第4話 お嬢の気まぐれとだけ答えといてやんよ

 千里のような素体は人間でありながら汚染が進み、適応し過ぎたことで存在自体がほぼほぼカースという例外はまま起こり得る上に、夜の狩人ハンターの半分以上はカースほふる力を手に入れるために望んでカースによる汚染を受け入れた者達である。


 それでも、基本的にカースカースによる同士討ちはないと言って良い。


 外からやって来たソレらは、どんな形であれこの世界に災厄をもたらす意志と高度な知性を内包しており、内輪で争うような愚はまず犯さないのだ。


(今の攻撃は羽衣を狙ってた。となるとカースの線は消えたか?)


 当然、カースを取り込んでいるとはいえど、人類の守護を望む夜の狩人ハンターがソレらにとって優先すべき敵であることに違いはない。ゆえに羽衣百合芽が夜の狩人ハンターである可能性は完全には捨て切れないものの、


「はわわわ……刀っ!? 学校で刃物を振り回してたら、大変なことになっちゃうんだよ……!?」


(演技が上手いと仮定しても、何か素人臭ぇんだよな)


 しかし今は正体不明羽衣百合芽より確実な脅威への対処が先決。


 水の杭を刀で薙払った体勢のまま、油断なく上空を見据えるが、カースは奇襲とその次の百合芽を狙った攻撃以来、沈黙を続けていた。


「旦那様、助太刀は必要ですか?」


「いや、これくらいなら必要ねぇ。羽衣の護衛を頼むぜ」


「かしこまりました。現時点のみ人間、羽衣百合芽の命を旦那様と同等のものと認識致します」


 仰々しく頷いた後、アリアは制服のスカートを自ら大胆にはだけさせた。


 スカートに隠される形で太ももに巻きつくベルト、そこにあらかじめ取り付けておいた部品を手早く組み立てることで、ロッドが形成される。


 彼女が体内の魔力をこめることで、ロッドの先端に炎の刃が出現し、まるで槍を模したかのような武装が顕現。


「えぇっ……!? 燃えて……る!?」


「驚くことはありません。これが私の戦い方ですから」


 不可解な超常現象の数々に狼狽を隠せない百合芽。


 しかし炎の槍を構えたアリアからしてみれば、背後に庇う百合芽の方がよっぽど得体の知れない存在であるのだが。


「――炎の槍、【世界の理に反逆せし至高の魔女】の系譜に連なる魔力の持ち主……なるほど、常と格好が違うから気づかなかったが、【人形】アリア・ナハトか。すると刀使いの貴様は【狂剣きょうけん】御影千里に相違なかろう」


 声が、響いた。


 そう認識すると同時に、水がヒトガタとなった上で地上に屹立きつりつし、千里らに語りかけて来るのだ。


「その名前で俺を呼ぶんじゃねぇよゴミカス野郎。【呪剣】だっつってんだろーがよぉ」


 刀を手に臨戦態勢を解かないまま、千里が低く吠えるように凄んだ。


「訂正を求めます。私は【炎槍えんそう】アリア・ナハト。【人形】と呼ぶことを許可したのは世界にたった二人だけですから」


 淡々と、だが確かな敵意をこめてアリアが不快感をあらわにした。


夜の狩人ハンターが学生の真似事とは。どういう風の吹き回しだ?」


「お嬢の気まぐれとだけ答えといてやんよ」


「あぁ、そういえば貴様らは【人類を妄愛する至高の幼女】の部下だったな……全くもって忌々しい」


 やれやれと、水のヒトガタが首を横に振った。


 人間ではないのに、まるで人間であるかのように。


「そっちこそ白昼堂々推定一般人を襲うなんざ随分と思慮に欠ける振る舞いなこった」


 剣を交える前に、一応ではあれど軽い揺さぶりはかけておく。


 しかし千里は口こそ悪いものの、交渉や腹芸といった頭を使う分野には弱く、今の言葉には些細な嫌がらせ程度の意味合いしかありはしない。


「何故、だろう」


「――あぁん?」


 ここで雨のカースが揺らぐとは微塵も想定していなかった。


「私はカースだ。遣わされ貴様らに害をなさねばならない。人を殺すことは当たり前」


 うわ言のごとくカースは己の内に抱える疑問点を吐き出した。


「だが何故今なのだ。何故ここで事に及ぼうと考えたのか。幾ら姿形が普段と異なるとはいえど冷静に観察すれば夜の狩人ハンターが二体いたことは気付けたはずなのに。何故、何故、何故、何故、何故、あらゆるリスクを私は無視して、ただの女に強烈な敵意を抱いた?」


 不気味な挙動が始まった。


 ガクガクガクと、水のヒトガタはその身体を奇妙にカクつかせ、そうして不意に全ての動作が停止する。


「だが惹かれる。惹きつけられてしまう。その女を殺したいという強烈な衝動が、私本来の役目すら置き去りに膨れ上がるのだっ!!」


 水で形作られたヒトガタが破裂。


 しかし消えたわけではない。


 本来の形、雨に戻っただけのこと。


 水の杭は渦を巻いて、直進。破壊力こそ周囲のベンチや花壇、コンクリートで舗装された道すら巻き込む程のものだが、千里から言わせてみればそれまでのこと。力押しであまりにも芸がない。


 本来であればもっと嫌らしい戦い方も出来たはずだろうに、雨のカースは正気を失ったかのように振る舞い続ける。


 刀を無造作に一閃。それだけで無数の水の杭と化したカースの瘴気が断ち斬られた。


 意志を失った雨が千里の元に降り注ぐも、最早カースの生命エネルギーたる瘴気はそこに含まれておらず、彼の髪を染めていた黒の染料が流れ落ちるのみ。


「随分とまぁ……拍子抜けじゃねぇか」


 とはいえ、何事もなく終わったこと自体に文句はない。


 そう気持ちに区切りをつけ、雨のカースの瘴気が完全消滅したことを確認。彼はアリアと百合芽の側を振り返った――が。


「羽衣っ!?」


「――!!」


 千里とアリアが見守る中、意識を失ったと思しき百合芽が、糸がプツリと切れたかのように崩れ落ちていく。

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