赴任

岡島県に降り立つ

 衝撃の辞令通知から、2週間後。

 独身の身軽さで、幸い支度したくは簡単に済んだ小湊は、その日、岡島大学への赴任ふにんにあった。

 

 岡島県は、大阪からさほど遠くないところに位置しており、東京から飛行機で約4時間かかる。

 

 初めて岡島県に降り立った小湊には、その空気がとても新鮮に感じられた。東京には、「生きる」ということを強いられるような圧迫感があった。それに比べ、この岡島県はなんとのんびりしたところだろうか。

 

 人の数はまばらで、景色の大半は山で占められている。海も近いのか、気まぐれな波音が小湊の耳朶じだを打った。遮るさえぎるものがない空は異様に近く感じられ、太陽は容赦なく紫外線を降り注いでいる。

 

 空港の建物も、空の玄関口としては不安になるくらいこじんまりとしていて、それが岡島県の身の丈みのたけを表しているように感じられた。

 

 「さて……」

 新調したハンカチで汗を拭き、とりあえずバス停へ向かう。時刻表を見ると、予想していたとおり、その地域住民の足は、ひどくまばらなペースで運行されていた。

 「まあ、これも良い機会か」


 この後は、ひとまず岡島県における我が衣食住の拠点ー大学の宿舎しゅくしゃーに向かう予定だ。


 バスで移動できれば実に楽だったのだが、まさか、2、3時間もじっと待っているわけにもいかない。

 さいわい、スマートフォンの位置情報で宿舎を確認したら、そこまで空港から離れていなかったから、歩いていくのもいいだろう。

 大型の、家具や家電は既に手配してあるから、荷物もこの小さなカバンだけだし。

 

 決心してしまうと、案外、体は軽く感じられた。


 小湊は、初めての風景を、一つ一つ心にめるように、ゆっくりした歩調で、その田舎の道を行ったのだった。

 

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