黒髪少女と初恋物語5
「【
和希は手に持っていたティーカップをテーブルに置きながら呟いた。
「え?」
何のことか分からない様子の巳輪さんに情報の注釈をする。
「聖の眼の名前だよ」
「あの、それ私なんかに教えて大丈夫なんですか? ひ、秘密とかだったりしたら……」
「ああ、全然問題ないよ。こんなの《
その言葉に嘘はなかった。
『
脳裏を過るのは、学園の北側に位置する校内の一角。
《第三区『
幻想が住まう森にして、全世界に存在する書物の内九十九・九九%が蔵書されている図書館がある場所。
あそこでちょっと調べるだけで聖の眼の情報など簡単に知れる。
追加で説明すると。
全てを見透かす【
そしてその情報から未来を割り出すほどの演算能力である【
この二つを合わせて彼女の【
和希は視線を聖に向ける。
未だ虹色の瞳で虚空を見つめる少女はとても神秘的であった。
神託を受ける巫女のような神々しさを纏った今の少女を見ているときだけは『天堂聖』という名前に納得する数少ない瞬間であった。
ギリッ。
聖の口から歯ぎしりの音が漏れる。
(観測が終わったか)
和希は眼の前の冷めきった紅茶を飲み干すとソファから立ち上がり、部室に設置された冷蔵庫から四つに切り分けられたショートケーキの内三つを持って席に戻る。
今日の家庭科の授業で作った物であり、後で部員全員が揃ってから食べようとしていたものだ。
思い出したかのようにポケットから携帯を取り出し、通知を確認すると———。
【みっくん】ちょっと野暮用が出来ちゃっから休むね♪ 待ってろよぉ! あたしの限定フィギュアぁ!
【漣】何かを無性に斬りたくなったので地下の《
そこには残りの一年生部員二人が欠席する旨のメッセージが届いていた。
「あ、あいつらぁ」
自動的に発動した身体強化の術理。
あまりに自由すぎる二人からのメッセージに思わず携帯を握りつぶしそうになる。
「———っと」
和希は一度大きく深呼吸し心を落ち着けるとテーブルに戻り、それぞれの席の前にケーキを置いた。
巳輪さんが少々申し訳なさそうな顔をしていたが『食べないと勿体ないので』というとおずおずとケーキを口に運んでくれた。
「———えー、マジすか?」
瞬間、聖の声が聞こえた。
観測に続き演算も終わったようだ。
視線をそちらに向けた時には既に眼の前にあったケーキにフォークを突き刺し、貪るようにショートケーキを喰らっていた。
口元を生クリームで真っ白に染めながら、少しでも早く糖分を摂取するために。
「お前なぁ、もうちょっと……。ああ、もういいや」
聖の【万象事変解析観測】は脳にかなりの負担がかかるのは勿論知っていた。
だがそれを差し引いてもその食べ方は女子としてどうなのだろうか。
巳輪さんと比べて上品さの欠片もない所作に、和希は隣人の女子力の低さに絶望した。
思わず『そんなだから未だに彼氏の一人もできないんだぞ』と漏れ出そうになる
「和希、ちょっと来て」
「は? ちょ、おい」
唐突に首根っこを掴まれ部室の隅まで拉致される和希。
その様子を巳輪さんはキョトンとした顔で見ていた。
「———何が観えた?」
部室の隅に連れてかれた俺は開口一番聖に問いかける。
親指の爪を噛みしめる聖の横顔。
それだけで彼女の内心の焦りが分かった。
いつもの『なんちゃって陽キャムーブ』や『ポンコツボケキャラ』とも違う。今の彼女からは、何処か鬼気迫る気配を感じた。
「……押し付けられたわ」
「は?」
「だから押し付けられたって言ったのよ!」
「は? 何を? 誰に? ……あっ」
彼女が言い放った『押し付けられた』という言葉。
そこに込められた彼女の苛立ち。
与えられた情報は極僅か。その言葉と感情を精一杯咀嚼し———意味を汲み取る。
「どっちだ?」
俺が返した言葉もたった一言。
「おそらく内容的に生徒会よ。……あの女狐ぇ」
「あー、そすか」
俺は眉間を押さえ現状の状況を整理する。
聖が実際に口にした言葉は少なかった。だが三年ほど一緒にボランティア部を活動してきた俺にとってはそれだけで事足りた。
(と、なると———)
彼女の言葉から理解できた事は二つ。
元々の巳輪さんの依頼の管轄がボランティア部ではない事。
まあ、実際の所。生徒の悩みに対する管轄なんてものは存在しないのだが。
しかし、うちと生徒会。そして風紀委員の間で何となくの暗黙の了解は存在しており、聖の言い方からして今回の巳輪さんの恋のお悩み相談の管轄は生徒会であるらしい。
そしてもう一つは、この依頼が一筋縄ではいかないという事……。
聖の今の反応を見ればそれは容易に想像できた。
確かに恋というモノを成就させることは簡単な事ではない。
何故なら恋は一人でするものではないのだから。
片思いなら一人でもできるが、恋人になりたいと考えている場合は本人の意思だけではなく、相手の意思に左右されることが多いからである。
いくらこちらが本気でも、相手にその気が無ければ恋が実ることは無いのだから。
それが本来生徒会の管轄の仕事がこちらに来た理由か……?
いや、違う。
過去にあった恋愛相談、色恋沙汰関係は確か生徒会の解決率が一番高かったはずだ。
俺は去年の内容別依頼リストと解決統計を脳に浮かべる。
(他に何かあるな……)
仮に———いや、聖の反応からして『何か』あるのは確定で、生徒会が依頼をこちらに流さなければならない程の『何か』があったとして。
(———
聖の言葉を借りるなら『女狐』こと生徒会長が面倒を嫌ってこっちに仕事を流したという可能性。
確かにその可能性はあるかもしれない。
あそこは年中無休人手不足。ウェルカムサービス残業上等のブラック企業みたいなとこだし。
面倒事をこちらに流すのは理解できなくもない。
だが
「面白がってるだけよ」
「……ぁあ、ですよね」
俺の思考を先読みして聖が吐き捨てるように言い放った。
一様は生徒会長でありアレでも一つ上の先輩であるため、最低限の礼儀は払う必要はある。
しかし今回ばかりは聖の言葉に全面的に同意する俺であった。
高みの見物を決め込んでいつもの薄ら笑いを浮かべる生徒会長。
眼の先には頭を悩ます俺達。
それを見下ろし生徒会長はより意地悪く嗤う。
「「…ッツ(イラッ)」
そんなシチュエーションが容易に想像できてしまう位にはあの人の性悪さを俺達は理解している。
何度本気であの人を殺そうとしたことか数えるのも嫌になる。
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