密命

 国立大学は、2022年現在から考えて18年前の2004年に、行政改革の一環で法人化された。それまでは国の出先機関だった各大学が、自律性を持った運営主体に変わったのだ。政府主導から、各大学の主導へ。頭打ちの成長、横並びの大学教育を打破するための試みだった。


 だが、残念ながら、その改革は、上手くいったとはいい難い。多くの国立大学の運営は、まずもって、国からの運営費交付金うんえいひこうふきんありきなのだ。一応、運営費交付金は授業料等の自己収入で足りない部分を補うこととされているが、大学側も文科省側も、交付金ありきで予算を組んでいる。

 

また、財源は別にしても、大学の運営は、中期目標・中期計画ちゅうきもくひょう・ちゅうきけいかくに従って行われる。これは、企業の経営計画にあたるものだが、中期目標の中身は、文部科学大臣が策定する。大学の側は、あらかじめ決められたメニューから、計画の中身を自分流にブレンドするだけなのだ。

 

 法人化から18年。多くの大学は、単純な上と下の関係ではないにしろ、未だに法人化前のとおり、文科省の言いなりになっている。

 

 だが、どんな混乱の中でも、立ち回りが上手な者はいる。国が用意した枠組みの中で、いつの間にか国に頼らなくてもよいぐらい成長した大学もある。

 そして、そうやって体力をつけた大学の中には、教育と経営のトップである学長主導の下、あの手この手で、文科省に牙を向くものも存在する。


 小湊が赴任を命じられた岡島大学は、その筆頭だった。

 

 地方の大学でありながら、豊富な研究資金を獲得しており、国の意向に中々従わない。

 文科省側が法律の許す範囲で圧をかければ、岡島大学側も、法律の許す範囲で対抗措置を取ってくる。


 その攻防は熾烈しれつを極めており、大学関係の部署でない小湊にも、その悪評はとどろいているくらいだった。


 だからこそ、この人事異動は驚愕だったし、何が目的なのか分からなかった。

 

 「誤解があるといけないので、言っておきますが……」

 まだ呆然としていた小湊に向かって、企画官は、キャリア官僚としては信じられないくらい優しい声音こわね

 「これは、間違っても左遷させん人事などではありません。かといって、お役所的な、規定ルートの人事でもありません」


 そういって、その眼鏡の奥から澄んだ瞳で見つめる企画官を見て、小湊はますます困惑を深めた。

 「どういう、意味ですか……? 」

 「つまりは……」


 企画官は、ここで少し声を低めて

 「期待、しているのです。あなたには、岡島大学の動きを、中から探ってきてほしいのですよ」


 公務員生活で、そんなスパイ小説みたいなセリフを言われるとは、この時まで、小湊は夢にも思っていなかった。

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