最初の挨拶
正門を入ってすぐ左手の建物が大学の管理本部で、学務課は、そこの4階に位置している。
文科省もおよそ褒められた
4階に着き、解放されていた学務課に足を踏み入れる。
異様に横に長い部屋だ。
自分の席がどこかも分からないので、とりあえず、換気のために窓を開け、ブラインドを上げた。
部屋の奥にコンセントにつなぎっぱなしの掃除機があったので、これからお世話になる身分だからと、勝手が分からないなりに清掃をしてみる。
「あの……」
「っわ!? 」
あわてて顔を上げると、小湊とそう歳の離れていなさそうな若い女性が、目の前に立っていた。
その目線は、腰をかがめて作業をしていた小湊と、同じ位置にある。
彼女は、少し警戒するように、まとっていたカーディガンを両腕で体に引き寄せって
「えっと……学生さん、ですか? 窓口はまだ開いていなくて……ごめんなさい」
その言葉に小湊が返答できないでいるうちに、廊下が急に騒がしくなった。
「あら、もう学生さんが……」
「リクルートスーツを着てるってことは……就職相談かな? 」
「ごめんね。まだ面談の担当者が出勤してなくて」
小湊はもう29のアラサーなのだが、相対的な若さのせいか、あるいは大学院生なら20代後半でも珍しくはないからか、どうも、彼らは小湊を学生だと勘違いしているらしい。
……そもそも学生が勝手に部屋に入って掃除をしている状況など、あるわけがないと思うのだが。
「いや、私は……」
慌てて否定しようとするのだが、職員たちの朝のあわただしさに飲み込まれて、なかなか声が通らない。
そのせいで、とりあえず就職相談の担当者が来るまで、入口近くで待機という扱いをされる。
時間を経るにつれ、
「あの、こちらで新しくお世話になる、小湊というものなんですが!! 」
やっと自分の名前を口にできたのは、もう学務課職員が出そろい、各々の作業を始めてしまっていた時だった。
今のいままで学生扱いしていたリクルートスーツの男に突然叫ばれたせいか、周囲の空気が一瞬凍った。
やがて、その言葉の意味を理解したらしい男性が、部屋の入口で縮こまっていた小湊の下にやってくる。
180センチは越していそうな、その分、横にも分厚い、随分と貫禄のある男だった。
「これは失礼しました……小湊さん……新しい課長さんですね」
「は、はい。そうです。文科省からの出向で、この4月から……」
「いや、あまりにもお若いので、みんな学生だと思ってしまったみたいで……申し訳ない」
そういって、朗らかな笑みを浮かべる男。
ずっしりと響く、頼もしい声の持ち主だ。
小湊の正体が分かって、再びざわつきはじめた周囲をよそに、男は落ち着いた様子で
「私は、学務課の職員で、課長補佐の、吉田といいます。これから、どうぞよろしく」
「よ、よろしくお願いします」
課長補佐ーということは、父親でもおかしくない歳のこの人が、自分の部下になるのか。
周囲をよく見れば、みんな自分と同じくらいか、それより上の年齢の人間ばかりだ。
人生経験を遥かに積んでいるこの人達が、みんな、自分の部下なのだ。
……分かっていたことではあるけれど、キャリア官僚として地方に赴任するという事態に、あらためて、胃を痛くした小湊だった。
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