第12話 全ては旦那様の御心のままに

 町を一望出来る高所。


 高台に位置する自然公園の展望台では、長閑のどかな町に似つかわしくない、物々しさに満ち溢れた集団が陣取っていた。


「――隊長、申し訳ありません。二発共に外しました」


 物騒極まりない発言をするスーツ姿の女、狙撃銃を構えた彼女の視線の先には、とある公立高校のテニスコートが。


「いいや、気にするな。覚醒したばかりの羽衣百合芽はごろもゆりめの方はともかくとして、あの【狂剣】相手に狙撃が通じるとは思ってないよ」


 狙撃手の上司と思しき男は、部下の失態を予定通りのものであるとして責めることはなかった。


「狙撃の主目的はあくまであぶり出しだ。そして取り込み中の【狂剣】が襲撃されれば、【人形】は黙ってはいない」


 ただの温い慰めではなく、この流れは自分達にとっての計画通りであるのだと宣言するのだ。


「来るぞ。全員、配置についてくれ」


 視界の先にあるテニスコート。


 先程までは【狂剣】御影千里、【人形】アリア・ナハト、そして自らを人間だと思い込んでいたカース――羽衣百合芽がいたはずの空間には、現在二人しか残されていなかった。


「赤薔薇商会。最強と言えば聞こえはいいが、実際には対カースギルドの誇りも何もない、力を追い求め、力に狂った無法者共の集いである」


 一人が確実にこちらへ向かっている。横槍を入れようとした同業者を目標と定めて。


「この高校の惨状だってそうだ。羽衣百合芽を尊重し過ぎたあまり、罪なき若者達がカースの脅威に晒された」


 そう判断した夜の狩人ハンターの男は、狙撃手の女を加えた十名程の部下を迎撃に適した配置につかせ、自らは先頭で敵の来訪を待つ。


「おぞましき【世界最終】の一角、【人類を妄愛する至高の幼女】カレン・スカーレットローズと彼女のメイドである【邪竜】ロザンナは定例会議で遠方に滞在しており本部には不在。【雌狐】ノア・ナハトが禁域から表に出てくることは滅多にない。然らば、我ら極東連盟第三部隊は総力を挙げて赤薔薇商会を慎重に丁重に潰してみせよう」


 極東連盟幹部にして第三部隊隊長、夜の狩人ハンター平田涼斗ひらたすずとは赤薔薇商会に致命的なスキが生まれる日をかねてより狙っていた。


 全ては【世界最終】との関わりが深い赤薔薇商会に一矢報いる未来を実現するためだけに。


 羽衣百合芽絡みのこの案件が絶好のタイミングであったのだと、今彼は強く確信している。








 千里と百合芽を襲った狙撃。その直後のこと。


「俺個人かお嬢カレン姐さんロザンナ先生ノアに対してか、あるいは赤薔薇商会全体かどうかまでは分からんが、恨みを買う心当たりは吐いて捨てる程にありふれてると来たモンだ。くそったれめ」


 周囲への警戒を怠らないまま、【呪剣】にして【狂剣】御影千里が悪態をつく。


「アリア」


「はい、旦那様。何なりとご命令を」


 彼に付き従う【炎槍】にして【人形】アリア・ナハトは、貞淑な妻のごとく千里の言葉に反応を返した。


「おまえは身内相手の斬った張ったは向いてねぇだろ」


「不甲斐ない妻で申し訳ありません」


 無表情を保ちながら、口元が微かに自責で歪んだことを、千里は見逃さない。


「責めてねぇって。適材適所だ。行け、邪魔者をぶっ潰して来い。ただしヤバくなりゃあすぐ俺のトコへ戻れよ」


「かしこまりました。全ては旦那様の御心のままに」


 淑やかな一礼を披露した後、炎の槍を携えたアリアは驚異的な跳躍力を駆使して、敵が存在すると思しき地点へ向かっていった。


「一人で行かせて良かったの……?」


 そんなアリアの様子を、未だ暴走中であるにも関わらず、まるで友にするかのように百合芽は心配げな眼差しで見送るのだ。


「つっても、羽衣よぉ。おまえまだ治まってないだろーが」


「それは……そうだけど」


 思わず苦笑してしまう千里と、やはりウロウロと視線を彷徨わせる百合芽。


「シャキッとしろやオラ。続き、始めんぞ。第一、俺の嫁はもろくもなけりゃあ弱くもねぇ。俺らごときの心配なんざ無駄だよ無駄無無駄」


 雑念は振り払い、戦いの続きを始めるべく、千里が一足飛びに百合芽との間合いを詰めた。








 炎の槍が、振ってくる。


 平田達がそう認識した直後、自然公園の展望台は一瞬にして火の海に包まれた。


「挨拶も無しに攻撃とは……相変わらず赤薔薇商会は血気盛んな夜の狩人ハンターしか在席していないようだな」


 彼とて極度のカース嫌いとはいえ夜の狩人ハンターであることに変わりはない。


 カースの汚染を受け入れることこそが、最も容易な夜の狩人ハンターになる方法。


 幹部級に相応しい質の瘴気で防御壁を形成して自分と部下をガードした平田は、今しがた舞い降りた炎の槍の使い手を嫌らしく煽る。


「二つ程、反論を」


 感情の乱れは欠片も感じられない。完成された無表情を炎の槍の使い手たるアリアは保つ。


「一――先に旦那様と百合芽殿に奇襲を仕掛けたのはそちらです」


 先程までのジャージ姿とは異なり、今のアリアは魔力で編み上げたシスター服に身を包んでいた。


 全体的にではあるものの、特に足の辺りの露出が激しい。しかしそこに着目するのは千里くらいのものである。


「二――そもそもこの町は日が浅いとはいえ赤薔薇商会の管轄。百合芽殿との一件も、環境整備に明け暮れる我々の仕事の一環でした。弱小ギルドの集合体、有象無象の寄り合い所帯……失敬、部外者たる極東連盟の皆様が通達なく武装した上で侵入するのは規約違反ではないでしょうか」


 正式な戦闘装束で敵と向かい合いながら、冷静な語りの中に返礼という名の僅かな皮肉を織り交ぜつつ、それでもアリアは敵との対話を試みるのだ。


「至極ごもっともだよ、【人形】。だが、赤薔薇商会の幹部をざっと二名程度殺し、ついでに羽衣百合芽も処分しておけば、多少の規約違反くらいどうってことのない大戦果さ」


 けれども【世界最終】の存在を危険視し、ゆえに【世界最終】そのものが率いるのみならず、【世界最終】候補すら在席する赤薔薇商会を敵と見なす極東連盟の側は、乾いた憎悪しかアリアに返すことはない。


「訂正を願います。私は【炎槍】。【人形】と呼んでいいのは私を除けば世界にただ二人。私の家族に限定されておりますので」


「【人形】の分際で随分と我が強いようだね。所詮は道具に過ぎない身の上だろうに」


 まだ誠心誠意対話に応じるのであれば、手心を加える余裕が生まれたはずだ。


「私は道具です。旦那様に捧げられるために造られた女の子ですから。えぇ、えぇ、断じて貴様らの言うことを聞くようにはしつけられていないとお答えしましょう」


 されど平田達極東連盟の面々は、アリアを嘲笑と共に人形と呼ばわった上で侮辱した。


 それだけなら何とか許せるにしても、千里と百合芽に危害を加えようと画策している時点で、彼らの生存をアリアが許容する未来は途絶えた。


「生き方を決められております。死に方を決められております。しかし嘆くことはありません。むしろ悦びです。幸福です。自然に育まれた人間ならばいざ知らず、所詮私は【魔女】に産み落とされた魔導人形」


 決断したアリアが、朗々と確かなプライドをもって宣告する。


「せめて人形として、愛しい旦那様に相応しき誇りを抱いて戦いたいと、そう願います」


 今から容赦なくほふる相手へ、アリア・ナハトの生き様を突きつけてやるのだ。


「つまり?」


 平田が先を促す。


 アリアは頷き、答える。


「私の大事な旦那様と初めて出来た友人に手を出したからには、ここで貴様らには命を終えて頂きたいとの提案を申請します。異論があろうとなかろうと、速やかに死んでください」


 炎の槍を天高く掲げるのは、宣戦布告を終えた【魔女】の最高傑作。


 千里のために造られた魔導人形が、澄んだ銀の瞳に苛烈な殺意を宿した。


 ベールとそれに覆われた艷やかな長い黒髪が、彼女の魔力によって生み出された熱風にたなびいていた。

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