第5話 僕らは竜の逆鱗に触れてしまったようだ!
「痴話喧嘩ではないのであれば、いったいどうしてこんな真夜中に、揃って殺し合いに興じておられるのですか?」
「そういうロザンナ姉さんは、いつもの見回りってことでいいのかな」
「わたくしはマスターのメイドとして禁域の平穏を守らねばなりませんので」
誰にも気取られぬよう、認識阻害の結界を茶葉の保管庫で百合芽に声をかけるよりも先に、ノアは食堂の周辺に張り巡らせていた。
「ゆえにノア君と百合芽ちゃんの
だが、禁域内部の見回りをしていたロザンナは、持ち前の嗅覚で死闘の匂いを嗅ぎつけ、結界を無自覚の内に踏み越えて来たらしい。ノアは内心涙でいっぱいだったものの、百合芽に弱味を見せたくないため表情に動揺は出さない。
「……私とノアさんは、同じ人のことを強く大切に想ってるんです」
「なるほど。千里君とアリアちゃんのことですわね」
「同じ思考を有する相手の存在を許容することが、お互いに難しい。ならば僕らに残された道は殺し合いくらいのものさ」
「何故ですの?」
百合芽とノアの戦いは、突き詰めてしまえば極まった同族嫌悪である。
「何故って……当たり前のことを聞かれても困るのだけれど」
「わたくし達はマスターの元に集いし
同族だからこそ理解し合える敵意や複雑怪奇な心境が、ロザンナにはまるで響かないのだ。
「喧嘩ならまだしも、殺し合いに発展するのは如何なものかと」
「僕は百合芽嬢のことを仲間だとは認めていない」
「私は……ノアさんのことを、仲間だなんて思っていません……」
「個々人の細かな好き嫌いにまで口を出すつもりは毛頭ございませんが、せめて深夜に死闘を繰り広げるのだけはやめにしてくださいな」
二人の心情を理解出来ないなりに、ロザンナは毅然とした態度で告げた。
ギルドの幹部と幹部候補生という身内同士で要らぬ争い起こすなという正論を。
「心配しないでおくれ、ロザンナ姉さん」
「……今日ここで、こんなことは金輪際終わりにしますから……」
「あらあら、まぁまぁ。これ以上暴れるようなことがあれば、わたくしとて黙っているわけには参りませんことよ?」
しかしノアと百合芽の相手に対する警戒心は未だ継続中。戦意の衰えは見えなかった。
「そもそも、同じ者を愛するのであれば、親しくならない方がおかしいのではないでしょうか? 好きな対象が同一というのは、ともすれば共感の要素にもなり得ます。殺し合うよりも前にもっとやれることはあるはずですわ」
「いやいやいや、何だってロザンナ姉さんの理解はいつもそう大雑把なんだよ」
似た者同士だからこそ争っている。そんな二人の認識を根底からぶん投げるかのごとき物言いに、魔女のこめかみはらしくもなくピクピクと震え出す。
「僕と百合芽嬢は重い影だ。千里様とアリア君に付きまとい、しがみつく」
「……重い影は一人だけで充分です。自分と似た存在が狭い空間内に二人いるという事実が……とても耐え難い。今すぐ目の前から消し去りたいと……願ってしまう程」
百合芽もノアに追随。如何に自分とノアの歩み寄りが根深い部分から不可能であるのかを必死に訴えた。
「二人とも、今すぐ仲直り致しましょう。話はそれからですわ。ほら、握手握手、仲直りの握手♫」
「だから何でそうなるんですか……!?」
「どうしてその結論に至るのかなぁ!?」
けれど、二人のジメジメウジウジした思考を、どこまで行っても豪快に対処せんとするメイドがここにはいた。
「似た者同士、最初は反発することがあるかもしれませんが、共に時間を過ごせば落しどころは見つかりますわよ、絶対に」
「胸に回した栄養素を筋肉で詰まった脳に送ればいいと思う」
「ロザンナさん、あなたに情緒は欠片もないようですね……」
「あらあら、まぁまぁ」
たまらずといった調子で悪態をつくノアと百合芽。一方のロザンナは大して気にする様子もないままに、頬に手を当て、おっとりと首を傾げる。
「ノア君、百合芽ちゃん。落ち着いてくださいまし。そうカッカとせずに。深呼吸ですわ」
悪態をつかれたところで変わらず穏やかに微笑むメイドの姿に、余程腹が立ったらしい。
「相変わらず、強者の理屈と来た」
「……私達のような弱い奴らは、あなたのように堂々とは振舞えません」
さらなる口撃を加えてしまったことが、らしくもない百合芽とノアの悪手であった。
「あら、あら、あら、あら、あら」
空気が――凍てつく。
「わたくしが強者? お二方が弱者? 世迷言も大概にしてくださいませ」
ロザンナ以外の全てに、霜が降り始めた。
「最初からずっと考えておりましたとも。ノア君と百合芽ちゃんは強者らしく随分余計なことを考える余裕がおありだと」
周囲の冷気を斬り払うかのように、竜の翼が背に展開。
「わたくしにはお二方のような余裕がありませんわ。持ちたくとも、持てやしない――」
否、それだけに留まらず彼女の手足が鱗や鉤爪で覆われた人外じみた装いと化す。
「あはははは! 不味いことになったよ百合芽嬢! 目の前の敵に集中し過ぎたあまり、僕らは竜の逆鱗に触れてしまったようだ!」
最後に竜の尾が天高く掲げられ、【凍竜】ロザンナが完全武装を終えた。
我に返ったノアは、心底楽しそうに絶望的な現実を言の葉として紡いだ。
「……っ、仕方ないですね!」
ここまで来てしまえば、同族の争いにうつつを抜かしている場合ではない。
自分達が踏み抜いた地雷の対処が何よりも優先される。
荒ぶる絶対零度。今にも我が身を貫かんとするブリザードから身を守るべく、二人は協力しての行動を開始。
装飾銃の引き金を引いて作り出したノアの結界を補強するように、百合芽が独立した蔓を這わせていく。
ロザンナ本人の自己評価はいざ知らず、彼女の純粋な戦闘における実力は、ノアと百合芽を遥かに凌駕していたのだ。
「死なない程度にぶちのめして差し上げますわ!!」
かくして氷を統べる竜が、禁域にて放たれてはならないはずの一撃を解き放った。
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