ケース1.存在しない留学生の謎(学務課での事件)
新任課長の目の回る日常
「
小湊とそう歳の変わらない係員が、複数の書類を脇に抱えながら、遠慮がちにそう言った。
着任当日は、その威厳のなさから学生に間違えられてしまった小湊だが、2か月の間、こうして課長席に座り続けていれば、さすがに課員も、自分を上司として扱ってくれる。
学務課長席は部屋の奥にあり、室内全体が見まわせる状態だ。
椅子も他の課員と違ってそれなりに上等なもので、席だけは、その役職に応じた扱いと言えた。
もっとも、部課長や事務局長、理事、学長のような贅沢な個室ではないし、丁重に扱われておけばいいわけではなく、キャリアだろうがなんだろうが、課長としての仕事もこなさなければならない。
小湊は、自分の前に立った部下に、必要以上に気を使いながら
「はい。どうしました? 」
「
「ああ、なるほど……」
小湊は、自分と歳がそう違わない部下の説明を聞きながら、必死で脳内の辞書を検索する。
機関別認証評価というと……ええと、確か、大学が、文部科学大臣認証の評価機関による評価を受けることで、その教育や研究の質を保証するという仕組み、……だったはずだ。
ちなみに、IRとは、Institutional Research(インスティテューショナル リサーチ)
の略で、大学の意思決定を支援するために必要なデータの分析等を行う機能や、それを担う部署のことだ。
民間企業が行う投資に関する情報等の公開=IR(インベスター・リレーションズ)とはまったく異なるので注意が必要。
文科省や、その上の官庁からの調査依頼は、基本的にこのIRが窓口となり、学内に割り振りを行っている。
言葉の意味が確認できたところで、小湊は考えを進めた。
評価となると、学務課としては××のデータを出さなくてはならない。
「割り振りはどうなってます? 」
「ここは先生方に聞かなければ分からないかと。あと、A項目は、理事の承認も必要かと思います」
「理事の予定は……」
小湊は自分の情報端末で学内共通のシステムを立ち上げると
「向こう1週間は全部埋まってるな……」
「いかがいたしましょうか? 」
「うん……いや、ちょっと考えさせてもらっていいかな? IRからのメールを転送
してください」
他に小湊から2、3の指示を受けた佐伯係員は、ぺこりと頭を下げると、自分の席に帰っていった。
その後ろ姿を眺めながら、小湊は
「ふう……」
と、周囲に聞こえないような、小さなため息をもらした。
課長という、身の丈に合わない役職を与えられた小湊には、指示を出すだけでも、一大作業だったのだ。
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