第7話 絆♡大作戦の始まりだわ

 荒れ狂うブリザードにより禁域は崩壊。


 だが、空間そのものが消滅してしまうよりも早く、カレンが時間を止めることで何とか事なきを得た。


「全員、座りなさい」


 今、カレンを含めた禁域の住人は、赤薔薇商会本部のビルへと一時的に身を寄せていた。


「状況はある程度察しがつくわ」


 会議室の椅子に部下が全員着席したことを確認。それを合図にカレンは口火を切る。


「まずノアお兄様と百合芽お姉様。あなた達は最初から嫌い合っていたはずよね? だからこそ、深夜に幹部と幹部候補生同士で殺し合いを繰り広げるだなんてことをやらかした」


「女帝の仰る通りさ」


「……そうだよ、カレンちゃん」


 カレンの問いかけに、男性の姿へ戻ったノアと植物人間から戻った百合芽が立て続けに首肯。


 ブリザードの餌食となったことで全身あちこちに包帯が巻きつけられていたものの、そのことに対して文句を述べる程、二人は恥知らずではなかったのだ。


「そこへ禁域の見回りをしていたロザンナお姉様が通りかかったのでしょう?」


「禁域の守護はマスターのメイドたるわたくしの役目ですわ」


 打って変わってこちらは全くの無傷であるロザンナ。


 されど浮かない顔ではあった。


「百合芽お姉様はともかく、付き合いの長いノアお兄様の不手際としては随分らしくもない気がするけれど、余程気が立っていたということかしら。殺し合いを止めようとしたロザンナお姉様の地雷を、そうして二人が一斉に踏み抜く。よろしくて?」


 ノア、百合芽、ロザンナ。事の当事者全員が、カレンの結論に異議を唱えることはない。


「結果がこれよ!」


 バンっ、と。会議室のホワイトボードを小さな手で叩きつける。


 そこでは垂れ耳の兎のぬいぐるみから投射されているリアルタイムの映像。滅茶苦茶になった禁域の風景が映し出されていた。


「己の役割を忘れ、感情的になった挙句、禁域を破壊してしまうなどメイド失格。申し訳ありません。この責任、どのようにとればいいものか――」


「――そこまで気に病む必要はないわ、ロザンナお姉様。あなただけの責任というわけではないもの」


 怒ってはいるものの、理性的な部分を残してはいるらしい。


 ロザンナが殺し合いの仲裁をしようとしたことを加味した上で、自らのメイドの責任を過剰に追及することはなかった。


「つっても、お嬢が時間止めてこれか。中々の大惨事だぜ」


「姫君、禁域は元通りになりますよね?」


「心配しないで頂戴。修復不可能とまでは行かないでしょう。通常であれば禁域の管理者たるノアお兄様に後始末をお願いしたいところ」


 そしてカレンはおもむろにブローチを模した通信装置を取り出す。


「ただし赤薔薇商会の長として、私は現状の問題を曖昧に放置しておきたくはないの」


 魔力を媒介に稼働するソレは、以前ロザンナが所持していたものとはまた異なる意匠。


 通信装置に口をあてて、ここではないどこか繋がった先へと、言葉を届け始める。






「もしもし、ヌーちゃん。お疲れ様」


「えぇ、えぇ、折り入ってお願いがあってね。連絡させて頂いたわ」


「今度のお仕事で赤薔薇商会が求められているのは、討伐隊に適しているであろう武力に秀でた人員を二、三名程度。その枠にロザンナお姉様と千里お兄様を入れるのは確定事項」


「そこからさらに赤薔薇商会は防衛隊へ追加要員を派遣するわ。うふふふ、ヌーちゃんったら冗談がお上手。話の流れで誰と誰と誰かなんて大体分かりきっているでしょうに」


「ノアお兄様と百合芽お姉様、さらにはアリアお姉様よ」


「人員の追加は求められていない? 急な変更は計画の都合上無理がある? いいえ、ヌーちゃんは出来る娘。締め切りが過ぎていようが何だろうがねじ込みなさい」






 ここにはいない魔女の祖が、眼帯の下で涙目になっている様子を思わず幻視してしまう千里。


「――というわけで、お兄様、お姉様方」


「というわけで、じゃねぇよ。あんたの強権が発動してやがっただけだろーが」


 胡乱うろんな目でカレンを睨むが、当の本人はどこ吹く風といった様相だ。


「絆♡大作戦の始まりだわ」


 それどころかフリルとリボンで彩られたスカートの裾を持ち上げ、可憐にお辞儀をする始末。


「ロザンナお姉様」


「はい」


「久方ぶりに千里お兄様と二人での任務になる。その意味を正しく理解した上で、後悔のない選択をすることをおすすめするわ」


「……承知致しました。マスターの心遣いに、深く感謝を」


 しかし一見ふざけているかのごとき態度をみせる彼女の眼差しは、部下の先行きを真摯に考える良き上司のソレであった。


「ノアお兄様、百合芽お姉様。仲良しこよしになれとまでは言わないにせよ、互いが互いをギルドの仲間だと思えるくらいには、関係性を修復して頂ける?」


 さらにはいつ衝突するのかさえ定かではない二人に対し、きっちりと釘を刺しておくこともカレンは忘れない。


「元より修復する程の関係性なんて上等なもの、僕達にありはしない」


「最初からお互いのこと……大嫌いだから……ね」


YES


 未だ同族嫌悪を拗らせているノアと百合芽に対して、天使のような笑顔と悪魔のような威圧で彼女は対処した。


「そもそも、お目付け役をアリアお姉様に任せたという時点で、同じような思想を掲げる身としては、大失態の大失敗に他ならないのではなくて?」


「「……っ!!」」


 残酷にして傲慢。


 その上でカレンは博愛主義者でもある。


 遥か高みからではあれど、人間という好ましい存在を理解しようと努めているからこそ、ノアと百合芽に一番効く言い回しを選び取ることが可能なのだ。


「何のこっちゃ分からんが」


 コキコキと首を鳴らし、


「とりあえず、カースを斬りゃあいいんだろ?」


 どこまでも他人事の千里が気怠げにそう告げた。


「千里お兄様」


 ため息をつきながら、千里の前にまでトテトテとカレンが歩み寄る。


「もう少し、その鈍さをどうにかしては頂けないかしら」


「あぁん!? 俺のどこに文句があるってんだよオラ」










 禁域の崩壊から三日が経過。


 幹部が全員参加する任務からはまだ日がある上に、禁域の修復は管理者のノアではなく所有者のカレンが請け負った。


「姐さん、おはよっす」


「おはようございます」


 任務までの間、暇を謳歌している千里が間借りする部屋から廊下へ出たところで、同じく赤薔薇商会本部のビルで生活をしているロザンナと出くわした。


「アリアちゃんの御姿が見当たらないようですが」


「あー、さっき羽衣と大騒ぎしながら外へ出てったぞ」


 普段は同棲状態ではあれど、今はお隣さん同士となっている千里とアリア。


 なので詳しい状況は把握していないのだが、出かけて来るという旨はアリアから直接伝えられていたのだ。


「それはそれは。若さとは素晴らしきことですわね」


 口元を手で隠し、ニコニコと微笑むロザンナ。


「ところで千里君、本日のご予定は?」


 優美な笑顔を保ったまま、細められている瞳で千里を見据えた。


「いや、特にねぇな」


「お話したいことがございます。この間お土産として頂いた美味しいお肉のお礼も兼ね、蕎麦屋にて昼食でも如何でしょう? 勿論わたくしの奢りですわ」

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