ヤンキーちゃんとパシリくん(仮)

水夏真佐

文化祭前

「……焼きそばパン、買えなかったな……」

 昼休み。この高校の購買で、一番人気だという焼きそばパンを変えなかった僕は、廊下をとぼとぼ歩く。

 けど、仕方ないんだ。今日の授業は少し遅れて終わったため、ただでさえ人気のパンが買えなかったのは何ら不思議ではない。

 だが、別に僕は焼きそばパンが食べたかったから落ち込んでいるわけではない。そもそも僕が食べたかったのはメロンパンであって、焼きそばパンではないからだ。

 ではなぜこんなに落ち込んでいるのか。

 「はあ、これのどれかで我慢してくれるといいけど」

袋に入っている、代用で買ってきたパンとパックの牛乳を見て呟く。

 なぜ落ち込んでいるのか、

それは……、

 「……言い訳だけでも考えておこう」

 僕がこの学校の、とある女子生徒のパシリなのだから。


 「おっせぇよ」

 屋上の扉を開けるなり、聞こえてきたのはそんなドスの利いた声だった。

そこでは、一人の女子生徒が胡坐をかきながらこちらを睨んでいた。

派手だが暗い金髪、射殺すような鋭い目つきに固く結んだ口元。さらにはギラギラと光る、とげとげしいピアスやだらしなく着崩した制服も相まって、怖い印象しか持てない。

彼女の名前は立花楓(たちばなかえで)。この高校で最も有名な不良少女である。

「ご、ごめん。僕のクラスの授業が遅れてて、焼きそばパンが買えなかったんだ」

 「あ?」

 睨む立花さん。怖いっす。

 「か、代わりのやつはちゃんと買ってきたから、こ、これで許してくれない?」

 「ふん。ならいい」

 立花さんはパンが入った袋を僕からひったくるように受け取ると、中身を取り出す。

 すると、何故か彼女は怪訝な顔をして、

 「……カレーパンにクリームパンか」

 「え、えっと、苦手だった?」

 「いや、むしろ、焼きそばパンの次に好きなパンなんだが、何でわかった?」

 まるでストーカーを見るような目をして尋ねてきた。

 失礼な。

 「……パシリ魂を舐めてもらっちゃうと困るね」

 「答えになってねえよ」

 しばし沈黙の空気が流れる。

 何故か割と本気で怖がっている立花さん。

 「じゃあ、僕は教室に戻るので。また後で」

 パシリとしての役割を終えた僕は、何か変なことを言われる前に、そそくさとその場を去ろうとする。

 「ちょっと待て」

 しかしどういうことか、彼女は僕を呼び止めてきた。

 「ん、なんでしょうか」

 「どうせ教室に戻っても、お前ボッチだろ」

 「何で急に心の傷をえぐってくるの⁉」

 突然の言葉の刃に、思いもよらず傷ついた。

 「ふん。ならよ、パシリになった褒美として、あたしと飯を食う権利をやる」

 「あ、結構です」

 そう即答した瞬間、立花さんが立ち上がり、笑顔で壁ドンをしてきた。

 壁に手をついただけのはずなのに、僕の横から聞こえてきたのは、壁を本気で殴ったような恐ろしい音がする。 

 「ひぃ!」

 「……あたしと一緒に飯を食う権利をくれてやる」

 「は、はいい!」

 「……喜べ」

 「嬉しいです!」

 悪の組織の下っ端になった気分だ。

 「うん、それでいい」

 立花さんは壁に背を預け、その隣をぽんぽんと叩く。

 そこに座れということですか。

 「え、えと、失礼します」

 「……」

 立花さんの隣に座った僕は、持っていたメロンパンの袋を開けて、ちびちびと食べ始める。

 「「…………」」


 「……そういや」

 先に話し始めたのは立花さんだった。

 「もうすぐ、文化祭だな」

 「え、」

 意外だった。

 彼女のようなタイプの人間は、文化祭や体育祭などの行事ごとは、かったるいだけの邪魔なものとしか感じていないだろうと思っていたからだ。

 意外そうな顔をしている僕に気がついたのか、

 「んだよ」

 「あ、いや、ちょっと意外だったから」

 「ああな。あたしみたいな不良は行事ごとが嫌いだとでも思っていたのか?」

 「う、うん」

 「別に嫌いなわけじゃねえよ」

 素直に答える僕に、苦笑しながら彼女は答える。

 「ウチのクラスはさ、あたしのことがあまり好きじゃねえみたいなんだよ」

 顔を伏せながら言う。

 これはまた意外だった。彼女が周りの人間関係を気にするとも思っていなかったからだ。

 「何かしようとすれば全員が反応するし、仕事とかはほかのやつがやって、手伝わせてもくれねえ、挙句の果てには『立花さんは、当日は自由にしてていいから』とか言われてんだよな」

 たぶんそれは、避けられてるんじゃなくて、立花さんが怖くて、仕事をさせるのはおこがましいと思われているだけなのではないだろうか。

 「そ、それは大変だね」

 「……あたしってさ、邪魔なのかな」

 まるでいじけた子供のようにぽそりという。

 「えっと、」

 「学校のルールも守らないし、あいつらができる当たり前のこともできないし、お前みたいに成績がいいわけじゃない、そんなあたしって、学校にいる意味とかあるのかな」

 ……意外ともろいんだなぁ、この人の心。

 そう思っている僕のほうを見て、彼女は言う。

 「なあ、」

 「え、なに?」

 「もしもさ、文化祭。本当にあたしの仕事もなかったら……あたしは、どうすればいいんだ?」

 「え……と、」

 何と答えればいいか、すぐには出てこなかった。


 ……では、ここからは三人称視点となって、彼女、立花楓の心境も見てみるとしよう。

 (ああああああああ‼ んであたしは素直になれねえんだよ⁉ ほら見ろ、あいつ困ってるじゃねえかぁ!)

自身の発言に対する後悔で悶えていた(心の中で)。

 「え、と、その」

 (ほら、『僕はなんて答えるのが正解なの?』みたいな顔してるじゃねえか!)

 目の前の、『この世で最も大好きな少年』を見ながら、心の中で絶叫する。

 立花は、初心(うぶ)である。その上、生娘でもあった。 

 幼いころから、温かい家庭には恵まれず、グレ始めて二年。喧嘩に校則違反、問題行動の多さにより彼女は、親戚のコネで入った高校でも怖がられ、更には彼をパシリにしたことによってより一層、周りにいた人も、徐々に離れていくようになった。

 (なのに、こいつは違った)

 隣に座りながらメロンパンをちびちび食べる少年を横目で見ると、どうしても顔が熱くなり、胸が高鳴る。

 (あたしがどんなにわががままでも、怖がりながらも、逃げずに一緒にいてくれた)

 当然、逆らえないだけかもしれない。仕返しを恐れているからかもしれない。

 しかし、普段から逃げられ、見放され、見限られていた彼女にとって彼の存在は、最後の居場所のように感じた。

 (……けど、脈なんてものはないだろうな)

 目を伏せ、彼にむなしさを感じる表情を見せないように隠す。

 (こいつは、優しい。誰にでも、いつだって、優しい)

 時折、校内で彼を見かけるときがあった。彼はいつも誰かのために動いた。

 そして、女子だからこそわかる、『周りからの評価』も頭が痛くなるほど感じていた。

 (ほんとなら、あたしがパシリにさえしなければ、こいつはもっと、ほかの奴と、)

 そこまで考えた瞬間、

 「あ、だったら、二人で文化祭を回らない?」

 「…………え?」

 彼の言った提案に、目を見開くほど驚いた。

 当然、突然のことに理解が追いつかなかった。

 「やー、よく考えたんだけど、僕は作成班だからさ。当日は仕事はないんだよね。だから、その、」

 少しだけ恥ずかしそうに、彼は笑った


 「僕でよかったら、一緒に文化祭を回らない?」

 

 「っ!」

 その言葉に、立花の心が大きく揺さぶられた。

 「しょ、しょうがねえな。てめえがどーーーーしても一緒に行きたいってんなら、付き合ってやらんでもねえよ」

 あくまで、仕方なさそうに彼女は言った。

 素直になんて、なれるはずがない。

 「え、ええ……」

 「まあどうせ当日もてめえはボッチなんだし、一緒に回る相手もいねえだろうからなぁ」

 「一言余計なんだけど⁉」

 そう突っ込む彼に、彼女は笑顔で、

 「あー、うるせえうるせえ、とにかくもう決めたかんな。後でやっぱ行けなかったとか抜かすんじゃねえぞ! その代わり、文化祭当日はあたしがなんか奢ってやるから」

 「えー、どうせ射的一回とかそういうのでしょ?」

 「なんか言ったか?」

 ぎろりとにらみつける立花に、彼は肩をビクゥと震え上がらせ、

 「いえ、ぜひ奢らされていただきます!」

 「おう。じゃ、あたしは教室戻るからな」

 「はい! いってらっしゃいませ!」

 「んだよ、それ」

 警察官のように敬礼をする彼を尻目に、立花は廊下に出た。

 「はぁ……」

 小さくため息をついて、


 「顔アッツ……」

 

 赤くなる頬を抑えた。

 ……トイレに行こう。うれしすぎるがあまり零れてしまいそうな涙を、誰かに見られる前に…………。



 「……あー、緊張したぁ」

 敬礼の格好を崩し、彼はコンクリートの床の上に座り込んだ。

 「……デートかぁ、立花さんと」

 小さく呟く。

 「楽しみだな、文化祭」

 果たして、二人が互いの気持ち、抱いている感情。

 それを知るのはいったい、いつになるのだろうか。

 ここから先は、想像のお話。

                               〈fin〉      

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