第13話 誰のシマに手を出したか、思い知らせて差し上げないと

【赤薔薇商会情報班報告書 調査対象:羽衣百合芽(十七歳)】


・日本人の父親。イギリス人と日本人のハーフである母親。夫婦の元に長女として誕生


・仲が良かったはずの夫婦が突然仲を悪化。原因は互いの浮気や金銭トラブルが、羽衣百合芽の誕生後に続けて明るみに出たことによる


・生後間もない羽衣百合芽と妻を連れて、錯乱した父親が無理心中を試みる。車で山道から落下し両親は死亡したにも関わらず、羽衣百合芽だけは生存


・親戚の家を転々とするが、羽衣百合芽を受け入れた家が火事や水害に見舞われるなどの不幸に遭う。もしくはそうならずとも露骨に疎まれ、ネグレクトを始めとした虐待を受けることが多く居場所が定まらない


・一度施設に預けられたこともあるが、羽衣百合芽以外の全員が原因不明の病にかかり、疫病神と恐れられ親戚筋に送り返される


・幼稚園、小学校、中学校、高校では日常的にいじめを受ける。教職員に発覚した場合もあるが、いかなる例外もなく羽衣百合芽が全て悪いと認識され事態が改善されたことはない


・中学卒業後援助を受ける形で親戚から離れ、一人暮らしを始める。強盗に三度襲われ、三度とも大怪我を負う。然るべき機関に相談したところで羽衣百合芽が全て悪いと認識されまともに取り合われたことがない


・青信号での歩行中、信号を無視したトラックに轢かれかけた。しかし羽衣百合芽が悪いと運転手と目撃者が揃って証言……





「難儀な人生を歩んでいるものね、百合芽お姉様」


 不幸体質を自称する少女の、異常に過ぎる人生の一部をつづった報告書に向けていた目線を、赤薔薇商会の長――【人類を妄愛する至高の幼女】にして【世界最終】カレン・スカーレットローズが扉の側に移す。


「マスター」


 近隣の対カースギルドが利害を調整するために定期的に集う会合。参加者たるカレンにあてがわれた控室へ入って来たのは、彼女の懐刀にして一番弟子――メイドのロザンナだ。


「――ロザンナお姉様。もうそんなお時間?」


「他のギルドの長たちがお待ちです。どうぞこちらに」


 銀色の長い髪を編み込みながらもまとめ上げ、ニコニコと目を細める長身の美女が、ドアを開けてカレンを待つ。


「退屈だけれど、怪物がヒトとして生きるためには、やりたくなくともやらねばならないことがたくさんあるのが道理。粛々しゅくしゅくと参りましょうとも」


 読んでいた資料を、垂れ耳が特徴の兎のぬいぐるみに食わせることでしまい込み、小さな歩幅でカレンは控室のドアを潜った。


「先程お読みになっていた資料はについてですか?」


「そうよ。千里お兄様と百合芽お姉様の喧嘩が始まったことだし、もう一度目を通しておこうかと思ったの」


 長い廊下をカレンが歩み、その後ろをロザンナが楚々とした足取りで付き従う。


「極東連盟の無礼者共が横槍を入れてきたとの報告もつい先程本部の情報班から上がりましたわ。どうやら対処に赴いたのはアリアちゃんだそうですわね」


「アリアお姉様であれば、きっと大丈夫。私達は信じて待つのみよ。ふふっ、それにしても――」


 フリルとリボンが過剰なスカートをひるがえし、カレンはぬいぐるみに顔をうずめながらも、唇の端を吊り上げて嘲笑う。


「敢えて泳がせておいただけなのに、分を弁えぬ若造が揃いも揃って……ねぇ? 誰のシマに手を出したか、思い知らせて差し上げないと」


「その通りですわ、マスター」


 可憐にして傲慢。


 美しい娘の皮を被った、怪物。


 主たる幼女の酷薄極まりない姿こそが世界に唯一の至高であると、彼女を盲信するロザンナは信じて疑わなかった。








 一方その頃、千里と百合芽の戦いは未だ激しい熱と共に続けられていた。


 千里が刀一本で攻め立て、百合芽が多種多様な能力を駆使して剣撃を絡め取る。


 今も百合芽に肉薄した千里が突きを見舞ったが、器用につるをしならせることで対処。さらに追撃を試みる彼から距離をとることに成功した。


「羽衣」


 油断なく刀を構えながらも、閉じたままであった口を突然、千里が回し始めるのだ。


「話し合いはなし……じゃあなかったのかな?」


「ちげぇよ。俺の、独り言だ」


 くつくつ、と。どこか意地悪げに笑った後。


「強いな」


 続いた言葉は、驚く程に真摯な響きを帯びていた。


「……私、御影君に押されっぱなしだよ?」


「そりゃそうだ。てめぇはついさっきまで一般人だと思い込んでいやがって、かくいう俺は一応プロの夜の狩人ハンター。戦闘技術で負けてたまるか」


 何故そんな言葉を投げかけられたのか心底分からないのだと、百合芽は首を傾げていた。


「ただ、俺もおまえと同じ。人間だと思い込んでおきながら、知らん内にカースに汚染されて、カースに反転しちまっただ」


 されど百合芽の態度には一切構わず、千里が掛け値なしの本音を言の葉として吐き出していくのだ。


「だから分かんだよ。一度カースとして暴走すりゃあ最後、魔力で治療を受けるか出し尽くして消耗するかまではこらえなんか効かねぇっつーのに、羽衣は俺が気を引いているとはいえ、狩場と化したこの学校を積極的に活かそうとはしねぇ。会話に応じる余裕すらある。精神力の強さにおいては、俺よりも勝ってるだろーぜ」


「あんまり持ち上げないでくれる……? 私という大したことのない存在を……」


 自分に対する称賛が不愉快であったのか、苦虫を噛み潰したかのような表情をする百合芽。


「あぁん? 褒めるのは俺の勝手だろーがくそったれ。でもよぉ、このままだと具合が悪ぃのもまた事実」


「どういうこと……?」


「俺はこの戦いで羽衣の本心を引き出したい。暗くよどんだ心の底までを、ありったけ」


 余程自分自身のことを嫌悪しているようだと、客観的に千里は分析した。


「おまえを勧誘するためってんなら、手段は選ばず、やらせてもらうぜ」


 けれども、


 だからこそ、千里は動く。


 百合芽の視認出来る速度を超えて、刀を一閃。


 事態に一拍遅れて気がついた百合芽が目を見開きながらも何とか防御姿勢をとろうとするが、先手を千里に譲ってしまった以上、最早どうすることも出来ない。


 千里が斬り裂いたのは、空間。


 丁度、二人の間に位置する空間を斬ったものの、世界そのものの回復力はずば抜けている。この程度の斬撃であれば、傷付いた空間は即座に修復されるのだ。


 しかし修復する際の衝撃は、空間を斬り裂いた以上の大きさで二人を叩いた。


「きゃあっ……」


 千里と百合芽、二人は猛烈な力で殴り飛ばされ、テニスコートから吹っ飛んでいく。

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