『最強』の弟子4

「GRUUUU!」


「おりゃあ!」


 少年が放った大上段からの斬り下ろしが飛び掛かって来ていた【大狼ウルフ】を真二つに分かつ。


「次!」


 気合の入った声と同時に次の得物に向かって少年は走っていった。

 現在は【迷宮】一層中心部に位置するドーム状の広場で魔獣との戦闘訓練を行っていた。

 生徒達は各々の得意武器を持ち果敢に魔獣に向かっていく。まだ怯えた様子の子もチラホラといるがしっかりと魔獣と向き合い、戦う辺りはしっかりと彼らも条穂供生していた。




(———さてと、俺は俺で仕事をこなしますか)


 背後に迫る敵影が三つ。

 振り返り様に袖から素早くカッターナイフを引き抜くとカチカチカチと刃を伸ばす。

 刃渡り十五センチという些か頼りがいの無い武器を片手に俺は既に爪を振り上げ、俺の胴体目掛けて突っ込んできた【大狼】の喉仏を掻っ捌く。


「GHIII……」


 短い断末魔と共に一匹の【大狼】が息絶え、それに動じた残り二匹に生まれる致命的な隙。


「【我、一陣ノ疾風、颶風ト名高キ韋駄天也ハヤアシ】」


 それを和希が見逃がす筈も無く。空いた右手に《符》を掴み、すかさず術式の引き金を引く。

 同時に足に浮かぶ暴風の如き捻じれた紋様。

 和希の身体が常人の域からはみ出し、加速する。


「シッ」


 小さく鋭い吐息。

 四メートルの距離を一足で近づき【大狼】の頭部を掌底一発で砕く。あっけにとられた三匹

 目の【大狼】にゆらりと接近すると流れるような蹴撃で顎を蹴り抜き、脳震盪によってふらついていた【大狼】の頭部にカッターナイフを止めとばかりに突き立てた。

 この間僅か五秒。


「……上出来かな?」


 俺は両手を閉じたり開いたりを繰り返す。今の感覚を確かめるように。

 久しぶりの魔獣との戦闘だったが問題は無さそうだな。

 俺は眼の前に続く通路の奥を見た。ぼんやりと松明の光によって照らされた通路に、魔獣の姿は確認できない。

 取り敢えずは今のが最後で、魔獣の供給は打ち止めみたいだな。

 滲んだ汗を拭い、カッターナイフに着いた赤い血を払う。


 俺が今立っているのはルームに続く四本の通路の一つ。もしもの際の緊急避難経路であった。

 俺達ボランティア部が任されたのは魔獣の間引き。生徒達で対処しきれる数以上の魔獣がルームに入り込まないように、俺達がそれぞれ一本ずつ通路を守っていた。


「疾ッ!」 


 漣も現在は通路から現れた魔獣を細切れにしている所だった。


「………はぁ」


 少々物足りなさそうにしている様子の彼女だが、まあ実力的にしょうがないか。

 この階層の魔獣は正直言って弱い。彼女にとって遊びにもならない位に。


(……ただ、だからと言って俺の式神まで斬るんじゃないよ漣)


 彼女は弱い相手との戦闘に飽きたのか、生徒の護衛の為にルームに放っていた俺の試作品の式神にまで手を出し始めていた。

 あー、また一つ壊された。折角の力作だったのに……とほほ。


「チッ、かくなるうえは」


 流石に無抵抗は可哀そうなので式神の設定を変更。漣を護衛対象から外し、敵対者として再設定しておいた。




 しばらくして。


「お代わりは無いんですか」


 いつの間にか俺の隣に立つ漣は物欲しそうに俺の顔を見上げる。飴をねだる子供のように無邪気な瞳で斬殺対象を要求してきた。


「ありません! 今日はもう閉店です……。———シクシクシク」


 すすり泣く俺。本気マジの方で手持ちの式神が底をついた。三十体近く持っていたはずの式神。その悉くが眼の前の白い悪魔に斬り捨てられ、ルームに残骸となって散っていた。


「……そうですか」


 眼に見えて肩を落とし、今にも泣きだしてしまいそうな程にか細い声を出す漣。

 お前が泣きそうな声を出すなぁ、泣きたいのはこっちだよ。

 俺は唇を噛みしめ、必死に涙を堪える。

 覚えとけよ、漣。その内、吠え面かかしてやる。

 家に帰ったら新しい式神の作成をしよう。そう決意しながら。


「で、アレ何やってんの?」


 ルームに佇む一人の少年を指さした。


「さあ? 精神統一か何かじゃないですか」


「お前が『さあ?』とか言っちゃうの⁉」


 驚愕の返答をする当の少年の師匠。

 そうルームの中心に立っていたのは、隣に立つ『最強の剣士』刀沙花漣の一番弟子。彩羽逸希であった。


「……おい。あれ———」


 しかし今の彼は俺が最後に見た『彩羽逸希』からかけ離れていた。

 生徒達が纏っている服は各々が体にあった装備であり、鎧であったりローブであったり。

 その中彼は一人制服だった。腰に下げた刀はあれどその姿はこの【迷宮】では異端であった。

 そしてさらに問題なのは彼が制服の上に纏っているモノ。


「大丈夫だと思いますよ。おそらく、多分。」


「嘘つけ⁉ お前ホントは分かってないだろ! 日本語おかしいぞ!」


「そ、そんな事は無きにしもあらずんば……」


「もう、いい。何した。お前あの子にこの一週間で何をした?」


 それは外見の話では無い。眼には見えないがそれは確かに存在する。

 絶対に七日で纏わりつく事は無いと断言できる。

 それは濃密な『殺気』。

 それも無作為に周囲に放たれるものではなく、意識して集中させ何重にも着込んでいる重厚な殺気。

 あまりにも濃すぎる殺気に人はおろか魔獣すら彼から距離を取っていた。

 ルームの中心にポツンと佇む彼の周りには一切の生物が近寄ることが許されず、そこに不可侵の領域が築かれている。


「———実は一週間じゃないんですよね」


「は?」


 彼女は視線を明後日の方向に向けながら、渋々語り始めた。

 曰く、彼女はまず彼を鍛えるにあたり時間が足りないと判断した。

 一週間という短い時間では確かに素人の少年を実戦段階まで育て上げるには、あまりにも時間が少なすぎた。

 という訳で彼女は第八区画|栄光の群塔《ホド》に向かい、魔術部クラブ=マギアの本拠地である『魔術塔』に殴り込みを行った。魔術部の空間系統の魔術を得意とする者達を脅し———もとい説得し亜空間を作ってもらい。その空間の時間の流れをとある人物に『いじってもらった』。

 時間系統の魔術は伝承消滅ロストしている為、現在校内に使い手がいなかったのだ。


(弟子の為とはいえに頼むとか……。後で何を要求されても知らないぞ)


 そうして校内の一角に歪んだ空間が出来上がった。内部空間の時間が外の空間の約のイカレた訓練場の出来上がりという訳だ。


 そういえば三日前に担任の教師から校舎裏の空間が歪んで見えるのですが、あれって大丈夫なんですか? と聞かれたな。冗談かと思っていたけどガチだったのか……。


「———で、お前はそこで七日間、いや、約七か月。逸希を鍛えていたと」


「はい」


「……」


 そういえばこの一週間、漣と逸希の姿を全く見ていなかった。成程、亜空間に引きこもっていたのなら姿を見なかったのにも納得だ。そして今の逸希にもギリギリ納得できる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る