第11話 まずは四の五の言わずに殺り合おうぜ

 支えていたアリアを背に置いて、千里が前に出る。


 彼の体内からはドス黒い瘴気が滲み、動けずにいた生徒や教職員達が生物としての拒否感に従うかのように、その場から逃げ出していく。


 先程重症を負った女子生徒も意識が戻ったようで、今は友人の肩を借りて逃げ出していた。


 つるを生やした百合芽が、手近な獲物を逃されてしまったことで苦笑と共に身体を揺らしていた。しかし彼女の興味は千里に向いており、どこか毒気が抜かれたかのような姿ではあったのだが。


「俺はアリア程甘くもねぇ。賢くもねぇ」


 そう言って、千里が手招きをするかのように刀を前に突き出した。


「俺と羽衣はお仲間で同類だ。一から十まで話し合って考えをすり合わせる――ハッ、んなまどろっこしい真似なんぞ出来てたまるか。まずは四の五の言わずに殺り合おうぜ。生憎と俺らは死ににくい」


 長々と言葉を重ねることなく、どこまでもシンプルに千里は己の取るべき行動を選択する。


「……じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」


 クスクスと百合芽が笑った。


 心から楽しそうな笑顔だ。


 抑え込んでいた鬱憤を晴らせる――否、それだけではない。


 望む望まないに関わらず、その身をカースに汚染された者は、大なり小なり闘争を求め、戦闘狂になることが多いとされている。


 夜の狩人ハンターの一般的な汚染率さえ超えて、ほぼほぼカースの側に反転しかけている千里が闘争を好むのは当然。


 さらに今現在の百合芽に至っては、治療を受けている千里以上に生物としての安定からは程遠い。やはり好戦的になるのもやむを得ないことではあった。


 高校の人間とカース――本人の意図せぬ内に狩場へと引きずり込んでいた獲物をいたぶり、カースとしての本能を満たす予定から外れる形で、千里との闘争を百合芽は選択した。


 自らを虐げた人間や有象無象の雑魚と比較するのもおこがましい程、御影千里という存在が、羽衣百合芽にとって殊更魅力的に感じられたのだ。


 千里が間合いに踏み込み、百合芽が蔓を伸ばす。


 斬り上げた刀は、鞭のようにしなる蔓によって弾かれた。


 刃と蔓が直撃する音が何度も響き渡るが、異様な硬度を蔓が誇ることで、千里の斬撃は中々通らない。


 だが、千里の表情に焦りはなかった。


「俺に斬れないモノはねぇよ」


 瞬間、百合芽の目からは千里の姿がブレたように感じられた。


 そう知覚した次の瞬間には、百合芽を覆う蔓が全て斬撃の下に散っていた。


 彼女を守る蔓は失われている。


 千里の刀が百合芽の胴体に届くのは確実だと思われた――が。


「……御影君が剣士だっていうのなら。距離を詰めるのは……愚策だね」


 既にテニスコートのならされた地面に敷き詰められている百合の花。


 楚々と風に揺られていたはずの純白が、巨大な人喰い花と化し、百合芽と千里の間へ一斉に割って入るのだ。


 千里は殺意を伴い殺到する白百合の群れに対処せざるを得ない。


 けれども体内を巡る瘴気で硬化させてあった蔓とは異なり、人喰い花はまだ脆い部類だ。


 数だけは多いものの、刀を一閃するだけで、一切の例外なく人喰い花が倒れ伏せた。


「おらよっと」


 百合の花を斬り裂いたことで撒き散らされた毒。もうもうと立ち込める毒霧から逃れるために、千里は上空へと飛んだ。


 しかし地上から鋭い軌道を描いて、再度生やしたと思しき蔓が二本、彼を狙い済ます。


 それでも蔓の一本を器用に踏みつけ、残る二本目は刀の重量を直接叩きつける要領で、不安定な姿勢であることから斬るまではいかないにせよ、叩き潰すことには成功。


 牽制として上空から地上へと着地する傍ら斬撃を百合芽の側に飛ばす。とはいえ当然のように百合芽は蔓を操り、直撃を逸してみせたのだが。


「旦那様! 百合芽殿! 狙撃です!」


「――っ、」


「ん……」


 二人の戦闘を見守っていたアリアが、無表情を焦燥に染め、戦闘に集中する千里及び百合芽へと警告を発する。


 千里は瘴気で形作られた弾丸を刀で薄くスライスし、百合芽は純白の人喰い花を盾にすることで事なきを得たものの、二人の喧嘩に横槍が入った事実は覆しようがない。

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