いやりつつ、素直な感想を漏らす。
「それ。魔術部の部長にも言われましたよ。でも本人は
ほう、それは普通に凄いな。あの人も性格に問題はあるが【魔術】の腕は校内でも三本の指に入る。
あの人にそこまで言わせるとは。しかし、それを断ってまで剣士にこだわる、か。
「逸希にもきっと何かしら深い理由が———」
「剣士の方がモテそうだったからだそうです」
「浅はか⁉」
とんでもなく俗物的だった。性格こそ大人しい子なのに何であいつの思考回路はそんなにも欲望に忠実なんだ。
「でも、分からないな。何故【空間魔術】なんだ? しかも『転移』」
それは
純粋な火力を出すだけなら『破壊』『破断』の方が効率いいし、なんなら【空間】以外の魔術でもいい。
「……おそらくは私の真似でしょうね」
「真似?」
俺は胡乱気な眼で漣を見る。
「はい、さっきも言いましたが。彼はまだ私のように空間までは斬れませんから」
彼女は何処か呆れた様子で語る。しかしそれは出来の悪い弟子に失望したというよりも。いつも背後について回る手のかかる弟の愚痴を漏らす姉のように見えた。
「ああ、成程ね。足りないモノを【魔術】で代用してる訳か」
彼女の言葉で合点がいった。
確かに【空間魔術】なら漣の技の真似にはピッタリだな。
俺は空間魔術と漣の技を見比べる。
空間に斬撃を伝播させる【
任意の空間を切り裂き繋げる【
彼は漣の技を『自分』で解析し、『自分』に使える手札と手段で『自分』の技として再構築しなおしたのだ。
齢十二歳でこの領域。もしかしたら彼の才能は漣と遜色ないかもしれない。
「【一刀花弁・
漣の一閃が花開く。紙一重で躱した隙を突き【
本来なら届かない距離が『転移』によって補われる。【豚鬼】の腹を中心に内から外に向日葵の花びらのように八つの斬撃が展開した。
文字通り血の花が咲く。
「因みにあの技名を考えたのは?」
「っふん、私です」
「あ、そ」
確かに漣の好きそうな感じの技名だった。
■■■
(どれ位倒したかな?)
僕の思考にノイズが走る。常に目の前の魔獣に向け続けていた意識が内側に向けられた。
魔獣の討伐数は三十を超えた辺りで数えるのが馬鹿らしくなって辞めたが、あれから結構な時間が経っている気がする。
(———百は殺したかな)
戦闘とは関係の無い事に意識をさきながらも、自分の身体は眼の前の魔獣共を蹂躙していく。並列思考のようなもの。それは師匠との修行において身に着いたものの一つであった。
何十体目かの【大狼】の首を跳ねた時。
「ん?」
通路の奥。暗闇の底に赤い光が二つ浮かんでいた。
「GUGUYUU……」
初めて聞く唸り声が聞こえた。嗅いだことのない匂いだった。そして見たことない姿だった。
「UOOOOOOOON!」
大気が軋むような遠吠えがルームに轟く。全身の肌がビリビリと痺れ、無意識の内に足が震える。
それは堂々と通路の奥から現れた。
(【大狼】の上位種、かな?)
それの体毛はこちらを警戒するように、はたまた威嚇するように逆立っていた。
頭から鮮血を浴びたような深紅の体毛とルビーを思わせるような赤い瞳。大地を抉る爪は夜闇の漆黒だった。
(強いな)
怯える身体とは正反対に思考はあまりにもクリアで、淡々と相手と己の強さを推し量る。
五分。それが今の自分と相手を見比べた結果であった。強さだけなら同等の存在。
ただ問題は———。
「シッ」
神速の一閃。様子見とかではなく正真正銘、相手の命に狙いを定めた一太刀。
それが増えて三本。三方向から囲い込むように赤い狼に襲い掛かる。
見事にそれは地面に深く、傷を刻む。
「ッツ」
舌打ちをする余裕すらなかった。
人並み外れた己の五感が迫る現在の危機を知らせる。
「【
一瞬の浮遊感。視界に広がっていた光景がコマ落としで切り替わる。
僕は空中に上下逆転で浮かんでいた。
視線の先には自分が一瞬前まで立っていた場所。そこに刻まれた三本の爪痕。抉られた傷跡が己の斬痕よりも大きく深い事に少々の不満を持ちつつ、僕はそのすぐ横に佇む赤狼を見た。
奴が振り返り、ぶつかる視線。
「【一刀花弁・
放った技は、上下左右前後にタイミングまで全てがズレた十本の斬撃。
「GYAAAAA!」
対して赤狼は一度吠えるとその巨体を宙に踊らす。体を捻り、爪を振るう。
そして迫る、刃の悉くを払い落とした。
「えぇ……」
あまりに現実離れした光景に一瞬たじろぐ。
着地と同時に赤狼は再度跳躍。
「マズっ」
眼前に迫る黒い刃。【転移】は間に合わない。後先考えず空中に跳んだため足場は無い。
咄嗟に体の前に刃を構える。
ギャリンという硬質な音と肉が二度跳ねる音が辺りに響いた。
「カハッ!」
前者は刀と爪がぶつかった音。後者は僕の身体が天井に当たり、跳ね返って地面に叩きつけられた音。
地面に深々とクレーターを開け、僕はその中心に倒れていた。
強化の魔術を纏っていたにも関わらずこのダメージ…。骨折はして、いないよな。
「……ひ、【
不得意な治癒魔術。骨折以上は治せない欠陥品だったがそれでも無いよりはマシであった。
ドスンと大地を揺らし、着地した赤狼はこちらを見下ろす。
「GYUU……」
その程度か?
そう問われた気がした。赤狼は僕から少し距離をとり、こちらを睥睨する。
「ッツ!」
僕が立つのを奴は待っていた。
「GRUUUU」
それは威嚇では無かった。やっと巡り合った宿敵とも言える相手が期待外れで失望しているような、悲しき声。
「……!」
何故だろう。それを聞いた時身体に流れる血が沸き立った。崩れかけた戦意が蘇り、折れた足に力が戻る。
「ハッ」
掠れた笑いが口から洩れる。
(『また』だ。———この感覚)
思い起こされるのは一週間前のあの時。
どうしようもなく心が揺さぶられた。心の底からあれが欲しいと思った。『出来たら』じゃない『絶対』に欲しいと。
何の取り柄の無かった灰色の僕が、この学校に来て初めて抱いた感情。
『憧れ』なんて生ぬるいモノじゃない、魂からの『渇望』。
あの時に見つけたんだ。僕がこの学校に来た理由を。
(———そうだよ。僕はこんなところで負けるわけにはいかないんだ)
ふらつく足を鞭打ち、肋骨の刺さった肺で精一杯の空気を吸い込み、揺らぐ視界で奴を見つけた。
まだアイツは僕を見下ろしていた。
「GUU」
そして、立ち上がった僕を見ると満足そうに口元を歪ませる。
「ハハッ」
確か魔獣の中には人間並みの知性を持つ種族もいると師匠から聞いた事があるが、コイツがそうなのだろうか。
いや、今はそんなの関係ないか。
「GUGUUU」
「クヒヒッ」
『死』を前に、何故か僕らは笑っていた。
それが合図だった。
「GUGYAAA!」
赤い狼の黒い爪が大地を抉り、地を裂いた。攻撃ではない、それは只の踏み込み。赤狼は紅蓮の疾風と化し僕に迫る。
さっきの攻防で分かったことだが今の僕の五感では奴の動きを捉えきることは不可能だ。
「【
だから僕は一段階、感覚器官の精度を上げる。
元々人外の域であった五感を意識的に研ぎ澄まし、全てを開く。
視界が広がり、時の流れが緩やかに変わる。
辺りに散った死骸の血臭が強まり、遠く離れている筈の師匠と伽神先輩の呼吸音が聞こえてくる。
赤狼が揺らした大気の振動が僕の肌を叩く感覚すら感じる。
今の僕の全身全霊を持って迎え撃つ。
一歩前へ。赤狼の爪の間に体を滑り込ませ、黒爪に刃を沿わす。真正面からの力比べでは自分はコイツに敵わない。
故に、沿わした刃は攻撃をいなすために使う。力は最小限で、爪を弾こうとはしない。むしろ自分の身体を押しやるように遠ざける。
「シッ」
返す刀で狙うのは首。大体の生物は首を落とせば死ぬと教えてくれたのは師匠だった。
「GIIU!」
下から跳ね上がった僕の斬撃は、咄嗟に跳んだ赤狼に躱されてしまう。
再びお互いの間に隙間ができる。
場所が入れ替わり、睨み合う僕ら。数瞬前と同じ光景。
「……」
しかし、先程までとは状況が変わっていた。
「……GUU」
赤狼は小さく唸る。その首には浅く切り裂かれた跡が残っていた。対する僕の刀には彼の狼の毛色と同じ、深紅の液体が付着していた。
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