Dear 〝You〟

紡生 奏音

発芽 ~小学生~

 彼女と初めて会ったのは小学生の時だった。


 ――ある日、僕がずっと暮らしてきたウチの隣に、新しい家が建って、可愛らしい女のコが引っ越してきたのだ。

 その日、僕は母さんに連れられて、お隣さんに挨拶をしに行った。

「初めまして、隣の公野こうのです。 よろしくお願いします」

蒲田かまたです。 今後ともよろしくお願いします」

 母親同士でそんな挨拶が交わされている中、僕は半歩下がって、彼女をじっと見つめていた。その頃、僕はまだ内気な性格で、女のコと話すなんてことはまっぴらごめんだと思っていた。おまけに、彼女は花のように可愛らしくて、地味な僕なんかじゃとても釣り合わなかった。

「ほら、育哉いくや、挨拶なさい。 あなたと同い年なんですって」

 おかまいなしに、母さんが僕をぐいっと前に押し出して、そう言った。僕はやっとの思いで気持ちを落ち着けると、何とか少し笑ってみせると、ぺこりと頭を下げて挨拶した。

「えっと……育哉です、よろしくお願いします」

「私、英璃えいり。 よろしくね、いっくん・・・・

 顔を上げると、彼女――英璃が嬉しそうにわらっているのが目に映った。僕はその笑顔に思わず見とれながら、何とかうなずいてみせた。

 「いっくん」――しかも、英璃は親しげに、気後れしている僕のことを、そう呼んでくれた。悪い気はしなかったので、僕はそのあだ名を受け入れることにしたのだ。


 ……だけど、その時の僕にはそれが精一杯だった。

 偶然にも、英璃は僕と同じクラスに転校生としてやって来た。だけど、彼女はすぐ人気者になった――僕が入り込む隙なんて、ちっともないくらいに。

 今度、絶対話し掛けよう。いつもそう思っていたのに、当時の僕にはそんな勇気なんてカケラもなかったのだ。

 にこにこしている英璃の笑顔を横目で見ながら、教室の片隅で「いつも」と変わらない日々を過ごす。そんな繰り返しの毎日だった。


 ――が、登下校の時だけは「いつも」と違っていた。

 家が隣同士だったこともあり、僕は母さんからある日、英璃と一緒に登下校するよう、言い付けられたのだ。――英璃があまりに可愛らしかったからである。もちろん、僕はすぐにその言い付けを承諾した。

 こうして、登下校は僕と英璃のふたりだけの時間になったのだ。

 けれど、ふたりで仲良くお喋りしながら――という訳でもなかった。もっぱら、英璃が毎日の色々なことを話して、僕はひたすら話を聞くだけだった。

 それでも、僕たちは満足していた。英璃は僕と一緒にいるだけで良かったみたいだし、僕も彼女の話を聞いているだけで楽しかった。

 そんな登下校の時間を繰り返しているうちに、僕と英璃は、他とは少し違う幼なじみの関係に発展して、この関係は中学校に上がってもずっと続いていった。


 ――それが小学生の時の思い出。

 全てのきっかけになった思い出だった。

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