反発

 企画官から告げられたその言葉に、小湊こみなとは自分の耳を疑った。


「……どうかしましたか? 」

 10歳ほど年の離れたその女性の企画官は、小湊の様子が妙なことに気が付いたようだった。

「あまり、顔色が優れないようですが」

「そりゃあそうでしょう!!」

 小湊は、自分らしくもなく、声を荒げていた。

 

 文部科学省の辞令交付式は、省庁の身の丈にあった、実に慎ましい空間でなされる。

 大声のおかげで、その狭いフロアの視線を、小湊は一身に集めることになってしまった。


 興奮が頭まで上った小湊は、しかしそのまま続けて


「あの、岡島・・大学ですよね? 」

「はい。近畿地方の岡島県に位置する岡島大学です。同じ名称の大学は、他にありません」

「そこの、学務課長? 」

「はい。現場の管理職として、実践を積んでもらいます」

 ではこれで、という雰囲気でそのまま話を切り上げかねない企画官に、小湊は慌てて

「な、なんで? 」

「なんで……とは? 」


 企画官の目が、冷たく光った。

 

 ここまで、小湊はことごとく、キャリア官僚らしくない振舞いをしている。公務員、特にキャリア官僚にとって、人事異動というのは、おかみからありがたく下されるものであって、心の内はともかく、感情を表に出すなど、まずあってはならない。

 おまけに、その異動に対して疑義ぎぎていするなど……事実上の、役人生活の終わりを意味する。


 しかし、企画官が告げたその言葉は、平生へいぜいの小湊の心を乱すほど、衝撃的なものだったのだ。


 一般的に、課長補佐に昇任した中央省庁のキャリアは、同時に外部に出向に出される。それは、地方機関の課長職のこともあれば、別の省庁の補佐職であることもある。

 

 現に、小湊の同期も、文部科学省の関係団体ー日本学術振興会にほんがくじゅつしんこうかい学生支援機構がくせいしえんきこうなどの、いわゆる文教団体ぶんきょうだんたいーの課長職で出向が命じられていた。

 外務省との人事交流で、在外公館の一等書記官として勤務することになったり、某県の教育委員会の課長職を任じられた人間もいる。


 つまり、小湊の異動先ー国立大学の課長職ーというのも、それだけを見れば、妥当な人事に見える。


 しかし、その大学というのが、問題だったのだ。


 「なんで……あの、岡島大学なんですか!? 」

 「嫌なのですか? 」

 小湊の動揺にも、企画官は感情を交えない声で返す。


 小湊は、うっと言葉を詰まらせた。

 

 上司に対して、これ以上の反発はまずい。

 しかし……嫌なものは嫌なのだ。

 大学関係の部署ではない小湊にすら、その悪評がとどろいている、岡島大学。

 なんだって、自分がそんなところに。


 小湊は、どう表情筋を動かしても、感情を隠し切ることが出来なかった。


 

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