『最強』の弟子2

「……あの! 僕を刀沙花先輩の弟子にして下さい!」


「……」


「え?」


 俺が変態を吊るし、ソファに戻ると話が急展開を迎えていた。

 逸希が灰色の髪を大きく揺らし、テーブルに打ち付けそうな勢いで頭を下げる。

 顔を見なくても分かる彼の本気の意志。

 漣はそれを黙したまま、何かを確かめるように見つめる。


「何故私何ですか?」


「刀沙花先輩がこの学校で最強の剣士だと聞いたからです」


 漣の問いに、逸希は驚くほどハッキリとした口調と声音で答える。

 上げた顔は変態に抱かれていた時の少年とは別人のように精悍であり、そこにいたのはひたすらに強さを求める男の顔だった。


「……」


 何がここまで彼を突き動かすのか、俺はそれが気になった。

 何のために力が必要なのか、手に入れた力で何を成すのか。

 逸希という少年をここまで突き動かす原動力とは何か……。

 つい先日俺は見た。腹に刃物を受けながらも愛した女に気持ちを伝えた男を。




「貴方は何のために力を求めるのですか?」


 漣も俺と同様の事を考えたらしい。

 無意識なのかいつもは感情の起伏が感じられない彼女の声にも力が込められていた。


「……スゥ」


 逸希はその言葉を聞くと、小さく息を吸い込む。

 瞼を下ろし瞑目し、拳を僅かに握り込む。


(……凄い気合いだ)


 とても初等部の子とは思えない気迫。俺でさえ僅かに気圧される。

 きっと何かとんでもない理由があるのだろう。


「「「……」」」


 どれくらい時間が経ったのか、十秒か十分か。時間の感覚が掠れ曖昧になりかけていた。

 その時、逸希が遂に動いた。

 カッと眼を開き。


「今度の初【迷宮ダンジョン】実習で好きな子にいい所を見せたいんです!」


「「……は?」」


 そう、言い放った。

 俺氏、絶句。

 流石に『親の仇を討つために』のノリと勢いで『好きな子にいい所見せたいです』と言われたら誰でもこうなるんじゃないか。…というかまた恋愛相談か。


「んんんん、んんんんんん⁉」


 一人部室の片隅で逸希の言葉に反応し、呻き声を上げているが今は無視だ。

 

(んー、まあそれはさておき俺個人としてはその考えに賛同できない事は無い……)


 男である俺は逸希の考えを理解出来ていた。

 だってそうだろ。男だったら好きな子にカッコいい所を見せたいと思うのは当然であり、女の子のピンチを救うのは男なら誰でも思い浮かべるシチューションだ。


【迷宮】にロマンを持って何が悪い。

 だが、それはあくまで男の俺だからこそ納得出来る訳であって、女性である漣には分からないかもしれない。

 というかそもそも漣が男であったとしても剣に全てを賭けてきたコイツが、こんな不純な動機で弟子入り志願してくる奴を受け入れるだろうか?


「分かりました」


「「え?」」


「ただ条件があります———」


「「え?」」


「付いてきてください」


 そう言うと漣はソファから立ち上がり、部室を出た。


「「?」」


 予想外の連の反応に俺と逸希は一度顔を見合わせると、急いで漣の後を追った。

 





 ■■■


 先日殺人未遂の行われたグラウンドの片隅に俺達三人は立っていた。

 今日も今日とていつもと変わらず、グラウンドでは様々な部活動が活動している。

 その光景を眺めていると。


「良いですか?」


 漣はこちらを一瞥し、持ってきていた刀を鞘から引き抜く。傾き始めた陽光を反射し緋色に輝く刀はとても美しく、俺と逸希は二人そろって見惚れていた。


「一度だけ素振りを見せます。そのあと貴方には私の真似をして素振りをしてもらいます。それで貴方の弟子入りを判断します。良いですね」


「……(コクッ)」


 隣の逸希が息を飲み、黙したまま一度頷く。

 漣はそれを確認すると刀を正眼に構えた。


「「ッツ」」


 瞬間、俺と逸希の全身を冷気が撫でる。

 頭から氷水を被せられたように、頭頂部から足先まで全身が凍てつく気配がした。

 漣の殺気が俺達を取り囲み———。


 「疾ッ」


 静かに漏れた彼女の声。

 踏み出された右足から繰り出されたのは上段からの斬り下ろし。何の変哲もない一閃だった。

 しかし俺の五感で捉えられたのは唯一刀の通った軌跡のみ。空気を斬り裂く音すら俺の耳には拾う事ができず。風圧すら感じなかった。

 

(十分凄いけど、流石に手加減したか)


 俺は微かに安堵する。漣の本気の斬撃を知っている俺からすれば、コイツの斬撃がギリギリ見えている時点で手加減していることは理解できた。

 本気でコイツが刀を振るえば文字通り空間が裂けるからな。

 逸希の為に配慮した結果か。彼女にしては珍しく気を使ってくれたようだ。


(———さて、逸希の方はどうかな?)


 今の技を見て逸希はどう思うか。

 ここで実力差に打ちひしがれ、折れるか。

 今の漣と己を見比べ、吟味し、理解し、尚抗うか。

 おそらく今試されているのは逸希の気持ち。

 彼の好きな子に良い所を見せたいという『気持ち』がどれ程か。漣は見極めようとしているのだ。

 結局のところ漣にとっては逸希の『理由』などどうでも良かった。

 求めているのは『理由』を遂行するための『気持ち』の強さ。

 それを手に入れるために『何を』賭けられるかだ。

 漣は文字通り全てを賭けて今の領域に立った。その一刀は世界を引き裂き、彼女に斬れぬものは無いとまで言わしめた。


 そして今度はその彼女が直々に一人の少年の覚悟をはかる。

 さて、この子はどちらだろうか? 

 俺は今回の挑戦者の顔を確認する。


「……」


「………は、ははっ、…マジか」


 顔を見る。笑っていた。俺も。も。


「ははは」


 お気に入りのおもちゃを見つけた少年のように無邪気に幼げに彼は笑っていた。

 寒気がするほどの純粋さと子供が持つ無意識の狂気が共存した笑み。

 口元は三日月を通り越し半月に歪み。眼球が零れ落ちそうな程に開かれる眼孔。

 視線は漣に釘付けで。瞳孔は狂ったように開き切っていた。

 俺はもしかしたらとんでもない『パンドラの箱』の鍵を開けてしまったのかもしれない。そう思わせる程に今の彼はさっきまでの彼とは決定的に何処かが変わってしまっていた。



「……いいなぁ」


 おそらく無意識に声は漏れ、彼は手を伸ばす。今の彼では絶対に手が届かない彼女の領域に。


「———欲しいな」


 魂の底から漏れ出た言葉。根源からの渇望。

 三大欲求のどれにも当てはまらないそれは少年の身体をどうしようもない程に熱くする。

 今この瞬間。彼の人生の指針は決まった。間違いなく彼はこの先一生『剣』からは離れられない。

 この少年は剣に『魅入り』『魅入られた』のだ。


「———いいでしょう」


「はっ? おい! 漣———」


「えっ?」


 俺が静止の言葉をかけるよりも早く、白髪少女は少年の手を取った。


「私が貴方に剣を教えましょう」


「い、いいんですか? まだ僕、試験を受けてない、ですけど……」


「構いません。気が変わりました。私が貴方を弟子にしたくなったので。…それとも今更逃げ出しますか」


「———ッツ! いいえ! お願いします、僕を弟子にして下さい!」


 逸希は漣の手を握り返し、割れんばかりの声で再度弟子入りを申し込んだのであった。

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