第6話 百合の間に挟まっていかれるというのであれば、その蛮勇を喝采しましょう
「つまり御影君と
「馬鹿みてぇな解釈の仕方だな」
「……えへへ、それ程でも」
「いや、褒めてねぇから」
ざっくりとした理解に千里が呆れた表情を浮かべるが、百合芽の側に堪えた様子は見受けられなかった。
「私の見立てだと百合芽お姉様は一般人にして
「――父上は今、眠っておられます。一週間は起きて来ませんよ。相変わらず間が悪い方ですね」
カレンの言葉に続けて口を開いたアリアは、そこで大きなため息を吐いた。
「まーまー。そう先生のことを悪く言うなよ、アリア」
「反抗期ですので」
千里を旦那様と淑女のごとく呼び慕うアリアではあるものの、諸事情によって父親に対しては厳しい態度を崩さない。
けれど、アリアの父親は千里にとって家族の一人のようなものであるため、自然と彼を擁護してしまうのだ。
「というわけで、一旦百合芽お姉様を赤薔薇商会で保護させて頂くわ」
ぴょこんと飛び跳ねながら、耳の垂れた兎のぬいぐるみを手にして、カレンは
「今のところ何が原因でそんな体質に目覚めたのか、先天的なのか後天的なのかすら分からないけれど、そちらの方がうっかり暴走した
「お嬢の提案自体は賛成だが、日本の女子高生をいきなり長期間別の場所に住まわせるってなると、親御さんとかにどう説明すりゃあいいんだ?」
常識に疎いことを自覚しているとはいえど、このような懸念が千里から挙がったのは至極最もなことで。
「……そこに関しては気にしないで。私……、一人暮らしだからさ」
「ん、そうなのか?」
「うん……」
しかし彼の心配は百合芽の困ったような笑顔によってやんわりと否定された。
「百合芽お姉様は引き続きこのお部屋を使って頂戴。アリアお姉様、色々と心細いだろうから、女の子同士是非助けて差し上げて?」
「分かりました。私個人としましても、同性の人間というものに興味がありました。これは観察のための良い機会です」
そうして百合芽が千里達の所属する対
「羽衣さん、改めてよろしくお願い申し上げます」
「こちらこそ……、よろしくお願いさせてもらう……ね」
無表情を崩さないアリアと、笑顔と呼ぶには微妙過ぎる笑みを貼り付け続ける百合芽。
「早速一つ、質問をしたいのですが」
「えっ、どうしたの……?」
「その憎たらしいまでに大きな胸はどうやってこしらえたのかをお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「……胸ぇっ!?」
両者共に纏う雰囲気は正反対。
されど相性がそう悪くないであろうことは、男である千里の目線からも見て取れるのだ。
あの困り切った百合芽の微笑みが、アリアとのやり取りによって、徐々に楽しげなものへ変じているのだから――。
「ロザンナお姉様が心配なさっているだろうし、私はそろそろ禁域に戻るけれど、千里お兄様はどうされるのかしら。百合の間に挟まっていかれるというのであれば、その蛮勇を喝采しましょう」
からかい混じりに、それでいて愛らしく小首を傾げたカレンが上目遣いで千里に問いかける。
「キッツい冗談はよしてくれや――おーい、アリア。俺は先にお嬢と禁域に戻るから、羽衣と仲良くしてろ」
「旦那様、晩御飯のご準備は……」
「一食くらい自分で何とかすんよ。じゃあな羽衣、アリアをどうかよろしく頼む」
アリアは特異な環境で育ったために、同性にして同世代の友人が皆無。
妹にして恋人にして伴侶。
そんなアリアの情緒が百合芽との交流をトリガーに発達することを切に願い、千里はカレンと連れ立って部屋を後にした。
「お嬢」
「えぇ、千里お兄様」
千里とカレン――大きな部下と小さな上司。
二人はビルの最上階に向かう唯一のエレベーターに搭乗していた。
「どれもこれも、全部嘘っぱちだろーがよぉ?」
「唐突に突きつけられた真実は人を殺すことだって容易だわ」
「お嬢をああも怖がらない時点で、羽衣が人型の
まだ詳しい事情を知らないアリアを一人置いて行くことに抵抗がなかったわけではないが、彼女はあれで頑丈だ。人や
その上で、百合芽からアリアに対する敵意も感じられなかった。何かあればすぐに駆けつけるつもりでいるのだが、一応は双方を信頼し、友情を深めて欲しいと願った形になるのだ。
「当人がそう願うのならば、人間よ。千里お兄様だって、百合芽お姉様だって。勿論、覚悟の上で堕ちる行為を否定することは断じてないので安心なさってね?」
「どーも」
気怠く答えたが、これに関して千里はカレンに感謝するしかなかった。
【世界最終】の資格を得ている千里を化物に仕立てようと目論む者、あるいは先んじて千里を抹殺しようと試みる者が多い中、カレンは自身も【世界最終】であるにも関わらず、当人の自由意志を尊重する姿勢をかねてより維持しているのだから。
「肉体と精神を汚染されてほとんど反転していても尚、自身を頑なに人間だと思い込んでいる限りなく
「ダウンした先生が目覚める一週間までの間が勝負ってことか。ギルドで籠城って手段をとれりゃあ楽なんだろうが」
「神経質になり過ぎるあまり、下手な違和感を与えれば、百合芽お姉様は遠からず自壊するでしょうね」
「オーケー。斬ることしか能のない俺は、精々やれることやるっきゃないってわけだ」
そこで、エレベーターの上昇が止まった。
「高校生活、続けられそう?」
「後一週間の辛抱ってんなら、まぁ。羽衣のこと見捨てんのは後味が悪ぃからな」
開いた先はオフィス風の近代的な内装からはかけ離れた世界。
ビルの最上階には明らかにあらゆる法則を超越したと思しき複数の屋敷や鬱蒼とした森が広がる箱庭めいた光景が。
ここが、禁域。
赤薔薇商会の一般職員は立ち入りすら許可されない、幹部級以上だけが住まう場所。
とはいえ同じ
「私とてそこに関しては同意見よ。ただ、千里お兄様が外の人間に、そこまで肩入れするのは珍しいじゃない?」
「……」
全くもってカレンの言う通りであったので、思わず千里は口を閉ざしてしまう。
そして現代的なエレベーターの中から、土の匂いのする地を踏みしめ、恥じるかのごとく語った。
「……身勝手に、重ねちまったんだよ」
微睡みから覚めた百合芽の恐怖と警戒心の滲んだ殺意は、千里自身種類こそ異なれど、本質的に持ちあわせている類の衝動であったのだ。
そこに共感を覚えなかったかと言えば――嘘になる。
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