『最強』の弟子1

 今日も今日とて俺は窓の外を眺めていた。

 青い空と白い雲は今日も変わらず綺麗なものだ。


「ふひぃー」


 思わず漏れ出た溜息。


「年寄りくさいですね和希さん」


「いつもの事よ、今更言ってもしょうがないわれん」 


「……」


 そんな俺に辛辣な言葉が二つ。

 窓際に移動させた椅子に座りながら、俺は視線だけテーブルセットに向けた。


 そこには二人の少女が向かい合って、ソファにそれぞれ座っていた。

 俺に背を向けて座る一人は藍色の髪と藍色の瞳。少々着崩した制服姿の『なんちゃって陽キャ』の天堂聖。


 そしてもう一人は俺に冷ややかな眼を向けている白髪の女の子。

 刀沙花(とうさか)漣(れん)は初雪のように白い髪のショートカットの髪を揺らし、刃のように鋭い瞳をこちらに向けていた。その瞳はつい今まで見ていた海のように蒼く透き通っている。

 彼女の人当たりも相まって冷たい印象を持つ少女であった。


 漣はいつも持ち歩いている愛刀の手入れを行っていた。

 刃渡り七十センチの打ち刀。刃の腹に浮かぶ波紋は逆丁子。鈍く光るその様からは名刀の気配を感じさせる。


「……なんですか?」


「いや、何でも」


 視線に気づいた漣が不機嫌そうな声を上げる。

 向けられた視線はそれだけで人を殺しそうで、俺は思わず眼を逸らしていた。

 

 コンコン。


「客か?」


「そうみたいですね」


「和希行ってきて」


「お願いします」


 ナチュラルに小間使いされる俺。女子二人はソファにふんぞり返り全く動く気は無かった。


「はぁ、了解」


 流石にいつまでも依頼人を外で待たせるわけにはいかないため、渋々扉から一番遠い俺が出迎えに行った。この部活での男子の地位は低いのだ。


 扉に手を掛け勢いよく引く、ガラガラという引き戸が開く音。

 俺は扉の向こう側を確認する。


「ん?」


「あ、あの。こ、こんにちは」


 少女のソプラノとは違うベクトルの高い声。声変わり前の少年特有の中性的な声が聞こえた。

 視線を少し下げる。そこには俺の胸にギリギリ届くかどうかの身長をした予想外の客が居た。


「……えっと、間違えてない」


「いや、そんなことは無いと、思います……?」


 最初に口をついて出たのは、そんな言葉。

 それもその筈、目の前にいる少年はあまりに『幼かった』。


(初等部の子だよな? 何で初等部の子が高等部のボランティア部に? ……って違う!)


 俺は今の状況がいかに危ういかに気付く。俺が行うべき最優先の行動。


(———少年の!)


 そこからの俺の動きは迅速だった。

 ソファに座る者の眼から少年の姿を隠す。


「少年! 早くここから逃げ———」


 次いで少年を逃がそうとしたが。


「きゃあぁぁぁあ、カワイイぃぃぃ!」


 遅かった。俺の身体を押しのけ藍色の髪の少女が目の前の少年に襲いかかった。


「ぐべぇ」


 突き飛ばされた俺は勢いそのまま壁にぶつかり、お約束の潰れたカエルのような断末魔を上げる。

 



 それからしばらくして、部室は何とも言えない空気が支配していた。


「よすよす」


「あ、あのぅ」


「「……」」


 ぬいぐるみの代わりに少年を抱える聖は蕩けた顔で少年の体中を撫でまわす。

 居心地悪そうにしながら顔を赤く染めた少年———彩羽いろはね逸希いつきは絞り出すように一度声を出すと、俯き黙り込んでしまった。可哀そうに…。


 対面のソファに並んで座る、俺と漣はその光景を何とも言えない表情で眺める。

 沈黙の部室。この部に入ってから何度も見た混沌的な光景。

 しかしどうも俺はこの空気にいつまでたっても順応できなかった。

 

 ……さて、今更説明する必要もないと思うがこの聖という女は生粋の『小男児愛好者ショタコン』である。

 同年代の男よりも年下の男に興奮するという変態であり、恋愛対象は七歳から十三歳の少年。

 三度の飯よりショタが好き。携帯の待ち受けはランドセルを背負った男子小学生というかなり重度のショタコンで、つい最近まで【千現瞳ミールレ・オクルス】を用いて気に入ったショタのストーキングまで行っていた。

 それは流石に不味いと思った俺と漣と美玖みく(もう一人の一年生部員)の三人で無理やりストーキングは辞めさせたが、その時には既に被害者の少年は校内だけで三桁に及んでいた。


 え? 被害人数が多くないかって?

 

 ああ、実はコイツ【千現瞳】だけでなく【全能演算アル・マハト】まで用いて百人単位のショタを同時並列で俯瞰観察していたんだよ。

 流石にそれを知った時は部員全員ドン引きだった。




 ……そろそろ現実と向き合うか。


「で、逸希は何でこっちのボランティア部に来たんだ? 中等部にもボランティア部があった筈だけど」


 顔を真っ赤にした少年に俺は優しく語りかけた。少年の背後にいる変態を意識の外側に追いやり。


「……あ、はい。実は———」


 逸希は一度言葉を切ると、俺に向けていた視線を俺の隣に向ける。

 前回の巳輪さんと同じ、か……。

 部ではなく部員個人に対して用事があるタイプ。


「何か?」


 視線を向けられた漣は鋭い目つき———おそらく本人基準では最大限の優しい眼で答えた。


「え、えと、その———」


 だが初等部の子にはそれでも十分な程、威圧的にみえたらしい。明らかに怯えた様子の逸希の姿が目に入る。


「……はぁ(ガクッ)」


 同時に隣に座る漣の肩が落ちる。子供に怯えられて傷つく位にピュアな隣人に吹き出しそうになるが精一杯の精神力を持って抑え込む。ここで笑ったら最悪コイツの愛刀の錆にされる。相変わらずな刀以外は不器用な奴だった。


(———ま、それはさておき流石に止めた方がいいよな)


 現在も肉食獣に睨まれた、か弱い草食獣のように震える少年を不憫に思いながら。

「うふふ」


「【縛れ(シバレ)】」


「ギャッ」


 どさくさ紛れに少年の服の中に手を突っ込もうとしていた変態を拘束する。

 それ以上は流石に犯罪アウトだ。今回は現行犯逮捕につき弁解の余地なし。

 俺はそのまま部室の隅に変態を逆さまに吊るし上げといた。

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