困惑


 オンラインで仲良くなったはずの同じ大学の留学生は、実は


 遠藤梓えんどうあずさが打ち明けたその内容は、正直、小湊こみなとには信じがたいものだった。


 ……不謹慎ふきんしんかもしれないけれど、行方不明者というのであれば、まだ分からなくもない。

 警察庁の発表では、日本では毎年、行方不明者が8万人前後出ているという。

 半数以上は高齢者で、認知症関連の失捜しっそうだそうだ。

 原因はともかくとして、統計的に言えば、行方不明なら、ありえないことではない。


 現に、この岡島大学でも、(警察に行方不明者として届けを出すかどうかは別として)、音信不通になる学生は、毎年数名はいる。

 学業が上手くいかなかったり、友人・恋人関係が破綻したり、家庭の事情であったり、理由は様々だろうが、学生と連絡が取れなくなることはあるのだ。

 

 なかには、学務課の機能不全が招いた、大学側の責任と言える場合もある。

 

 とにかく、行方不明というのは、まだ、あり得る話だった。


 しかし、、というのは、全然別の事態になる。


 学務課長として、これにどう対処するべきか……


 困惑した様子の小湊に対して、遠藤梓は、非難するような目つきを向けて

 「私の嘘じゃありませんからね。現実に、アリスは、ちゃんとんです。でも、大学の調べでは、ことになってる。そんなことはありえません」


 そう、ありえなかった。


 小湊は、しばし考えた。

 

 視線は無意識に、その小さな会議室をさまよっている。

 埃が目立つ机に、床を埋める段ボール、暗い照明に、薄汚れた窓。

 椅子も年季の入った古いもので、固くごつごつとしている。

 

 やはり学生の話を聞くにふさわしい場所とは言い難かった。

 

 だが、こんな突拍子もない話、あの相談室で、正式なものとして受理しようにも、あの担当者のように、困ってしまうだけだ。


 想定外の事態に対して、小湊の思考はぐるぐると回った。

 

 黙りこくってしまった小湊に対して、遠藤梓は、敵意を込めた視線を向けている。

 この会話の空白は、大学に対する不信感をいっそう深めたようだった。


 沈黙が肌にしみつくかと思えるほど長引いたところで、小湊は、やっと口を開いた。


 「どうしたらそんなことがあり得るのか、一緒に検討してもいいですか?  」 


 その時点で、遠藤梓の大学に対する敵意は、上限まで高まっていたように思われたが、この申し出には、不意をつかれたようだった。


 「あり得ない話」として切り捨てられなかったことで、体を支えていた張り詰めた緊張は、ふっと解けたようだった。


 「え、ええと……はい」

 

 遠藤梓は、おとなしく、こくりと頷いた。


 小湊は、それに頷きかえすと、心の中で呟いた。


 ……この一件が、岡島大学で進行していると、直接関係しているとは思わない。ただ、異常な話であることは確かだ。学務課長として放っておくわけにはいかない。それに、下手へたに現場に投げて、学務部長、学長の耳に入りでもしたら、学生に関する相談事である以上、こっちの弱みにさえなりかねない。何らかの、現実的な解答を見つける必要がある。


 そうして、小湊は、この『存在していなかった留学生の謎』に、挑むことになったのだった。

 

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