存在しない留学生の謎

 小湊が差し出した熱いお茶を喉に流し込んだ遠藤梓えんどうあずさは、少しは混乱が和らいだようだった。

 学務課の相談室でわめいた時に比べ、落ち着いた口調で語り始める。


 「大学の職員さんなら、当然ご存じだと思いますけど、私達新入生は、例の感染症のせいで、入学当初から、ずっとオンライン授業でした」

  

 新型コロナウイルス。2020年に初めて確認されたその未知のウイルスは、瞬く間に世界中に広まり、人間の日常を大きく変えた。

 飛沫感染防止のため、マスク直用は必須となり、換気の悪い場所の出入りも忌避きひされた。

 当然、人が集まるイベントの多くは中止。

 

 世界中の優秀な頭脳が対策をこうじているにもかかわらず、多大な死者を出し、2022年現在も収まりを見せていない。

 

 まさに、全世界共通の、未曾有みぞうの事態と言えた。


 当然、岡島大学も例外ではない。

 2020年度は、授業は全てオンラインに移行。学生も教員も混乱の連続で、教育支援も担う学務課は、オンライン授業の対応で忙殺されていたと聞く。


 幸い、ワクチンの普及と人々の意識の変容もあって、幾多の変異を繰り返すこの最悪のウイルスを前に、2022年の今、やっと日常は取り戻されつつあった。

 

 岡島大学も、オンラインでつちかった利点は活かしつつ、徐々に対面にシフトしているところだ。


 「入学して最初の2か月は、ずっとオンライン授業でした。仕方がないことではあるけれど、やっぱり退屈で、何のために大学に入ったのか、分からなくなった時期もありました。……あなたに言っても仕方ないのかもしれないけれど、大学側も、もう少し、学生同士の交流を促進するような手助けをして欲しかったです」

 「それは……申し訳ない」


 ちょうど、小湊の着任当初の2か月と重なる。職員の方は、テレワークを一部実施しつつも、基本は対面で行動していたから、感染爆発まっただ中の不便さは、徐々に忘れつつあった。


 いくら新任課長の小湊の一存いちぞんでどうにかなるものではないとはいえ、もう少し早く、対面授業再開に向けて舵を切ってもよかったのかもしれない。


 不満顔を隠そうともせず、遠藤梓は言葉を続けて

 「だから、私、自分から友達を探したんです。SNS(ソーシャルネットワークサービス)で、同じ大学の人を検索して。そこで見つけたのが、アリスでした」

 「? 」

 「同じ学部の、留学生の女の子です。そして、学務課で学籍を検索してもらったののに、そんな学生は、存在しないと言われた子」


 そう言って小湊を見据える彼女の目は、静かな怒りに燃えていた。

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