黒髪少女と初恋物語3

 そもそも《術師キャスター》とは何かという話をしよう。


《術師》とは簡単に言えば《術理》を用いる者達を一纏めにした言葉だ。

《術理》とは《霊力オド》や《魔力マナ》と『過程』を以て『結果』を歪める力を指し。

 新たな『法則』を用いて『世界』を変える力、とでも理解しておいてくれ。


 そして最初にも言ったが《術師》という言葉は《術理》を用いる者達の総称である。

 使う《術理》によって、《術師》の名称も変わってくる。

 例えば【魔術マギア】を用いる者が《魔術師ウィザード》と呼ばれるように。

 正確には《魔術師》と言ってもさらに細かく分けられているが今回は割愛しよう。


 和希の場合は《霊力》と《魔力》どちらにも適正があり。

 よく使う《術理》が【魔術】と【陰陽道オンミョウドウ】であるため、校内では《魔術師》もしくは《陰陽師オンミョウジ》として知られていたりする。

 

 さて、簡単な《術師》の説明も終わったので今回の話の発端である、【魅了】についての話に移る。

 ここで問題になってくるのは《術理》の発動方法と、それに付随する《術師》の精神状態についてである。


 例として先程、和希は踏み抜かれた右足を治癒するために、治癒の術理を用いた。

 傍から見れば『紙を握って《イヤセ》の三文字を呟く』。

 ただそれだけに見えたが実際の所はそんな簡単なものではない。

 【陰陽道】では主に《》という紙片型の補助媒体を用いて《術理》を行使する。

 和希が袖から出したあの大学ノートの切れ端に走り書きした物だ。

 《符》という外部情報媒体に《術理》の概要をあらかじめ記入しておき、【陰陽師】がその都度、《符》に《霊力》を流し込み、【陰陽道】を発動する。


 少し説明を簡略化したが、これがおおよその【陰陽道】における基本発動方法だ。

 そして和希はこの一連の発動方法を『パソコンを動かす』ようなものだと解釈していた。

 《符》はパソコンにおけるソフトウェア。

 《脳》がCPUプロセッサーとメモリ。

 《霊力》が電力だ。

 分かりやすくするためここに先程の【魅了】を当てはめるなら、それはコンピューターウイルスだろう。


 《術理》の発動において、必須なのは正常な思考能力と演算能力。

 精神に干渉するものは《術理》の発動において邪魔にしかならない。

 そのため《術師》にとって精神耐性を上げることは当たり前であり、大体の《術師》の精神耐性は常人よりも遥かに高めてある。

 かくいう和希もその例に漏れない一人であり、【精神汚染:脅威度フェーズ三】。

 具体的な例を出すなら【歌姫の鼻歌マーメイド・ソング】や【幻霊の囁きファントム・ウィスパー】までなら素面シラフでも耐えられる。


 しかし今回、その耐性を易々とぶち抜かれたため、和希はへこんでいたのだ。


(はぁ、自信なくすなぁ。……これだからうちの学校は)




「———あ! あった、ありました! ……? えっと、どうかしました?」


 虚空を見つめブツブツと呟く和希の姿を、お目当てのページを見つけた巳輪さんの視線が貫いた。


「いや、何でもない、よ…」


「そう、ですか」


「……あれ、私。何して……?」


「うるさい、聖。【我、急デ求ムルハ一滴ノ水スイテキ】」


 俺は再びパーカーの袖から一枚の《符》を取り出し、一粒の水滴を生み出すと聖の首筋に落とした。


「にゃあぁぁ⁉」


 瞬間、全身の毛を逆立させ威嚇する猫のような悲鳴が部室に響き渡った。






 ■■■


「依頼というのは、これです」


 彼女が開いた、学校雑誌の一面を和希と聖が覗き込む。

 同時に覗き込んだせいでお互いの肩がぶつかっていたが、気にせず雑誌を見る。

 そこには大きな見出しで、こう書かれていた。


『キャピッ♪ 普通の条穂供ガール百人に聞いた『彼ピ』にしたい男の子ランキング!』

 ふにゃふにゃの字体フォントに加え、ピンクや黄色の蛍光色によって彩られたロゴ。

 少女漫画雑誌の題名とかで使われてそうな甘ったるい文字でそれは書かれていた。


「「は?」」


 それを目にした俺と聖は同時に間の抜けた声を上げた。

 

 出会って早々に【魅了】紛いの精神汚染をしてきた少女が、意を決して見せてきた内容がコレなのだ無理もないだろう。 

 いや、精神汚染の件は無意識による事故だとしても、まだ笑顔で包丁突き出された方が俺は納得できたぞ……。


 というか、つまり依頼は———。


「ちょっと良いかしら?」


 和希の思考を遮ったのは、隣に座る聖の声だった。

 何故かやたらと自信に満ち溢れた声音の彼女。


「聖?」


 和希は咄嗟に彼女の顔を見た。そこには声音同様に自信満々の聖の顔があった。

 身勝手な事は重々理解しているが少し腹が立つ。


「フフン」


「……」


 そして何故だろう。

 何考えてるかまるで分からないけど、多分今コイツが考えていることだけは絶対に違う事だけは分かる……。


 謎の自信を纏った聖は一度俺の顔を見て、聖女のような慈愛の微笑みを浮かべた。  

 その後、表情そのまま開かれた雑誌を指さす。


 「これ私インタビューされてないんですけど⁉」


 「そうだな、とりあえず座れ」


 「グエッ」


 勢いよく立ち上がった聖の襟首を掴み、ソファに引きずり落とす。


(薄々分かっていたが。……やっぱり違ったか)


 俺はこめかみに指を当てながら。


「ちょっと私これ作った部活の所行ってくる!」


 勢いよく立ち上がった聖の襟首を再度掴む。


「ちょっと待て。よく見ろポンコツ」

 

「グヘエェ」


 ガマカエルの断末魔みたいな声を上げる聖。

 その汚い声とは裏腹にやたらと整った顔。その眼前に開かれた雑誌の一面を叩きつける。


「何処を見ろって?」


「ここだ阿保」


 襟首から手を離し、見出しの一部『普通の条穂供女子高生』の『普通』という部分を指さす。


「これをインタビューされるのはあくまで『普通』の女の子達ガールズ。分かるか? つまり、お前は対象外だ」


「はあぁ⁉ 何言ってんの? 私だってJKだもん! 普通のJKだもん⁉」


「だったらインタビューされてんだよ、いい加減現実を見ろ! ほら見なさい巳輪さん引いてるでしょ!?」


 『普通』のJKという称号について一切譲らない聖VS『現実』を叩きつける和希。

 二人はお互いの襟を掴み合い、またもやしょうもない内容でバチバチに睨み合い、『一触即発か?』という状況。

 ここに他の部員がいたならば間違いなく『またか…』と頭を抱えていただろう。


「あのぅ、私の依頼ぃ…」


 その馬鹿みたいな争いの最中、蚊の鳴く様な声が正面の席から聞こえた。

 声の主は勿論今回の依頼者である巳輪さん(半泣き状態)だった。

 いつもは他の部員によって喧嘩の仲裁が行われるまでは、二人とも周囲の被害度外視で《術理》を撃ち合う所だが。


「「あっ、あぁ……。ごめん」」


 流石に女の子の涙には弱いらしく、二人は居心地悪そうに眼を合わせると、お互い手を離し静かにソファに座った。

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