第15話 御影君のそういうとこ……かっこいいね
煮えたぎる頭の中、駆け巡るのは過去の一部分を切り取った映像。
一歳にも満たない百合芽を連れた両親の歪んだ顔を、物心がついていない時期にも関わらず、彼女は呪いのように今更ながら思い出す。
「全部あなたが悪いのよ」
「そうだぞ、母さんの言う通りだ。父さん達の今までの積み重ね、順風満帆に見せかけた人生を破壊したのは、他ならぬおまえだけが原因さ」
「あなたが産まれたことがきっかけで、本当に私達は上手くいかないの。何もかもが滅茶苦茶になってしまったわ」
「今までなあなあにすることで成り立っていた幸せが、崩れてしまった。父さんの借金も、母さんの浮気も、これまではお互いに隠せておける範疇だったのに」
「不幸ばかり引き寄せる」
「運の悪さが尋常じゃない」
「百合芽は人を不幸にする娘」
「百合芽は産まれてはならない娘だった」
「だから私達と一緒に死にましょう?」
「人間の責任として絶対にここで化物を殺しておかなければ。そう、これは世のため人のため、いわゆる善行なのさ」
両親は笑い合った。赤ん坊の百合芽は何を感じ取ったのかまでは思い出せないが、ひたすら泣いていた。
母親が百合芽を締め上げるかのように抱いて、父親がハンドルを乱暴に切った。
それだけの動作で、猛スピードで山道を駆けていた車が、ガードレールさえ飛び越え落下していく――。
「……好きで産まれたわけじゃあ、ないのに」
自らの力を解放し、悪意を増幅させることでおびき寄せた
「でも……この通り。私はここにいる……」
逃れようと足掻く獲物達。
「……だから、どれだけ不幸を振り撒いても、知るものか。産まれた以上は生きたいと願うのが当然……。そもそも増幅された悪意なんて……元はといえば……おまえ達の中にあるものだろうが……私だけのせいに……しないで……」
されど百合芽の肉体から生え伸びた蔓が、
「……おまえ達が私の死を自らの平穏のために願うのならば、私の掴みたい幸福のためにおまえ達が死んでくれても……構わないってことだよなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
私が大嫌いな人間は私の幸福のために死ねばいい。百合芽の奥に隠されたドス黒い感情は、要約すればそんなところだろうと、予測する千里。
誰かのための憤怒ではない。身勝手で自分勝手な百合芽のためだけの怒り。
「よく言った」
それを千里は肯定した。
「【呪剣】殿! 瘴気が濃過ぎてバスが動かせません!」
しかしこの場で余裕綽々なのは千里限定である。
グラウンドに残された生徒達は百合芽の瘴気にあてられパニックに陥っており、そんな彼ら彼女らを保護しなければならない立場である赤薔薇商会の職員達の焦燥は増すばかり。
「あぁん? 残ってるのは主に羽衣のクラスメイトだろ? だからいいんだよ」
「一般人を巻き込みますが!?」
「一般人じゃねぇよ。被害者ヅラしやがった加害者共だっ!!」
こうなった千里は
焦りこそあるが最早慣れた流れでもあることで、職員達は各々最悪の事態に備えて行動を始めた。
「おまえ……もしかして、御影なのか?」
「嘘だろ!? あのボンクラな御影がまるで……」
「雑魚共」
口々に喚くクラスメイトに向かって、千里が振り向いた。
「そろそろ余計な口は閉じやがれ。でないと――俺が斬るぞ? 目障りなてめぇらをな」
刀を肩に担ぎ、ニヤリと嘲笑う。
その荒々しくも悠然とした様は、皆の知る冴えない男子高校生ではなかった。
元よりそんなものは、千里が人間に溶け込むための虚像でしかない。
「私は……悪意を増幅し、増幅した悪意を一身に受ける
「ゆえに今ここで……私に悪意を押し付け続けた者達を、喰らうんだよ。人を呪わば穴二つってね……あはは」
幾重にも蔓が巻き付いたことで植物人間のごとき様相。されど
「ご丁寧にどーも」
挨拶をされた。人間だと思い込んでいた羽衣百合芽ではない、
「俺は
お世辞にも礼儀作法に秀でているとは言えない千里が、改まった彼女に合わせ
「だーがな。一応ではあれど俺は
しかし御影千里は赤薔薇商会幹部、手練の
人間に対して強い思い入れを持たず、また個人的にこの高校の人間は大嫌いだったものの、一人を敢えて見捨てた以外は、カレン・スカーレットローズの慈悲に免じて死なせるつもりはなかった。
「これを斬ったら高位の
二人が話をしている間にも、百合芽が高々と掲げた右手の上で、巨大な白百合が花弁をほころばせていた。
毒々しい色味の紫。シャボン玉のようなナニカが白百合の花を母体に、世界に放たれんとしている。
「それとも、私に直接攻撃する……?」
今の百合芽は
その事実を自信の根拠に、先程よりも底上げされた能力値で千里を迎え撃つ覚悟すらあるのだと宣言した。
「私は……初めて私に優しさをくれたアリアちゃんと御影君に感謝をしている……の。傷つけたくないから……そこにうじゃうじゃ湧いている糞共の前から……どいて?」
暴走の果てに行き着いたところで、アリアと千里に感謝し、二人を親しく想う心は失われていないようだ。
あくまで百合芽が殺したい程に憎いのは、二年B組のクラスメイトであり、千里ではない。
「羽衣よぉ、あんまし俺を舐めてかかっと痛い目見んぞ?」
だが、そんな心配は無用だとばかりに、千里が肩を竦めた。
「俺は全てを斬ることが出来る」
相応の自負と共に、千里は堂々と言い切った。
「そっか……、うん。御影君のそういうとこ……かっこいいね」
「おう、ありがとよ」
虚勢ではないと、自然体のまま発せられたモノだと理解したことで、百合芽の口からは簡単に褒め言葉が発せられた。
「俺も、今の羽衣の方が魅力的に感じるぜ?」
「……えへへ、嬉しい」
義理でも何でもない、素直な気持ちを吐露する千里と照れる百合芽。
両者友のように優しく、穏やかに微笑み合ったことが、
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