挨拶回り

 それからの最初の2週間は、ひたすら挨拶周りに時間をついやした。


 部下である学務課の面々めんめんはもちろん、同じ学務部の他の部署ー学生支援課や、入試課への挨拶は欠かせない。

 学生支援課長や入試課長は、小湊とは違う、岡島大学プロパーの職員で、50の坂をとうに越している。

 29歳の自分が、親と変わらない年齢の人間と同じ立場で挨拶をするのは、ひどく奇妙な感じがした。

 

 ここで説明しておくと、国立大学の課長というのは、大体4系統に分けられる。

 

 第1が、小湊のような、文部科学省ーいわゆる本省ーから出向してくる、キャリアの課長だ。

 国立大学の課長職は、文科省本体では課長補佐にあたり、かつ、その課長補佐には、キャリア官僚であれば入省後7年くらいでなれるから、大体が30歳周辺の若い人間だ。

 これは国立大学側からすれば完全な『お客さん』で、いかに丁寧に扱い、かつ、文科省その他のおかみとパイプを築き、上手い立ち回りをしてくれるかが肝要かんようになる。


 第2に、同じく文部科学省から出向してくるが、キャリアではない、国家公務員一般職試験を受けて入庁した、ノンキャリアの課長だ。

 こちらは、同じ文部科学省勤務ではあるけれど、キャリア官僚ほど出世は早くないので、課長補佐になるには、大体15年くらいかかる。

つまり、国立大学に出向する頃には、年齢は、40歳か、それより少し上くらいにはなっている。

 大学側が期待する役回りは、キャリア課長に向けるものと大差ないが、年齢の分、課長という役職に就いていても、違和感はあまりない。


 第3が、元々は国立大学の職員だったけれど、後に文部科学省本体に登用された、転籍組の課長だ。

 国立大学と文部科学省の人事交流には、小湊のように、文科省職員が大学に降りていくものもあれば、その逆もある。

 

 文科省本体に行政実務研修生ぎょうせいじつむけんしゅうせいとして出向するのがそれで、1年間ないし2年間、文部科学省の見なし職員として勤務をする制度だ。

 ちなみに、キャリア官僚は、数だけで言えばエリート中のエリートだから、文部科学省において、一般職試験採用のノンキャリア職員と、この大学からの出向勢は、むしろ多数派だったりする。

 

 さて、その研修中に仕事ぶりを評価された職員は、そのまま文部科学省の職員に転籍が可能だ。

 彼ら転籍組は、大体は文部科学省のノンキャリア職員と、同じくらいのペースで出世していく。

 転籍をした年齢にもよるが、課長補佐に昇任して、大学に降りていくのが、40代半ばくらい。

 これも、キャリア官僚の課長に比べれば、その役職が、板についた年齢と言えるだろう。


 第4の系統が、大学職員から純粋にキャリアアップをしてきた、プロパーの課長だ。

 国立大学職員は、元々が公務員だったこともあって、基本的に年功序列。

 その出世のスピードは、著しく遅い。

 

 20代はまずひらの係員として過ごし、30代で主任に昇格、給料もあがる。

 この主任として5~8年くらい勤務した後に、40歳前後で、係長に昇任する。

 岡島大学でいえば、係長になっても給料はあがらないので、責任が増えるだけの、ありがたくない出世でもある。

 

 この係長から上に進むのがまず難関で、定年を係長で終える人も、決して珍しくはない。

 係長の次のポストは課長補佐、ないし副課長で、文字通り課長の一つ下だ。

 早ければ45歳くらいから昇任できるが、50代半ばの課長補佐も珍しくない。


 そして、プロパーの課長は、その課長補佐を経た次の立場だから、早くて50代前半、大概は、55歳頃から昇任する。


 つまりは、一言で国立大学の課長といっても、20代後半のキャリア課長から、プロパーの50代後半の課長まで、だいぶ年齢に幅があるのだ。


 小湊が挨拶をした学生支援課長と入試課長は、大ベテランの大学職員。第4系統の、プロパー課長だった。

 

 ……さて、他の課長への挨拶はもちろん大事だが、自分の上司への挨拶も済ませておかなければならない。


 学務課長は、名前から分かる通り、学務部の課長だ。

 上司と言えば、学務部長になる。


 人事異動の通知の関係で、順番が前後し、いよいよ学務部長への挨拶となったのは、もう時計の針が17時を回った頃だった。

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