『最強』の弟子3

「へえー、あの後そんなことがあったのね」


 対面のソファに座る藍色の髪の少女は窓の外を眺めていた。


「ああ、大変だったぞ。ホントに。あの後すぐに稽古が始まってな———」


「あー、大体は予測できるわ。よく死ななかったわね。逸希くん……」


「怪我するたびに俺が治癒してたんだよ。……まあ、何度か心臓は止まってたけど、な」


 俺は遠い眼をしながら天井を見上げた。

 思い起こされるのは昨日のグラウンドでの稽古———もとい処刑であった。


 あの弟子入り後すぐに始まったのは一方的な蹂躙。

 俺が即興で作った木製の模擬刀(衝撃緩和など威力減衰系の各種の術式を付与した物)を用いていたにも関わらず、漣の一閃で逸希の肉は裂け、骨は容易く折れた。

 すぐさま俺が治癒の術理で治したが、次の打ち合いで別の場所をへし折られるという地獄のようなサイクルが出来上がっていた。弱体化させて尚一撃一撃が必殺。

 圧倒的な力量さによる蹂躙は、見かねた生徒会が止めに入るまで行われた。


「思い出すだけで寒気がするよ」


「ま、まあ初めての弟子だし、ね! 漣もはしゃいじゃってたんじゃない?」


「……違う」


「え?」


「俺が寒気を覚えたのはそっちじゃない」


 記憶の片隅にこびりついて離れないあの顔。


「———逸希の方だ」


「ああ、そっちね」


 何度打倒されても立ち上がり、今が一番楽しいと言わんばかりに歪んだ笑みを浮かべる少年。

 肋骨が折れて肺に突き刺さっているにも関わらず、痛むはずの肺であの子は嗤っていた。


「お前、あの顔見てよく平常心でいられるな」


 俺の言葉に対面の少女は特に驚いた様子も無く頷いた。


「……そうね。流石の私も初見だったらアンタと同じ反応していたと思うわよ」


「なるほど。他に見たことあるならお前のその反応にも納得だな」


「……。はあ~」


「?」


 何故か呆れた顔を作った聖に対し訝し気な視線を向ける。

 しかし既に彼女は俺に視線を向けておらず、彼女の見る先を追うように俺達は二人揃って窓の外を見る。そこには楽しそうに刀を振るう白髪の少女と灰髪の少年が今日も稽古に励んでいた。


「あ」


「折れたわね逸希くんの左手」


 俺は無言で治癒の術理を発動、傷を治すのであった。






 ■■■


「ふわぁ~」


 気の抜けた大きな欠伸を浮かべながら、凸凹の激しい道を俺達は歩いていた。


「和希さん、少々気が緩みすぎですよ」


 それを咎めるように隣から少女の声がかけられる。初雪のような白髪と刃物のようなキリッとした目元。腰に吊られた日本刀がトレードマークの刀沙花漣が隣を歩いていた。


「そうは言ってもまだ《一層》だしな」


 確認するように俺は周囲に視線を走らせる。洞窟を思わせるようなごつごつとした岩の壁に囲まれた場所だった。薄暗い地面は定期的に設置された松明が照らし、自然の光が一切存在していないため全体的に薄暗い。

 俺と漣からしてみればこれだけ明るければ戦闘に問題は無いのだが…。

 まあ、それはあくまでの場合の話。




「えぇ、めちゃくちゃ暗いんだけど」


「……やだ、怖ぁい」


「だ、大丈夫だ! お、俺が魔獣モンスターを全部ぶっ倒してやる……から安心しろ!」


「ジロちゃん、足震えてるよ」


「ふ、震えてねーやい!」


 俺達の前を少年少女の一団が歩いていた。明らかに年下に見える彼らは、今回初めての【迷宮】に緊張した様子だった。

 現在俺達は逸希のクラスの初【迷宮】実習のお手伝いで学校の地下に来ていた。要はもしもの時の護衛である。


「……懐かしいですね」


「え、何が?」


 その光景を眺めていると唐突に漣が呟いた。


「いや、私達も最初はあのような感じだったのかなと思いまして。少し感情に浸ってました」


「は?」


「ん?」


 急に生まれた沈黙。頭一つ分俺より身長の低い彼女はこちらを見上げて小首を傾げる。

 唐突にノスタルジックな事を言い始めた相方に、俺は何とも言えない表情を浮かべる事しかできなかった。

 だがそれは無理もない。何故なら刀沙花漣こいつは初めての【迷宮】実習で犇めく魔獣の群れに一人で突貫し、現れた魔獣のことごとくを轢き殺し薙ぎ払った。初めての魔獣に一切臆することなく。笑顔のおまけつきで。


 その時俺がしたことと言えば彼女が討ち漏らした魔獣を処理する事だけ。

 そんな稀代の狂戦士バーサーカーである彼女が急に『私も最初は初々しかったなぁ』とか言い始めたのだ。一体俺はどんな言葉をかければいい。

 結果。俺の答えは沈黙だった。


「何か失礼な事考えてませんか?」


 しかし勘のいい彼女は俺の些細な変化に気付く。


「いえ、滅相もございませんお嬢様」


 俺は降参の意を込めて両手を上げた。にもかかわらず冷たい何かが首筋に押し当てられた。金属特有の鈍い光が俺の視界の端に映り込む。

 抜刀の動きはおろか鯉口を切る音さえ聞こえない相方の超絶技巧に感嘆しながら、俺は明確な死の気配を肌で感じていた。額に浮かぶ冷や汗。


「あ、あのう。お二方そろそろ魔獣が出ますので警戒をお願いします」


 そんな俺のピンチを救ったのは気の弱そうな女性の教師だった。

 ローブを纏っている所を見ると【術師キャスター】のようだ。

 漣の殺気に中てられ、ビクついているが生徒の安全を守る為に話しかけてくる辺りいい先生そうだった。


「「了解です」」


「……あ、はい。その、お願いします」


 俺と漣は即座におふざけモードから思考を戦闘モードに切り替える。

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