黒髪少女と初恋物語6

「で、いい加減教えろ。何が観えた」


 とりあえず考えてもしょうがないことは頭の隅に置き俺は問う。


「———告白シーンよ」


「……告白シーン? 巳輪さんの?」


 彼女の口から返ってきたのは思いもよらない事だった。

 巳輪さんと話したのは今回初めてで尚且つ結局会話らしい会話ができたのは、いちいち突っかかってくる聖の所為でほんの短い時間だった。


 そんな彼女から感じた印象は『引っ込み思案で内気だけど心優しい少女』。


「ええ、そうよ。明日夕方、グラウンドの隅であの子が宇智田に告白してたわ」


「おぉ、割と行動派なんだな……。で、結果は?」


 しかしどうやら彼女の評価を改める必要がありそうだ。

 少し驚いたが自分の考えをすぐに行動に移せることは良い事で———。


「そうね。簡単に言うと彼の『ハートを射止めたわ』」


「ん? それ成功じゃないの。めでたしめでたしのハッピーエンドルートじゃないの?」


「……『ハートを射止めた』って言ってるでしょ」


「だからそれってあれだろ彼のハートをキャッチして無事恋人に———」


「物理的に『心臓ハート』を『一突きキャッチ』したの」


 ———いや行動力、半端ねえ。


「……スゥー。———えっと、それって、あれですか? 鋭い刃物的な何かでブスッとみたいな感じですか?」


「クリティカルよ」


「……オゥ、マイ、ガー」


 何がどうなったらそんな行動アクションを起こすシチュエーションが生まれる?

 俺の脳裏に某スクールの日々的アニメのクズ男が刺されるシーンが呼び起こされる。

 実はあの爽やかイケメンは裏で複数の女の子とデキてて、巳輪さんがするパターンか?


「宇智田の方はガンジーとタイマン張れる位の聖人君子だったわ」


「……」


 違いました。


「ち、因みに告白の答えは」


「『ゴメン』」


 正直分かり切っていた。

 告白して成功した相手の『心臓ハート』を『一突きキャッチ』する必要は無いのだから。

 

 俺は今の話を聞くと恐る恐る背後に視線を向け、ギョッとした。

 視線の先に映るのはソファに姿勢よく座る巳輪さんの姿。


 何処から取り出したのか彼女の左手には桃色のマーガレットが握られており、好き嫌いの花占いの最中であった。


「~~~♪」


 それだけ見れば恋に悩む少女という題名で青春の一ページとして、俺の脳内フォトフォルダに保存していた。


「なあ、アレ。何してるんだろうな?」


「…………。み、見れば分かるでしょ。花占いよ。———多分……」


「……多分、ね」


「何? アンタの眼にはアレが花占い以外の何かに見えるの? ———正直私も無理やり納得してるけど」


「まあ、そうですね。現役【陰陽師】の僕としましては———」


 俺と聖の視線が彼女の左手とは逆の手に引き寄せられる。


「好き♪ 嫌い♪ 好き♪ 嫌い♪ フン♪ フ~ン♪」


 その右手にはこれまた何処から取り出したのか、刃渡り二十センチ程のが握られていた。


「「……スゥー」」


 俺達はお互いの顔を一度見ると同時に空気を吸っていた。

 

「フン♪ フ~ン♪」


 彼女はその顔に春の日差しのような温かな微笑みを浮かべ、ご機嫌な鼻歌交じりに出刃包丁でマーガレットの花びらを切り落としていく。

 宙に銀色の軌跡が後を引き、桃色の花弁が宙を舞い、大気を切り裂く音がした。


 寸分違わず花びらを根元から斬るその『技』は確かであり、明らかにその行為自体に慣れている様子であった。

 まず間違いなく日常的にソレを行っていることは見て分かる。

 



「———新手の【呪術カース】かな、と」


 俺は息をひそめ推論を口にした。


「花を使った呪い? 悪趣味過ぎない?」


 同様に聖も声のボリュームを落とす。


「いや、花と言っても。薬になるモノもあれば毒を持つ花だってある。なら『呪い』になる花があっても不思議じゃ———って問題はそこじゃないだろ」


「ナイス、ノリ突っ込み」



 

 ———二十秒後。


「今回の問題点? としては間違いなく宇智田が巳輪さんを振った事。そこが問題だな」


「ええ、そうね」


「「……」」


 沈黙が二人の間を流れる。


(———で、ここからどうすればいいんだ?)


 和希には今回の『答え』が正直見えなかった。

 『人の好き嫌いが問題なのだからどうしようもないのでは?』と脳裏を過るが、この件をそのまま放置して人が死ぬのも何とも寝覚めが悪い。


 不気味なほど静かな部室。


「~~~♪」


 頭を抱える二人の耳朶を揺らすのはサクッサクッと定期的に聞こえる花びらの切断音と不気味な鼻歌。

 部室内を謎の圧迫感が支配する。


「……うぅ」


 これには流石の聖も和希が言っていた新手の呪いという話もあながち間違いではないのでは、と思い始めていた。






 ■■■

 

「ど、どうする?」


「……どうって、言われても?」


「~~~♪」


 和希の問いは抽象的で曖昧なものであった。

 さしもの超絶天才美少女である私も返答に困る。


 「いや、伝えるにしても、伝えないにしても。絶対碌なことにならないだろ」


 「そ、そうね…」


 「~~~♪」


 和希の言葉は的を射ているだろう。

 背後でご機嫌よろしく鼻歌を歌う少女は校内で出刃包丁を取り出し振り回すような少女であり、振った相手にクリティカルをかます子である。


「なら早いに越したことは無いんじゃないか?」


「いや、きっと他に何かあるわよ、……何か」


「~~~♪」


 私は腕を組み必死に考える。結局のところ今教えたところで『未来』は変わらない。

 このまま事実を伝えたところで、あの現実が早まるだけだ。


(さて、どうする……)


 現状学校外そとに存在しているあらゆる超演算装置スーパーコンピュータすら凌駕する私の【全能演算アル・マハト】がうなりを上げ。


「それこそお前の【千現瞳】の出番だろ」


「あ、それもそうね」


 眼の前の相棒に指摘され気付く。


「宇智田の女の子の好みとか、振った理由とか」


「……あ、あんた、天、才?」


「煽ってんのか?」


 腰に手を当て呆れた眼を私に向けてくる。

 目つきが悪いから眼鏡をしているといっていたが、今の彼の眼は眼鏡で隠せない程に歪み、普通の女子であれば涙で逃げ出すレベルであった。


「はあ、もういいから。さっさと検索サーチかけろ」


「りょーかい。検索対象は宇智田が巳輪さんを振った理由で良いわよね?」


「ああ」


 私は瞼を下ろし、精神を研ぎ澄ます。

 乱れている思考を平坦化し、揺らいでいる心を急速的に冷ます。


「———ふぅ」


 そして、視点を変える。

 広く。

 深く。

 狭く。

 浅く。

 集約的に。

 多角的に。

 主観的に。

 他観的に。

 味覚が薄れ、聴覚が遠のき、嗅覚が掠れ、触覚が消える。

 視覚以外の感覚器官が崩れ去り、再構築されるように視覚に全てが収束し————。

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